ほめて◎
「凄いね!ほんとに偉い!!」
俺はその黄色のケープの女の子に語りかけた。初めての雨林探索、戸惑いながらもそのエリアを全て攻略したのだ。これが褒められずにいられる訳が無い!
「えっ、えっと…イノさんが教えてくれたおかげで…私…!」
「そんな事ないぜ〜っ!君が頑張った成果さ!俺なんか全然だよっ!」
「そうですか…!私嬉しいです〜!!!イノさんは私の師匠です!」
にこにこ笑う彼女は、雨林で羽を散らしてしまいそうになっていた。いてもたっても居られず、声を掛けた。「大丈夫…?」って。きっとニグリは俺の事を叱らない…多分…。人助けをしただけ、だから俺は怒られる筋合いが無いのだから。
「えっと〜……師匠は言い過ぎだよ〜…。」
「でも…!イノ師匠っ〜!」
「あは…あはは…。」
「もうこの勢いで師匠になっちゃって下さいよ〜っ!」
「そ、それは…。」
まずい状況。もし首を少しでも縦に傾げれば、この子は一生俺に付きまとい、そして1人立ち出来なくなってしまう。なにより、ニグリが怒って俺の事を…。否、自己保身に走るもの良くないが、出会って少しの俺にここまで信用するあの子も良くない…どうするべきなのだろうか…。
「あれぇ、イノ、何してるの〜…?」
「っ…!ニグリ!」
「僕を放っておいて誰と何してたんだよ〜…、あ、おチビちゃんこんにちはっ!」
「あっ、えっと…この方はイノししょ…、イノさんのお友達ですか…?」
後ろからいきなり現れて抱き着いてくる彼。そして、彼女の存在を認識したものの、密着して離れようとはしていない様子。むしろ、ぎゅっと回した手の力を込めているようだった。
「どんな関係って……ねぇ…。」
妖艶な笑みを浮かべて、俺の首元の赤い痕をわざと見えるように彼女に向けていた。
「ちょ、ちょっとニグリやめてよっ…!」
「何さ、これを見せたら直ぐに分かると思ったんだけどな〜…分からない?」
「違う…っ!!そういう意味じゃない!」
「私…その、邪魔者ですかね…。」
申し訳なさそうに表情を暗くする小さな彼女。すぐにでもどこかへ行ってしまいそうな気がした、だから俺は手を伸ばした。
「邪魔じゃないけど…ねぇ、イノ。」
「う、うん…!そうだよ!全く!!」
「だけど…、これから二人で遊ぶ予定があるから、後のエリアの案内はまた今度でいいかなぁ?」
「あ、はい。ありがとうございましたっ!師匠!」
「ちょっとっ!違うから!師匠じゃないっ!!」
慌てて取り繕うも、ニグリの表情は一瞬で曇った。そして、ゆっくりと俺から離れて、彼女の耳元で何か囁いていた様子。
(俺のイノと特別な関係になるなんて、お前なんかには1億年早いんだけど。イノと遊ぶのは別に良いけどさぁ、これ以上勝手な事したら…俺、お前の事殺しちゃうかも。)
驚いたように目を見開く彼女と、満足そうににっこりと笑うニグリ。2人の間に何が起こったのか俺にはわからないが、ただ呆然と眺めていた。
――
彼女が立ち去り、2人きりになった事を確認したニグリは、雨林の神殿内でも誰かにバレなさそうな所へ俺の手を引いて連れていった。掴まれた手の力は思ったより痛く、痛みで思わず顔を歪めてしまった。
そして、その場所に着くと、彼は俺に抱きついてきた。そして、ただ口を開く。
「僕ね、イノの所へ来たのは雨林神殿に着いた頃だったんだ。だから、全部知ってた。」
「そうなの…?だから、俺、あの子の師匠じゃ無いこと分かってるよね…?」
「分かってる…僕を誰だと思ってるんだよ…。」
明らかにいつもとは違う。きっと殴られてしまうのだろう、そう思っていたのに彼は手を出さずにただ抱き着いてきただけ。
「あの〜…、ニグリ、どうしたの…?」
「…、……てよ。」
「えっと…?」
「あの子みたいに、僕の事も褒めてよっ…!」
「えぇっ?!」
何を要望されるのか思い浮かばなかったが、彼の口から出てきた言葉は予想の斜め上を行っていた。急に何を言い出すのかと思いきや、甘えたような声を出して強請ってくるではないか。ちらりと顔を見れば、拗ねたようにむくれている。本当に子どものよう。
「っふ、んははっ!!」
「な、なんだよ!僕だって甘えたい時くらいあるし…。」
「それにしても唐突じゃない…?ニグリにしては珍しいんだけど…。」
「だって…あの子にイノがにこにこ笑顔で頭を撫でて褒めてたのが悪い…。僕だっていい子いい子されたいもん。」
依然と むすっ と頬を膨らませて俺に褒められたがる彼。彼は兄だったはず…それなのに、甘えたがりというのは少し面白い話だ。
俺は抱き締められた彼の拘束から逃れ、少し背伸びしてわしゃわしゃと頭を撫でる。心地良さそうに首をすくめては彼はにっこりと微笑んだ。
「えへへ〜、僕偉い子〜っ?」
「うん!ニグリは偉い子だなーっ!」
「そうだ、今のままじゃ褒められにくい…ならば…。」
何かを思い立ったかのように、ごそごそと手持ちの荷物を漁る。そして、小瓶を取り出しては勢い良く飲み干した。
すると、突然彼の身長は小さくなり、幼い男の子のようになったではないか。
「えへへ〜…、この方が僕可愛いし、何より頭を撫でやすいでしょ〜っ!!」
「そうだな!普段だとニグリが大きいから…今の方が俺の方が大きいし!何よりニグリが子どもっぽくておもしれ〜っ!」
「なんだよっ!いつも僕が主導権握ってるのに…今度覚えてろよっ…!」
むすっとむくれて怒る割には、頭を撫でろ と言わんばかりにぴょこぴょことこちらに近付いて来るでは無いか。そんな彼を俺は拒むこと無く、よしよし と優しく頭を撫でてやった。
「ニグリ…もしかして嫉妬してたの?」
「ち、違う!僕がそんなのする訳ない!」
「あはは…素直じゃ無いんだよな〜…。」
「なんだと!僕は素直でいい子なニグリ君だもん!!」
ポカポカとこちらを殴ってくるも、その力は貧弱でむしろ擽ったいくらいだった。
――
小さい姿の彼を溺愛してるとつい楽しくて、時の流れを忘れるほどになってしまっていた。すると、いきなり彼は ぼふ っと煙を立てて大きくなってしまっていた。
「あはっ…!大きくなっちゃった〜…、さっきまで僕の事弄ってた悪い子…どこかな〜…?」
「あっ、その…、俺は悪くない!ニグリが可愛いのが悪いんだ!」
「え〜、そうなのかな〜。そうだ、悪い子にはお仕置するっていうのが僕のモットーなんだよね。言いたいこと…分かる?」
「っ!ちょっと待てって!早まるなって!!!」
「今更遅いんだけど、俺言ったよね?後で覚えてろって。」
にやり と笑みを浮かべる彼はいつも通りになっていた。先程までの愛らしい姿の面影など、微塵も見えなくなっていた。ただ一つだけ、俺が言えるのはきっと俺はどちらの彼も……――。