息するもの それはただ、息をしていた。
静かに息を吸う。吐く。吸う。吐く。薄暗い密室の中で、空気だけが波打ち、その隙間から聞こえる何かの駆動音。吸う。吐く。吸う。
人工物ばかりのコックピットの中で、唯一湿り気を帯びたそれは、しかし全くと言ってよいほど生物の気配を放ってはいなかった。
肉付きの悪い胴体から伸びる手足は、力なくだらりと垂れ下がっている。ぼんやりと宙を眺める瞳は眼球をピクリとも動かず、ただ時折、義務のように瞬きをする。全身の至る所から意思が抜け落ちたようにぼんやりと座席に鎮座する様は、ただ肉の塊が置かれているだけのようだった。
そして、息をしていた。
精気を見せぬそれの、胸だけが規則的に膨らみ、萎む。鼻腔が僅かに広がり、狭まる。わずかに開かれた口の隙間から、空気の行き来する音がする。
それはC4‐621と名付けられていた。昔は人間だったはずで、今は最早なんでもないものだった。吸って、吐いて、吸って、吐いていた。
ただ一人が彼を人だと言っていた。