リアルスプラトゥーンごっこする天羽組俺は小峠華太。
「よーし、始めるかー」
事務所に帰ったら兄貴たちや舎弟共がみなタクティカルヘルメットを被っていたことに、動揺を禁じえない中堅極道である。
「……なに、やっとるんですか」
狼狽しきった俺に、答えるのは中世の鉄の戦士風のヘルメットを被った香月の兄貴である。
「華太、丁度いいところに帰ってきたね。これからペイントボールをやるんだけど、お前もやるだろ」
ヘルメットの開閉部を開いて、にこやかにそう告げる。そして笑顔とともに、手の上にそっと、ペイントボールマーカーを乗せられた。マーカー、などと名前はついているが、この道具はサブマシンガンのような形をしている。銃の上部には楕円形上の容器が取り付けられており、その中には、円形の弾丸がいっぱいに詰められている。この弾丸がペイント弾となっており、人や対象物等に当たると、はじけて中の塗料が飛び出すようになっている。コンビニに防犯用においてある、カラーボールの縮小版を想像してもらえればわかりやすいだろう。ペイントボールとは、あれの縮小版を銃に詰め、敵味方に分かれて相手チームと撃ち合うゲームである。なお、撃ち合うことそのものが目的ではなく、基本的には、勝敗の決定は相手陣地に置かれたフラッグをダッシュしたり、相手チームのブザーを押したりすることなどで決められる。ゲームの形式はいくつかあるようだが、まぁ、話の大筋には関係ないのでそのへんは割愛させていただく。
兄貴からの誘いとあれば、俺に否やはない。体の部分を守るプロテクターを身に着けながら、
「しかしなんだって、こんなこと…」
と、隣に立っていた和中の兄貴に聞いてみることにする。ちなみに和中の兄貴は、頭部には普通の黒のハーフヘルメットを被っていたが、その顔の下半分は、赤い般若の口元のマスクで覆われていた。今はゴーグル部分を装着していないため涼し気な目元が覗いているが、ゴーグルで目元が隠れてしまったら、完全な不審者である。
涼やかな目元の鬼はその紅の引かれた目元をスイ、と細めると、
「盤楽遊嬉、最近、Switchの新しいゲームが発売されたろう。武器でインクを撃ち合うという趣旨の」
「ああ、ス○ラトゥーンですね」
「確かそんな名前だったか。それで、飯豊と速水が事務所にSwitchを持ってきて、そのゲームをやっていてな」
「…………」
ここまで聞くと、何かもう、俺はこの話のオチが読めてしまった。
「それを見た小林が、おっそれ面白そうだなぁ! それじゃあリアルスプラトゥーンやろうぜ! と言い出してな…」
はい、予想通りでした!! ありがとうございます!!
そこまで話を聞いた俺は、部屋の隅っこで若干、小さくなっていた速水と飯豊に向って鋭い一瞥をくれてやる。事務所で余計なことしやがって。俺の視線を正面から受け止めることになった2人(この二人は目元以外は全て覆われた、黒のフルフェイスコンバットヘルメットを被っていた)は、びくぅ、と体を跳ねさせてから、手を取り合ってガタガタと震えていた。
とはいえ、香月の兄貴や和中の兄貴などは、意外にもこの提案に乗り気である。
「和中の兄貴は面倒だとは思わないんで?」
ペイント弾を食らったら汚れを落とすのが面倒ですよ、と聞いて見ると、
「……俺がペイント弾を食らうと思うか」
という、答えとともに、冷たい一瞥が返ってきた。俺は内心に冷や汗をかきつつ、
「確かに愚問でしたね…」と、言うしかなかった。
ちなみに今回、野田の兄貴は大事を取って不参加らしい。ペイントボールを会場の傍らで高みの見物をきめこむとのことだ。ペイント弾が当たらないように、座席の前にアクリル板を設置している野田の兄貴を見、隣でペイントマーカーを物色していた南雲の兄貴に、つい、
「なんか、笑ってはいけないの途中で人質になる松○人志さんみたいですね」
と零してしまうと、リアルに想像したらしい南雲の兄貴がぶはっと吹き出し、
「やめてくれ! 野田の兄貴の背後に忍び寄る浅見千代子さんを想像しちゃうだろ!」
と言ってゲラゲラと笑い出す。こんな一言でも女性と結びつけて考えられる南雲の兄貴は、流石としか言いようがない。
ふと、野田の兄貴の方を見やると、この世のものとは思えないような表情でこちらを見ていた。南雲の兄貴、うしろうしろ。
さて、防具を選び終わったら残るは組分けである。組割りとしては、小林の兄貴と和中の兄貴をそれぞれのチームのトップとして、和中の兄貴の下には須永の兄貴、俺、飯豊、小林の兄貴の下には、南雲の兄貴に香月の兄貴、そして速水が付くことになった。なんで須永の兄貴が和中の兄貴の下についているかは謎だが、本人がトップは嫌だということでこうなった。
「スリルスリルゥ! 本日の星占いは11位! リーダーは他人に任せるが吉ィ!」
と、言うことらしい。
「華太ォ。俺がお前に仕込んだ銃の技術、腐らせちゃいねぇだろうなぁ?」
相手チームということで容赦をするつもりのないらしい、小林の兄貴から、明らかにプレッシャーを掛けられ、気圧されながらも
「…小林の兄貴に習った技術で、和中の兄貴を見事勝利に導いて見せますよ…」
と、減らず口を叩いて見せる。と、小林の兄貴は唇が耳まで裂けるのではないかと錯覚させるような恐ろしい笑みを浮かべて、
「期待してっかんなァ?」
と言って寄越した。
結論ではあるが、ゲームの勝敗はつかなかった。互いのチームの力が概ね拮抗していたためであるペイントボールに使われていた場所一帯がペイント弾でベチャベチャに汚れていた。両陣営とも弾を撃ち尽くし、あとは捨身の特攻しかないか、というところで、工藤の兄貴と阿久津のカシラが事務所に帰ってきた。
彼らは建物の裏手でペイントボールをに興じていた我々の姿を見、即刻中止を命じた。そして大いに怒られ掃除を命じられた。なお、野田の兄貴は早々に撤退を決め込んでいたため、この難局から一人逃れた形である。
「次は弾丸補充ありで、決着がつくまでやりたいよな!」
と、香月の兄貴がいい笑顔で言っていたのが、非常に印象的だった。
俺はもう二度とごめんだと思った。例え実弾ではなくとも、魔王にヒットを狙われるのは、金輪際御免被りたい。
もし次回やるなら、今度は小林の兄貴の下に付きたい……とも考えたが、いやそれはそれでどうなのか、と思い直す。そうすると、今度は和中の兄貴からタマを狙われるわけである。それを想像すると、やっぱりもう二度と組対抗ペイントボールをやりたいなどとは思わないのだった。