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    Adrasteia_2x4

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    講談師のカラ一
    ……に巻き込まれている末弟の話。
    講談のおそ松さんネタですが妄想100%のネタバレ無しです。既刊「雪女の裏話」の後日談のつもりで書いてますが、本を読んでなくても読めるはず。2023/2/4おれからいちいち言わせんな!2 に合わせて書き下ろしたものです。

    ウンザリする話'


     ボクも大概女の子からの評判には敏感だけど、カラ松兄さんだって負けず劣らずだと思う。寄席に女の子が何人いるか。その子が狙い通りに笑ってくれるかどうか。日々そんなことに一喜一憂して騒いでいるものだから、今となっては父さんも苦言を呈するのに疲れたのか呆れ返っている。
     そんなボクたちだけれど、「女の子に対する向き合い方」はちょっと違うようだった。
     ボクは女の子が好きだ。かわいくて気立ての良い彼女が欲しい。早々に良い仲になって童貞を卒業したい。それでゆくゆくはお嫁さんにきてもらって、二人三脚で生活しながら子にも恵まれて。なんてったってボクは六つ子の中でも要領が良くて人付き合いも出来る希望の星だから、きっと将来は勝ち組間違いなしだろう。数年後には末松座赤塚亭の跡取り講談師として父さんにも認められて、誰もが認める一軍の男になるわけだ。
     でもカラ松兄さんは、そもそも女の子なら誰でも良いと思っているようなところがあった。自分のことをちやほやしてくれるなら――いや、下手をするとその条件すら必要ないような気さえする。物事を勝手におめでたい方向に捉えて舞い上がるのはカラ松兄さんの何よりの特技だし(もちろん本人は無自覚なんだろうけど)、最近はカラ松ボーイズだかガールズだが、存在するのかすら怪しいファンのことを考えてはひとり満足感に浸っているからちょっと怖い。あれはどう考えても、童貞を卒業したいとかモテたいとか、そういう強欲さから女の子に惹かれてるってだけだよね。基本的に自分に酔っている人だから。

     そのカラ松兄さんが珍しく相手のあることでボクに相談を持ち掛けてきたからちょっと驚いた。もちろん、相談の内容を聞いたボクがもっと驚いたのは言うまでもない。



    「一松に新しい張扇を贈りたいのにどうしても受け取ってくれないんだ」

     どうやら一松兄さんに贈る用の張扇がもう既に手元にあって、後は受け取ってもらうだけらしい。なのに、なぜか一松兄さんに頑なに拒まれ続けているものだから、ほとほと困っていると。
     詳しく訊けば、話はボクたちが赤塚亭でのお披露目を迎えた頃にまで遡った。
     当時まだ見習いだったボクたちは、赤塚亭の講談師としてのお披露目公演を控えていた。そういえばあの頃、カラ松兄さんは頻りに一松兄さんを稽古の相手に選んで一番奥の日当たりの悪い稽古部屋に籠っていたっけ。それまではボクと稽古することが多かったけど、あの頃を境にカラ松兄さんは一松兄さんと稽古をすることが増えた。悔しいけれど、一松兄さんと稽古をするようになってからカラ松兄さんの話術にますます磨きがかかっているのは否定できない事実だった。
     以来、今に至るまで一松兄さんには稽古でかなり世話になっているし、貰った助言のおかげで客ウケもすこぶる良い。ということをカラ松兄さんは独特の口調で回りくどく熱弁した。

    「だから礼がしたいと思って用意したのに、梃子でも受け取ってくれないんだ! 理由を訊いても『無理』としか言ってくれないし……何が悪いんだと思う?」
    「お礼ねぇ」

     カラ松兄さんが懐から取り出した手拭いを開いて、少し厚みのある竹べらの張り扇を見せてくれる。手先が器用なカラ松兄さんの手製なだけあって、芯に巻いてある和紙の折り目ひとつとってみても、刀で切ったみたいに見事に真っ直ぐ折られていて非の打ちどころの無い一品だ。
     けれども。
     お礼。
     率直に言うなら、本当にそれだけだろうか、とは思った。

    「これ、西ノ内にしのうちじゃなさそうだけど」

     それとなく指摘してカラ松兄さんの反応を窺う。
     西ノ内というのは、ボクたち講談師の張扇に使われている和紙のことを指す。基本的に講談師の張扇の素材はこれ一択と相場が決まっているのだけれど、このカラ松兄さんの手製の張扇に使われている和紙の質感や色味を見ていると、どうも見慣れたそれでは無さそうだった。同じ白の和紙には違いが無いけれど、どことなく白みが強いというか、青みがかった和紙に見える。
     ボクの指摘を受けると謎に格好つけたカラ松兄さんはもったいぶった口調で言った。

    「フッ、何せ贈り物だからな。素材は全部オレのスペシャルチョイスさぁ! もちろん、ちゃんと打ち心地とか音の響きとかしなり具合に問題が無いことはオレが実際に使ってみて確認済みだぜ」
    「ふーん。……なるほどね」

     つまり同じものをカラ松兄さんも持っていて使っている、ってわけか。
     何となく一松兄さんの考えていることが分かったような気がして、ボクは少し逡巡する。
     ……ふたりの間には、何かある。
     実は、ボクは結構前からそのことに薄々気づいていた。決してボクたち家族の前ではそんな素振りを見せないけれど、でも、確かにふたりの間には何か秘密めいたものがあって、それを共有しているような空気感を時折感じていた。それが隠し通さなきゃマズいようなことなのか、周りには伏せておいた方が良いと判断してそうしているだけで大したことではないことのか、そこまではボクにも判別できない。
     でも、あの一松兄さんがわざわざこのカラ松兄さんと秘密を共有しているくらいなのだから、それなりの理由みたいなものはあるんだろう。そして、それを表沙汰にするつもりも匂わせる気も一松兄さんには無いはずだ。
     なのにカラ松兄さんときたら、そこをちっとも理解せずにこんなものを用意してしまったと。ははあ。

    「ちなみにどう言って渡そうとしたの?」
    「どうって、別に普通だぞ?」
    「だからその普通っていうのが具体的にどんな感じだったか訊いてるんだよ。何か感謝の言葉と一緒に渡そうとしたのかとか、どういう状況だったとか、他にどんな言葉を添えたとか、渡すにしてもすれ違い様に『はいどうぞ』って素っ気なく渡そうとしたわけじゃないんでしょ?」
    「ええ。あー、まあ……ンン……」

     問い詰めると、カラ松兄さんは急に視線を逸らしてしどろもどろになってしまう。
     うわぁ。なんだよその顔。なんで弟とのやりとりを思い出すだけでそんな照れるんだ。
     ふたりがどんな秘密を共有してるのか、深入りしようとは思わない。それでもふとした瞬間に考えてしまうことはあるわけだけれど、さすがにこの時ばかりはなるべく想像しないようにと無意識下で避けてきた類の想像を嫌でもさせられそうになって、ボクの気分は急降下した。

    「えーっと、だからほら……いや、本当に普通だったと思うぞ? 押しつけがましくしたつもりはないし、そのぉ~……そう、稽古の合間に喋ってて……いつも付き合ってくれて助かってる、これからもお前じゃなきゃダメだ、的なことは、言った。あとは……大したものじゃないけど素材から拘って作ったから良かったら寄席の時に使ってくれないか、って」
    「それだよ」
    「えっ」
    「一松兄さんはカラ松兄さんみたいに楽天家じゃないんだよ? まじかヤベェ、カラ松からおれだけ特別にこんなの貰っちゃったよ、これを人前で使うなんて見せびらかしてるみたいで気が引ける……とか! おれがこれ使ってるの見てカラ松目当てに寄席に来てる察しの良いカラ松ボーイズアンドガールズが嫉妬に狂ってしまったら困るんだけど……とか! 喜びよりも先に不安が来ちゃう人なの! ちょっと考えたら分かるでしょ」

     声色を変え、仕草混じりに一松兄さんの心の内の煩さをそれっぽく演じてみせる。
     さすがに少し無理があっただろうか。心配するボクを他所に、目を丸くしてぽかんと口を開けていたカラ松兄さんは瞬く間に表情を明るくしていった。

    「トッティ……お前、なんって頼りになるヤツなんだ!」

     この時ほど思ったことはない。
     ああ。カラ松兄さんが単純で良かった。

    「なるほどなあ、そうかぁ。そういうことか〜。フッ……オレとしたことがどうやら配慮に欠けていたようだぜ。そんな簡単なことにも気づいてやれてなかったなんて」
    「……。どうせ使ってくれなきゃヤダヤダって駄々捏ねたりしたんでしょ? ダメだよそんなふうに追い詰めちゃ。稽古用ってことで良いから、って、今度もう一回お願いしてみなよ。一松兄さんもそこまで薄情な人じゃないんだから下手に出れば考え直してくれるでしょ」
    「ああ、そうする! サンキュー、トッティ!」
    「ボク桃猫屋の新作の大福が食べたいな~」
    「お安い御用だ、すぐに買ってくるぜ!」

     すっかり気分を良くしたカラ松兄さんは羽でも生えたのかという足取りの軽さですぐに部屋を出ていった。その後ろ姿を見送りながら、ボクはやれやれとため息をつく。なんだか一気に疲れてしまった。どうしてボクがふたりの仲を取り持つようなことをしてるんだろう。
     ……あれが弟にただ単に礼をしたがる兄の顔?
     冗談がきつい。嬉々として寄席に来ていたカラ松ガールズの話をする時だって、あんな表情はしないくせに。
     一松兄さんも大変だな、なんて思いかけて、すぐに首を横に振った。

    「ま、一松兄さんも一松兄さんか……」

     最近ふたりはよく夜に稽古部屋に籠もっていることだし、きっと今夜にでもあの張扇は一松兄さんの懐に入るだろう。
     ぼんやりとそこまで考えて、ボクはそれ以上考えるのをやめにした。



    (トド松がふたりにウンザリする話/終)
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