壊れた世界、はじめまして“セカイ”昨日と同じ今日、今日と同じ明日。このままの日々がずっと続くと思っていた。 −あの日までは。世界は知らぬうちに変貌してしまっていた。これは、俺達が生きてきた世界が壊れてしまって、再構築されたセカイで生きていくことになったあの日の物語。
〈Side:T.A〉
昼休み終わりの5限目。俺達はいつも通り授業を受けていた。食後で暖かいからか、うとうとと眠そうなクラスメイトもいる。いつも通りの穏やかな日々が過ぎていた。
(今日は彰人と次のイベントのセットリストを決める予定だったな…最近歌っていないような曲はあっただろうか?)
先生の板書を自分のノートに書き写しながら、そんなことを考えていた。そんな時だった。
ドォン!
別館の空き教室の方から爆発音が聞こえた。教室がざわめく。のも束の間、不思議な気配を感じたと思うと一瞬にして教室が…いや、学校全体が静かになった。辺りを視線だけで見回すと、先生が、仲間達がぱたりと倒れて、気絶していた。俺の意識も薄れてくる。そういえば、彰人はこの時間はあの教室あたりでの授業だったはずだ。無事なのだろうか。なんとかして動きたかったが、もう身体は動かなかった。薄れゆく意識の中、小柄な少女が静かになった教室から出ていくところを見たような気がした。
〈Side:A.S〉
3つほど向こうの教室でオーヴァードの気配がしたと思ったら、爆発が起きた。オレは即座に<ワーディング>を貼った。他にも…恐らく杏とかセンパイとか草薙が貼っただろう。複数人のワーディングを感じた。この場にいたクラスメイトはオレ以外は動けない状態だ。とりあえず1人は危険と判断して誰かと行動しようと外に出る。
(多分…空き教室の犯人は発火能力のサラマンダーか遠隔爆破でブラックドッグだろうな。あと、ワーディングを貼ったあとから複数人が学内に入った感じがする。FHのオーヴァード共だろうな。何でまた学校で…後処理面倒だな…)
空き教室内に何人いるのかわからない現状、単騎突撃は危険だ。本館と別館の間の渡り廊下で待っていると、杏と暁山が駆けつけてきた。
「彰人!無事だった!よかった〜!」
「弟くん!絵名達には連絡したよ!そのうち来ると思う!あと…うーん、もしかしたらこの能力使用によって何人かオーヴァードに覚醒した人…いるかも?」
「弟くんって言うな!…まぁ連絡は助かる。FHが何人か突入しているだろうからな。」
「神代先輩や草薙さんとかが覚醒者の保護と侵入したFHの処理のために本館の方で動いてる。こっちは多分空き教室のだけだと思うから処理次第そっちの応援に向かお!」
2人と空き教室へと向かいながら、現況を確認する。教室前に着くと、2人と視線を合わせ、教室へと突撃した。
〈Side:E.S〉
とある日の午後。次の動画の絵を描く為に液タブに向かって作業をしていると、机に置いていた私の携帯が着信音を鳴らした。相手を見ると、「今日は学校に行くよー。そろそろ単位ヤバいし」とか言っていた筈の瑞希からの着信だった。筆が乗っていたのになどと色々とイラついて少し乱雑に、私は電話と繋げる。
「もしもし瑞希?あんた今授業中じゃなかったっけ?」
「わーっ、絵名怒ってる!?ってそうじゃなくて!学校で緊急事態発生!FHが学校で爆発騒ぎを起こしたんだよ!」
「はぁ!?えっ、色々と大丈夫なの、それ?」
「ボク達のワーディングでなんとか一般生徒への隠匿はできているけど他にもFHが進入してきてる!ボク達UGN組が色々と動いていたりしているハズだけど、もうちょっと人手欲しいかも!詳しくは支部からすぐに連絡が来ると思うから、奏と一緒に来て欲しいな!」
「うん、わかった。奏と連絡とったらすぐに向かうから、無理はしないでよね?」
りょーかい、ありがと絵名。の言葉と共に電話は切れた。パソコンを操作してニーゴのボイチャにログインしながら、支部との連絡用部屋を確認する。瑞希が言ったように、彼女との連絡の間に本部から詳細な情報が送られていた。が、その状況は瑞希が説明したものよりも驚愕する内容だった。
“緊急任務 神山高校と宮益坂女子学園において、同時にレネゲイド能力による爆発が発生。各学校に属するエージェント・イリーガルがファルスハーツと交戦中との報告。この影響によって新たな覚醒者が発生した可能性が高い。東雲絵名・宵崎奏両名は現地へ応援として向かって欲しい”
「…はぁ!?」
(神高だけじゃなくて宮女まで!?なんでまふゆは…って多分まふゆは学校じゃ電源切ってるか。それじゃあ、私と奏はそれぞれ別の方へ向かった方がいい…ってことかな)
ぐるぐると考えていると、同じくボイチャに繋いだらしい奏から少し焦ったように声がかかった。
「絵名、メール見た?」
「うん、見たよ。あと瑞希からも連絡あった。私は神高の方に向かうけれど、奏はどうする?」
「うん、わたしもまふゆ…と、桃井さんから連絡があったよ。2人からの連絡もあったし、メールの文言でも両方に行って欲しいらしいからわたしは宮女の方に向かおうと思う」
「うん。お互い、気をつけて」
私はボイチャを切ると、最低限の荷物を持って家を飛び出した。
〈Side:I.H〉
ふと、意識が浮上してくる。私はなんで気絶していたんだっけ?…えぇと、そうだ。5限目の授業を受けているときに、別館かどこかの部屋から爆発音が聞こえて…そこから急に意識が遠のいたんだっけ。桐谷さんか誰かが教室から出て行くのが見えたような見えなかったような…辺りを見回すと、クラスメイトや先生がみんな倒れていた。気絶しているか寝ているか、そんなように見える。…やっぱり桐谷さんはいない。思考の海を漂っていると、ふと咲希の声が聞こえた。
「ん…うぅ……ん?はっ、アタシどうしちゃったんだろう!?ってみんな倒れてる!?」
「咲希!起きたんだね」
「いっちゃん!いっちゃんは起きていたんだ!これ、どういう状況なのかなぁ?」
「うーん、私も今起きたからよくわからないんだよね。どこの教室も静かだからここと同じ状況なのかな。」
「ちょっと怖いけど…廊下に出てみない?」
「そうだね。ここにいるだけじゃ何もわからないし…一緒に出よう。危険かもしれないし、一緒に行動しようか」
こうして私と咲希は、教室の外へと足を踏み出した。
〈Side:H.M〉
わたしが目を覚ますと、静まりかえった教室が視界へと飛び込んだ。先生、クラスメイト、誰も彼もが気絶していて異様な光景だった。ふと、クラスの元気印のえむちゃんが無事かと心配になって、彼女の席の方を見ると、えむちゃんはそこにはいなかった。えむちゃんは今日はちゃんと学校に来ていたはず。
(えむちゃん!?どこにいったんだろう…?どこかに連れ去られてしまったんじゃ…?)
扉の方を見ると、勢いをつけて開けていったのか扉が半開きになっている。えむちゃんが勢いをつけてこの教室に入るとこのようなことになっちゃうこともあるから、これだけで判断することは難しい。わたしは心配になって、教室から飛び出した。
廊下に出たと同時に、1-Cのドアが開いた音が聞こえた。そっちを向くと、教室から出てきた一歌ちゃんと咲希ちゃんと遭遇した。
「穂波!起きていたんだね」
「ほなちゃん!びっくりしたぁ!慌てていたようだったけど、どうしたの?」
「一歌ちゃん、咲希ちゃん!あのね、えむちゃんが教室に居ないの!どこに行ったか心配で…」
2人は目を見開いて驚いた。
「えぇ!?心配だなぁ…アタシ達もえむちゃんを探すのを手伝うよ!…いっちゃん、いいよね?」
「もちろん。私だって心配だしね。…私達が勝手に言っちゃったけどいいかな?」
「もちろん!2人がいると心強いよ。わたし、別館の方へと行こうと思っているんだけど、一歌ちゃん達はどう思う?危険だとは、思うんだけれど…」
「うん、私は穂波に賛成。もし連れ去られたんだとしたら犯人がそういったところにいてもおかしくないと思うし…多分」
「うーん、仲間が爆破を起こしてその隙に拐ったのかな?なんにせよ、えむちゃんが心配だよ〜!…あっ、アタシ達もほなちゃんについていくからね?ほなちゃんも1人じゃ危ないよ!」
「ふふっ、ありがとう、咲希ちゃん、一歌ちゃん。急いで別館の方へ向かおっか」
わたし達は咲希ちゃんのスピードに合わせながら、それでも急いで別館の方へと走っていった。
〈Side:K.A〉
「こはねちゃん!大丈夫?」
目を覚ますと、机の反対側からみのりちゃんが私に声をかけていた。目を覚ましたばかりだからかな、なんだか頭がぼんやりしている。けどなんか視界がクリアなような。あの爆発?のせいで教室内は暗いはずなんだけど。
「私は大丈夫だよ。みのりちゃんは?」
「わたしも大丈夫!」
2人で話して、とりあえず外に出ることになった。けれど、廊下に出た瞬間私は自分が明らかに異常なことになっていることに気がついた。
「〜〜〜!……」
(えっ…なにこれ!別館の方の話し声と1階にいる足音が聞こえる!ここからじゃ絶対に聞こえないはずなのに…)
「こはねちゃん、どうしたの?顔色、悪いよ…?」
「う、うん、体調は大丈夫、だと思う…でも、変な感じがして…笑わないで聞いてくれる?」
真剣な顔で頷いたみのりちゃんを信じて、私は自分の異変と外の状況について伝えた。
「ほぇ〜、何だか不思議だねぇ。確かにちょっと不気味かもしれないけれど、そっちに誰かがいるってことだよね?この状況について何か教えてもらえるかもしれないよ!行ってみない?」
みのりちゃんは信じてくれた。確かに外の状態も気になる…し、きっとその人に会えば状況を教えてくれるかもしれない。けど…
「や、やっぱり怖いよ、みのりちゃん。その人が爆発の犯人の可能性ってすごく高いし、こんな変な状況で何が起こるかわからないよ…!」
「大丈夫だよ!こはねちゃん1人じゃ無い、わたしもいるし!危なそうな人だったら逃げるか隠れるかすればいいよ!それにきっと、何か行動しなきゃ何も変わらないと思うんだ」
みのりちゃんは私の手をぎゅっと握って言う。みのりちゃんがいてくれるなら、何とかなるかもしれないと私は感じた。
「ありがとう、みのりちゃん。私、頑張ってみる。1階の方が近いし、そっちの方に行ってみる?」
「そうしよう!出発〜!」
私達は手を繋いで、教室の外へと踏み出した。
〈Side:T.T〉
爆発音と共に薄れた意識が、不意に浮上してくる。目覚めた時には何か自らの身体に違和感を感じたような気がしたが、すぐに忘れてしまった。ふと辺りを見回すと、クラスメイトだけでなく先生までもぱたりと倒れていた。どこからか謎の物音や少人数の足音は聞こえる気はするが、学生の騒ぎ声は校舎内から全然聞こえない。全員この教室のクラスメイト達のように気絶しているのだろうか。
(一体これはどのような状況なんだ?別館と…本館昇降口、あとどこかの廊下だろうか?足跡と声が聞こえる。違和感の正体はこれか…何が起きているのか全くもってわからんが、とりあえず昇降口側まで行ってみるとするか…)
オレは現状を理解しようと教室を出た。
廊下に出ると、いつもの賑やかさが嘘のように静まりかえっている。爆発の影響か、校内は停電していたが、不思議とオレの視界には影響がなかった。静かな廊下をひたすらに歩き、周りが静かすぎるからなのかはたまた別の理由があるのかいつもよりも足音を控えて階段を降りていく。降りきった先で誰かの気配を廊下から感じ、オレはとっさに階段の壁に身を隠した。その人物は誰かと連絡を取り合っているらしい。オレの耳は意識的か無意識的かその会話に聞き耳を立てていた。
「お前らの方はうまく行ったのか?」
“あぁ、こ…らも初動は…ま…行っ…いる。だ…なん…学…な…だか…し…も神…と宮女っ…ぅとU…Nのガ…どもと協……が多…なか……か?ど…せこっ…にガキ…もが……だろ。…ァ、…んどく…ぇ”
(…?宮…女…?)
宮女、だと?咲希が、いや咲希だけではない。咲希の幼馴染達が通っている学校だ。そちらもこのような騒ぎが起こっているのか?咲希は、無事なのか? 咲希は、咲希は、サキ、は…
「おい、貴様。宮女、と言ったか?」
いつの間にかオレは電話…?をしている男の前に立ちはだかっていた。
「はァ?何だよテメェ?UGNのガキでもイリーガルのガキでもねぇな?」
「UGNとかイリーガルとか言われてもわからん。オレの質問に答えろ。宮女に、何かしているのか?」
オレの質問に男はにたりと口角を上げる。
「あァ、そうだが?まぁ正確にいうと俺の仲間だがな!だからどうした?」
あぁ、許せない。許せない。此処だけでなく、オレの大切な家族がいる場所まで襲うとは。コイツらにとってサキが目的ではない事など関係ない。怒りがオレの脳内を支配していく。体が変質していく。獣の本能が現れていく。コイツを“潰”さねば。あぁ、潰さねば。跪かせるなど、平伏させるなど生温い。“潰す”。“圧し潰す”。
消せ。 消せ! 消せ!!!
オレの意識は完全に怒りと憎悪に塗り潰された。
〈Side:R.K〉
寧々と共に静かな廊下を駆ける。先程、別館との渡り廊下でそちらの方で授業中だったらしい彰人くんを除いたこの学校内のオーヴァード全員が集まっていた。そこで白石くんと瑞希が彰人くんと合流、僕と寧々が本館内で遊撃隊として動くことになった。
「そこまで多いわけではなさそう?」
「そうだね。別館の構成員がどのくらいいたかによる…かな。絵名くんを応援に呼んで貰っているようだし、こちらの敵をできるだけ片付けようか」
僕の雷撃や精製した銃、寧々の緋剣や従者で数人の構成員を倒して拘束しながら駆けていく。ふと、下の階から強い重圧を感じた。
「これは…バロール?」
「制御されていない強い力を感じる…新たなオーヴァードが暴走しているのか…?急ごう、寧々」
こくりと頷いた寧々と共に、段々と強くなっていく圧力を感じながら、僕は階段を駆け降りていった。
1階に着いた瞬間、上階とは比べ物にならないくらいの圧力を全身に受けた。寧々も一瞬倒れそうになったけれど、なんとか耐えていた。階段から廊下に出た先、FHの構成員の1人であろう男をその力で押し潰そうとしていた人物は、この神山高校に通う者であれば一度は見たことがあるであろう青年のものであった。グラデーションかかった金髪にクリームイエローのカーディガン。自信過剰ですごくうるさい、でも心優しく常識もある男という評判。天馬司がその片腕を獣の姿へと変え、その手に持つ魔眼で男を圧し潰していた。
「あいつって確か…」
「うん、僕でも知っているよ。隣のクラスの天馬司くんだね。彼が暴走している新たなオーヴァード…かな」
「あの潰されてる奴、わたしが見た感じまだ生きてるけど、多分もう動けないよね…?その、天馬、先輩?を大人しくさせたら大丈夫なのかな…」
「でも彼は暴走している。まともに言葉を交わすのは難しいだろうね。傷つけるもしくは気絶させなければいけないかもしれない」
僕は彼の前に一歩出る。寧々も僕の後ろに隠れて、でもしっかりと能力の発動の準備を行いながら続く。
「天馬くん?大丈夫…かい?」
その声に反応し彼はこちらを向く。その瞳は猫のように変化し、警戒心を顕にしてこちらを見つめている。
「お前らは…?まさか、コイツのっ…」
「ち、違うっ!わたし達は…あんたは知らないだろうけれど、UGNの人間!あんたを保護しに来たの」
「誰がッ!信じるか!」
そう言うや否や、バロールの重力の力を使って獣の腕を振り上げながら僕の方へと突進してくる。制御なく暴走されたキュマイラの力は危険である。僕はとっさにモルフェウスの力による砂の壁を作って防御を行った。けれど、キュマイラの馬鹿力はいとも容易く壁を破壊する。
(けど、それくらい僕も想定内さ!)
僕は天馬くんが壁にぶつかった一瞬を使って攻撃の軌道から逸れながら、ブラックドックの電流を使って彼に強い電流を流した。彼はその衝撃に目を見開き、重力の力で僕を吹っ飛ばした。が、暴走した上にダメージを受けた彼にとって限界だったらしい。ふらりと天馬くんは倒れこんだ。気絶したらしい。彼が意識を手放したことで力も消え、強い圧力も消えていった。
〈Side:N.K〉
天馬先輩が気絶したことで、わたし達も落ち着くことができるようになった。とりあえず、この人をUGN関係者に預けなきゃいけない。体を見てもらって、ちゃんとこの人に説明しなくっちゃ。…そういえば。
「類!吹っ飛ばされたけど大丈夫?」
「うん、そんな酷くは無いよ…っていたた…」
類が腕をさすりながら立ち上がった。吹っ飛ばされた衝撃でちょっと腕を痛めたみたい。…え、ちょっと待って。類が腕を痛めたということは…
「ねぇ、類。天馬先輩、どうやって外まで連れ出す?類のその腕じゃ無理だろうしブラムでもソラリスでもないから自己回復出来ないでしょ?わたしの自己強化か従者が連れていく感じ?」
「…いや、幸いなことにここは1階だ。僕がモルフェウスの力でストレッチャーでも作り出してそれで連れて行こう。まだFHの奴らはいるかもしれないし、それならば寧々も力を温存したほうがいい」
「ん。わかった。急ご」
悲しいことにいくらオーヴァードといえどもわたしは身体強化をしない限り同世代の男子なんて持ち上げられないから、従者を呼び出して先輩をストレッチャーに乗せさせた。類の腕を無理させるわけにもいかないから、わたしが押した。運良く他の構成員に遭遇することもなく、わたし達は昇降口へとたどり着いた。すると、そこには暁山さんや支部からの連絡を受けてこっちに来た絵名さんが息を切らしながら立っていた。
「絵名さん!」
「はぁ、はぁ…すっごく慌てた。寧々ちゃんに類くん、大丈夫だった?…ってその子…新しいオーヴァード?」
「そうだよ、絵名くん。もしかしたら夜間の君でも名前くらいは聞いたことがあるかもしれないね。彼は天馬司くん。先程暴走していたから申し訳ないけど気絶させて連れてきたんだ」
「ん?あー、聞いたことあるかも。とりあえず、彼を支部の方へと送り届ければいい感じ?校門近くにUGNの車回してくれているからそこに連れていこ。そしたら私も加わるからFHの処理再開…でいいよね?」
こくりとわたし達は頷く。天馬先輩を車に送り届けたあと、わたし達は残党を片づけるために再び学校へと乗り込んだ。
〈Side:T.A〉
ふと、強い力を感じて俺は目を覚ます。辺りを見回すと、気絶する前の記憶の通り、クラスメイト達や授業を行っていた教師は倒れこんで意識を失っていた。ふと、携帯の電源をつけようとしても謎のノイズが画面に走り、操作することができなかった。考えを巡らせていたところで思い出す。
(あの爆発…そうだ、彰人は無事なのか?)
いてもらってもいられず、俺は教室を出て別館の方へと駆けて行った。
彰人が授業を受けているであろう場所へと駆けていく。たまに空き教室であるはずの部屋に誰かの気配を感じた気がしたが、今は気にしている余裕がない。そうして渡り廊下を渡った瞬間、目覚めた時の力とは違う、強い力の奔流を感じた。力の発生源である場所は彰人の教室よりも少し奥の辺りだ。背筋にぞわりとした何かが走り、俺は衝動のままその場所へと駆け出した。
発生源である教室の近くまで来ると、その部屋の中で起こっているであろう、非日常的な戦闘音が耳へと入っていった。
(っ…!?戦っているのか、誰が、何と…?)
“嫌なもの”は良く当たるとはよく言ったもので。教室内から聞こえてきた声は、俺の中の“最悪な状況”を現実とするものであった。
「クッソ、コイツ地味にうぜぇ!」
(彰人!?)
「あーもう彰人、落ち着いて!今日どうしたのさ!」
「弟くん、ボクもサポートしてるから!周りをよく見て!」
(白石に、暁山まで…!?)
俺の戦闘音を聞いた時から固まっていた体はどこへいったのやら、衝動のまま俺はその扉を開けた。
〈Side:A.S〉
「彰人っ!!!」
その声にオレは、衝撃と動揺で固まってしまった。だってその声は、本来いるはずもない男のものだったから。
「なんで、ここに…」
それは、杏と暁山も同じようだったようで。
「…え、とう、や…?」
「え、待って、冬弥くん、オーヴァードだっけ…?」
目の前にいる交戦中のFH構成員のジャームの存在すら一瞬忘れて、男…青柳冬弥に視線が集中された。お互いに困惑の視線を交わして、特に何もこの状況も、この非日常も知らない冬弥はその表情が強かった。
「その…色々と聞きたいことがあるのだが。暁山、オーヴァード、とは…?」
「色々聞きたいだろうけどゴメン、下がってて!あいつ片付けてから疑問には答えるから!」
後衛の暁山がその背に冬弥を隠し、オレと杏が前に立つ。オレがサラマンダーの力でその腕に炎を纏わせて突っ込み、杏はエグザイルの力で硬質化させた髪の一部をジャームへと投げる。杏の髪の針はジャームの電流によって弾かれたが、暁山のオルクスの力による補助が乗ったオレのパンチが叩き込まれる。
「炎だけかと思ったか!」
オレのもう一つのシンドローム…ハヌマーンの力を使い、衝撃波を叩き込む。が、まだこれでも足りないらしい。ブラッグドックの力で身体から拳銃が現れる。あろうことか、その銃口はオレ達の後ろにいる冬弥の方へと向けられていた。
「冬弥!」
この状況で普通に動けているところから、冬弥がオーヴァードへと覚醒したことはほぼ確実だろう。しかし、本人がオーヴァードであることを自覚していない上に、最悪の場合“AWF(アンチワーディングフィルター)”持ちの一般人であった可能性も否定できない。シンドロームによっては自衛が難しいだろうし、そもそも覚醒したばかりの冬弥がまともにエフェクトを使うことのできる確証もない。そう思い、オレが冬弥の方へと振り向いた瞬間。あいつの瞳を見た瞬間。“青柳冬弥はこの状況を覆すことが可能なオーヴァードである”とオレは直感した。あいつがたった今、オーヴァードへと変貌した瞬間をオレの瞳は正しく目に焼き付けた。
ジャームの弾丸が冬弥へと向かって放たれた。その弾をあいつは無駄な動きなく躱し、次の瞬間には氷の弾丸があいつの手からジャームに向かって放たれた。その弾はジャームへと命中しその両手を凍り付かせた。
「冬弥、お前…!」
「オーヴァードになっちゃったんだね、冬弥」
「…!っ、俺は…いや、覚えている。頭のどこかがぐるぐると動いて、こうすればいいと勝手に身体が動いたんだ。これが、俺の力…なのか…?」
何を自分が行ったのかあまり理解していない様子の冬弥に、暁山がぽんと肩を叩く。
「冬弥くん、キミはオーヴァードの中でも炎や氷を扱う能力と凄く色々なことを並行して考えることができる能力を持っているんだ。慣れないことだろうけれど、その力を使ってボク達をサポートして欲しいんだ。大丈夫?無理そうならいいよ、後でちゃんと説明するから」
暁山が冬弥と目を合わせて問いかけた。
「いや、俺も戦おう。俺もみんなの手助けができることがわかったんだ。先程は無意識的に使っていたようだが、なんとなく使い方はわかった。恐らく、大丈夫だと思う」
「何も知らないのにありがとね、冬弥」
「…ここから先、ショッキングな出来事を目の当たりにすることになるぞ。本当にいいんだな、冬弥?」
オレ達のすべきこと、そしてこれから行わなければならないこと。それは、冬弥の心に傷をつけることになる。冬弥が傷つくことを恐れたオレは、冬弥にそう問いかけた。
「…大丈夫だ。どのようなことが起ころうとも、俺は彰人やみんなの力になろう」
…あぁ、そう返されてしまったら止める言葉も見つからない。
「…仕方ねぇな。どうなっても知らねぇからな」
「…!あぁ!」
こうしてオレ達は、バチバチと火花を散らすジャームへと向き合った。
〈Side:M.A〉
弟くんが冬弥くんに覚悟を聞いていた。過保護だなぁとは思うけれど、でも確かにボク達(オーヴァード)というものは命のやりとりをする存在だ。目の前の、怪物となったもの(ジャーム)は消滅させないといけない。それは、もともとそのような世界から離れて生きてきた冬弥くん達元一般人にはショッキングな光景だ。だってボクもそうだったし。最初の仕事とかめちゃくちゃ動揺したし。
冬弥くんの意思が固いことはボクや杏からもわかった。弟くんもお手上げみたい。臨戦態勢のジャームに全員が向き合った。
「せいっ!」
杏が再び“髪の針”を投げる。ボクも相手の“重力”を強めた結果か今度はジャームも捌ききれなかったみたいで、数本の針が腕に刺さっていた。
「彰人、白石の反対側から行け!」
ノイマンの力を使った冬弥くんの指示が弟くんに飛ぶ。その指示通りに動いた弟くんが、炎の剣を作り出して斬りかかる。ジャームは磁力で防御しようとしたけれど。
「させるわけないでしょ!」
「もっと“重く”させようか?」
さっきの攻撃の時に侵入した杏の組織とボクの重力が、あいつの体を止めた。
「これもどうだ!」
さらにその足に冬弥くんの氷の弾丸の支援射撃が飛ぶ。3人の支援を受けて、弟くんはその刃を振り下ろす。その剣の炎はジャームを包み込み、自然と他には延焼させずにその身を焼く。その炎が消えたときには、ジャームは跡形もなく消えていた。その結末を、冬弥くんは凝視していた。
「…冬弥。大丈夫…?」
杏が心配して冬弥くんに声をかける。その言葉に冬弥くんはは、と正気に戻ったみたい。
「いや、大丈夫だ。確かに衝撃的な光景ではあったが、頭と心のどこかではそうなるのだろうと覚悟していた」
「…アハハ、さすがノイマンだね。…いや、違うか。それが冬弥か。いやぁ、冬弥のメンタルの強さは凄いや」
「…?あぁ。それと、ノイマンとは何だ?」
「それは私達の本拠地についたら説明するから!」
そう杏達が話しているのを聞きながら、ボクは携帯で爆発の原因は止めたと支部へと連絡する。と、携帯に入れていたナイトコードのアプリの支部連絡用部屋に来ていた支部からの依頼(今回のヤツ)が目に入る。そこには、ボク達にとって衝撃的なことが書かれていた。
「送信、っと…ん?これ、この仕事のだよね?絵名達に通知された…って嘘!?」
「あ?どうしたんだ、暁山」
「コレ!宮女も同じ事態になってたみたい!まぁまふゆ達なら大丈夫だと思うけどさ〜。これ、多分オーヴァード結構増えるね?」
そう言って杏や弟くんにチャットを見せると、2人とも驚いた。
「わっ、ほんとだ!でも、遥達なら大丈夫だよね…講義エリアとか訓練エリアとかもっかい点検しなきゃ…」
「とりあえず、冬弥を支部に連れていかねぇとな。他のやつも覚醒者を保護したんなら、支部に連れてってるだろ。あと後処理の要請」
ボク達がああだこうだ話していると、一気に蚊帳の外になっていた冬弥くんがきょとんとした顔でこっちを見ていた。
「ええと、俺はその本拠地…とやらに連れていかれるということであっているのだろうか?」
「そうだよ、みんなで一緒に行こ!…あぁ、心配しなくても大丈夫!冬弥も知っている場所だから!」
杏と弟くんが冬弥くんを連れて行っている。これから増える仲間たちのことを思い描きながら、ボクも3人についていった。
〈Side:S.T〉
アタシ達が急いで向かった爆心地と思われる場所。アタシがその教室の扉に手をかけた瞬間、悪寒のようなものが走った。
(…っ!?)
「咲希?」
「なんだか、とても“嫌なもの”…がある気がする…」
「え、それって大丈夫なの?」
いっちゃんとほなちゃんが動揺した気配がする。いっちゃんがふと扉に耳と近づけて音を聞こうとすると、驚いたようにすぐに扉から離れた。
「ねぇ、2人とも…戦ってる、音が聞こえる」
「「っ!?」」
アタシ達は息を呑む。いてもたってもいられなくなって、3人で目を合わせて、その教室へと飛び込んだ。
飛び込んだアタシ達が目の当たりにしたのは、予想よりも衝撃的な光景だった。
飛び交うのは閃光と雷撃と炎。そこにいたのは知らない男の人(多分この人が侵入者?)とえむちゃんだけじゃなくて、あいり先輩やあさひな先輩、それにしほちゃんまでいた。…え、どうして?扉を開けた音で、4人はアタシ達に気がついたみたい。アタシ達を見てみんな固まってた。
「え、どうして、一歌、咲希、穂波…!?」
しほちゃんは見るからに動揺していて。
「えぇ〜っ!?なんでみんな起きてるの〜!?」
えむちゃんは無事だったけどすごくびっくりしていて。
「…みんな、オーヴァードだったんだ。…違うか。覚醒したんだね」
あさひな先輩は見たことのないような表情でアタシにはよくわからない事を言っていた。
「あーもう!こうなっちゃったからには仕方がないわね!危ないからこっちでまふゆとえむちゃんの後ろに隠れてて!」
そのあいり先輩のことばでは、と謎の電撃を発する危険人物のことを思い出してアタシ達は言われた通り2人より後ろに隠れた。
「ここはわたし達が片付けるからそこで隠れてなさい!終わったらちゃんと検査して、そこから説明するから!」
あいり先輩はアタシ達に指をビシッと差してそう言った。
「一歌達には指一本も触れさせない…!」
しほちゃんの拳に針や角のような物が現れた。
「あたしがみんなを守るっ!」
えむちゃんの周りには明るい光が集まってくる。
「この行く末を見るも見ないもあなた達次第。…まぁ、この世界に入った以上いつかは嫌でも直面すると思うけど」
あさひな先輩はじっとアタシ達を見ながらそう言った。その意味ははっきりとはわからない。けど、アタシ達の日常はしほちゃん達によって守られていたということはなんとなくわかった。そしてアタシ達は“そっち側”に行ってしまうことも。
〈Side:I.H〉
私達が目の当たりにしているのは、私達にとっての非日常の光景だった。志歩の角の攻撃とそこから発される衝撃波。鳳さんが放つレーザー攻撃に、桃井先輩の炎の拳。朝比奈先輩はどこからともなく現れた薬品をたまに投げつけている。
私達にとっての非日常。でも、志歩達にとってはきっと日常。いいや、戦闘自体は非日常なのかも。朝比奈先輩の言葉を思い出す。この世界に入った以上、私も不思議な力を手に入れた以上、その非日常に身を投じることになるのだろう。このことには薄々気がついていた。だって、そうでないと防音がしっかりしているこの部屋の扉に耳を近付けただけで、異音に気がつくことなんて無いと思うから。だって、咲希や穂波はその音に気が付いていなかった。私“だけ”がその音に気がついてしまったんだ。そしてこれは私の勘だけど、きっと2人も自らの変化に気が付いている。
私は、私達は、きっとこの光景を知らないといけないんだ。
電撃使いの相手が放った電撃を、志歩が相殺する。鳳さんのレーザー攻撃は、相手の装甲…?の隙間に命中する。一瞬のようで長い攻防。朝比奈先輩の的確な指示と、桃井先輩が操る炎と氷は相手へ鋭い攻撃となる。その後の鳳さんと志歩の攻撃によって、相手は倒れて不思議と消滅した。無事に何とかなったみたい。
「さてみんな。出てきていいわよ」
私達はそれを聞いて物陰から出てきた。朝比奈先輩は携帯でどこかと連絡していて、鳳さんは心配そうにこっちを見ていた。志歩は深妙そうな顔をしながら、こっちに近づいてきた。
「なんで、3人もオーヴァードになっちゃったんだろう…とりあえず、みんなが無事で良かった。で、なんでこっち来たの。明らかに危険なこっちに来るよりも昇降口から逃げたらよかったじゃん」
その志歩の言葉に、穂波が返す。
「心配かけちゃってごめんね、志歩ちゃん。それにえむちゃんに先輩方も。わたし、教室で目が覚めたらえむちゃんがいないことに気がついて…ほら、えむちゃんのお家の事もあるから、連れ去られてしまったんじゃないかと心配しちゃって…2人のせいじゃないよ、わたしが行きたいって無理言っちゃったから」
「っ、そんなことないっ!アタシもいっちゃんもえむちゃんが、みんなが心配だったからついてきたの!ほなちゃんだけが悪いわけじゃないもん!」
徐々にヒートアップしていく3人に、鳳さんがストップをかける。
「す、ストーップ!みんな、落ち着いて!穂波ちゃん、あたしを心配してここに来たんだね。心配させてごめんね、あたし大丈夫だから!」
「そうよ、まずは全員無事だったのだからお互い安心しましょう。…さて、拠点に向かいましょうか。みんなへと説明と、ここの後処理と諸々申請しないとだしね」
鳳さんと桃井先輩のストップでみんな落ち着いたらしく、大人しくこくりと頷いた。
「…連絡できたよ。拠点、行くの?」
携帯でどこかと連絡を取っていた朝比奈先輩も会話へと加わってきた。
「えぇ。星乃さん達も悪いけれど連れていくわ。…そっちの方が安全だとおもうし…」
「あっあの!…学校の方は、どうなるんですか…?」
私は思い切って現状とは関係ないけれど今漠然と抱いていた疑問を先輩方にぶつけた。
「あー…校舎自体はさっさと修復はできるけど、学校が始まるまでは数日かかると思うわね…生徒・教師その他に対しての記憶処理に対オーヴァードへの警備体制…やることが多いから、ね…」
「その間に一歌達への説明や諸々をすることになると思うよ、一歌達がどんな選択を行うかに関わらずね」
桃井先輩の説明に志歩が補足を行う。自らの変化諸々から志歩達についていくことに抵抗がなかった私達は、4人の「拠点」へとついていくことになった。
〈Side:M.H〉
わたしとこはねちゃんは教室を出て、昇降口へと向かっていた。不気味すぎるほど静かな廊下を歩いて、もうすぐ昇降口へと着くあたりのとき、正面から知らない人がこっちに向かって歩いてきていた。驚いたこはねちゃんがわたしにしがみついている。
「あれェ?ワーディングの中なのに普通に動いている一般人がいるねェ?」
「ひっ」
こはねちゃんの握る力が強くなる。相手の人の不気味さに、わたしの体もこわばっていた。
「これは新たな覚醒者かァ。これは捕まえなければ。ちょォッと眠っててもらおうかなァ?」
相手が手を振り上げた。あの人から変な気配を感じる。もう無理だ、と感じて、でもこはねちゃんは守りたくて。わたしがぎゅっとこはねちゃんを抱えてうずくまった瞬間だった。
「みのりちゃん達に…」
「手を出させるものですか!」
ここにいるはずもない、大切で輝いている人達の声が聞こえた気がして、顔を上げた瞬間。目に飛び込んできたのは、顔も知らない小柄な長い髪の女の子と、手に何かを持った雫ちゃんと、銃を構えて相手に対して放とうとしている遥ちゃんだった。
「…はぇ?」
わたしが変な声を出した瞬間、遥ちゃんが持っていた銃を発砲した。その弾は一直線に相手へと飛んでいって、振り上げた腕に命中した。
「チッ、UGNのガキどもめ。邪魔しやがってェ…」
「さっきも言ったけれど、あなた達にみのり達を渡してやるものですか!」
「みのりちゃん達は私達が守るわ!」
わたし達を守ると、すごくかっこよく宣言する遥ちゃんと雫ちゃんにわたし達は見惚れていた。2人の邪魔にならないようにこはねちゃんと一緒に隅の方で縮こまっていると、ふと声が聞こえてきた。
『…ねぇ、2人とも。聞こえる…かな…?』
「ひゃっ!?」
こはねちゃんがびっくりして声を上げる。
『…あ、ごめん、おどかせちゃったね。わたしは宵崎奏、桐谷さん達と一緒にいた仲間だよ。今、わたしの力で2人だけに声をかけているんだ。軽く状況の説明と2人への指示を伝えるから、2人にだけ聞こえるような声で返事をしてくれる?わたしには聞こえるから』
「は、はい…!」
『ん、ありがとう。しっかりとした説明はこの場を収めて落ち着ける場で話してくれると思うけど、今2人が動けているということはあなた達は人とは違う力に目覚めてしまったっていうことなんだ。けど、目醒めたばかりのあなた達をこの戦いに巻き込むわけにはいかない。そのためにはこっちに離脱して貰いたいのだけれど…無理そう、かな?』
宵崎さんの話はちょっと理解が出来なくて。でも、異常事態に巻き込まれているということはなんとなく想像はついていた。そもそも遥ちゃんが本物の銃を持ってて、雫ちゃんが薬品を操ってて、宵崎さんがなぜかわたし達にしか届かない声で会話してて、極め付けに出会い頭でわたし達を認識した瞬間に捕まえるとか言っていたあの人。これを異常と言わずに何を異常と言えばいいのか。
とりあえず、宵崎さんの言う通りにあの人の後ろから安全圏だろう遥ちゃん側に行ければ安全だとはわたしも思う。けど…
「けど…いくら桐谷さん達と戦っているとは言っても、気付かれずに逃げる事は難しい…かなぁ…」
こはねちゃんが代弁してくれた。
『そっか…そうだよね。2人に無理させる訳にはいかないし…それだったらごめん、謝るよ』
「いいえ!謝ることはないんです!むしろ気を遣ってくださってありがとうございます!」
『ううん、違うんだ。たしかにあなた達に無茶を言ったことも謝らなきゃいけないけれど、それ以上に…ショッキングな光景を2人は目の前で見なきゃいけないから…辛かったら、目を伏せて。』
「…え?」
宵崎さんとの会話が終わって気が付いた時にはあの人はもう息も絶え絶えで。雫ちゃんが足下に向かって投げた薬品は足を止めるものだったみたい。身動きが取れずにもがいていた。
「遥ちゃん、奏ちゃん、いまよ!」
その掛け声と共に、遥ちゃんは床を隆起させて飛ばして、宵崎さんは目に見えない…衝撃波…?を飛ばして攻撃した。
「これで終わりっ!」
「2人とも、目を伏せていて…!」
遥ちゃん達の攻撃が直撃する瞬間、わたし達は反射的に目を伏せた。ふと顔を上げると、服だけを残して謎の人物の体は消えていた。わたし達が理解できずに固まっていると、遥ちゃんと雫ちゃんが駆け寄ってきて、わたし達を抱き寄せた。
「よかった、本当によかった…」
「私も安心したわ。怖がらせてしまってごめんなさい、みのりちゃん、こはねちゃん」
「あのっ、えっと、助けてくれてありがとうございます、桐谷さんに雫先輩っ!それに宵崎さんも!」
「怖かったよ〜!」
宵崎さんもわたし達からちょっと距離をとって、安心そうに笑っていた。
「わたしも、2人が無事で安心した。少し休んだら、拠点の方に行こうか。あとは他のエージェントに任せよう」
こうして、非日常の世界へと足を踏み入れたわたし達は、宵崎さんが言う「拠点」へと向かった。
〈Side:S.T〉
アタシ達がその拠点へと歩いている間、人目がつかない所でしほちゃんや先輩達からこの世界について軽く聞いた。超常の力を与えるウィルス“レネゲイド”。その力を行使するしほちゃんやアタシ達“オーヴァード”。そのオーヴァードの成れの果て“ジャーム”。オーヴァードによる犯罪やテロから守り、正しくオーヴァードを育成する組織、“UGN”。オーヴァードやジャームからなる国際的テロ集団の“FH”。本格的な説明やアタシ達の処遇についてはちゃんと集まってから説明がされるらしいけど、1番大切な“自分は何者なのか”と言う疑問が解決できてよかったと思ってる。
裏通りを歩いて、賑やかなビビッドストリートの一角。とあるお店の前で止まった。ここが目的地みたい。
「WEEKEND GARAGE…?」
「そ、ここが私達の拠点。…表向きは歌好きのこの街の人が集まるカフェなんだけどね。で、こういった時に利用する入り口はこっち」
そう言ったあいり先輩の後をついて行って着いた裏口。そこにはアタシも見知った顔がいた。
「とーやくん!?」
アタシの声に驚いたとーやくんが振り向いて、さらにびっくりした表情になる。
「咲希さん!?」
「どしたの冬弥、知り合い?」
一緒にいた黒髪の女の子がとーやくんにアタシ達のことを聞いてる。
「咲希、知り合い?」
こっちでもいっちゃんがとーやくんのことを聞いてきた。
「そっか、お兄ちゃん繋がりの知り合いだからいっちゃん達は知らないんだ。あの子はとーやくん、お母さん繋がりの知り合いで、お兄ちゃんの後輩だよ!お兄ちゃんのことをすっごく尊敬していて、よく遊びに来てくれたんだ〜!」
アタシ達がとーやくんについて話している中で、あさひな先輩やあいり先輩はピンク髪の女の子やオレンジの男の子と話していた。
「まふゆに愛莉ちゃん、おかえり!そっちも増えたんだね〜、しかも大所帯」
「そっちもお帰りなさい、瑞希に彰人くん。大丈夫だった?」
「ハイ、こっちも大丈夫でした。先に神代センパイや草薙達が帰ってるみたいなんすけど、暴走者がいたっぽいんですよ」
「…そう。それじゃこれからについてはその人が起きて、説明してからだね」
その話を聞いた途端、アタシはなんとも言えないような不安感を覚えた。
(なんだろう、この感じ…)
「待たせてしまってごめんなさいね、早く中に入りましょうか!こんな場所で大人数がいると…ね?」
「はっ、はい!そうですね!それじゃあ、お邪魔しよっか?」
あいり先輩とほなちゃん達に促されて、アタシ達は裏口を開けてすぐの階段を下って行った。
階段を降り切ってすぐの扉が開くと、そこはこのお店の…ううん、この街の地下にこんな場所があったのかと驚くくらいの広さがある空間が広がっていた。アタシ達新規組が驚いていると、左側の扉から出てきた紫の髪のお兄さんと茶髪のお姉さんと目があった。瞬間、えむちゃんが紫のお兄さんに突撃していった。
「類くーん!ただいま、そして類くんもお帰りなさい!無事でよかったよ!絵名さんもお帰りなさい!寧々ちゃんは?類くん達と一緒だったよね?」
るいさん?はえむちゃんのハイテンショントークに慣れているのか、ただいま、と返した後こう言った。
「えむくん達も無事でよかったよ。寧々は天馬くん…こちらで保護した新しい覚醒者の子なんだけどね、その子に付き添っているよ。寧々はブラム=ストーカーだし、僕達よりもそういったことに詳しいからね」
天馬くん……“天馬くん”!?アタシ達幼馴染4人ととーやくんが驚愕する。だって、神高の“天馬”なんて1人ぐらいしかいないはずだから。アタシととーやくんはいてもたってもいられなくって、
「お兄ちゃん!?お兄ちゃんがそこにいるんですか!?」
「司先輩は無事なんですか!?」
るいさんとくっついてたえむちゃんに詰め寄った。けどえなさん?が間に入って。
「2人とも落ち着いて。…って言っても知り合い…しかもそこのあなたにとっては身内…なのかな?が同じ状況に巻き込まれてて、しかも倒れてるってなったら焦るのも無理ないか。安心して、天馬くんは無事だよ。まだ時間もあるし、お見舞いに行こうか。彰人にまふゆ、みんなもいい?」
「そうね。わたし達の方で帰還とその他の連絡はやっておくわ。志歩ちゃんも行ってきたら?心配でしょ?」
「…!はい、ありがとうございます、桃井先輩」
「マジで一気に大所帯になったな…」
「会議始まる時に呼びに行く。それまでそこにいて」
「了解、わかったわよ。…それじゃ、みんなついてきて。類くん達もいいかしら?」
ついていくメンバーが全員頷いて、それを確認したえなさんが出てきた扉に入っていった。
〈Side:H.M〉
絵名さんと類さんに導かれるまま歩いていって、とある扉を開く。そこには眠っている司さんと、ちょこんと座った緑の髪の女の子がいた。
「寧々ちゃん!ただいま!その子が天馬くん?」
「ちょっ…えむ!…おかえり。けど今は人が眠ってるから。静かにしてもらえる?」
「あっ!そうだった〜!ごめんね!」
謝ったえむちゃんが口元をぱっと押さえた。1番そわそわしていた咲希ちゃんが絵名さんに促されるまま寧々さん…?とはベッドを挟んで反対側にあった椅子に座った。全員が落ち着ける位置に付けた事を確認すると、類さんが口を開いた。
「さて、彼が起きるまでにお互いの自己紹介を済ませておこうか。状況説明は彼が起きてからね。僕は神代類、神山高校に在籍する高校生で、UGNの協力者だ」
「次はわたし…だよね。草薙寧々。神高の生徒でフェニランで類とえむとショーをやってる。UGNとの関係は正式に所属しているエージェントだよ」
「はーい!あたしは鳳えむ!宮女の生徒で、フェニランのワンダーステージのキャストやっています!あと、UGNのエージェントもやってるよ!類くんと寧々ちゃんはワンダーステージで一緒にショーキャストもやってるの!」
ショーキャストという3人の言葉に、咲希ちゃんが真っ先に反応した。
「えぇっ、フェニランのショーキャストやっているんですか!お兄ちゃん、ショーが大好きでアタシにもいっぱいショーを見せてくれたんです!あ、アタシは天馬咲希、ここで眠っちゃっているお兄ちゃんの妹です。しほちゃん達幼馴染でバンドやってます!アタシはキーボード!」
「次は私かな。私は星乃一歌です。咲希、穂波、志歩でLeo/Needっていうバンドやってます。私はギターボーカルやっています」
「それじゃあわたしだね。望月穂波です。バンドではドラムをやってます」
「最後は私?とは言ってもこの面子じゃ青柳さんくらいしか知り合いじゃない人いないけど。日野森志歩、バンドではベースやってるよ。UGNでの立場はエージェント」
わたし達が次々に自己紹介を行った。では、と青柳くんが口を開く。
「次は俺でしょうか。青柳冬弥です、司先輩は俺の大切な先輩です。とある目標に向かって彰人と一緒にストリートで歌っています」
「最後は私だね。東雲絵名、学校は神高だけど夜間に通っているよ。あと冬弥くんの相棒の彰人の姉。UGNでの立場はエージェントだよ」
そうやって自己紹介していると、眠っている司さんがの声が聞こえた。
「…ん…うぅん…」
「お兄ちゃん!」
咲希ちゃんが立ち上がって司さんに声をかける。しばらくすると、司さんが目を覚ました。
「う…ん…ここは…?」
「天馬くん、起きたんだね。おはよう、体は大丈夫かい?あと、どこまで覚えているか、もしくはどのような状況だったかわかるかい?」
「…ああ、おはよう?お前は…確か隣のクラスの神代だったよな?体は…よくわからんが、悪い程ではない。そして、どこまで覚えているかだったか…思い出すから少々待ってくれ…」
司さんはそこまでいうとうんうんと考え込んだ。と、なにかを思い出したのか、さっと顔色が悪くなった。
「っ!そうだ、思い出した…!宮女が襲われていると聞いて…いてもたってもいられず飛び出して…話に乗せられて何かが切れたような感じがしたんだ。壊せ、壊せ、ってそれだけで頭がいっぱいになった。その後の記憶が曖昧だな。あいつを攻撃していた事と、お前達に止められた事はぼんやりと覚えているが…あぁ、そうだった。神代に一緒にいたお前。止めてくれてありがとう、あれ以上暴れていたら取り返しのつかない事をしていたかもしれない…」
「別に…こうやって新しい覚醒者を保護するのはわたし達の義務だし」
草薙さんが恥ずかしいのか目を逸らしながら答えた。
「寧々の言う通り、僕達はUGNとして当たり前の事をしたまでだよ。…そうだ、天馬くんにも君がどうなってしまっているのかと今君達が置かれている状況を軽くでもいいから説明しなければね。君達も志歩くん達から聞いただろうけれど、復習ついでにもう一回聞いておくといい」
そうして、神代さんはオーヴァードについて、説明をしてくれた。司さんは非現実的な話に一瞬顔色がまた悪くなっていたけれど、暴れていたって言っていたぐらいだから心当たりがあったのかな。すんなりと受け入れていて、
色々と神代さんに質問も行っていた。
「オーヴァードにUGN…難しいな。オレや咲希達の処遇はどうなるんだ?」
「僕達としては、正式所属でもイリーガルでも構わないからこっちに身をおいてほしい、としか言いようがないかな。今回の騒動で君達がオーヴァードに覚醒してしまった事はFHに筒抜けだ。ここに所属しなかった結果FHに連れらされて…という最悪のシナリオもあり得るからね。僕達としても君達を見殺しにはしたくない」
「まぁ、こればっかりはあなた達に強制する訳にはいかないからね…」
UGNの皆さんが黙り込む。と、絵名さんの携帯から着信音が流れた。
「もしもし?よかった、全員帰還したんだ。え?また増えたぁ?…支部長達も来たんだよね?こっちも天馬くん起きたし、私達も会議室に向かうね。それじゃ」
絵名さんが電話を切ると、さて、と言ってこっちを向いた。
「天馬くんも起きたし、支部長も来たみたいだから私達も会議室に向かうよ。これからのことは全員で話し合いましょ」
ついてきて、と言って出ていった絵名さんを、わたし達は慌てて追いかけていった。
〈Side:K.A〉
遥ちゃん達に連れられてやってきた地下施設内の会議室。そこでは、愛莉先輩達が知らない人達と何か話をしていた。扉の開閉音でこっちに気がついたみたいで、あら、と愛莉先輩は驚いた表情をしてこっちを見ていた。
「おかえりなさい、遥、雫、宵崎さん。ってみのりにこはねちゃん!?あなた達もこっち側に来てしまったのね…何はともあれ、無事でよかったわ。紹介するわね。まふゆは…同じ学校だし知ってるわよね?このオレンジ髪の男の子が東雲彰人くん、私達と同じUGNのメンバーよ」
「どうも」
東雲くん?が人の良さそうな笑顔でぺこりとお辞儀をした。
「黒髪の方が白石杏ちゃん。同じくUGNのメンバーで、多分同世代だと最古参じゃないかしら」
「よろしくねー!無事に帰ってきてくれてよかったよ!」
白石さんが眩しいばかりの笑顔で手を振った。
「こちらが鳳晶介さん。この方もオーヴァードで、鳳えむちゃんのお兄さんよ」
「えむが世話になっているな。騒がしいだろ」
「えむちゃんのお兄さんですか…!?お、お世話になっておりますっ!よろしくお願いしますっ」
友達のお兄ちゃんと聞いてちょっと緊張しちゃった。
「それで、こちらが白石謙さん。杏ちゃんのお父さんで、UGN日本支部内のシブヤ支部の支部長よ」
「よろしくな。謙でいいぞ。お前らが無事でよかった」
謙さんが大人の笑顔で挨拶をした。…あ、確かに白石さんと似てる。
「絵名達を呼んだし、そろそろ来るんじゃない?」
「そうね、わたし達も座っておきましょう。あなた達も色々あって疲れたでしょ?」
皆さんに促されるまま、わたしとみのりちゃんは席に座る。と、会議室の扉が開いた。そこからは、わたし達もびっくりするメンバーが現れた。
「「Leo/Needのみんな!?」」
「こはねにみのり!?2人もオーヴァードなの!?」
わたしとみのりちゃんと一歌ちゃんの声が会議室に響く。他のメンバーも各々の関係者がいたようで色んな人が驚きの声をあげていた。と、茶髪のお姉さんがパンパンと手を叩いて注目を集めた。
「君達も無事でよかった。積もる話もあるだろうけど、まずはこれからの話をしましょ。さ、座って」
一歌ちゃん達もお姉さんに促されるまま席に座った。まずはお互いの自己紹介と各グループごとにどこまでの情報を把握済みなのかの確認があった。と、そこまで終わると晶介さんは壁沿いに置かれていたノートパソコンとプロジェクターを起動させた。プロジェクターに、今起動したパソコンの画面が映し出される。
「お前ら、出てきていいぞ」
『はーいっ!』
晶介さんの呼びかけに応じて画面内に飛び出してきたのは。
「うわぁ!本当に新しいオーヴァードの子がいっぱいいるね!」
「リン、新しい子といっぱい話したいよ〜!」
「オレも!」
「リン、レン、画面に近づきすぎよ。他のみんなが見えないじゃない」
「初音ミクに、バーチャルシンガー!?」
ミクファンの一歌ちゃんの叫びが、わたし達の驚きを代弁した。そう、画面にはミクちゃんだけじゃなくてリンちゃん、レンくん、ルカさん、メイコさん、カイトさん。バーチャルシンガーと呼ばれるバーチャルキャラクター達が、画面に現れてわたし達に話しかけてきたのだから。
「ミク、なんで、生きて、っていうか存在して!?」
「一歌ちゃん、落ち着いて」
大好きなミクちゃん達が存在して話しかけている事実に混乱する一歌ちゃんを、穂波ちゃんが宥めている。
「バーチャルシンガーが存在して、って言われるとちょっと違うのかな。私達はレネゲイドビーイング・オリジン:サイバー。…ねぇ、この子達に私達レネゲイドビーイングの事って説明している?」
「そういえば、現状理解のための最低限の情報だけ伝えて君達のことは説明していなかったね。僕達で説明はするから、ミクくん達が補足してくれるかい?」
神代さん達の話によると、レネゲイドビーイングとはレネゲイドウィルスそのものが意志を持ち、生命として活動している存在らしい。様々なものがもとになってるみたい。…けど、オーヴァードと同じでジャーム化をする恐れもあるのだとか。
「で、僕達は歌唱AI…バーチャルシンガー達のデータを起源として生まれたレネゲイドビーイングなんだ。普段はこの元AIの立場を生かしてこうやってサイバー上で過ごしているけれど、実体化もできるよ」
歌唱AIから生まれたレネゲイドビーイング。それが、この目の前にいるミクちゃんの正体。
「さて、こいつらを紹介したところで本題だ。正式所属でなくても構わない。こちらに協力してくれないか。無理強いはしたくない。が、お前達からするとこちらの方が安全だろう、としかこちらからは言えないが…」
謙さんからの言葉に、この場が静まり返る。さっきの光景を思い出す。躊躇なくわたし達を捕まえようとしたFHの構成員。桐谷さん達はFHはテロリストだとも教えてくれた。
「FHに捕まってテロリストになるのは確かに嫌ですね。けど…」
怖いと一瞬思った。わたし達の空気は重くなったし、司さんや青柳くんも心配そう。
「すぐに出せるような答えじゃねぇよな。今日はここに泊まっていけ。お前達の親御さん達にはこっちでなんとでも誤魔化して言っておく。…今日は疲れただろ。ゆっくり休んで考えてみてくれ」
晶介さんの好意に甘えて、私達新規覚醒者は施設に泊まることになった。
〈Side:T.A〉
宿泊エリアの男子部屋。俺と司先輩、あと付き添いで彰人と神代先輩が同じ部屋で休んでいた。彰人達が今日のことで何かあったのか外に出た。近くのベッドへと目を向けると、仰向けに寝転がる司先輩がいた。
「司先輩」
「どうした、冬弥?眠れないのか?」
「…はい。今日は、色々とありましたから。身体は疲れているはずなのですが、眠れなくて。それに…」
「あぁ。オレ達の選択、だよな」
「はい」
UGNに協力するか、それともしないのか。それは非日常の世界に改めて足を踏み入れるのかどうかという選択。俺達の今までの日常や常識といったものは間違いなく崩壊した。だが、UGNはその先に足を踏み入れることは強制しなかった。
「先輩は、決まっているのですか」
「オレは…どうだろうな。咲希の意志を尊重したいと考えている。オレ個人としては…どうだろうな」
「意外ですね。司先輩は協力するものだと思っていました」
「そうだな。いつものオレだとそうしていただろう。きっとオレも受け入れられていないのだろうな…それに…」
先輩が俯いて、その顔に影が落ちる。何かを迷っているような表情に見えた。
「オレが暴走したという事は神代達から聞いたよな?…あの時、オレはFHの構成員を殺しかけた。あの後、お前達と共にFHとはそういう関係だ、とか向こうはこっちを殺しにかかっているから、とフォローを貰いはしたが…どうしてもな…オレだって神代達に協力したいとは思ってはいる…はずだ」
「先輩…俺の話を聞いてくれますか?」
なんだ、と先輩が俺の方に顔を向けた。俺は今日のことを思い出す。
「俺は、彰人達と一緒にジャームを倒しました。…止めを刺したの自体は彰人でしたが、そうなるように俺が指示を出しました。援護もしました。終わりは、意外とあっけなかったです。どこか現実感が無くて。けれど、彰人から何度も念を押されていて。なんとなく、俺の心のどこかでは覚悟ができたのでしょうか」
「そうだろうな。ちゃんとそういう事を伝えているのは、彰人もさすがと言ったところだろうか。冬弥は…どうしたいんだ?」
「俺ですか?そうですね…UGNに、協力したいと思っています。夢を追いかけるだけじゃない、こういった場でも彰人を支えたいと思いましたから」
その答えは、すんなりと出てきた。今日を思い出して、先輩の想いも聞いて。このような世界に彰人は身を置いていた事を改めて考えて。俺は、彰人の隣に立ちたいのだと感じた。
「ははっ。随分と成長したな、冬弥!」
「いえ、それも全て先輩が背中を押してくれたから始まった事なんです。今も昔も、その想いは、感謝は忘れません」
「そうか…そうなんだな…オレも、変に深く考えすぎていたのかもしれない。この日常を守りたい。そんな想いひとつで行動する事が大事なのだろうな!またやらかす事になってしまったら…きっとまた、冬弥や神代達が止めてくれるだろう」
「あぁ、僕達が止めてみせるとも。それが、君の願いであればね」
「っ、神代!?」
俺達が扉の方へ向くと、笑顔の神代先輩と気まずそうな彰人が立っていた。
「君達はUGNに協力する、という事で良いのかな?」
「冬弥に司センパイ、本当にそれでいいのか?こっち側に来たらもう戻れねぇんだぞ?」
そう確認をされたところで、俺と先輩の意思が変わることなんて無く。
「あぁ、それでいい。俺は彰人の支えになりたいからな」
「彰人、心配してくれているのか?もう大丈夫だぞ!」
笑顔で返した俺達に、彰人は呆れ顔で仕方ねぇな、と返した。
「フフ。よろしくね、天馬くん、青柳くん」
「改めてよろしくな」
決心が決まったのと、心の余裕ができたからか。俺達はすんなりと眠りに落ちた。
そして翌日。食事も終えて昨日の会議室へと俺達は集まった。顔を合わせると、全員どこかすっきりしたような、付き物が落ちたかの様な顔をしていた。そこへ、謙さんと晶介さんが入室してきた。
「おう、お前達おはよう。…答えは決まったか?」
その大人達の問いかけに真っ先に答えたのは星乃だった。
「はいっ!私は、志歩や皆さんに協力したいと思います。咲希や穂波、そして志歩と話し合って決めました」
「はい。わたしも決めました。わたしの力が皆さんのお力になるのであれば。よろしくお願いします!」
「アタシもです!アタシも、誰かの力になりたい!」
星乃さんや望月さん、そして咲希さんの想いの篭った言葉が会議室に響いた。咲希さんの決意を聞いたその時、司先輩の瞳がきらりと光った。決意が固まったみたいだ。
「咲希の答えを聞いて、オレも改めて決意が固まった!天馬司、UGNに協力しよう!誰かの笑顔と日常を守りたいからな!」
「俺も、協力します。彰人や白石、それに司先輩も支えたいですから」
俺達も、決意を表明する。最後の一組である2人…小豆沢と花里も口を開いた。
「わたしも、UGNに協力しますっ!…実は、遥ちゃん達が何かやっていたのは知っていたんです。手伝う力がわたしにあるんだったら、わたしは、遥ちゃん達に協力したいんです!」
「わたしも…協力します。わたしに手伝う力があるのに、何もしないのは違うと思いますから。それに、杏ちゃんも、きっとできると応援してくれました。その期待にもわたしは答えたいんです!」
全員の想いは固まっていた。ある人は守りたい何かのために、またある人は自分ができる事をするために。各々の理由を持って、強い信念で協力する事を誓ったのだと感じた。
「オレは大丈夫だと思いますよ。オレも、センパイや冬弥には何度も確認しました。意志は固いですよ」
「わたしもそうおもうわよ。みのりも、こはねちゃんもいい目をしていたわ。もちろん、一歌ちゃん達もね」
彰人や桃井さんは俺達の意思を押す。既存メンバー達の大丈夫という言葉を聞いて安心したのか、謙さんや晶介さんの空気が柔らかくなった。
「そこまでお前達がいるなら大丈夫か。これからよろしくな。これから数日間、ここで制御のための訓練としっかりとした知識をつけてもらうために座学もしてもらうぞ」
「支部長、日本支部の方に今回のことを報告してくる」
「おう、よろしくな」
「さて、僕達も訓練と勉強を始めようか。それでは失礼します」
先輩達に連れられて、俺達も訓練室へと向かった。
これが、俺達が本当のセカイへと足を踏み入れた日の物語。昨日と同じ今日。今日と同じ明日。普通の人達の“日常”を守るために、俺達は非日常を歩んでいく。