頼れるビジネスパートナー(弁護士遡及妄想時空のマーシャとリサ) 戦争が終結してからというもの、国際欄には和平の記事が目立ち、多少の小競り合いはあっても、少なくとも本土やそれに近い場所で「ライフルが飛ぶように売れる事態」には、およそ発展しそうにもない状況を報じる朝刊を見るにつけ、マーシャは自分の判断――そして、自分の説得を受け入れてくれた夫の寛容さ――に、心から安心するのだった。
今も縫製工場を営み、余裕があるという程ではないものの、慎ましくも楽しい暮らしを維持するには十分な、そこそこの稼ぎを得ている彼女の夫・レオは、いっとき縫製業界での熾烈な競争にうんざりしたのか、或いは、当時まだ小さかった娘を抱え、先行きの不透明な縫製業界よりは、もっと「割のいい儲け」を得るべきだと、彼なりに使命感に駆られでもしたのか、その頃には業界外でも「奇跡」ともてはやされた軍需工場の購入、そして軍需産業への転身に関心を示していたのだ。その時の夫の浮かれようといったら無くて、明日にでも契約書にサインをしかねない勢いがあったところ、彼は寸でのところで落ち着きを取り戻したのか、「戦争が終わったらライフルなんて見向きもされませんけれど、人々が服を買わなくなることはないでしょう」という、マーシャが再三繰り返してきた説得を聞き入れ、奇跡の軍需工場の買収を取りやめ、渋々ながら縫製業界に留まることにした。それが今から、だいたい七年ぐらい前のことだ。もしあそこで判断を誤っていたら、夫を説得することができなかったら、私達は今頃、どうなっていたのだろう……。マーシャはそのことを考えるにつけ、背筋がぞっと竦む程だった。
紙面の一角を埋める弁護士事務所の広告――「フレディ・ライリーは不良債権処理及び買収のプロとして、あなたのビジネスと成功のために尽力します。」――には特別目を留めないまま、ふうとため息を吐きながらマーシャは新聞を畳んだ。それを見計らったように掛けられた「何か面白いことが書いてあったの?」という娘の声に、朝食後職場へ向かう夫を見送ってから、部屋には誰もいないつもりだったマーシャは、明るいブラウンの目を丸くしながら顔を上げる。
そして、ブルーの手袋を嵌めた両手でテーブルに頬杖をついて、フリルをあしらわれた揃いのブルーのスカートと真っ白いパニエを揺らし、よそいきの青いエナメル靴を履いた足をぶらぶらとぶらつかせながら、いかにも退屈を持て余した具合に座っているリサを見つけると「……リサ、お行儀が悪いわよ」と、自分も紡績工場を営む夫の読み物である新聞を盗み読んでいた――とはいえ、工場長を務めるレオは何かと「現場主義」なところがあり、新聞に書き並べられる社会の動向を把握することをあまり重視しないため、もっぱら、テーブルの上に置き去りにされる朝刊をマーシャは読んでいるのだが――こともあってか、少々気まずげに目を伏せながら窘めた。
「だって、退屈なんだもの!」
よそいきのロイヤルブルーのボンネット帽を被ったリサは、この前の冬に彼女が迎えた14歳の誕生日に、マーシャから贈られた白粉(性格はあくまで理性的で、慎み深い傾向のあるマーシャは、愛娘を目の前に、はっきりそう言ったりはしないものの、その可愛らしく丸い頬に点々と浮かぶそばかすを見るにつけ、レオに連れられて外を活発に駆け回る幼い娘を止めなかった自分の判断を常々悔やんでいた)を薄く叩いた頬をぷく、と膨らませながら言った。
「今日はピクニックの予定だったのに、外はあんな天気でお庭にも出られないし、お父さんはさっさとお仕事に行っちゃうし、お母さんはずうっと、新聞(それ)とにらめっこでしょう?」
この頃工場の数を増やしたレオは確かに仕事に掛かり切りになっており、子供が寝る時間を過ぎてから帰ってくることも珍しくはなかった。愛する父とのお出かけの機会を待ちわびた娘が、ピクニックに持っていくバスケットに詰めるサンドイッチやマフィンのレシピをマーシャに聞いたり、家事手伝いのローズに聞いたり、当日のバスケットに敷く布地の四隅に綺麗な刺繍を縫い取ったりと、随分楽しみにしていたことは、マーシャもよく知っていた。
しかしそれにしたって今日の天気はひどいもので、黒ずんだ雲から垂れ流される季節外れの大粒の雨は窓や屋根をひっきりなしに叩き、外気はまるで暦が一ヶ月前に引き戻されたかのように冷え冷えとして、リビングルームの暖炉にも、数週間ぶりに火が入れられていた。
天気をどうにかすることはできないとはいえ、それでも面白くない気持ちを隠しきれない様子で、不満げに唇を尖らせながらぷいとそっぽを向き、可愛らしく拗ねている娘に、マーシャが思わず頬を緩ませながら「少し早いけど、お茶にしましょうか?」と言うと、リサは相変わらず面白くない気分ながらに心惹かれたようで、ぷうと膨らせていた頬を少し萎めながら、母親の方におずおずと向き直った。