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    グェボ
    手直しはしていません

    ##グェボ

     ゾアホリックの不具合で、記憶の転送が出来ていない。アビスの記録は移せているから最低限の運用は可能だが、しかし良い状態とは言えない。
     先刻体を変えてから妙に上の空な旦那の様子に念の為と検査を行った技師達はそう結論づけ「卿をたのみます」だなんて言うやいなや調整をするべく駆けていった。
     たのむ、と言われてもどうすりゃいいのか。悩む俺とは対象的に、本人は実に呑気なものだ。
    「グェイラ、海をさがしましょう」
     すっかり記憶全部を忘れてしまった旦那が楽しそうに語りかけてくる。
     アビスに関する記録は移っているから祈手の名前は知っている、ということなのだろう。事態に反して奇妙にいつも通りな彼の様子に、しかしその癖「海」なんて普段見向きもしないものへ興味を向ける可笑しさに俺は戸惑った。
    「この本によると海は世界の殆どを占めているそうです。含まれる成分や生態系を見るに基地の周りの水は海では無いのでしょう。アビスの外でしょうか。ああ、見てみたい」
     手には大きな本が開かれており、なにやらパッとしない図解とピンとこない文章で海が解説されている。そのパッとしない図解に旦那は指を滑らせ、ただのインクと紙でしかないそれを食い入るように見つめる。きっと今の旦那の頭には真っ白な空の下に黒黒とした海が横たわっていることだろう。
     俺はなんと答えればよいか解らず、引きつった愛想笑いで誤魔化した。アビスの外へと意識を向ける旦那なんて、どうにも気味が悪かったからだ。
     そして案の定、そんなヘタっ糞な愛想笑いなど旦那に通用しない。広げていた本をそっと棚へと戻すと、まあなんとも見慣れた手付きで俺の顔へと手を伸ばしてきた。
    「すみません、悪気は無かったのですが。そう辛い顔をしないで」
    「してません。大丈夫っす」
    「どうせ私は外のことなど気にもとめなかったのでしょう。わかりますよ。私は外からアビスへ来たのですから当然です」
    「だから、してませんってば」
    「しかし私はその逆。アビスで生まれ、アビスしか知らない。ああ、外はどんな風景なのでしょうね。海とは、どんな迷宮なのでしょうね。星空の明るさは、そこのライトと比べどれほどに明るいのでしょうね。ああ、やはり気になる」
     それじゃあ上へ登るか、とはもちろん言えない。それは確実にボンドルド本来の意志を邪魔する行為だ。それに、どのみち生まれたてのような彼が復旧予定の時間までに層をまたぎきれるとは思えない。
     無言を貫く俺に何を感じたのやら、旦那は俺の顔から手を離すと今度は俺の隣に腰掛けた。
    「大丈夫ですよ。出ていったりなどしません」
     クッションの薄い安っぽい椅子に腰掛ける姿は見慣れた姿勢のもの。どう見たってただの黎明卿ボンドルドで、そしてそれは間違っていない。彼はボンドルドだ。記憶はないが、それ以外の全てがボンドルドそのものなのだ。そう思うと、なんだか無性に連れ出したくも思えてきた。さきほどまで気味悪がっていたくせに。
    「おそらく六時間後には復旧するでしょう。そして今の私がそれまでに層をまたげるとは考え難い」
    「…目茶苦茶頑張れば行けっかもしんないっすよ」
     旦那がきょと、と豆鉄砲でも食らったようにこちらを見ている。
    「跨いじまえばゾアホリ圏外なんだし、時間なんか気にせず海でも星でもいくらでも探しに行けるんじゃないっすか」
     自分が馬鹿なことを言っている自覚はあったから、できるだけ見ないようにした。
    「…いいですね。それはとても、素晴らしい提案です」
     興奮しているのか声を上ずらせた旦那が、机に放置された紙を一枚手に取りペンを握り「グェイラ、こちらへ」と俺を机の前へと導いた。自分であんなことを言っておいて、まさか脱走の手助けをさせるのか?とたじろぐ俺を、彼は面白そうに笑った。
    「大丈夫ですよグェイラ。さあ計画を立てましょう。」
     真っ白な紙の上をサラサラとペンが走る。
    「“目茶苦茶頑張る”のに必要な荷物は?どのルートで登るのが最適か?三層の絶壁はどうしましょう。そうです、不動卿はどう誤魔化しましょうか。無事に上へ辿り着いたら、さて何から探しましょう。海とは、生身で触れられるものなのでしょうか」
     まるで子供の遠足計画のような、とても現実的でない計画が書き込まれてゆく。とても持ちきれないほどの荷物がズラズラと書き込まれ、これは私が、これは君が、と丁寧に振り分けられる様子に肩の力はすっかり抜けてしまった。「ぎりぎり運搬可能な範囲を想定しているのですが」旦那は体力は消耗されるということを知らないらしい。そもそもどうして俺が不動卿と腕相撲で勝って見逃してもらう算段になっているんだ。「私よりも力持ちでしょう」そういうはなしではない。
     すっかり面白おかしく眺める俺に、ズイとペンが差し出される。促されるままに握れば、ズラズラと計画の書かれた紙の端っこの、未だ何も書かれていないスペースを分け与えられた。
    「さあグェイラ、私の冒険に付き合ってください。きっと楽しいですよ」
     とりあえず俺は、海は素手でも大丈夫ですよ、と書き加えた。
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