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    ごま子

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    ごま子

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    銀山 偶然ぽんと取れた非番に、行く宛もなく彷徨いていた俺の足は自然と万事屋へと向かっていた。
     手にはお茶と軽食にと買ったパン。一応、仕事用の携帯と警察手帳は持ち歩いているが帯刀はしていない。

    「こんにちはー。旦那ー居ますかー?」

     こんこんと軽くノックをした後、施錠などされていない玄関を遠慮なく開いてみれば、見慣れたブーツだけが転がっていた。つまりここに居るのは旦那だけということか。
     形だけの挨拶をして奥へ進めば、いつもはそこに居るはずの旦那の姿はなく、襖の奥から何やら小さな物音が聞こえている。
     物音と言うにはあまりに気の抜けたソレを確かめるべく、俺はそっと襖を開けて中をのぞき込んだ。
     予想通り、そこには布団に転がる旦那の姿があった。

    「鼾かいて寝てるよ、この人…」

     よくもまぁ、施錠もせずに堂々と眠っていられるものだよと呆れつつ、俺は旦那の側に忍び寄るも、起きる気配は全くしていない。
     試しに頬を指先でつついてみても、むにゃむにゃと寝言のようなものを口にするだけである。

    「この人ホントに大丈夫なのか…」

     あまりの危機感の無さに、警察官としてというよりも人間として心配になる。
     もし俺が泥棒か何かだったとしたら、盗まれ放題なんじゃないだろうか。まぁ、もしかすると攻撃されれば起きるのかもしれないが。
     旦那の寝首をかくつもりはないが、白夜叉の異名をもつ旦那の反応が知りたくなった俺は、思い切り顔の横に拳を振り下ろしてみた。

    「…え」

     あっという間の事だった。
     天井が見えたかと思えば、あっという間に顔を布団に押し付けられ、掴まれた手首は背中に回されている。一瞬の出来事だった。

    「なぁ~にしてくれちゃってんの?ジミーってば寝込みを襲う趣味なんてあった訳?」

     耳元で、寝起きの低い声で威嚇するように囁かれた俺は、肝の冷える思いがしてぶるりと身を震わせた。
     言い訳をしようにも、がっしりと掴まれたままの手が気になってそれどころではない。

    「い、いやぁ、施錠もせずにグッスリだったから、ドッキリしかけちゃおうかなぁなんて~?あ、あはは…あは…」

     我ながらあまりにも見苦しい言い分である。
     しかし背後の旦那は「ほう」と返事をすると、手を離して俺の体をくるりと半回転させた。
     相変わらず気怠そうな瞳と、いつもよりピンピンと跳ねた髪が目の前に広がって、俺はハハハと口を引き攣らせる他ない。

    「じゃな俺も、寝起きを襲っちゃうような悪い人にお仕置きドッキリしかけちゃおうかな」
    「いやいやいや!だ、旦那!まっ…あーーー!」

     抵抗虚しく。俺はあっさりと旦那に美味しく頂かれてしまった。
     それから何故か近所のコンビニまで軽食を買いに走らされ、スイーツが無いだのと文句を言う旦那と共に昼食を済ませた。そして再び旦那の布団に転がされたかと思えば、ただゴロゴロと怠惰な時間を過ごすこと数時間。もう夕方になってしまった。

    「もう五時ですよ」
    「あー、だな。何、帰る?」

     確認のように聞かれ、一瞬悩んでしまう。まだ一緒に居たい気もしているが、屯所が気になるのも事実だ。んー、と小さく声に出す俺の髪を掬っては落とすのを繰り返す旦那は「どっちでもいいけど」と続けた。

    「あーあ。このままここに居座ってやりてぇもんですよ」
    「え。そりゃダメだろ。おめーにゃおめーの帰る場所があるんだから」

     少し甘えてみちゃえ。なんて浅はかな気持ちで言ってみれば、どっちでもいいと言っていたのに旦那の手はピタリと止まった。
     いつものトーンでさらりと言われ、何だか少し悲しい気分にさせられる。
     そうだった。この人はこういう人だった。
     俺は重たい体を起こして軽く衣類を整えると、まだゴロゴロと横になっている旦那をチラリと見やる。

    「じゃー俺、帰ります」

     ちょっと寂しいなんて思ってないんだから。と、自分でも気色悪いセリフを心の中で言いながら立ち上がるも、旦那は「おー」と口だけで起き上がってもくれなかった。
     やる気なく手を振るだけの恋人に、クソッタレめと悪態をつきながら襖に手をかける。別に見送られなくたっていいが、せめて布団から出るくらいの事はしてくれてもいいんじゃないか。

    「あ、そだ。貴重な休みにわざわざ来てくれてあんがとな」
    「…え」

     少し隙間が出来る程に襖を開けたとき、背中に投げられた言葉に俺は心底驚いた。慌てて振り返れば、頬をかく旦那の姿がそこにあった。布団の上は変わらずだが、胡座をかいて座りながら、気恥ずかしそうに目線を泳がせている。

    「…何だよ。早く帰んなくていーの?」

     よっこらせ、と俺より若いのにおじさんのような掛け声で立ち上がった旦那が、俺の肩に右手をかけて、左手で流すように髪を梳いた。
     分厚い手で髪を耳にかけられ、寄せられた唇から零れた吐息が俺の鼓膜を震わす。
     何か言われるのかと、背筋を這うゾクゾクとした刺激に耐えながら待つが、旦那は何も言わずに俺を一度抱きしめると、かぷりと首筋に噛み付いただけだった。

    「な、…え?な、何?何で噛み付いた?」
    「何となく噛みつきたかっただけ。跡ついてないから別にいいだろ?つか、マジで帰んなくていいの?」
    「ええー…いや、帰りますけど…」
    「気ィつけてな。犬のお巡りさん」
    「はぁ、どうも。旦那も戸締まりしなきゃ駄目ですよ」

     お前は俺の母ちゃんかと言いながらシッシッと手を振る旦那に苦笑いをして、俺は万事屋の階段を降りていく。今度はわざわざ玄関先まで出てきた旦那を振り返り、数回軽く手を振ってみれば、頬杖をついた旦那はきょとんとした顔のあとに苦笑しながら手を振り返してくれた。




    「ホントは帰したくねーとか言えるわけないだろ。何だアイツ、ジミーの癖に可愛い顔してんじゃねぇっての。ジミーの癖に。あー…どうにかしてもっと会えねぇかなぁー…」
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