きっと恒例行事になる(okym)「だ、か、ら! 早いうちに取り組んだ方がいいって言ったんですよ!」
「あーあーうるせーなァ。おめーは俺の母ちゃんかィ」
「誰が母ちゃんですか! 俺なら息子の手伝いなんてしませんよ! つーか、しなくていいように育てますね!」
向かい合い、こたつに足を突っ込んでいる沖田と山崎は、白い紙を挟んでぎゃぁぎゃぁと揉めていた。
右手を必死に動かす山崎とは対称的に、沖田はのろのろと筆を滑らせては置き、その都度眉を釣り上げた山崎に喧しく文句を言われている。
「何で大晦日になってまで年賀状書いてるんですか! 前に声かけたとき、余裕で終わるから平気でさァ~とか言ってたのは何だったんすか!」
「それはアレでィ。余裕で終わる予定だったのが何やかんやあって狂っちまったんでェ」
それらしく眉を下げる沖田だが、その手は一向に進む様子がない。それどころかカゴの中の蜜柑へと伸ばされた手に、山崎はため息をついて睨みつけた。
目の前には残すところ十数枚の未使用はがきが積まれているが、初めから押し付ける気満々で山崎を呼びつけた沖田のやる気は、既に枯渇している。
自室というのもあるだろうが、冷暖房機能付きの扇風機まで備えた部屋では手が悴むことも緊張感もなく、沖田は余計にやる気が削がれていた。
「何やかんやって、物損の報告書のことですか? それも俺が手伝いましたよね? え? 記憶違い?」
「…実は今朝までお前は長い眠りについていて、記憶が混濁しているんでさァ。実はこれもお前の年賀状で」
「沖田総悟って書かされてますけど」
「紅白まだですかねィ」
「そんな余裕あると思ってるんですか」
みかんの種をプッとちり紙に吐き出した沖田は、わざとらしく大きなため息をついてそれをゴミ箱に投げ入れた。
その間もせっせと筆を動かす山崎のおかげで、白い山は段々と低くなっている。
褒められるほど綺麗とは言えない山崎の字が、ひたすら量産されているのを眺めながら沖田は昨年のことを思い返していた。
「つーかよォ、毎年のことなんだから、山崎も早めに手伝ってくれりゃあいいじゃねーかィ」
「いや毎年のことって分かってるなら、そっちこそ早めに声掛けてくれたら良いじゃないですか。朝から筆持ってて、間違えらんないし、そろそろ腱鞘炎になりそうなんですけど」
「へーへー、すいやせんね~」
「絶対謝ってねーよこの人」
上司である沖田の前で堂々と悪口を言うも、あっさりと流されて苛立ちを隠そうともせず舌打ちをした山崎だったが、目の前の仕事は残り僅かだ。
そこから一枚取り、丁寧に宛名書きを始めていく山崎の姿は、まるで機械のように見えた。
「しょうがねぇなぁ、終わったら何か奢ってやりまさァ」
「えー、大晦日ですよ? その前に屯所で宴会があるんじゃ?」
「あ、そうだった。イッケネ! 俺、隊長だし準備してきまさァ!」
「待てェェェ! 奢りは明日以降でいいんでコレ終わらせてから出てって下さい!」
「チッ! ま、店は一軒ぐれェ開いてるはずでさァ。頑張って探しなせェよ」
「えっ、暇なら今のうちに探して下さいよ」
「俺も年賀状書いてるから無理」
「えっ早っ! そんだけ早く書けるなら最初から終わらせられたでしょうよ! でも字が汚い!」
「てめー逆パワハラで切腹させんぞ」
「じゃあこっちは時間外労働で訴えますよ。今なら俺でも勝てる気がする」
「口動かしてねェで、手を動かしなせェ!」
「どの口がァァァァ」
腹立つぅ! と言いながらも、忙しく動かされた山崎の筆のおかげで、白い山はついに崩された。残すところあと一枚ずつだ。
沖田は背伸びをしながら「あ~頑張った」と、肩を回しているが、山崎は休むことなくせっせと宛名書きを続けている。
「今日だけで、沖田総悟って字を一年分書いた気がする」
ぽつりと言って最後の一文字を書き終えた山崎は、ひたすら握り続けていた筆を置いて、大きく背中を反らした。
その向かいで名字に入ろうとしていた沖田は、乾かすのに所狭しと並べられた年賀はがきを眺めると、フッと軽く笑った。
「良かったじゃねェですかィ。これで沖田って書くのに慣れただろィ」
「いや、慣れても…どこで使うんですか? もうしばらく報告書の手伝いだってしませんよ、俺」
「何言ってんでさァ! お前に選択肢があると思ってんのかィ!」
「何びっくりした顔してるんですか! …もう何でも良いんで、早く終わらせちゃって下さいよ」
突っ込むのにも疲れた山崎が、のそのそとこたつから這い出る。あちらこちらに散らばった年賀はがきを集めて、乾いたものから重ねていると、突然沖田が小さく声を上げた。
もしかして失敗してしまったか、と振り向いた山崎の目の前に、裏紙に書かれた沖田の文字がでかでかと掲げられた。
「ほれ、ちっとこの隣りにオメーも沖田って書いてみなせェ」
「何遊んでんすか」
「いいからいいから」
ひらひらと揺らされる紙を取ると、諦めた山崎は再びこたつに腰を据えて筆をとる。
「沖田」と沖田総悟の文字の横にさらさらと書いて、向かいから伸ばされた手に紙を渡した。
「悪くはねェけど、やっぱ違和感あんなぁ」
「何の話で…」
腰を上げて、沖田の手元をのぞき込んだ山崎は、沖田によって足された文字にブッと吹き出した。
山崎が書いた名字の下にあったのは、退の一文字だ。
みるみるうちに赤くなる山崎の頬に、沖田は目を細めてにやりと笑っている。いつもの下らないイタズラと分かっていても、その余裕な態度が悔しい山崎は、ぷいと顔を逸らして再びはがきを集め始めた。だが、髪の隙間から覗くその耳は、頬同様に真っ赤に染まっていた。
「し、しょうもない事してないで終わらせて宴会行きますよ」
「何でェ、照れてんのか退さんよォ」
「ヒィ! 滅多なこと言わんで下さい!」
「何マジになってんでさァ。たかだか名前呼んだくれェで」
ニヤニヤと笑いながら、沖田は最後の一文字を書くと筆を置いて大げさに伸びをした。
その隣りに乾いたはがきの山を置いた山崎は、素早く暖房を切っていく。山崎の手によって少し開かれた障子の隙間から、ひゅうと冷たい空気が入り込んだ。
山崎はというと、コホンと咳払いをして、沖田の袖をつんつんと引っ張った。
珍しく素直じゃねェか、と思った沖田だが、こちらも素直に立ち上がると隣りに並んで山崎の顔を覗き込む。
「ほら、早く行きますよ、……総悟」
「てめー何を馴れ馴れしく呼び捨てしてんでィ。山崎の分際で。総悟様だろうが! やり直しなせェ!」
「何でだよ!」
先ほどとは別の意味で、顔を茹でダコのように真っ赤にした山崎の肩に腕を回した沖田は、年相応の青年らしい笑顔を見せていた。