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    おーり

    ゲン/千とゲ/黒千と黒千/千、千/黒千が散らかってます。
    地雷踏み防止に冒頭にカプ名(攻のあと/)入れてます。ご注意ください。
    シリーズと一万字超えた長い物はベッターにあります。https://privatter.net/u/XmGW0hCsfzjyBU3

    ※性癖ごった煮なので、パスついてます。
    ※時々、見直して加筆訂正することがあります。
    ※地味に量が多いらしいので検索避け中。

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    おーり

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    ◆ゲン/千。素直ではないゲンと千空が付き合うまでの話。
    ◇出てくる知識は個人が調べた知識で書かれたものです。作中の実験などはお試しになられても責任は取れません。

    ##ゲン千

    愛の言葉が足りない 適当に細かく刻んだ鹿の脂を鍋で煮溶かす。獣臭さが漂うがここストーンワールドでの生活に慣れた今では全く気にはならない。鍋の中で良く溶けたら次は薄い海綿で濾して、不純物を除く。
    いつもならこのあたりで誰かが近寄って声をかけてくるのだが、今日は誰も声をかけてこない。もしかすると、いやこちらの方が恐らく正解だろうが、声をかけると千空の科学実験に巻き込まれてハードな助手を任されることを懸念しているのだ。
    千空にとっては難しくない科学知識と楽しい作業が他の人間にとってはそうでないらしい。
     邪魔されないのはありがたくはあるが、一人じゃ作れる量に限りがあり増産は出来ない。
     海綿に吸われ量が減った分の油を搾って多少回収する。減るのは想定内だが減り過ぎるのは困る。便利な近代文明の道具のように理想を実現した実験道具、例えばこの場合金属の濾し器などはここストーンワールドにはない。あるものの中で使えるものを利用してのトライアンドエラーだ。
    濾した油を少し冷やしてクリーム状になったら、ヒマワリの油を少しずつ足し、都度混ぜ合わせていく。理想としてはヒマワリの油ではなくオリーブオイルだったが瀬戸内海の小豆島まで行けるような時間はない。
    脂肪酸の成分割合に誤差はあるが悪くはないだろう、試してみる価値はある。
     ヒマワリから油を搾るのはとても一人では出来ず、大樹に声をかけた。
    その際、何に使うのか問われて、今から考えると答えれば、何も答えにはなっていないのに二言目にはさすが千空だと喜んで作業してくれた。上手く出来上がったら杠に渡せと言う名目で大樹にもわけてやろう。
     黙々とラボで最後の微調整を行っていたところ、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。ぴたりと止まった音の方を見遣れば目を輝かせんばかりに興奮したクロムが立っていた。

    「千空。今度は何作ってんだ?」

     誰から聞いたのか、それとも千空の動きを目ざとく見つけたのか。ぐいぐい寄ってきて千空の手元を覗き込んでくる。おもちゃを見つけた子供かよ、そう揶揄してやろうと思ったが自分も科学に関しては同類なのでこれは完全にブーメランだ、そうして言葉を飲み込んだ。
     寄ってくるクロムの頭を邪魔だと無碍に押しのけながら危険薬品なら下手したら失明すんだぞとくぎを刺す。が、期待した効果は得られない。

    「今日は絶好の探索日和何じゃなかったのか?」
    「さっき、千空が何か面白いもんしてるって聞いてきたんだ。探索もだけど科学実験のが唆るだろ? なぁこれ何作ってんだ?」

     しぶしぶ千空の身体からは離れたが、諦めの悪いクロムが説明を強請ってきた。これは大樹と違って少し話してやらないと後が面倒くさそうだ。何より科学について訊ねられた千空が話をしないという選択肢もなかった。知りたいという欲、試したいという欲が千空を成長させたようにクロムもまたそうなのだ。
     悪くはないことだが今はちょっと歓迎が出来ない。

    「ククク、これは鹿の脂にヒマワリの油を足したもんだ。ハンドクリームって言ってな、手本来の油が減っているのを代わりに補うことで皮膚の水分が減るのを防いで手荒れを防ぐ。ただ、鹿の脂だけじゃ沸点が高くて固くて指先で掬いにくく、肌にのせてもすぐには解けない。そこで植物の油を混ぜてやるってわけだ。わかったか?」

     使えるのは手だけではないが、そこはあえて省いておく。
     
    「き、今日は珍しくカチカチの呪文みてえな言葉が少ないな」
    「ああ、もう少し足して説明しろってことか。鹿の脂は飽和脂肪酸に分類されるパルミチン酸やステアリン……」
    「そ、それ以上は十分だぜ。わかった。手に塗るんだな? で、誰の手だ」
    「ん? いい実験データ取れそうなやつったら一人いんだろ?」

     にやりと笑んだ千空の顔の悪さにクロムが顔を引き攣らせた。何かを確実に企んでいる、その何かは鈍いクロムにはわからなかったが対象として狙われているターゲットはすぐに理解したらしい。いいように扱えて、それでいてある程度……地味でしんどい作業を押し付けてもなんやかやと千空の我が儘を許すような人物。そんな稀有な人間はクロムが思いつく限り一人だ。
     

    「お、おお、ゲンも大変だなー」
    「何か言ったか?」
    「いーや。うまく成功したら量産するの手伝うぜ」
    「ああ。まずは鹿の狩りとヒマワリの種集めからだがな」
    「いや、さすがにそこから手伝うとは言ってねぇよ」

     茶化すと同じ分だけ反応してクロムがラボに背を向けた。ひらひらと後ろ手で振られた手の指先を見て千空は報酬も兼ねて余ればクロムの分もだな、と呟いた。




     昼下がり、ゲンが千空に呼び止められたのは小腹が空きはじめたなという頃合いだった。
    幾重にも着込んだ服とその中に潜ませた仕込みのせいで同年代の青年と比べると食が細い、とは言っても成人女性と同じくらいの昼食を食べ、不満を垂れつつも地味で単純だが仕事量は多い作業を行っていた。手先が器用だからと任される作業の中には正直今季中心で手先なんて関係なくないかと思えるものも混じってが、そこはお優しい科学王国のリーダーの采配だろう。一応青年男子ではあるがパワーはコハクやニッキ―よりはるかに劣る自分に現実を突きつけ、自尊心を損ねないようにと建前をつけて業務を分担させているようだ。
    まぁ、俺自身としては力仕事に不向きなのはとっくに自認しているけどね。
    色々と納得して励んでいた作業に疲れて、ちょっと休憩を考えていた時に声がかかったのだった。

    「ゲン、」
    「なーに? 千空ちゃん。俺サボってないよ、ちょっと、そうほんのちょっとだけ休憩しようかな~って。目が疲れちゃってさぁ。疲れたら効率も下がるからね」
    「は? 別に俺はテメ―を責めてないぞ」
    「えっと、じゃあ何か別の用事?」
    「いつも役に立ってくださるメンタリスト様のケアだな」

     訝しげに眉を顰めてみせると背丈の低い彼が髪を揺らして笑った。毛先に近づくにつれて白から緑のグラデーションに染められた頭髪を最初は白髪をわざと染めたのかと思っていたがこれが本当の彼の地毛であるらしい。珍しいとは思うが石化から解けてからの自分の頭髪も大概なのでそこは見て見ぬ振りをしておく。
     してやったと柔らかい笑みを浮かべる千空の顔は年齢よりもゲンには幼く感じられた。メンタリストの自分に心理戦で敵うわけがないだろうに。わざと困った表情をみせてやればあからさまに喜ぶ千空がいじらしく感じた。
    仕方がない、ここは遊ばれてやろう。無防備な表情を独り占めに出来るのは悪い気にはならない。科学にしか興味のない千空はゲンに言わせれば頭は悪くないのだが、人を騙すことには長けていない。
    先導する千空が導くままについていく。道中、小腹が減っていたのにと不満をこぼしてみたら、ドライフルーツとコーラを渡された。たっぷり冷えているのが良かったに、と悪態をつきながら、準備の良さに計画的な行動であるのを確認する。
     黙々と歩き続けた千空が足を止めたのは温泉地帯だった。クレータのように丸い天然の湯壺に地熱で温められたお湯が湧きだしている。

    「えっと、一緒に温泉に入ろうってお誘いだったの?」

    いそいそと薄紫の羽織を肩からずらして脱ごうとすると千空が慌てて右手でずり落ちたゲンの羽織を支えた。

    「あー、服は脱がなくていいぞ。浸けるのは足だけな」

     実際は仕込みがたくさんあって脱ごうかどうしようか迷っていて、脱がずに済んでホッとしたが正直に言うつもりはない。温泉に入りに来たにしては準備がおかしいようでかまをかけてみたわけだが間違ってはなかったようだ。
     ズボンを膝辺りまで捲し上げ、なるべく平坦で座っても尻が痛くなさそうなところを選んで腰を下ろし、両脚を湯の中へ投げ出す。
     少し緩めだがこれなら長く浸けていられそうだ。

    「ん、なかなかの湯加減。でもね、本当はジーマーでちょ-っと期待したのにな。千空ちゃんに背中流してもらうの。残念だけど次回のお楽しみにしとくー」
    「ククク、剛毛のたわし作って準備しといてやるよ」

     減らず口を叩いて様子を見れば一瞬だけ千空が目を見開いたのがわかった。表情を整えているようで口元が緩くなっている。それを必死で誤魔化そうとしているが声が上ずってぶれている。からかいすぎ、いや好反応の域だ。
     男同士で裸の付き合いなんて気持ち悪い、それが一般的な答えだろうが否定が返ってこないということはつまりはそういうことなのだろう。少なくとも警戒されたり嫌われてはいない。
     千空もゲンの右側に座り込んだが靴を脱ぐそぶりがない。

    「ドイヒ―、ってあれ? 俺だけ足浴して千空ちゃんはしないの? ジーマーで? あ、もしかして俺の足、そんな匂いドイヒ―で汚い?」
    「メンタリスト様が珍しく不正解だな。」
    「いや、そこの正解不正解の理由にメンタリスト関係ある?」
    「ククク、まあ聞いて感激して涙流しやがれメンタリスト。今日は普段から俺のために奔走しているメンタリスト様をこの俺が直々に癒してやろうかと思ってだな。精神的な部分はテメ―のがプロだろうからそこは自助努力で行ってもらうにして日々の労いに感謝をこめて俺が直々に手と足にマッサージを施してやる」
     
    右手を掬い取られ、さわさわと両手で撫でられる。無造作な動きがくすぐったくもあるが気恥ずかしい。手のひらの親指の付け根を執拗に触られ、ぶるっと身震いしてみせると千空が嬉しそうに歯を見せて笑った。
     ゴソゴソと腰に下げた袋から包みを取り出し、広げた中から白いクリームの入った小さなガラス容器が現れた。包みの上にガラス容器をそっと置いて蓋を開け、指先で掬ったクリームを少し捏ねて自身の手の中に広げるとゲンの左手を両手で包み込む。ぬるっと滑らかに触れた千空の手が移動する。両手でゲンの手を包み、十分に油分を渡らせたところで今度は指先を一本一本指で摘まむようにして程よく刺激していく。爪先は少し引っ張るようにして刺激の強弱を変え、皮膚が固くなってしまっている指の腹や荒れて皮のめくれかかった爪の生え際をゆるゆると触る。
    抹消に与えられた刺激に昔ハンドマッサージを施された時の懐かしさが蘇る。石化する前、文明が滅ぶ前に行ったプロのマッサージとは違って加減も手順もたどたどしく、胸がもぞもぞした気持ちになる。微かに粟立ってきた嬉しさを悟られないようにゲンは千空の顔を覗き見た。

    「んー、これってもしかしてそういう建前の科学実験? まぁ、俺にしてみればそこそこ天国よりなんだろうけど、足つぼは相当痛いって聞くね。ちなみに千空ちゃんはパパの足マッサージか何かやったことあるの?」
    「ああ、百夜は泣いて叫んでたな。嬉し泣きかどうかはしんねーけど。メンタリスト様なら大丈夫だろ」
    「ドイヒー。俺も生身の人間ってこと忘れてない、千空ちゃん。痛いよりも気持ちいいことの方が俺は好みなんだけど」

     ゲンの左手の平の親指と小指を左右の薬指と小指間に挟んで手関節の上の親指と小指の付け根の膨らみを千空の両の親指がリズムよく指圧する。時々指をクリームのぬめりで滑らせることも忘れない。
     手首から先のマッサージは、今回は望めないのだろう。手に触れる指の固さに気が付いて手元を良く見れば触れている千空の指も手のひらもゲンと負けず劣らず荒れていた。このままゲンが大人しくされるがままにしておけば塗られている油分が千空の手も潤す、それは悪くない。
     自分よりも俺を優先させるなんて、そりゃ実験って理由づけは最高の言い訳だね。
     いくら実験とはいえ男の手じゃなくても他に荒れている人間の手はたくさんある。それでも自分を選んでくれたことに自意識が過剰になりそうだ。知識はあっても実践が伴ってない千空の拙いマッサージはマッサージと呼ぶには刺激も足りず、ほぼ触っているだけに近かった。

    「痛いとこあったら言えよ。もう少し刺激が欲しいとかそういうのも。クリームの滑りやべたつき具合なんかもだ」
    「うん。俺でデータ取ってんの? それとも個人的に知りたいの?」

     聞かなくても俺なら心理を読み当てられるが、あえて訊ねる。

    「両方」
    「あ、うん。わかっていたけど千空ちゃんってば男前よね。そういうとこゴイスー好きよ」
     
     サクッと言い切るところが合理的で、男らしく思えた。可愛いけれど男前って本当に千空ちゃんは飽きない。
     好きという言葉に気を良くしたのか千空の手に少し力が加わるのがわかった。からかいと思って言葉で否定するかと思ったがこれは意外だ。

    「黙って俺に癒されてろよ」

     柔らかい表情と声で紡がれた言葉にゲンは手作りクリームで男の手をマッサージするなんてデーターが何に必要なのか、と突っ込むのを止めた。





     一通り手を触った後は、今度は足を触らせろと申し出された。
     瞬きを数回して、散々弄られた両手を開いて油まみれなことを示すとそこで気付いたのか千空が荷物から布を取り出した。気球のために杠が織ってくれたものの中で気球に使えなかった布だ。ゲンが焚き付けて麻を集めさせ、作られた布は気球だけでなく今まで生活の中で革が担っていた部分と置き換わっていった。たかが布、されど布だ。
     両手の油を丁寧に拭いて、それから温まった両脚の水けを拭きとる。

    「爪先や手のしわにまだ残ってるけど、まぁ悪いもんじゃないからいいだろ?」
    「うん、爪がすごい光ってる。俺の商売道具磨いてくれてありがと千空ちゃん」
    「よーし、満足したら次は足の裏を見せやがれ」
    「そこはちょっと俺の感謝に情景か何かみせるとこでしょー」
    「今からテメ―が足つぼの刺激に苦悶するのを見る方がよっぽど唆るんでな」
    「千空ちゃん楽しそうね」

     対面しておずおすと足を差し出す。両腕で身体を支えて膝を折る姿勢だったがこれでは足の裏が触りにくいらしい。首をしゃくって寝ろとジェスチャーで支持された。仕方なく、羽織を脱いで枕代わりに利用する。ゴツゴツとした岩の凹凸が背中に当たる痛みを覚悟したが仕込みの多さが勝ったようで着込んだ中の仕込みの違和感はあるがこのまま寝るとても悪くない。ただ、眩しい。目を閉じていても瞼の血管が透けて赤く見える。
     腕で光を遮っていると千空が布を手渡してくれた。油汚れや水気がないところから先ほど使用したものと別のものだとわかる。何をどれだけ用意したのかわからないがありがたく受け取り、両瞼の上に置いた。
     
    「さーて、覚悟しやがれ」

     低い声を出して物騒な言葉の割には触れる手は優しかった。まず、左足の裏にたっぷりクリームが塗られ、ゆっくりと上から下へ四本の指の骨が移動していく。それから親指の裏から順に指の腹や関節を使って刺激されていく。全くの素人にしては順序が良いので知識を頭に入れただけで終わらず、養父の足で何度も試したことがあるのだろう。
     適度な強さで刺激していかれるのが心地よい。足つぼは飛び上るほど痛いと言っていたエンターティナーがいたがあれは演出だったのか、それとも本当に痛かったのか。思っていたよりも千空の指から与えられる刺激は痛い場所に当たらない。裸足で歩いていることが多かったから足の裏の皮膚が硬くなって感度が下がってしまったのだろうか、そう思っているとその瞬間はいきなりやってきた。

    「ちょっ、千空ちゃん、そこ……しつこいのやめてくれない?」
    「あ? ここ痛いのか?」
    「や、そうじゃなくてね。痛いっていうか、痛いのも気持ちのいい程度の感じなんだけど、」

     両脚の裏を一通り触った後、千空は足の甲や横や踝の下を触り始めた。声をかけたのは踝に指が移動してからだ。踝と踵を結ぶ斜線上に位置する場所の内と外の同じ場所を踵を挟むようにして千空にゆるゆると強弱をつけて念入りにというよりも執拗に触られ、ゲンはいたたまず声を上げた。足を引くにも手を離してもらえず、千空の非力な身体を蹴り飛ばすわけにもいかず耐え忍んでいたが流石に限界はある。

    「気持ちいい程度ならいいじゃねぇか」

     温泉地帯の温かさもあってかほんのり頬を色づかせた千空が口を尖らせてみせた。マッサージしているだけでそんな顔になるものか。はぁっと漏らす熱を帯びた吐息が場にそぐわない。大きく肩で呼吸を整えているがこれは……薄らと見え隠れしている劣情にゲンは軽く息を飲んだ。

    「……千空ちゃん、言うのもあれなんだけど、俺そこのツボの効果知ってるって言ったらどうする?」

     ゆっくりと身体を起こして千空に向き直る。冷静に声のトーンは一定に、表情はなるだけいつもの通り、ふざけ合いに近いものを選んでゲンは千空の意図に触れた。
     効果があったとかなかったとか、ツボの場所がどうだとかの問題ではない。どうしてその場所を触れようとしたのか、何を持ってそこにたどり着いたのかの無意識の感情を逃してやることが出来ない。
     
    「あ、ああ、問題ねぇ」
    「いや、千空ちゃんには問題なくても俺にはあるからね。理由聞かせてもらえる?」

     千空が弄り倒していた場所は足の内踝側が前立腺、外側が生殖器の反射区だ。直腸や肛門の反射区でなくて良かったと思いたいところだが、そんな簡単に処理して終われる問題でもない。千空が仕掛けた美味しい状況をこのまま逃がしてしまうゲンではない。
     そもそも男の足を癒すためにマッサージするって発想からして一般的ではない。
     こんな回りくどいことをしてまで俺に一歩目を踏み込ませようというのか、流石にそれはメンタリストとしてのゲンのプライドに障る。

    「日々の感謝の労いだって言ったじゃねぇか」
    「足りない」
    「はぁ?」
    「こんな成り行きでの行動で推測させるの、リーム―よ」

     千空が自分を好いているという確証めいた言葉が欲しい。
     仕草や表情、声色から好意を持たれているのはわかっていた。わかっていたが言葉はまだ得られていない。言葉なんてなくても良い関係、そう強がってしまっても構わないかもしれないが言葉を口に出すことで無意識にあった気持ちを再認識させることが出来る。
     言葉にならない感情のまま流れに任せることも悪くないが、いつか彼はその場のノリだったと雰囲気を盾にして逃げてしまうかもしれない。可能性がある以上、今ここで確実に彼の逃げ道を断ちたい。
    何より恋愛脳は非合理的だと断言する千空の口から言わせることは大きな価値と意味がある。

    「そんなんメンタリストなら口に出さなくてもわかって……」
    「うん、そうやって逃げられるじゃない。だから千空ちゃんの口から千空ちゃんの言葉として欲しいのよ。俺のスキルで読むんじゃなくて。千空ちゃんの意思を示して。じゃなきゃ俺はいつまでも傍にいてあげられなくなちゃうよ」

     たどたどしく話される返事を強い言葉を織り交ぜてわざと遮る。遠くない未来で起こるかもしれない現実を突き付ける。俺を信じてくれているのはいいけれど先がどうなるかは誰にもわからない。
     人の感情は誰にも支配出来ない。時の流れで変わって行ってしまうこともある。だけどゲンにはそれさえも手中に収めてコントロールする自信がある。そのための、手に入れるための最初のきっかけが欲しい。
     千空の気持ちがゲンに向いていて、ゲンが好きだという思いを強く自覚して欲しい。

    「なっ、んなことねーだろ。テメ―がいなかったら誰が交渉人の役割をすんだ」
    「石化復活者が増えれば誰か俺の代わりをする人間も出てくるかもしれないよ。そうなったら俺はお払い箱でしょ? それに俺も文明が進んだら千空ちゃんの傍にいる意味ななくなっちゃうと思う。俺、マジシャンだから色んなところを飛び回って人を驚かせて楽しませるのがやりたいんだよね」

     冷酷な現実を突きつけると千空の唇が小刻みに震えた。顔を真っ赤にして奥歯を噛みしめ、わなわなと震えている様が新鮮でこんな顔もするのかと感心させられる。
    今の千空にはゲンが必要だが、石化復活者が増えていけばその役割も立ち位置も変わるかもしれない。自分よりも千空の相棒にふさわしい人物がいてその人間を千空が選ぶかもしれない。先のことはどうかわからない、だから不安にもなる。不安なのは千空だけではない。
     しばらくすると落ち着いたのか今度はスーッと血の気が引いた白い表情で口をパクパクさせ始めた。何か言葉を出そうとするが何も出てこないのだろうか。正解を求めようとするのに心理学に乏しい彼には答えを出せないのかもしれない。
     ぎゅっと自分の服の裾を握りしめ、何度か声を出そうとするのを繰り返した後、ゲンの方を見た。眉が下がり、きょろきょろと定まらない視線。
     このあたりが限界か。
     ゲンが身体を近づけると千空が後に身体を引いた。

    「どう言えばいいかわからんねぇんだ」

     恋愛とは程遠い場所にいたからだけではない。今まで人と積極的に関わろうとしなくても自然と誰かが集まってきてくれた、確かに彼には不思議な求心力がある。来るもの拒まず去る者追わずで今までを生きてきていたのなら使う言葉がないのも納得出来る。だからこそ一層彼の初めての言葉が欲しいと思った。

    「俺だけが特別だって言ってよ。千空ちゃんが俺の代わりはいないっていうことを俺に証明してくれるなら……いいよ」

     意地の悪さを引っ張れば千空が目を乱暴に擦った。後で真っ赤になるだろうからと手を掴んで止めてやるとキッと鋭い目つきで睨まれた。無駄に長引かせるつもりはないがこの機会は逃せない。今さら折れることはしたくない。

    「欲しいもの何でもくれてやる。俺がやれるもん全部だ。それでどうだ」
    「じゃあ……千空ちゃんを頂戴。この先の未来ごと全部」
    「欲張り過ぎんだろ。高くつくぞ」
    「知ってる。でもね、俺もそんなに安くはないから丁度それで釣り合うくらいには価値があると思うよ」
    「一度受け取った以上返しはきかないからな」

     震えながらも強がった口調、戸惑う唇と目つきのアンバランスさ。知らない人間ならば滑稽さに笑うかもしれない。見たこともない千空にゲンは満足だった。
     人の生殖器の反射区を散々弄って仕掛けてくれたのに、肝心な気持ちの方は全部初心な反応。ちぐはぐすぎて困る。駆け引きが下手なのもここまでくると守ってやらなければという庇護欲に駆られる。
    そんな簡単に曝け出すなんて、俺相手だからだろうか。だとしたらこの上ない喜びと言うやつだ。

    「いいよ、千空ちゃん。それならいい。だけど、あともう一つだけ確認ね。俺との間に生産性はなくても本当に生きていける?」

     更なる手で千空を王手にかける。多分心配しなくても良いことだろうが、念には念を入れて彼の口から将来を過ごす相手として自分を選ばせておきたかった。
     あとでそこに気が付いて手を離して行ってしまいはしないか、それくらいの覚悟があるのかどうか、突き詰めて得ておきたい。

    「テメ―がいなくなったら俺が全部詰みだ。それ以上に困る問題が他に見当たんねぇ。第一生産性なんてもん、俺と百夜見てみろ。人は血の繋がりだけで生きていくもんじゃねぇよ」

     ああ、これは恐れ入ったわ。
     同性間の恋愛で一番熱く議論されている生産性にすでにしっかりとした自論を持っているなんて、弱い部分を突いたつもりがうまくやり返されて、言葉に胸を捉えられてしまった。
     まだ身体を強張らせている千空の腕を掴んで引き寄せる。彼の驚きが終わらないうちに顎を掴んで唇を合わせる。
     ちゅっとわざとらしく音を立ててから解放してやる。

    「俺も返品出来合いから覚悟してね」

     ニッとしてやったりの顔を見せると、不意を突かれた千空がようやく何が起きたのか理解したようで、白い顔を真っ赤に茹らせていた。


    ≪END≫
    支部にて2021年5月16日に初出
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