学パロ 人外ノアくん人間ヴァンさん生徒会室の作業用テーブルの前に座り、1人黙々と各委員会から挙げられた報告書や要望書に目を通し内容を簡潔にまとめていく。
生徒会会長であるピエラ先輩と副会長であるニコラ先輩は急がなくて良いと言ってはくれたが、受験生である先輩方の都合を考えると早いに越した事はないだろう。生徒会書記であり2年生の自分がここは頑張るべきだ。
そう考え、まだまだ残る書類の束を見ながらペンを握り直そうとしたヴァン・ヘルシングだったが、ふいに後ろから首筋に冷たい物が当たった。
「おいっ!何だっ⁉︎」
思わずそう言って振り返った先には、2本の缶コーヒーを手に掲げこちらを見つめる銀髪の男子生徒、ノア・ネヴァーナイトがいた。
先程の冷たさはその缶を当ててきたのだろう。彼は悪戯が成功したとばかりに赤い眼を細め楽しげに口に弧を描いている。
「何ってお前を迎えに来たんだ。もう遅いし、予報だともう少しで天気が悪くなるそうだからな。」
窓の方を見ると本来ならこの時間、夕陽に照らされているであろう空が雲一面に覆われていた。
彼はそのまま缶を一本差し出しながら隣にの席に座ってくる。どうやらキリの良いところまで待ってくれるつもりらしい。
ならばと有難くコーヒーを口に含みペンを持つも、一度解けた集中は長く続かずどうにも視界の端に入る銀色が気になってしまう。
ノアは同じく缶コーヒーを飲みながら物珍しげに周囲を見渡しており、その度に彼の銀髪が蛍光灯に照らされ煌めいていた。
彼は去年の冬にやってきた季節外れの転校生だった。同クラスで当時学級委員だった自分が担任に頼まれ、色々と世話を焼いたのをきっかけに少しずつ話すようになったのだ。
見た目は白くて細くて中性的、最初は大人しい奴かと思っていたが堅物でともすれば怖いとまで言われる自分にも臆する事なく意見を言い、時折からかいさえしてくる図太い奴だった。またその話す内容も自分の言った話をすぐに理解して打てば響くように返ってくる。それが新鮮で自分にしては珍しく興味を引いた。面白い奴だと思ったのだ。
それが色々あって今、自分の恋人となっている。
詳しくは割愛するが、なんやかんやあり当時は想像もしていなかった関係となったのだ。
彼はミステリアスな所も多く、聞いてもはぐらされてしまうこともある。きっと完全に打ち解けられた訳ではない。それでも、まだまだ互いに知らないことも多いが徐々に理解を深めていきたいと思っている。
そんな人物が隣に座っている訳だから、気にならない訳がない。視線をバレないよう気をつけながらそちらに向けると、柔らかく微笑む彼の横顔が見えた。思わずコーヒーで濡れた唇に目がいってしまう。
彼は笑う時もあまり口を開けることはない。形の良い薄い唇が合わさったまま花弁のように柔らかく緩むから余計に気になってしまうのだ。
「そんなにずっと俺と一緒にいたいのか?手が止まっているぞ。」
「別に、まとめ方を考えていただけだ。」
いつの間にか止まっていた手を指摘されてバツが悪くなりぶっきらぼうに答えてしまう。
きっと自分が彼を見ていたことにも気付いていて、こちらを悪戯げに見ているのだろう。ともすれば隣に向けてしまう意識を何とか書類に向け黙々と手を動かした。
「あっ…」
キリの良いところまであと一歩というところ、ノアが思わずと言ったように声をもらした。
瞬間、勢いよく音が鳴り雨が降りはじめる。
「…降って来たな。」
ノアはゆっくりと立ち上がり窓の方へと足を向けた。
自分も窓に目を向けると、もうすっかり空は暗くなっており大粒の雨の滴が窓を打ち蛍光灯に反射していた。
「悪い、待たせた。これ以上ひどくならないうちに帰ろう。」
窓に顔を向ける彼の背中にそう話しかける。
このままもっと天気が悪くなってしまっては帰るのも一苦労だ。
書類を切り上げ立ちあがったその時、凄まじい轟音とともに眩い光が室内を照らした。
ブツッ--
直後、嫌な音とともに蛍光灯が切れる。
「停電か…。」
部屋の中も、窓から見える景色も真っ暗だった。おそらく近くの電気線に落雷し周辺一帯が停電をおこしたのだろう。復旧には時間がかかるはずだ。
ライトをつけようとして携帯は作業の邪魔にならないようロッカーの中にしまっていたのを思い出す。
それならばと窓の反対側、部屋の入り口近くにあるであろう非常用懐中電灯を取りに行こうと身体の向きを変え足を動かそうとした。
「そのまま動くと缶を倒すぞ」
静かなノアの声に引き止められる。
「左足がテーブルにぶつかる。もう少し右に行ってから進むといい。」
「見えるのか…?」
その事実に驚愕する。
室内だけでなく窓からの光もない真っ暗闇だというのに。自分には自らの手足さえよく見えないのだ。
「……」
ノアは返事をしなかった。
そういえば彼が声を上げたのは雨が降りはじめる前ではなかったか?そんな疑問が頭を過ぎる。
しばしの沈黙、
彼の視線が向けられているであろう背中に冷たい汗がゆっくりと流れた。
このまま言われた通りに動き明かりを取りに行くべきなのに、自分には生まれた疑問を確かめないという選択をする事はできなかった。明確な意思でもって窓の方に振り返える。
その先には妖しく紅い輝きを放つ一対の瞳があった。
あり得ない、人体が光るなんて。
「….灯りもないのに急に振り返るな、危ないぞ。」
共に時を過ごして耳に馴染んだ声が紅い光の方向から聞こえてくる。
表情は見えない。瞳しか見つめられない。
紅い光は、ゆっくりと距離を詰め、手を伸ばしてもぎりぎり届かないであろう所で止まった。
瞳をゆっくりと瞬かせ、自分を見つめながら彼は言う。
「…怖いか?」
自分には分かった、震えた声だった。そして、その続きは声にせずともこう言っているのだ。
怖いなら、逃げてしまえと。
そんなの---言われなくても分かれ!
自分から一歩踏み出すと紅い光がそれに応じるように後退りする。
更に一歩、二歩と近づき、伸ばした手で抱き寄せた。
まだ付き合い初めて長くはないけれど、自分はお前の恋人なのだと。成り行きなんかじゃない、そうなりたいと自ら決めてなったのだと。
知らせる為に、口づけた。
お前は見せないように振る舞っていたが、キスする時に舌にあたる歯に、犬歯にしては鋭過ぎるそれに気付いていたんだ。
最初にキスした時だって、お互い不慣れで勢いよく唇と歯があたり軽く切れたことがあった。そしてお前がすまなさそうにしながらも、どこか陶酔するような顔で滲んだ血を見つめていたことも。
それを、もう知っているのだ。
お前がもう何であろうと
「…怖いわけあるか。
むしろ、何処にいるかすぐ分かるからキスしやすくて良い。」
逃してなんかやらない。