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    杏槇短編供養
    🍶さんが頭打って🔥さんが🎐さんに見えるようになる話。途中で力尽きました。

    #杏槇
    apricotMaki

    敵わぬひと杏寿郎は珍しくも狼狽していた。

    それは月の美しい夜の事。
    目の前には二組の布団の敷かれた座敷に座る男が一人。口元に優しい微笑みを湛え、こちらに手を差し伸べているのだった。

    「こっちにおいで」


    冷や汗をかきながら杏寿郎は心の中で悲鳴を上げた。


    ああ父上、それだけはご容赦ください!





    事の発端は父煉獄槇寿郎が夜道で鬼と相対したことに始まる。

    例え引退し酒浸りの日々を送ろうとも流石は元柱とあって、易々とこれを滅したのだった。しかしあろう事か帰る道すがら足を滑らせ頭を強かに打ち付け、蝶屋敷に運び込まれてしまったのだ。

    幸い命に別状はなく、意識も回復した槇寿郎は穏やかな様子で万事が問題なく片付いたかに思われた。しかし病室に駆け込んだ息子達の顔を見た瞬間に事態は急変する。

    「瑠火、杏寿郎、心配を掛けて済まなかった。この通り俺は無事だ」

    そうニッコリと微笑んだのだ。
    母の名で呼ばれた長男は困惑よりも久方ぶりの父の笑顔に目を見開き、硬直した。兄の名で呼ばれた次男は動揺し同じく動きを止めた。一人槇寿郎だけが嬉しそうにニコニコと笑っているのだった。


    頭を強打したことによる一時的な記憶の混濁と認知の歪み。それが胡蝶しのぶの下した診断だった。

    槇寿郎には杏寿郎が愛妻の姿に、千寿郎が幼い杏寿郎の姿に見えているようだった。ここ数年の記憶は欠落し、自身を現役の炎柱だと思っているのだと言う。

    杏寿郎は混乱しつつも現状を把握し受け入れた。一時的なものだと自身に言い聞かせ不安を弟に気取られないようにニッコリと微笑んでみせたのだった。しかし内心は酷く動揺していた。

    ここ数年、槇寿郎は塞ぎ込んで酒に溺れていたが、そうであっても杏寿郎は父を心から敬愛していたのだった。
    昔のように優しい笑みを見せて欲しい、自身に誇りを持っていた頃の父に戻ってくれたらと心の底で願い続けていた。それが奇妙な形で実現してしまったのだ。

    退院するや否や槇寿郎は任務に行くと言って聞かなかったが、事態を聞いたお館様自らが出向いて説得にあたった。
    少し休みなさいと静かに諭された槇寿郎は畏まった様子で首を垂れ、漸く大人しく家に戻る手筈となった。それに合わせて杏寿郎にも久方ぶりに短期の休暇が与えられたのだった。

    杏寿郎は当初、事態を深刻には捉えていなかった。むしろ久しぶりに優しい父と弟と家族水入らずの生活が出来ることを喜んでさえいたのだった。
    しかし自分の考えが甘かった事を蝶屋敷から煉獄邸に戻る短い道すがらに早くも痛感したのだった。

    道中、槇寿郎は決して多くを語らなかったが、その眼は雄弁だった。ただただ、愛おしくて堪らないと言わんばかりに杏寿郎と千寿郎を見つめ、深い海を想わせる静かな声で優しい言葉を掛けてくれた。
    自分達に向けられるその眼差しの柔らかさと穏やかな声音に、杏寿郎と千寿郎は恥も外聞もなく赤面してしまったのだった。

    いつも眉根に刻まれていた皺はどこへ行ってしまったのだろうか。昨日までの父上と同一人物とは信じられない。煉獄兄弟は嬉しさを上回る動揺にお互い顔を見合わせた。

    これは心臓に良くない。


    こうして不可解な三人の生活は始まったのだった。


    数日もすれば千寿郎は早くも新しい生活に慣れたようだった。嬉しそうに槇寿郎に稽古を付けて貰う弟を眺めながら、杏寿郎は密かに溜息を吐いた。あろう事か杏寿郎は早くも初日から気が挫けそうだったのだ。

    厳しい言葉や冷たい態度には耐えられたというのに、今度ばかりは全くもって駄目だった。

    ほんの数日前には父に優しい言葉を掛けられることを切望していたと言うのに、いざそれを与えられれば酷く戸惑った。

    柔らかい眼差しで一心に見つめられる事も、微笑み掛けられることも、優しい声音で話かけられる事も。何もかもが身に余り、いっそ苦痛だった。


    あゝ矢張り俺は貴女には敵わないのですね。母上。


    分かり切っていた。それでも父がどれほど深く母を愛していたか、まざまざと突きつけられる度に杏寿郎の心は抉られるようだった。

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