命綱と死神 知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる。人間界の森の奥に広がる、石でできたオブジェが並ぶ拓けた場所は、まるでそこだけ魔法界から切り取られたかのような印象を僕に与えてくれた。静かな森の中に、二人分の呼吸と木々のざわめきと、鳥の囀りだけが響いている。
「ひゅーい？ここ、来たことあるのか？」
前を歩いていた橙真が、僕に気づいて立ち止まってくれた。「なんだか懐かしい感じがしたから。」そういえば、わざわざこっちまで戻ってきてくれる。
「なんだろうな、ここ。公園……じゃなさそうだし。魔法界にもこういうの、あるのか？」
「う〜ん……見かけは魔法界のものに近いし、マナマナがいた気配も感じるけどこれは魔法界のものじゃないね。チュッピが作って、ここに置いていったものだよ」
半円形のものが何列も組み合わさって置いてある、それのひとつに腰掛ける。下から見上げてみれば、夜空が縞模様のように石で隠されて、なんだか場所によっては雨宿りに使えそうだな、なんて思ったりした。
橙真はオブジェに夢中らしく、さっきからあちこち歩いて回ってる。まあ、こんな大きなオブジェがあったら、そりゃあ気になるよね。座ってる石を撫でてみれば、経年劣化で生じたであろうヒビが微かに手のひらに引っかかって、このオブジェが昔からここにあることを伝えてくれる。
(あの星、橙真みたい。眩しいなあ)
星を見ていると、一際明るく輝く光が目に入った。あの光を見ていると、初めて橙真と出会った日のことを思い出す。まつりちゃんに向かって大声で応援していた、あの姿を。あの眩しさに惹かれて、パートナーになりたいと思ったことは、僕の中に大切にしまわれている思い出だ。
(だけど)
その星を、オメガの陰謀に巻き込んでしまった。
もう、橙真は普通のプリマジスタではいられないだろう。プリマジの暗部、魔法界と人間界の争いや権力の取り合いに巻き込まれることは、避けられない。僕にとっての橙真は、もがいても出られない水の中で見つけた命綱のようなものだけど、橙真にとっての僕は、奈落へと誘う死神と同義なのだ。
「……い、ひゅーい、どうした？」
ぼんやり考えていると、ふと上から影がさした。見上げると心配そうな顔をしてる橙真と目が合う。この、純粋で、優しい子を巻き込んだことへの罪悪感に誘われて、つい口を開いてしまった。
「橙真はさ、僕と組んでほんとによかったの？」
ぽかんとした顔の橙真。その姿がなんだかおかしくて、でも今は真面目な話の途中なのだからと笑いをこらえる。
「これから、色んな闇をみることになるよ。プリマジを純粋に応援してた頃には戻れないかもしれない。もしかしたら、また魔法界であったような、危険な目にあうかもしれないよ。それでも本当に、僕でよかったの？」
問われた橙真の目は、思案するように閉じられた。僕の好きな翡翠色の瞳が見えなくなって、なんだかちょっと残念な気分になる。でも、考えている橙真の顔は真剣で、そういう一つ一つのところにマジになってくれる所が好きだなあと改めて思う。
やがて開いた橙真の目にはマジの輝きがあった。その輝きがあまりにも綺麗だったから見惚れていると、橙真が口を開く。
「……俺は、ひゅーいとプリマジすること、後悔してない。ひゅーいが背負ってるプリマジへの夢、その中に俺の大切な人がいるんだ。事情を知っていて、ひゅーい1人に背負わせて、自分は安全なところからのうのうと見ているなんて、そんなの、できるわけないだろ」
「じゃあ……じゃあさ、橙真は、僕と一緒に地獄に堕ちてくれるの？僕は橙真を奈落へ連れてく死神かもしれないよ？」
橙真はなにも答えない。答えないけれど、それでも僕を見つめる目は変わらなかった。大切な相棒で、パートナー。橙真にとって、たとえ僕がどんな存在になろうとも、それだけは変わらないんだろうなと確信できるような、そんなマジを宿した目だった。
夜も深けた静かな森の中で、二人で見つめ合い続ける。やがて、こくりと黙って頷いたその瞳があんまり優しくて泣いてしまった。