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    まつり

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    まつりのおまつり
    94無配(3)ドラロナ

    ロナルドと怪談 夜の営業時間中に、事務所の電話が鳴った。デスクに座って進まない執筆作業をしていたロナルドは、これ幸いと受話器を持ち上げる。応答する声が普段よりも上ずって聞こえるのは、彼の感情の表れだろう。
    「はい。ロナルド吸血鬼退治事務所です」
    「もしもし、私メリー。今、コンビニの前にいるの」
     そこでぷつりと通話は途切れた。
     突然の事態をうまく飲み込めなかったロナルドは暫し受話器を眺めたままだったが、細い指先につつかれて我に帰った。
    「どうした。イタズラ電話でも?」
    「いや、そういうんじゃ」
     二人の会話を遮るように、再び電話が鳴る。ロナルドは、下げていた手の中の受話器を耳にあてた。
    「はい。ロナルド吸血鬼退治事務所です」
    「もしもし、私メリー。今、ビルの向かいにいるの」
     先ほどと同じ声と名前。話す内容から察するに、事務所に来ようとしている相手はどうやら道に迷っているらしかった。心配性のロナルドは窓の外を伺い、暗い歩道に視線を走らせる。
    「道が分かりにくいですか? 差し支えなければ、このまま道案内を」
     そこでぷつりと通話は途切れた。
     話を遮るような、差し伸べた手を振り払うような相手の態度には苛立ちを感じても良いだろうが、お人好しのロナルドはただただ電話の向こうにいる者を心配するばかり。だが、傍で様子を見ていたドラルクは明らかに不自然な点に気づいていた。
    「近くまで探しに行くか……?」
    「必要ないね。どうせイタズラだよ」
    「でも」
    「君の返事も聞かないような相手だぞ。愉快犯に決まってるさ」
    「この時間に?」
    「暇な者はいくらでもいるからね」
    「子どもみたいな声だったけど」
    「ボイスチェンジャーを知らんのか。現代科学に置き去られたゴリラめ。ドラドラちゃんVの技術を見せつけてやろうか!」
    「予備室でやってる配信の話か?」
    「配信の進化版だわ。童貞ルド君には刺激が強いかもな〜」
    「んだとこの」
     軽口の応酬は今夜もすぐにヒートアップし、流れるようにロナルドが拳を握る。
     そこへまた、電話が鳴った。握った拳の中で着信を知らせる受話器に、流石のロナルドも眉を寄せる。
    「はい。ロナルド吸血鬼退治事務所です」
    「もしもし、私メリー。今、事務所の前にいるの」
    「え」
    「どうした」
    「今、事務所の前に」
     困惑した声が話を終える前に、事務所の扉が外からノックされた。一回、二回、三回、四回と続くノック音は、一定の間隔で事務所内に響き続ける。来訪を知らせるような意味合いを汲み取れない音は、ただただ扉の向こうの存在を主張しているように思えた。
     応答を求める見えない影に、咄嗟に動こうとしたロナルドの手首をドラルクが掴んだ。腕を振り上げれば容易く外せる拘束だが、今のロナルドにそれはできない。
     痛いくらいの視線が、彼の動きを封じていた。
    「駄目だ」
    「ドラ」
    「それも駄目」
    「は?」
    「この状況で名前を言うな」
     状況がわからないなりに、不穏な空気だけは感じ取ったのだろう。つばを飲み込んだロナルドが小さく息を吸い込んだ。薄く開いた口から、何かの音がこぼれることはない。
    「もしもし、私メリー。今、事務所の前にいるの」
     通話中の受話器から、同じ言葉が漏れ聞こえる。二重に聞こえるノック音は、扉の向こうの影に存在感を与えていた。
     手首を離さないドラルク。止まらないノック音。鼓膜を揺らす子どもの声。
     自分を絡め取ろうとするものに囲まれたロナルドは一つ頷き、ドラルクの手を取った。
    「わかった。今開けるから、そこで待ってろ」
    「は? ちょっ、何言ってるんだ止めろ止めろ!!」
    「玄関開けるだけだ」
    「それが致命傷なんだ!!」
     吸血鬼の制止も効かず、受話器を放り投げたロナルドは勢いよく事務所の扉を開けた。内側に開かれた扉によって空気が動き、二人の毛先を揺らす。
     室内の光に照らされた薄暗い廊下。瞬く蛍光灯の明かりと相まって薄ぼんやりとしたそこには、声の通りに小さな影──。
    「え」
     心底驚いたという声を最後に、輪郭も曖昧なそれは一瞬で霧散した。
    「あれ?」
     後に残されたのは間の抜けた顔を晒す人間と、繋がれた手を残して砂になった吸血鬼だけだった。



     基本的に善良が服を着て歩いているようなロナルドは、脊髄反射のように優しさを振り撒き生きている。その対象は人間に限らず、本人が広げた腕の届く範囲に存在する全てのモノに適応されるため、吸血鬼退治人という立場でありながら吸血鬼の同居を許し、よくわからない警備装置を供とし、闇に巣食うナニかまでをも受け入れてしまう。

     非通知からの電話
     見知らぬ駅
     真っ白い封筒
     止まないノック音
     唐突な呼び声

     それらはロナルドの隙を狙い、あらゆる手段でもって彼の足元を掬いにかかるのだ。ただ、悪運の強いロナルドを相手にした罠が成功した試しは一度もない。子どもの頃は彼の兄が。大人になってからは生命力の強い友や、あらゆる意味で勝ち目のない担当編集者が近くにいたことも大きな理由のうちだろう。しかし最後の最後で彼を現世に留めているのは、ロナルドが振りかざす優しさなのだ。
    「受け入れられるって、案外恐ろしいことなんだよ」
    「は? なんの話してんだ」
    「ジャンルで言うとホラーかな」
    「怖い話やめろや」
    「君のことなんだけどね」
    「俺のどこが怖いんだよ」
    「んー、眩しいところかな」
    「髪色の話か?」
    「そういうところも含めて」
     不思議そうに首を傾げるロナルドの髪をかき混ぜてから、ドラルクはデスクの上に放ったままの受話器を元に戻した。
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