現パロ万山「おつかれ」
「ええ?あー…おう」
少し肌寒い部屋でひたすら文字を書いていると、軽快なノックのあとに顔を出したのは万斉だった。
使い古したシャーペンから手を離して振り向けば、鍵をポケットに仕舞いながら部屋に入ってくる姿が見えた。
ヘッドフォンもサングラスも外して身軽になった顔周りに、一瞬違和感を覚えながらも片手を上げると、万斉は俺の後ろからパソコンの画面と手元に書き殴られた用紙をのぞき込んだ。
書きかけのネタやありとあらゆる単語が散らばるそれを見られるのは、慣れてきたとはいえ未だに少し気恥ずかしい。
「また行き詰まっておるか」
「うっせー。邪魔しに来たんなら出てけ」
「失礼な!邪魔ではござらんよ。ほれ、差し入れだ」
後ろ手にでも隠していたのか、目の前に現れたのは艶々としたいかにも高そうな紙袋だ。光を反射して、疲れた目にはなかなか刺激が強いソレに目を細めると、万斉はスッと下げた。
お菓子の詰合せらしく、しっかりと包装されたそれを開く万斉を他所に俺はパソコンを閉じ、乱雑に広がるメモや用紙を集めて、片隅にまとめ置く。全く綺麗にはなっていないが、それなりになったので良しとする。
背後ではカサカサと小さな音をさせて中を開いたであろう万斉が、明るい声を投げてきた。
「ほれ。コーヒーとバウムクーヘンにしてみた」
「ええー…俺あんまりコーヒー飲まないの知ってるのに何でコーヒー?嫌がらせ?頭イカれた?」
「いや、キャラメルラテとかもござる。スティックタイプのやつ」
「え?スティック?」
あんなにも重厚そうな紙袋から出てきたとは思えない言葉に振り向けば、バウムクーヘンはどこかで聞いたことのあるような店名の物だった。
対象的に、コーヒーだと言って見せられたのは俺がよく学生の時に通っていたチェーン店のギフトだ。
「お中元とかお歳暮のやつ」
「お中元とかお歳暮のやつにござる」
真面目な顔の万斉がおかしくて、俺は思わず吹き出してしまった。
特別おかしな事でもないのに、こいつならどこか知る人ぞ知る名店だとか、有名店のものを持ってきているかと想像していた。まだちゃんと庶民的な感覚を持っていたのかと思うと、おかしくてたまらなかった。
「ウケんだけど」
「失敬な。疲れ過ぎて、ぬしこそ頭がイカれておるんじゃ」
「イカれてねーわ。だってお前、コーヒーは豆がどうとか言って俺は使いもしねえのによく分からん機械勝手に持ってきて置いてんじゃん」
「ミルでござる」
「見らんわ」
「いや…まぁその話は置いといて、一息つくのも仕事のうちということで」
一瞬憐れむような目をされた気もするが、確かに万斉の言うことも一理ある。その通りだな、と背中を伸ばした俺は、椅子から立ち上がってキッチンへ向かうことにした。
「なぁ退殿。一つ提案があるのだが」
「提案?何?」
コンセントを挿しっぱなしにしている電気ケトルの中へ二人分程度の水を入れて、スイッチを入れる。ついでにマグカップもそこらに有ったはずだと戸棚を探しながら、万斉に声だけで聞き返すが、なかなか返事がない。
「なん…わっ!?な、何で黙って後ろに立って」
「退殿、拙者と住まぬか?」
すぐ背後に立っていた万斉が、俺の腹に腕を回して問いかけてきた。真後ろにいた事にも驚いたが、その言葉に更に驚いた俺は、もはや声も出せずピタリと固まるしかない。
いや、そういう気配を感じたことが無いといえば嘘になるが、このタイミングとは思わなかった。それだけだ。
「………あ……あー………」
背中に感じる熱と、覗きこむ万斉の視線から逃げるように右に左に目を泳がせて、段々と熱くなっていく顔が恥ずかしくてそっぽを向く。
きっと今、俺は耳まで真っ赤になっていることだろう。
「…………はい」
消え入りそうな声で返事をすれば、腹に回された腕に力が込められた。同時に、ケトルのスイッチも沸騰を告げるべく、小さくカチッと音を立てた。