酔うと彼らは猫になる さすがにこれはないだろう。
ほろ酔いに出来上がった二人は俺の胸板を触りながら「鍛え抜かれた肉体ゴイスー」やら「これが雄っぱいってやつか」などふわふわの頭でキャッキャ笑っていた。
――うまい酒が手に入った、飲み切れないから一緒に飲まないか。
そんな誘いに来てみればゲンと千空と俺しかメンバーがいなかった。他のメンバーはどうにも捕まらなかったけど、たくさんあるから次回でいいだろう、次の休みまで待てない、そんな判断で千空が今日の飲み会を決行したらしい。べたべたと俺にくっついてくるゲンと千空は男同士ではあるが恋人同士だ。
「俺ね~、司ちゃんが人魚だったらサメだと思うんだ。魚類最強!」
べろべろに酔っぱらって机に突っ伏していたゲンが首だけ俺に向けてふふ~っと笑った。しっかり赤く色づいた頬ととろけた瞳。彼が相当飲んでいることがわかる。机の上でゲンは楽しそうに人差し指をこねくり回している。
「ゲン……サメのちんこは二つある。そういう意味でもやばいぞ」
ゆらゆらと頭を振りながら、こちらも相当飲んでしまったらしい友人が応答する。千空、君はそこでどうしてそんなトリビアを披露するんだい? 知識量の多い友人はその脳にトリビアも納めているらしい。合理的を愛する彼だが、トリビアは無駄とは思ってないようだ。
「え? 何それ、こわい。ただでさえ、司ちゃん標準越えしてそうなのに二つあったらジーマーで怖すぎる」
「ゲン、それはサメにも俺にも失礼とは思わないかい? うん」
君は俺のことをそういう風に思っていたんだね、ため息をついて頬をつつくとゲンがケラケラ楽しそうに笑った。これはマズいな。
ゲンと千空は付き合っている。今現在、こんなとろけた顔をして笑っているがゲンの方が夜の営みでは男の役割らしい。それを千空から聞かされた時、常にヘラヘラして雲みたいに掴みどころのない男がやるときにはやるのだと俺は衝撃を受けた。
つまり……千空がらみで煽れば少しゲンも嫉妬に駆られて正気を取り戻すかもしれない。
「せ、千空、オスからメスに変わる魚もいるらしいよ」
テレビでチラ見した程度の知識だけど、見ていて良かった。
さぁ、ゲン。早く正気を取り戻してくれないか。君は千空が好きだろう? 俺だってその気はないのにそんな話は振りたくない。握りしめたこぶしの中が汗で濡れて気持ち悪い。
「はーん、メスからオスに変わることもあるぞ」
千空、ここで君のその知識はいらないから。君たち付き合っているんだろう? 俺を巻き込んでどうしたいんだい?
「ってことは同性愛になっちゃうねぇ。ゴイス~、千空ちゃん美味しく食べられちゃうじゃない」
「うん。俺がサメで千空が魚なら、エサとして食べられて終わるよ」
エサという単語に重きを置いて強調すれば、ゲンは目をぱちくりさせ、千空はコクコク頷いた。
「あ˝―、違いねぇな」
ようやくまともな反応を千空が示す。酔っていてもわかることはわかっているらしい。
「じゃあ、やっぱり獅子王なだけにライオン?」
はっとした顔でゲンが声を大きくする。苗字そのまま変化球も何もない。幼少期から散々使い古されたネタは成人した今も健在らしい。今更閃いたみたいな顔をしているが、ゲンは相当酔っているのだろう。気転のきく男の頭はアルコールで溶けているようだ。
「ククク、そいつは大変だな。ライオンのオスは発情したメスがいると餌も食べずにひたすら交尾だぞ。交尾時間は短いが回数がシャレにならない」
「つ、つまり、絶倫早漏ってことだね!」
「レアケースだがオス同士も交尾するぞ」
「司ちゃん、バイヤー!」
「うん、ゲン。俺は俺だよ。ライオンじゃない」
真剣な顔をして知識を語る千空、内容に驚くゲン。積み重ねられていくライオンのトリビア。そこに絡められた俺はライオンではない。絶倫でも早漏でもない。格闘技に自信のある人間なだけだ。さっきからサメやらライオンやら、酔っぱらいの発想は止まるところがない。
「え~、俺食べられちゃうの?」
「俺はライオンじゃない。ゲンは食べないよ」
「あ˝~、ゲン、ライオンの肉は硬てぇし、マズいぞ」
入り乱れた会話の流れと情報量に眩暈がしてきた。この二人の間で会話が成り立つのは何故だ。やはり愛の力だろうか。付き合うとお互いにポンコツ部分も凹凸が合うのだろうか。
「あと、ライオンのオスは何もしてねぇように見えてハーレム守るのに頑張ってんだ。強いオスしか生き残れない厳しい世界だぜ」
「え~、だったら俺と千空ちゃん、司ちゃんのハーレムに入っちゃえばジーマーで安心なんじゃない?」
「そうだな」
むくりと起き上がって、ポンと両手を叩いたゲンが今度は両腕を上げて俺に抱き着いてきた。一方で千空も同じように俺の腰に手を回して顔を腹に擦りつけてきた。癖のある緑の髪に腕をくすぐられてぞわぞわする。
ハーレムってオスが一匹にメスが複数で成り立つものだ。オスが多数いるハーレムなんて子孫繁栄が……二人の会話のおかしさを正そうと頭を捻る。知識には知識で千空が返してくる。何は方法……這いまわる手と湿った舌の感触に俺は身震いした。
「うん、俺は人間だから。ライオンじゃないよっ……ゲンっ! そこ触らないで! ……っ舐めないでくれ千空!」
「んだよ、減るもんじゃぁねぇだろ? 霊長類最強のぉ、男がぁどんな味してるか興味唆られるだろぉ?」
あっさり離れたゲンに対して、呂律が怪しく、言葉の抑揚が激しい千空は目を細めて口を尖らせた。静止を告げても俺の手を捕まえてぺろぺろと舌を舐めるので俺の方から手を引っ込めた。
「ん~、何かぁ熱くなってきちゃったぁ」
俺の身体にくっついていたゲンはおもむろに手をパタパタ動かした。アルコールと俺の体温のせいだろう、火照った身体をくねらせてゲンは自分の服を脱ぎ始めた。と同時に千空も「そうだな」と服を脱ぎ始めてしまった。ゲンは首尾よく服を脱いでは投げ捨てて、あっという間にパンツ一枚になるとコロンと俺の脚に頭を置いて「おやすみ~」ととろりとした目で告げるとすぐにクークー寝入った。
「ちょっ、ゲ、ゲン?」
「あ˝―、酒こぼれちまった」
声とともに鈍い音がした。千空を見ると脱いだ服で引っ掛けてしまったのか、コップが倒れて千空のズボンにシミが出来ている。「気持ちわりぃ」、そう言いながらズボンごと千空はパンツを下げた。
「っ! ダメだよ! 千空!」
白い肌に薄く色づかせる茂みが見えた瞬間、俺の手は言葉よりも早く動いていた。千空のパンツを抑えて引き上げると、俺は距離をとる。濡れたズボンをはかされた千空と俺の足元で丸まるようにして休んでて頭をずらされてゲンに相当不機嫌そうな顔をされたが誤解されそうな現場には踏み入れられない。
ゲンと千空をリビングのソファーに放るようにして乗せると俺は急いで部屋を出た。朝になれば少し冷静さを取り戻すだろう、そんな期待を込めて。
ふと、近づいてくる気配に目を覚ませば申し訳なさそうな顔をした千空がいた。どうやら水を飲みに来たらしい。食器棚からシンプルなガラスコップを取り出すと浄水器で水を汲んで俺に差し出してきた。受け取れば同じ動作でまた水を汲んで千空が飲み干す。
「あ˝~、客をキッチンに避難させるなんて、悪かったな」
「ゲンは?」
「ソファーで寝てる。ありゃ昼まで起きねぇだろうな」
リビングの方を顎で示して千空は肩を落とした。
「いつも君たちは……その、飲むとあんななのかい?」
もしかしなくてもそうだろうが聞いておきたかった言葉を俺は口にする。
「ああ、俺とゲン二人、羽目を外して酔うといつもあんな感じになるからな。助かったぜ。コハクにもクロムにも羽京にも二人っきりで外では飲むなって散々言われてな、家ならいいかと思ったけどダメだな」
「うん、飲むときはせめてもう一人呼んでくれないか? 俺はなかなか大変だったよ」
「あ˝―、だな」
あんな甘えた猫みたいな酔い方、俺だけに見せた顔ではなかったのか。酔うとトラじゃなくて猫になる、それが秘密でないのなら誰か事前に教えていて欲しかった。目の前で澄ました顔をしている千空にぺろぺろと舐められたてのひらが何故かむずがゆくかった。
<END>
支部にて2021年6月17日に初出