タイムリミットと砂時計 僕の人生はいつだって、終わりと共にあった。
一生懸命作ったロボットは壊れた。物であり、まだ拙い子供が作ったのだから耐久性が低いのは当たり前だ。どんなに思い入れがあるものでも、壊れてしまえば直すこともできず、小さい頃はよく泣いていた。
人間関係も壊れた。僕に興味を持って話しかけてくれた子も、やりたいことを正直に話せば離れていった。あの子は自分たちとは違うから。その視線は僕を突き刺し続けて、やがて人と関わることを諦めた。孤独な仲間だった瑞希も、僕が一年早く生まれてしまった以上卒業して別れなければいけない日がくる。 後に瑞希と再会して時には、あの頃のふたりぼっちの関係はとっくに終わりを告げていた。
だから全ての物事は終焉を迎えると僕は分かっていた。どんなショーも永遠に上演するものはないと、知っていた。
「お前達は、この先もずっと全員で一緒にショーをやるもんだと思ってたからな」
知っていても真の意味で理解はしていなかったのだと、あの無人島で思い知るまでは。
タイムリミットと砂時計
1月の終わり。ワンダーランズ×ショウタイムは、次の演目に向けての準備を進めていた。このショーが上演されるのは1ヶ月以上先、3月の中旬から終わりだ。それがどうしてこんなに早くから練習しているのかと言えば、原因は司と類にある。
3月を超え、4月になれば彼らは高校3年生を迎える。それに伴い、ワンダーランズ×ショウタイムは2年間の活動休止が決定していた。フェニックスワンダーランドの顔とも言えるショーユニットだからこそ、各々の進む道をしっかり決めて努力してほしいという、鳳家から伝えられた方針だった。
このショーは新しい道を踏み出す前の4人が観客に送ることのできる最後のショーになる。だからこそ、今までで1番良いものを作りたいのだと息巻く司に異論を唱えるものはいなかった。台本を手渡され、もう完成しているのかと苦笑したが、それだけ座長の本気が伝わってくるというものだ。演出のしがいがあると、類は胸を高鳴らせながら練習を進めていた。
上演時期が卒業や入学、進級等新しい生活に足を踏み出す人々が多い春ということで、司は類の人生を参考に物語を組み立てたようだ。変化を恐れていたひとりぼっちの錬金術師が魔法使いと出会い、変化に怯え裏切られながらも本当の仲間を手に入れていく話。まだ見ぬ世界も怖くないのだと、未来の変化も悪くはないのだという想いがこの脚本に込められてると司は笑った。
「こんにちは!錬金術師さん」
「……誰だ」
「あたしはね、どんな願いでも叶えられる魔法使い!錬金術師さんの願いを叶えに来たよ!」
「必要ない。俺の願いはここで物作りをすることだけだ。これまでもこれからも自分で叶えていくことができる。帰ってくれ」
「ほんとに?」
魔法使いを演じるえむが、床に座って作業をしている錬金術師、司の顔を覗き込む。ここは、臆病故に不変を望んだ錬金術師に訪れる初めての変化であり、物語の起点になってくるシーンだ。だからこそ、下手に演出をつければ没入感が下がってしまう。
類は2人の演技を見て少し考えた後、「ストップ」と声をかけた。
「どうした類」
「台本には覗き込むと書いてあるけど、いくらえむくんが演じる魔法使いと言えど上から顔を見るのはかなり威圧的だったから止めたよ。この場面、えむくんは屈むかしゃがむかして目を合わせるだけに留めた方がいい。魔法使いは錬金術師を脅しているわけではないからね」
「あいあいさー!類くん、もう一度やろ!」
さっそくとばかりに司を見るえむに静止、ちょっと待ったと静止の声がかかる。
「えむがしゃがんでしまうと俺を見上げる形になるからえむは中腰の方がいいと思うが、身長に合わせるとすると俺は少し立ち上がり気味にえむを見た方が良さそうか?」
「司くんはもっと体勢を低くしてもいいくらいだよ。今はご丁寧に正座してくれてるけど……胡座か、俗に言う女の子座りでもいいね。錬金術師はあまり人目を気にしないから背を丸めて作業してもいい。この状態でえむくんがしゃがめば、身長差はそこまで気にならなくなるはずだよ」
「わかった。少し待っていてくれ」
司は胡座をかき、早速背中を丸める。そこにえむがしゃがみこむと、司とばっちり目が合った。その様子を見て、類も満足そうにうん、と呟く。
「魔法使いが錬金術師と同じ視点に立って理解しようとしてるのも伝わりやすくなるよ。これでいこう」
「わかった!じゃあ次は砂時計を渡すシーンだね!」
「このまま始めてもいいか?」
「いいよ。じゃあ、スタート」
類の合図にあわせ、司とえむの顔が変わる。そこにいるのは高校生の2人ではない、魔法の世界の住民たちだ。
「ねえ、錬金術師さん。ほんとに叶えたい願い事はないの?」
しゃがんで目をあわせたえむが首を傾げる。その表情は幼子のようにあどけなく、裏表がないことは明白だ。
「ないと言ってるだろう。俺の願いは俺が叶える。お前の力は必要ない」
「むー」
魔法使いは少し考えた後、ポケットから砂時計を取り出した。紫の砂がキラキラと輝き錬金術師の目に映る。
「じゃあね、これあげる!1回だけだけど、どんな願いでも叶えられる魔法の砂時計だよ!」
「いらない」
「砂時計に向かって願い事を込めながらひっくり返してね!」
「いらないと言っている」
「それじゃあね!」
「待て!」
錬金術師が手を伸ばした時、魔法使いは既に消えて居なくなる。後にはただ、呆然とする錬金術師と砂時計だけが残されていた。
「……本当にどんな願いでも叶うのか、これは」
ひとりぼっちの錬金術師は、ぽつんと残された砂時計を手に取る。なんの変哲も無さそうなそれは、グローブを嵌めた手の中で確かに存在を主張していた。
錬金術師は、もう自分の想いに気づいている。ただ錬金術を突き詰め高みを目指したいのではない、この力を使って人々を笑顔にしたいと。でも、過去の拒絶が彼を酷く臆病にさせていた。
砂時計を握り、思案する。願うのは錬金術の更なる発展か?誰も見たことの無い発明を作り出せる力か?御伽噺でしか出てこないような未知の素材か?頭に浮かんでは止まらない想像の中で、たった一つ最後に残った願いを口にした。
「誰かと接し、話すことを怖がらない勇気がほしい、なんて」
馬鹿馬鹿しい。そう呟きながら錬金術師は砂時計をひっくり返した。
「ストップ。このシーンはここまでだよ、お疲れ様」
「っはぁ〜〜〜疲れた……」
「司くんすごくよかったよ!いつもの司くんじゃないみたいだった!」
「うぉっえむ!抱きつくな!のわぁっ!?」
暗転の手前まで演技をし終えた2人がステージの中央で縺れあっている。育ちのいい司は胡座で猫背なんて体勢をとったことがほとんどないからか、直ぐに立ち上がることができずえむを受け止め後ろに倒れ込んでいた。次のシーンから舞台に立つため見学していた寧々も、「なにやってるの。こんな寒い中床に転がったら風邪ひくでしょ」と言いながら司を見ている。「俺が寝たくて寝っ転がってるわけじゃなくてなぁ!」と反論しながら身体を起こす司に、「司くんかっこよかった〜」とのんびり声を出すえむ。3人の騒がしい声が、類の耳まで届いていた。
(楽しいな)
こんな騒がしい毎日に自分がいることになるとは、小さい頃は思いもしなかった。
一度夢を諦めかけた寧々が、無理に大人になろうとしていたえむが、原点の想いを忘れていた司が、そして最高のショーを仲間と一緒に作ってみたかった自分が、同じステージに立って感情を分かちあっている。そんな夢にまで見た日々が、こうして実現するなんて類は思ってもみなかった。
(本当に……楽しくて、幸せだ)
ワイワイ騒ぐ輪に加わろうと立ち上がった時、類の心を何かが掠めた。黒いモヤのような、それでいて鋭利な刃物のようなそれは、一瞬心の柔らかい部分に傷がついた感触と共に消え去ってく。
(なんだろう、これ)
しばらく立ち止まって見てもあの感覚が訪れることはない。気のせいかと思い、類は3人の元へ歩き出した。