前世様ナウシカパローーー魔族は滅ぼせーーー
それは民衆の一致した価値観だ。
どんなに小さくても、鋭い爪を持っていなくても、魔族は人に害をなす。
それに剣を立てることを生業とする自身もまた、同じく魔族は滅ぼすべきとは思っていた。
目の前で眠る、謎の木目の生き物に出会うまでは。
デクの樹と呼ばれる巨木の足元に転がっていたところを見付けたので、リンクはそれをでくと呼ぶことにした。
でくは喋らない。何も食べない。
ただ、日の光を浴びないと萎びるし、感情豊かに身振りで意志疎通をはかろうとする。
魔族なのだろうか。
これもいつかは大きくなり、民衆に牙を剥くのだろうか。そうなったとき、自分はこれに剣を立てることができるのだろうか。
そう思ったが、多分自分は迷いなく剣をふるえることに一抹の寂しさを感じた。民衆の期待に応えること。魔族から人々を守ること。そう運命付けられた自分の性。
「…俺には、自分というものがないな」
自嘲するようにでくの頭をポンポンと撫でる。
目を覚ましたでくは、リンクを見据えると両手をあげて体を揺らした。ご機嫌そうなでくを見て、リンクはふっと笑った。
でくを拾って密かに飼ってから1ヶ月程したころ。
ついにオービルに見付かって、問い詰められてしまった。
「リンク……それはなんですか?」
リンクはでくを木箱に慌てて閉まった。
怪訝な顔をするオービルに、弁明をする。
「これは、たぶん植物の仲間で、その」
「魔物ですか?」
「いや、違う!」
「本当ですか?」
「そうだ。その、俺に敵意や悪意を向けたことがないから」
「それは魔族でないという証明になるんですか?」
「……」
でくは木箱の蓋を少し開け、オービルを見た。
「出てきちゃだめだ!」
リンクが蓋を閉めようとするが、オービルが木箱を取り上げる。
二人の押し問答をおろおろと見ていたでくは、オービルにひょいとつまみ上げられた。
「返せ!」
「リンク…」
わかってますよね、本当は。言外にそう伝えたオービルは、悲しそうな顔を残して木箱を抱えてリンクの部屋を後にした。
椅子に乱暴に座り、机に突っ伏して長い溜め息をついた。
オービルは、たぶんでくを殺さないだろう。
どこか安全な森などに捨ててきてくれると思う。
だがこのハイラルでは、もう魔族が闊歩し本当に安全な場所などない。
あのように何も武器を持たない種族は、早々に狙われて殺されてしまうだろう。
俺が半端な感情で拾ってしまったがために仲間とももう会えないのかもしれない。
「でく……」
魔族との戦いが終わり、切り取られた大地が空へと登ったあと。
魔族も人々も居なくなったこの地で、一人リンクは死が訪れるのを待っていた。
出血で動くことはおろか、はっきりと物を見ることもできなくなっていた。
ぼやけた視界の端で、小さな木が揺れた。
風もないのに、そう思ったリンクの方へ、その木はおずおずと近付いてきた。
何もなくなった大地で、太陽の光を嬉しそうに浴びるその木は、両手をあげて体を揺らした。
「あぁ、俺はハイラルを守ったんだな……」
リンクもまた、太陽の光を全身に浴びて、静かに目を閉じた。