過去に未完成の状態で投稿していた作品です。
まだ未完成ですが、少しだけ書き直しました。
❏設定❏
・彰人と冬弥が成人を迎えている
・二人は高校時代に出会わずに別の道を歩んでいる
・彰人がエッチなお仕事をしている
・とある事情から、冬弥が彰人に性的なサービスをしてもらうために彰人を家に呼ぶことになる
・彰人は音楽に出会わずに音楽とは無関係の道に進んでいて、冬弥は彰人と出会わなかったことでクラシックの道に戻ってプロになっている
❏本文❏
〜冬弥サイド〜
モブ「冬弥くん、お疲れ様――今日の演奏もすごく良かったよ」
冬弥「……○○さん、ありがとうございます」
モブ「それにしても、お父さんはよく許してくれたよね。海外からのオファーを全て断って、日本で活動を続けるなんて選択肢。君のお父さんの性格じゃ、絶対に許してくれそうにないと思っていたよ」
冬弥「学生時代は、父に反抗していましたから……二度と同じことが起きないように、少しは俺の希望も聞き入れるようにしたのではないでしょうか」
モブ「そうかもしれないね……そういえば、お父さんは、君の恋愛に関しては口出しをしてこないのかい」
冬弥「……いえ、顔を合わせるたびに、そろそろ相手を見つけて結婚しろと言われています」
モブ「うん、そんなことだろうと思ったよ……実は、お父さんから君が恋愛事にも関心を持つように、裏からサポートしてやってほしいって頼まれたんだよね」
冬弥「……」
モブ「俺は君のお父さんには信頼されてるみたいだから、今までもこうして君の面倒を見てきたわけだけど、さすがに君に一切悟られずにそんなことができるほど器用でもないからね。だから、直接伝えることにしたわけだけど、お父さんには内緒にしておいてもらえるかな」
冬弥「はい、俺も○○さんにはお世話になっていますので……○○さんの立場が悪くなるようなことは絶対にしないと約束します」
モブ「ありがとう、冬弥くん……そういうわけだから、君の恋愛事情を少しだけ聞かせてもらってもいいかな」
冬弥「分かりました……それが、○○さんのお仕事ですからね」
モブ「よしてくれよ……俺は君の世話係だけど、君とは対等の関係を築きたいと本気で思っているんだ。立場上、友達にはなれないかもしれないけど、君がなんでも話せる相手くらいにはなれたらいいなと思っているんだよ。だから、そんな悲しいことは言わないでほしい」
冬弥「すみません……」
モブ「話しにくいことかもしれないけど、学校の先輩に話すように、気軽に話してくれると嬉しいな」
冬弥「学校の、先輩……」
冬弥:ふと、司の顔が脳裏をよぎる
冬弥(司先輩が幼い頃から追いかけていた夢を叶えたことは知っているが、忙しさにかまけて今頃どうしているのかも分からない……学生時代に親しくしていた知人と最後に会ったのも、一体いつのことだったのかは思い出せない……)
冬弥:段々と表情を曇らせていきながらも、こくりとわずかに頷く
冬弥「分かりました……」
〜場面転換〜
モブ「……なるほどね。これまでの人生で恋愛に興味を持ったことは一度もなく、女性と交際をした経験もない、と」
冬弥「はい」
モブ「それは、お父さんの教育方針が影響していると思うかい」
冬弥「分かりません……」
モブ「おっと、そんなに暗い顔をしないでくれよ……こんなことを言ってはいけない立場だということは分かっているけど、君がお父さんへの反抗を諦めて仕方なくクラシックの道に戻ったからといって、君の人生がお父さんに雁字搦めにされているというわけではないんだ。今まではそう思って生きてきたと思うけど、またいつだってお父さんに反抗していいし、クラシックだって、辞めたければ今すぐにでも辞めたらいい」
冬弥「○○さん……そんなことを言ってしまって、大丈夫なんですか」
モブ「あはは、冬弥くんが黙ってくれていれば大丈夫さ。俺が言いたいのは……恋愛だって、無理にしなくてもいいってことだよ」
冬弥「ですが……俺が父さんの意志を無視すれば、父さんは必ず気がつくと思います……今までも、俺の気持ちを優先してくれたことがきっかけになって、○○さんの立場が危うくなったことが何度もあったじゃないですか。俺は、俺のせいで○○さんの立場が悪くなるのは絶対に嫌です。なので、恋愛に挑戦してみようと思います……」
モブ「そう言ってくれるのは、嬉しいけど……」
モブ(冬弥くんは、真面目すぎるんだよな……俺への責任感で恋愛をしようとしても上手くいくわけがないのに……この真面目さをどうにかできればいいんだけど……あ、そうだ……)
モブ「じゃあ、ひとまず女性と出会わなければいけないよね……というわけで、ここに電話してみてよ」
冬弥「――……? この電話番号は?」
モブ「かけてみれば分かるよ」
モブ(冬弥くんのお父さんにバレたら、今度こそクビかもしれないけどね)
〜彰人サイド〜
モブ「彰人、また指名が入ったのか」
彰人「今回は、指名じゃねえよ……なんつーか、恋愛相談みたいな、よく分からねえ内容の電話だった」
モブ「はあ? なんだよ、それ……」
彰人「そんなの、オレが聞きたいっての……役所の相談窓口じゃねえんだから、話が長くなるなら直接会って金をもらってからじゃねえと、こっちも商売なんでって言ったら、だったら今から会って話がしたい、だってさ」
モブ「話がしたい、って……ここが性的なサービスをする店だってこと、ちゃんと理解してんのか、そいつ……」
彰人「さあな……でも、話を聞くだけで金をもらえるならそっちのほうがいいだろ。つーか、オレばっかりヤバい客を引くの、なんでだろうな」
モブ「この前は本番なしのサービスで無理やりヤられそうになったんだっけ、マジで気をつけろよ」
彰人「それは、お前が出勤しなかった日に強引に押し付けてきたお前の常連だろうが……少しは悪いと思えよな、お前も……」
モブ「思ってるって。そうじゃなきゃ、せっかくのお得意様を出禁にしてもらうわけないだろ」
彰人「はいはい……そんじゃ、行ってくる」
彰人:同僚と軽口を交えながら、待機所を出る
~冬弥が住む屋敷の前~
彰人「な、なんだよ、この豪邸は……本当にこの住所であってんのか……」
彰人:想定外の事態にためらいながらも、恐る恐るといった様子でインターフォンを押す
使用人『はい』
彰人「――――…………!」
彰人:インターフォンから電子音が鳴り響くも、すぐに先ほどの電話の主ではないことに気がつくと、家を訪問した理由を口にすることができずに黙り込む
使用人『……恐れ入りますが、どちら様でいらっしゃいますか』
彰人「あ、えっと、東雲と申します……間違っていたらすみません……ここは、青柳冬弥さんのご自宅でしょうか」
使用人『……失礼いたしました。東雲様でいらっしゃいますね。わたくし、青柳家にお仕えしております、使用人の〇〇と申します』
彰人(使用人!?)
使用人『冬弥様より、あらかじめお話は伺っております』
彰人「……」
彰人(お話、ね……まあ、あの電話の内容からすると、オレの仕事を理解してる感じは全くしなかったしな……性的なサービスを受けるために呼んだ……なんて、言ってるはず、は……って、――――…………!?)
彰人:目の前にあったゲートが自動で開き、ギョッと驚いた表情を浮かべながら後ずさりをする
彰人「……」
使用人『お待たせいたしました。どうぞ、中へお入りくださいませ』
彰人「……」
彰人(こんな仕事をしてりゃ、金持ちな客なんて願ったり叶ったりなんだろうけどよ……)
彰人「……」
彰人(異次元すぎて、普通に帰りてえ……)
彰人:ゲートを通り抜けて玄関に入ると、改めて使用人の出迎えを受ける
使用人「これより、冬弥様のお部屋までご案内させていただきます。恐れ入りますが、こちらへお進みくださいませ」
彰人「あの、随分と広いお屋敷ですけど……もしかして、お二人で暮らしている、なんてことは……」
使用人「いいえ、当家にはわたくしのほかにも数名の使用人がおります。冬弥様が成人を迎えられた際に、お父様からこのお屋敷を贈られたと伺っております。お一人で全てを管理なさるのは大変ですので、現在はわたくしどもがお手伝いさせていただいております」
彰人「はあ……」
彰人(一体、どんなヤツなんだろうな……すげえ不安になってきた……とりあえず、会ったらすぐに電話での無礼を謝るか……)
彰人:冬弥の自室の前に辿り着くと、案内をしてくれた使用人に一礼してからドアをノックする
彰人「あの、東雲です……さっき、電話で話をした……中に入っても大丈夫、です、か……って、うお!?」
彰人:入室の許可を得ようとした瞬間にドアが開き、驚いたように目を見開く
冬弥「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
冬弥:来客を迎え入れようとドアを開くも、彰人の顔を見た瞬間に驚いたように目を見開く
彰人(ま、まさか、こんな金持ちが自分でドアを開けてくれるとは思わなかったから、オレも驚いちまったが……こいつは、一体何に驚いてるんだよ……)
彰人「あ、その……さっきは……」
冬弥「あの……失礼ですが、お一人でお越しになったのでしょうか」
彰人「は? そりゃ、まあ……オレ一人ですけど……」
冬弥「そう、ですか……すみません、てっきり女性の方が来ると思っていましたので……」
彰人「……は?」
~間~
彰人「……なるほど、な。その世話係の男とやらに紹介されて女と話ができる店に電話をかけてみたら、その電話に出たのがオレで、こうなった、と……」
冬弥「……」
彰人「多分、番号違いだろ……うちの店、女性キャストと男性キャストがいて、男女で店が分かれてんだよ。だから、電話番号も男女で違うってわけ」
冬弥「そう、でしたか……すみません、男性の声で今から向かうとおっしゃった時は、不思議に思ったのですが……東雲さんは受付の方か何かで、女性がいらっしゃるものとばかり……」
彰人「……ったく、仕方ねえな、今からオレが女を手配してやろうか」
彰人(すでにタメ口で喋ってるけど、もうオレの客じゃなくなったんだし、敬語じゃなくていいよな……店のイメージとか、そんなもん知ったこっちゃねえし……)
冬弥「あの、よければ話し相手になってもらえませんか」
彰人「……は?」
冬弥「恐らく、私とは同年代ですよね……もしそうでしたら、少しお話をお聞きいただければと思いまして」
彰人「それは、分かんねえけど……」
冬弥「実は、父に結婚を勧められているんです……先ほどお話した世話係の〇〇さんが女性と話せるお店を紹介してくれたのも、そのためで……もちろん、料金はお支払いします。お仕事としてお聞きいただく形で構いませんので、相談に乗っていただけませんか」
彰人(結婚、ね……なるほどな……その世話係の男とやらは、クソ真面目そうなこいつが好きでもない女と結婚できるなんて、最初から思ってなかったんだろうな。だから、荒療治だろうがなんだろうが、性的なサービスを提供してるうちの店で適当な女と経験を積ませれば、あるいは……って感じの考えだったのかもしれねえ……)
彰人「いいけど、同年代なら敬語はなしな」
冬弥「え? ですが、それは……」
彰人「あのな、キャストのオレがタメ口で喋ってて、客のお前が敬語なんておかしいだろ」
彰人(オレが敬語を使えばいいだけの話だが、なんだか腹を割って話す必要がありそうだしな……)
冬弥「それも、そうだな……では、同年代らしくタメ口で喋らせてもらう」
彰人「お、おう……」
彰人(本当に同年代かは、まだ分からねえけどな……)
彰人「そんじゃ、名前も呼び捨てでいいから、彰人って呼べよ」
冬弥「分かった」
彰人「それで……冬弥は、どうしたいんだ」
冬弥「結婚のことか」
彰人「ああ」
冬弥「分からない……」
彰人「分からない、って……お前のことだろ」
冬弥「幼い頃から著名な音楽家である父に英才教育を受けていたことが関係しているのかは分からないが、俺は音楽以外の物事にはあまり興味が持てないんだ。もちろん、女性や恋愛事にも。だからと言って、完全に興味がないと断言することもできない。分からないとしか、言えないんだ……」
彰人「なるほど、な……だとしたら、分からないことを無理に考えようとしても仕方ねえし、別の質問をしてみるが……オレが働いてる店が性的なサービスをする店だってことは知ってたか」
冬弥「え?」
彰人「やっぱり、知らなかったんだな……」
冬弥「そう、だったのか……そんなこと、○○さんは一言も……」
彰人「お前が今すぐ恋愛に興味を持つことは無理でも、せめてそういう経験だけでも積んでいけば、少しは恋愛に興味を持てるようになるかもしれないと思ったんじゃないか」
冬弥「なるほど、彰人の言うとおりかもしれないな……」
彰人「つーか、経験がないって勝手に決めつけちまってたけど、実際はどうなんだよ」
彰人(恋愛経験がないってだけで、意外とそういう経験だけはあるっていう可能性も……)
冬弥「もちろん、そのような経験は皆無だ……恋愛経験がないのだから、当然だろう」
彰人「ま、まあ、そうだよな……」
冬弥「では、なにかしなければまずいのか」
彰人「は?」
冬弥「そういう店なのだろう」
彰人「いや、別にまずいわけじゃねえけど……」
冬弥「……けど?」
彰人「親父にあーだこーだ言われてるのが原因で、うちの店まで電話してきたんだろ。だとしたら、オレと話すだけで終わったら、なんの解決にもならないかもしれねえ……そういう意味では、なにもしないのはまずいかもな」
冬弥「確かに、そうだな……」
彰人「……つっても、今すぐどうこうしろっていう話でもねえんだろ」
冬弥「ああ」
彰人「だったら、今はとりあえず話だけでもしてみるっていうのはどうだ。お前のことや、オレのことなんかを、とりとめなく話すんだよ。お前、友達いなさそうだしな。そういう普通のことを沢山経験していけば、お前もいつかは恋愛ができるようになるって」
冬弥「――――――――……………………」
彰人「……? どうした?」
冬弥「いや……もしかすると、恋愛感情というものは、相手への興味から始まるものなのだろうかと思ってな」
彰人「まあ、そういう場合もあるんじゃねえか……」
彰人(……多分、な。高校を卒業してすぐにこの道に進んじまったせいで、まともな恋愛なんかしたことねえんだよな、オレ……そう考えると、こいつは相談する相手を完全に間違えてるな……)
冬弥「だとしたら、オレは彰人に恋をしたということになるのだろうか」
彰人「…………はい?」
冬弥「彰人が俺達の話をしようと言った時に、俺は彰人に興味を持った。彰人は俺と違って恋愛をしたことがあるのだろうか、とか……なぜこの仕事をしているのだろうか、とか……色々と聞きたくなってしまって、ふとそう思ったんだ」
彰人「それは、単なる興味であって、別に恋愛感情ではないと思うぞ……」
冬弥「そうなのか」
彰人「いや、お前じゃねえから分かんねえよ。でも、多分……」
冬弥「だとしたら、恋愛感情の可能性もある……ということだな」
彰人「……」
彰人(待て待て待て待て、話がどんどん変な方向に向かってないか……親父に結婚しろって言われたからって、なぜかオレを呼ぶことになったのは世話係の一件があったからだとしても……そこから、なにをどう間違えたら、オレに恋愛感情を抱いたかもしれないなんて話に展開するんだよ……こいつが道を踏み外さねえように、オレが軌道修正してやらねえと……)
彰人「冬弥、親父に言われたことを忘れたのか。結婚しろって言われたんだろ。もしも、それが恋愛感情だったとしても、だ……男のオレが相手じゃ、結婚は無理だろ」
冬弥「……」
冬弥:少し考え込むように視線を俯けたかと思うと、どこか寂しそうな微笑みを浮かべる
冬弥「父さんに言われたこと、か……彰人は、俺が父さんの言いなりになったほうがいいと思うんだな」
彰人「は?」
冬弥「別に、責めているわけではない。結婚相手を見つけるためには、まずは女性と出会わなければ、と……父さんに言われたことに愚直に従おうとしていたのは、俺自身だ。だけど、彰人にそう言われて、改めて思ったんだ。今までもこれからも、俺の人生は俺自身のものではなく、他の誰かの……まるで、他人の人生を生きているみたいだな、と……」
彰人「――――…………」
冬弥「すまない……こんな話をしても、困らせるだけだな……」
彰人「――――じゃ、ねえの……」
冬弥「……? 彰人、今なんと……」
彰人「バカじゃねえのって、言ったんだよ」
冬弥「え?」
彰人「冬弥、お前が今までどんな人生を歩んできたにしろ、お前の人生はお前自身のものだろ。――――決して、口うるせえ親父のものなんかじゃねえ」
冬弥「――――…………!」
彰人「正直、他人の人生を生きてるみたいだなんて、育ちのいいやつ特有のこじらせた悩みだな、なんて思っちまったけどよ……本当にお前の人生が他人のものだとしたら、他人のせいで雁字搦めになっちまうなんて悔しいとは思わないのか。いや、むしろ、他人の人生で起きた悪い出来事は自分のせいじゃないって、今の苦しい状況も全部他人のせいだって、無意識に責任逃れをしようとしてるんじゃねえのか」
冬弥「――――――――……………………」
彰人「ずっと親父の言いなりになってきたのも、そんなクソ重い身の上話を今日出会ったばかりのオレに打ち明けたのも、全部お前だろ。まるで他人事みたいに自分の話をしてたけどな、全部お前自身のことなんだよ、冬弥。親父でも、他の誰かでもなく、お前自身の人生をどう生きるのか――――それを決められるのは、お前しかいないんだ、冬弥」
冬弥「――――…………」
彰人「――――…………」
彰人・冬弥:突然の沈黙が訪れると同時に、お互いにじっと見つめあう
冬弥「そう、だな……ありがとう、彰人……今日出会ったばかりなのに、こんな……」
彰人「お前、頭はよさそうなのにな……ったく、クソ真面目にバカな悩みを抱えてんじゃねえ、よ、って……」
冬弥:堰を切ったように、ぽろぽろと大粒の涙を溢れさせる
彰人「――……!? お、おい、無表情で泣くな……怖いだろ……」
冬弥「すまない……滅多に泣かないから、止め方が分からない……」
彰人「いや、悪い……それでいいんだよ……無理に止めようとするな……涙なんか、自然に出てきて、自然に止まるものなんだから……」
冬弥「そう、か……ありがとう……」
彰人「さっき、お前が親父の言いなりになったほうがいいと思ってるのかって、オレに言ったよな、お前……」
冬弥「ああ、今思えば、バカな発言だった……」
彰人「いや、元はと言えば、そう思わせるような発言をしちまったのは、オレのほうだからな……だけど……」
冬弥「――――…………?」
彰人「オレは、最初から……お前が、お前のしたいように、自由に生きりゃいいのにって思ってた」
冬弥「――――――――……………………」
冬弥:彰人が発した言葉にわずかに目を見開くと同時にきゅっと唇を引き結ぶと、衝動的に彰人の体を抱きしめる
彰人「――……っ!? な、なんだよ、突然……!」
冬弥「彰人……彰人のことが、好きだ……」
彰人「……」
彰人:冬弥に抱き着かれた瞬間に浮かべた驚いた表情のまま、ピタリと動きを止める
冬弥「好きだ、彰人……」
冬弥:みずからの発言が原因で彰人が固まってしまったことには気がついていないのか、ドサリと勢いよく彰人をその場に押し倒す
彰人「――――…………っ!? ちょ、待て待て待て待て! な、なにする気だよ!?」
冬弥「――……? 彰人は性的なサービスをする店で働いているのだろう。俺はその店に対価を払って彰人を買ったのだから、そのサービスを受ける権利があると思うのだが」
彰人「う……っ、そ、それは……っ、そ、そうかもしれねえ、けど……」
彰人(お、親父の言いなりになるのはやめてほしいが……だからといって、男を……いや、性別なんか関係ねえ……こいつが、オレなんかを好きになるなんて、絶対に間違ってんだよ……)
彰人「今日、この家に来たのは……話がしたいって、言われたからで……」
冬弥「その場合、話しかできないということか」
彰人「そうじゃねえ……今だから言うけど、元々話だけなんてサービスはねえんだよ……だけど、お前がよく分かってなさそうだったし、話だけで済むならラッキーだと思って、つい……」
冬弥「そうだったのか、では……」
冬弥:彰人の返答によって行為を続けても問題はないと判断したのか、彰人の服の中に手を滑り込ませる
彰人「――――…………っ! ダ、ダメだ……!」
冬弥「――――…………!?」
彰人「オレのことが好きだって気持ちが、勘違いだったらどうするんだよ……」
冬弥「それは……」
彰人「一時の気の迷いで、早まるんじゃねえよ、バカ……」
冬弥「だが……」
彰人「……」
冬弥「……」
彰人「……」
彰人(このまま、強引に押し切られるのも……悪くはねえ、けど……)
彰人:ついそんなことを考えてしまいほんのりと頬を染めるも、冬弥の顔をじっと見つめながら再び口を開く
彰人「そんなに、オレとしたいのか……」
冬弥「ああ」
彰人「オレのことが、好きだから?」
冬弥「ああ」
彰人「そうか……だったら、今日のところは、もう帰る」
冬弥「――――…………?」
冬弥:彰人の発言が理解できなかったようで、不思議そうな表情を浮かべながら瞳を数回瞬かせる
冬弥「話が、繋がっていないような気がするのだが……」
彰人「それは……」
彰人(お前が、オレのことを好きだなんて言うからだろうが……)
冬弥「――――…………?」
彰人「……」
彰人(そうじゃなければ、させてやってたかもしれねえ……だって、そうだろ……いつも通りに客の相手をして、金をもらって、帰ればいいだけの話なんだ……でも、こんな風に、オレのことを好きだなんて言われたら……)
彰人:このまま流されてしまいたい気持ちと、絶対にダメだという相反する気持ちがぶつかり合い、わずかに葛藤しながらも再び口を開く
彰人「オレが帰って、一人になって、冷静になった後でもう一度よく考えてみろ。お前の気持ちが、本当なのかどうか。その上で、やっぱりオレが好きだと思った時は――――もう一度電話をして、オレを指名してくれ」
冬弥「――――…………、分かった……」
彰人「サービスは、その時までおあずけだ……いいな、冬弥」
冬弥「せめて、キスくらいは……」
彰人「――――…………!」
彰人:しゅんとした情けない表情で可愛くおねだりをしてくる冬弥に気持ちが揺さぶられるも、再び流されそうになる気持ちを必死に押し止めながら冬弥の顔をキッと睨みつける
彰人「ダ、ダメに決まってるだろ……! 流れで最後までやろうとしてんの、みえみえなんだよ……」
冬弥「すまない……」
彰人「本来は、対価を受け取る以上ちゃんとサービスをするのがオレの仕事なんだし、謝らなくていい……だけど、お前には幸せになってもらいてえなって、思っちまったから……」
冬弥「――……? 彰人、それはどういう……」
彰人「なんでもねえよ……帰るから、退いてくれるか」
冬弥「ああ……」
冬弥:名残を惜しむような表情を浮かべながらも、彰人の上から体を退ける
彰人(短い付き合いとはいえ、こいつのことを知っちまったからな……本当は、すき好んで男に体を売ってるようなオレみたいなやつと、関わり合いにならねえほうがいい人間なんだって……もしも、冬弥から電話がかかってきたら――――その時は、この仕事を辞めるってことにして、二度と会わねえようにしよう……)
~数日後~
彰人「……」
彰人:冬弥が音楽家を引退する意思を表明したというテレビの報道を見ながら、ぽかーんと口を開けている
彰人「あいつ、こんな有名人だったのか……」
絵名「彰人、なにぼーっとしてんの、朝ごはんできてるって言ったでしょ」
彰人「うるせえな、別にぼーっとなんてしてねえよ。つーか、お前は弟の家に転がり込んで飯作る係してねえで、男でも作って家から出ていけよ」
絵名「ちょ……っ、う、うるさいのはそっちでしょ! 今は画家として駆け出したばかりだから、一人暮らしをするお金がないの! それに、そんなことをしてる時間があれば、絵を描きたいって思うのは当然でしょ!」
彰人「はいはい、そーですか。ま、お前が上手くやれてんなら、良かったよ。昔は親父との仲が険悪で、当たられるこっちの身にもなれって感じだったからな」
絵名「一言余計なんですけど。ていうか、彰人のほうこそどうなの、その仕事。まさか、あんたがこんな道に進むなんて思ってなかったからさ……お父さんはあんな感じだから放任してるけど、お母さんはいまだに心配してるよ?」
彰人「別に……サッカーを辞めてからは、とくにやりたいことも見つからなかったし……普通じゃねえの」
絵名「彰人……」
彰人「仕事は夕方からだし、もうひと眠りしてくる……」
絵名「あ、ちょっと、彰人! 朝ごはんは!?」
彰人「いらねえ」
彰人:リビングを出ると寝室に入り、仰向けの体勢でベッドに寝転ぶ
彰人「……」
彰人(オレは、本当にこの仕事をやりたいと思ってるのか……少なくとも、昔はそうだったはず……だよな……)
彰人:突然、学生時代の自分がフラッシュバックする
彰人「――――…………っ、…………」
彰人(違う……サッカーを辞めてからのオレは、将来の夢や目標って呼べるものが全部なくなって……なにもかも、どうでもよくなって……それなのに、周りは今を楽しめてて、未来への希望を持ってて……そんな周りに反発したくて、オレは……)
彰人:ごろんと寝返りを打つと、横向きの体勢になる
彰人「……」
彰人(だけど、段々と、こんな汚い仕事をして金を稼いでるオレなんて……って、思うようになって、自己肯定感が、どんどんなくなっていっちまって……)
彰人:横向きの体勢で寝転んだまま、胎児のように体を丸める
彰人「なんだ……オレって、偉そうにあいつのことを言えなかったんだな……」
彰人:リビングのテレビに映っていた冬弥の顔を思い浮かべる
彰人(お前は、前に進めて良かったな……)
~数日後~
彰人「……は?」
モブ「だから、またこの前のやつから電話がかかってきてたって言ったんだよ」
彰人「この前のやつ、って……まさか、冬弥のことか」
モブ「あー、そうそう、確かそんな名前だった気がする」
彰人「なんで、この前のやつだって分かるんだよ……お前、電話に出てねえだろ」
モブ「バーカ、そんなの、本人から言い出してきたからに決まってんだろうが。その節は大変お世話になりました、だってよ」
彰人「……」
モブ「一瞬なんのことだって思ったんだが、すぐにあの時お前がうだうだと言ってたことを思い出してな。こんな店に電話をかけてくるやつにしてはすげえ上品な喋り方で、お前に世話になった礼に菓子折りを持って挨拶に行きたいなんて言ってくるから、丁重にお断りをしたんだが……なんつーか、マジで変わったやつだな……」
彰人「……」
モブ「――――で、改めて、お前を指名したいんだってさ」
彰人「――――…………っ、…………」
彰人:瞬時に表情をこわばらせるも、動揺を悟られまいと小さく拳を握りしめる
モブ「……ったく、なんでそんなに指名が取れるんだよ、やっぱ顔か?」
彰人「うるせえ……それで、お前はなんて答えたんだよ」
モブ「まだ店には来てないっつって、出勤時間を伝えた。そろそろ、電話がかかってくる頃かもな」
彰人:タイミングよくコール音が鳴り、ビクリと大袈裟に肩を震わせる
彰人「――――…………っ!?」
モブ「噂をすればってやつだな、出ないのか」
彰人「うるせえな、今出るっての……」
彰人:硬い表情を浮かべながら、受話器を持ち上げる
冬弥『――――東雲さん、ですか』
彰人「まだ、一言も喋ってねえだろ……なんで、オレだと思ったんだよ……」
冬弥『それは……同僚の方から、この時間帯に出勤されると伺っておりましたし……私がもう一度お電話することもお伝えいただいているのであれば、東雲さんご自身が出てくださるのではないかと、つい期待してしまいまして……』
彰人「……」
彰人:一瞬の沈黙の後、再び口を開く
彰人「……つーか、タメ口でいいって言ったよな、オレ」
冬弥『そう、だったな……すまない……』
彰人「本当に、同年代だったっぽいしな……」
冬弥『え?』
彰人「なんでもねえ……」
彰人:テレビの報道を思い出しながら複雑な表情を浮かべるも、そっと両目を閉じる
彰人「……で、用件は?」
冬弥『……』
冬弥:彰人の無愛想すぎる態度に一瞬だけ無言になるも、すぐにふっと笑いをこぼす
冬弥『わざわざ聞かなくても、分かっているんじゃないか』
彰人「……」
冬弥『もう一度、彰人を指名したい』
彰人「――――…………っ、…………」
彰人:再び、ぎゅっと拳を握りしめる
彰人「……お前のほうこそ、分かってんのか」
冬弥『なんの話だ』
彰人「この前、話しただろ……今度こそ、オレを指名するっていうことは……」
冬弥『――――…………、彰人のことが、好きだ……』
彰人「――――…………っ!?」
彰人:受話器越しに耳にした冬弥の言葉に再び表情をこわばらせると、ぐっと唇を噛みしめる
彰人「……」
彰人(冬弥に道を踏み外してほしくなくて、もう二度と聞きたくないと思ってた……そんな言葉の、はずなのに……)
彰人「……」
彰人(本当は、その逆なんじゃないか……)
冬弥『彰人に言われたとおり、あれから、よく考えた……最初から気の迷いなんかではないと分かっていたが、そうでもしないと、彰人が納得してくれないと思ったからだ』
彰人「そうかよ……だったら、改めてオレを指名するっていうことは、この前みたいに話をするだけじゃ済まないっていうことも、ちゃんと分かってるんだろうな」
冬弥『ああ、分かっている……むしろ、俺がそうしようとした時に、彰人が止めたのだろう』
彰人「そう、だったな……」
冬弥『それで、彰人……』
彰人「……」
彰人:表情をこわばらせたまま、逡巡するように黙り込む
彰人(なに黙ってんだよ、オレ……言えよ、この仕事を辞めるって……嘘でも、そう言わねえと……)
冬弥『――――…………? 彰人?』
彰人「……」
彰人(これ以上、オレなんかと関わったら……冬弥の人生の、汚点になっちまう……)
冬弥『どうしたんだ、彰人……突然黙り込んで……』
彰人「――――――――……………………っ!」
彰人(言えって言ってるだろうが、オレ――――――――!)
彰人「あのな、冬弥……実は、オレ……」
冬弥『なんだ』
彰人「この、仕事を――――…………」
冬弥『……』
彰人「……」
彰人(言わなきゃいけない言葉は、分かってる……そのはず、だったのに……)
彰人「今から、そっちに行く……」
冬弥『――……! ああ、待っている……』
彰人:冬弥との電話を終えると、ガチャリと受話器を置く
モブ「なんつーか、色々と訳ありっぽいな……」
彰人「なあ、○○……」
モブ「なんだよ」
彰人「オレって、いいやつそうに見えるか」
モブ「――……? まあ、外面だけなら?」
彰人「……」
モブ「急にどうしたんだよ」
彰人「いや……オレのこと、よく知らないくせにって思ってな……」
モブ「はあ?」
彰人「そんじゃ、行ってくる」
彰人:同僚との会話を強引に中断すると、そのまま待機所を出る
彰人(冬弥が見てるのは、オレの外面だけだ……多分、育ちのいいあいつにとって、オレは初めて接するタイプだったんだろう……きっと、そんなオレに上辺だけ優しくされて、好きになったって勘違いしてるだけだ……オレの中身を知ったら、絶対に嫌いになる……)
〜冬弥の部屋〜