てをにぎる やっとの思いで回収したACは、それはもう酷い有り様だった。
胸部に作られた最悪を絵に書いたような空洞が、ウォルターに否が応でも覚悟を迫る。奇跡的に発火こそしてはいないが、今朝方見た姿とは程遠いコアの姿の前ではなんの足しにもならぬ奇跡であった。
ともかく、パイロットを助け出さなくては。
グラグラと揺れる視界を無視し、ガレージ内のアームを操作した。平時は機体を組み上げるために使用するそれで、外装をメリメリと剥ぎ取る。幾度かの不快な金属音の奥から、無骨な取手がついた蓋が現れた。機体からの通常の脱出が不可能となった際、手動でこじ開けるための脱出口だ。
ウォルターはいつも以上に言う事を聞かない下肢を叱咤し、機体へ駆け寄る。
万一ここが開かないとなれば、切断するしかないだろう。しかしACの内部は、それを決行するにはあまりに狭い。
祈るような気持ちで、取手を握りしめた。
取り掛かってどれほど経った頃だろう。ウォルターには数刻ほどにすら感じられたが、太陽の傾きはさほど変わっていない頃、遂に蓋が浮き上がった。
隙間から、熱と血と火薬の混ざった匂いが溢れ出る。
本能的な嫌悪感を抑え込み、目いっぱいに蓋を開ききる。期待の内部は、恐ろしいほどに真っ暗だった。夜中でもないのに、中の様子が見えやしない。明かりが必要だと、胸元に忍ばせた懐中電灯を手に取ろうとした、その時。暗闇の隙間から、か細い呼吸音が聞こえてきた。
生きている。
ウォルターは明かりも忘れ、暗闇に身を乗り出し名前を呼んだ。数字を並べただけの味気もへったくれもない、しかし痛く気に入っているようであった其れを。
「……ぅタ、ァ」
声が返ってきた。喉に唾液か、あるいは血液でも絡んでいるかのようなガボガボとした息混じりに。
これまでウォルターの胸をずっしりと押しつぶしていた不安が、フッと軽くなった。生きている。意識もある。間に合ったのだ。
「待っていろ。今、出してやる」
先程より幾らか柔らかい声色で声をかけながら、改めて懐中電灯を手に取ろうとした、その時。
「ぁ…だぇ……だ、メ…!」
途切れ途切れのその声は、制止の形をしていた。だめ、だめ、だめだ、と荒い息のまま繰り返す。そのたびに、命を削っているかのように必死の様子で。
「なぜ…?!」
「だ、だめだ…ヒュ、…も、もう、もう、ゴボ…だめ…ぁンだ…」
真っ暗闇の中から、必死の声が聞こえる。腹に何かが刺さっていること。おそらく体はほとんど半分に分かれていること。痛みもよくわからないこと。寒いこと。こんな姿は見られたくないこと。もうすっかり駄目だと確信していること。
それを裏付けるように、管理システムがバイタルの低下をアナウンスする。機械的に送られる情報のすべてが、手遅れを物語っている。おそらく、声の伝える肉体の状態は正確なのだろう。
かける言葉すら見当たらず途方に暮れるウォルターを知ってか知らずか、途切れ途切れながらも一気に話し終えると、声はついに途切れた。代わりに、ため息のような重たげな息の音がフゥーと一息。
そして、途方にくれるウォルターの前に、闇の底からぬぅっと手が出てきた。どす黒く血に濡れた、しかしよく見慣れた手。今朝もウォルターに懐いてきた、あの手が。
「…にぃ、って」
指先が、誘うように力なく揺れる。
「テ、て、て、げほ、手…に、ギって…ごぼ…ぅおる、たぁ…」
ウォルターは、それを必死に掴んだ。力強く、それでいて抱きしめるように優しく。ゾッとするほど冷えた手に、少しでも熱を伝えるために握りしめる。
フゥー。フゥー。息の根が、どんどんと弱々しくなる。…フゥ。……フゥ。穏やかにすら聞こえる程に。
その手が握り返すことは、なかった。