真夏日にとけるギアステーションの中にある、サブウェイマスター専用の執務室。
そこでは休憩中でコートを脱ぎ寛ぐクダリが、部下が差し入れで持ってきてくれたアイスクリームを食べていた。
ノボリは出払っていて、部屋の中は無造作に着いているテレビのニュースの音位しか目立っては聞こえない。
ニュースは丁度天気予報がしていて、まだ初夏であるのにも拘わらず真夏日と言っている。
あぁ大変大変。
確かにバトルで晴れ状態にされるとかなり暑いよなぁ。
ここは執務室、冷房完備。しかも美味しいアイス付き。
クダリは他人事の様に思いながら、また匙で掬ったアイスを口に入れる。
環境良好、口の中の熱で溶ける冷たいアイスは、贅沢の極みだった。
そういえば、子供の頃、夏の暑い日には近所のアイスクリームショップへノボリと一緒に行き、アイスをよく食べたりしていた。
三段アイスの種類で議論したり、アイスが浮かんだドリンクの涼やかな姿と味を楽しんでいたのをよく覚えている。
そういえば、僕はクリームソーダ派、ノボリはコーヒーフロート派だった。
アイス片手に懐かしい夏の思い出に耽っていた時だった。
コンコン、ガチャリ。
一定のノックの後、事務所のドアが開いた。
「只今帰りましたよ…クダリ…」
ギアステーションから近所ではあったが、ノボリはさっきまでライモンシティのビルで行われていた会議に出席していた。
そして無事帰ってきたのだが、その様子がとてつもなく目に宜しくない。
いつもバトル以外の仕事では涼しい顔をしているノボリが、今は顔を真っ赤にして、ふーふーと肩で息をしながら入ってきたのである。
暑さにまいったのであろう、いつものコートは畳んで腕にかけ、ネクタイを指で少し緩ませながら服の中の熱気を外に放散している。
そしてハンカチで溢れる汗をぬぐっていて、それらが視覚的にキてしまい、その何とも言えない感情がクダリを襲う。
いくら、真夏日の日中に外から帰ってきたらからって艶めかすぎないっ!こんな姿で帰ってきたのっ?!
片割れの真夏日の姿に動揺してしまったが、直ぐにそれを取り繕う。
「あーノボリーおかえりー。外熱かったでしょ!大変だったね、お疲れ様」
己が内の欲が沸々しながらも、我ながら無邪気さをよく演出出来たと思う。
伊達にサブウェイマスターとして、強敵のお客様とのバトルで駆け引きを楽しんではいない。
「外はかなり熱かったですよ…。喉が乾きましたし、貴方にもと思ってアイスコーヒーを買ってきました。どうぞ」
▲はふぅ…っと、身体に溜まった熱をため息と共に吐き出すと、氷がぷかぷかと冷ややかに浮かぶ冷たいアイスコーヒーを渡してくれた。
その時に、触れた手の甲が熱く汗ばんでいて、またドキドキした。
こんな中、正直言って理性を保てている自分は偉いと思ってしまう。
「うん、ありがとー。ねぇ、ノボリ。僕アイスも貰ったんだ。冷凍庫にあるし一緒に食べない」
やばい、僕も熱に浮かされそう。
少しずつ余裕がなくなってきた。
「ありがとうございます、クダリ。アイスですか、いいですね。はぁ…、でも喉が渇いたので先にアイスコーヒーを頂きますね」
ただアイスコーヒーを飲んでいるだけなのに、ノボリの喉元から目が離せない。
しっとり汗ばむ白い首元に、ごくりごくりと冷たいコーヒーが流れていくのがよく分かる。
涼やかな快感に、ノボリの熱っぽい顔が緩んでいる。しかも飲むのを一時止めた時に、漏れた吐息がまた色気がある。
あっこれ、もう無理。
何かが自分の中でぷつりと切れる音がした。そしてその代わりに、ドクドクとした心音と劣情が漏れ出す音がする。
「ねぇノボリ。それならさ、僕のアイス一口あげる。子供の頃に食べたコーヒーフロートみたいできっと美味しいよ」
アイスをスプーンで一匙すくい、ギラつく欲望がバレないようにニッコリとノボリの方へ差し出す。
ノボリは少しきょとんとしたが、「ありがとうございます」と言い、こちらに顔を寄せた。
口元が見えたが、コーヒーで潤った口内の粘膜がつやつやしていて、生唾を飲んだ。
うん、これは疑似餌。君は獲物。
ノボリの唇にアイスが触れそうになった瞬間に、それを自分の口に入れた。
ノボリは口を開けたまま面を食らってポカンとしていた。
こういう時の、日頃あまり見せないノボリの顔もやっぱり可愛い。
うんうん、ノボリ食べ頃。じゃあ、
イタダキマス。
匙を置き、その手でノボリの後頭部に触れる。
まだ頭からも熱が抜けきらないでいて、いつもサラサラの髪も今は汗で吸い付くように湿り気があり、とても唆られる。
ノボリの首筋からはつーっと汗が流れているのが分かる。何だかノボリの緊張感と、僕と同じ様に激しく脈打つ鼓動が聞こえそうだ。
そしてノボリの近付いた唇に自分の口を押しつけ、そしてこじ開け、口の中で溶けたアイスと舌を忍び込ませた。
ノボリの口の中は冷たかった。
そこにアイス甘みとコーヒーの苦味が混ざり合う。
うん、なかなか美味しい。
そこに溢れる唾液も入るので、必然的にじゅるじゅるとした水音が徐々に大きくなる。
ノボリの顔を見ると、驚きと快楽が混ざった様な顔をしていてまた可愛かった。
冷たかったお互いの口内が融けて熱くなっていく。
熱暴走の様にもう抑えが効かない。
片割れを貪り喰らう事が愉しくて愛しくて狂おしい。
どの位時間が経ったのだろうか。一頻りノボリと味を楽しんだので、ぷはっと唇を開放した。
「ふぁっ!えーっと、その、あのっ、クダリ、えっ、何をっ!」
突然の事に狼狽えるノボリは、事務所に入ってきた時の様に顔を赤らめて、肩で息をしていた。
まぁ今回は、真夏日じゃなくて僕のせいだけど。
さて、こんなイイ感じに溶けて可愛くなっているノボリを次はどうしようか?
等と考えているとまたコンコンと、事務所のドアから音がした。外から部下の声が響く。
「失礼します。白ボスー、休憩中すみません。挑戦者が現れました。至急出動をお願いします」
あらま、良い所だったのに。残念。
「だってさ。じゃあノボリ、続きはまた後でね」
アイスの容器と匙をぱぱっと片付けてから、掛けてあった自分のコートを羽織り、にまっとした表情を片割れに向けた。
ノボリは口を押さえて、揺れ動く視線をこちらに向けていた。
戸惑いの中にある、あちらの劣情がよく分かる。苦しそうにも見えるし、溶かされた快楽に酔っている様にも見える。
あぁ、美味しかったし、残りはまた後で食べよう。
ひらりひらりと手を振りながら、ドアを出る。
ドアの閉じる瞬間、隙間からは、よく溶けた食べ頃の愛しい片割れが見えた。
さて、お楽しみもあるし、今回の対戦相手をサクサク倒しますか。
これからの楽しみを色々想像すると、胸が高鳴り止まらなくなる。
ノボリから貰ったアイスコーヒーの片手に、軽快に廊下を進んでいった。
事務所に一人残されたノボリといえば、
あまりの驚きに口をずっと押さえながらも、クダリからもたらされた激しく蕩ける様な甘みに酔い、舌も頭もクラクラして椅子に座り込んだ。
心も身体も芯から熱い。あの外の暑さを忘れてしまう位に。
ふぅっとまた、己が内から熱い吐息が漏れる。
子供の頃には想像しなかった、後を引き続ける甘みは、己が内にジクジクと熱を昂らせる。
熱で思考が全て溶けていく様に、今すぐにでもクダリが欲しいという欲望に塗りつぶされていく。
クダリが消えたドアを見てから、時計の針を眺め、少しだけため息が出る。
あぁ、驚きましたが、本当に美味しかったですね…。
ノボリは溶かされた劣情と熱を抱え、机に項垂れるしかなかった。