パロ
地雷がある方は読まないでください。
大陸の広大な土地は逃れるコトに最も適している。ヒトからヒトへ、ウワサが流れる頃にはもう別の町へトンズラだ。
何から逃げるって、そりゃア―――――
「ねえ、まだあ~?」
「……………………」
「うち、ノドかわいた。ソレに、スナばっかで飽きちゃったよう」
「……………………」
「ツマンナイ、ツマンナイ、ツマンナイ、ツマンナイ、ツマンナイツマンナイツマンナイツマンナイ」
「ーーーッるっせ!!うるっせ!!」
ミミモトで延々と、舌ッ足らずの甲高いコエで喚くガキ。アシが疲れたモウ歩けないとグズルので、ブカブカのシューズをポッケにしまい肩に乗せて運んでやってる恩も忘れ、シッポのように伸びるオレの三つ編みを引っ張って好き勝手抜かしやがる。
「やって、トージクンがムシするンやもん!」
「あのさア、十分前にも同じハナシしたよな?水はアリマセン。次の街マデ景色は変ワリマセン。以上」
「じゃあ何かオモロイコトしてよう~」
ンのクソガキ…………。
ナオヤは、その小さな小さな握りコブシを覆ってなお有り余る長さのアームカバーをテレンテレンとブラつかせながら、ポカスカオレのアタマを殴る。
生粋のお嬢様、大勢いる兄弟の中のユイイツのオンナ、そしてソイツらの誰よりも優秀。そんな環境で甘やかされて育ったコイツは、オレに肩から叩き落されるという発想もなく暴虐の限りを尽くした。加減なく振り落されるカカトはチンマリとしてるが鋭く重く、フツウに痛くてムカつく。
オレはナオヤを支えていた手を離した。
「あっ!ややあ!落っこちてまうう!トージクンのアホォ!」
途端、ヒッシにアタマにしがみ付き身を縮こませた。
「ウデがラクでイーわ。そのままガンバレ」
「あ~ん、落ちるう!」
「イデデデデ」
アシも使ってクビを締め付け落ちんとするそのチカラは、オレの身長の半分にも及ばないそのカラダからは想像も出来ないホド。子供用のロングサイズのチーパオ……チャイナドレスから飛び出すプニプニのフトモモをタップして、降参の意を伝える。
「モウ!ちゃんと落ちんヨウしててよね!」
「ハイハイ……」
「あとお、ヨイショじゃなくてカタグルマにして!ほンで走って!」
ヨイショと言うのは、今みたいに肩にコイツを担いで座らせてやるコト。
ため息を吐いて、アシを反対の肩に乗せるのを手伝ってやる。
「目ェ閉じてろよ。砂が入っても知ンねエぞ」
「ウン。わかった」
「ゼッテエわかってねエだろ」
「はよ!」
アシをブラブラ遊ばせて急かされる。オレはナオヤのウデをアームカバーの上からギュッと握り、強く地面を蹴った。
グンと景色が吹っ飛び、無風だった荒れ地で風が髪をかき上げる。
「ヒャ~~!!」
「目ェ閉じろつったろ!」
「閉じてるモン!!なあ~、モット、モットはやく!!」
オレとしても、移動はチンタラ歩くよりコイツを担いで走ったホーがラクなんだが、コイツはかなりの気分屋で、時として自分のアシで歩きたがり、ユックリ景色を眺めたがり、走ったら髪がボサボサになる、カタグルマは子供みたいで恥ずかしいと拒否するナド、ままならないケースが多い。
コイツの気分が変わらない内に距離を稼いで、今日中に街に入って早くヤネのあるトコロでユックリ寝たい。
「ねえねえ、いまのなにぃ?」
「ネズミだろ」
「エエ~ッ!!イヌみたいだったよ!!」
「じゃあイヌだ」
「モッカイ見たい!」
「あっ、ホラアレ見てみろ!スゲーデケーサソリ!」
「エッドコォ?」
目ェ開けてンじゃねえかこのガキ。
こうやってナオヤの気を逸らしながら走るのは、倍の距離を無言で走るコトの三倍は疲れる。
……………………早く街に着きますように……………………。
「ウエーン、目がチクチクするよう~」
「だから言ったじゃねエーか」
「やっぱチクチクやないかも。ツキツキかも」
「アッ、ソオ…………」
街に着くなりグジグジ言い出したナオヤが袖でゴシゴシ目を擦るのを止めさせて、今度こそ閉じてるように言う。
軽いカラダを正面で抱き上げて、まん丸のケツを持って支えると、ナオヤはギュウとしがみ付いてオレの三つ編みを振り回し歌を歌う。
「ドングリコロコロドングリコー……オイケにハマッてサータイヘン……」
「どんぶりこだろ」
「ドジョウがでてきてコンニチワー………………………………なア、ドジョウってなに?」
「ウナギの小せエヤツ」
「オイシそうー……」
コイツ今、ウナ重を想像してるな。
ポショポショと囁くようなコエでまた始めっから歌い出す。
「ドングリコロコロドングリコー……」
「オマエ、眠いンだろ」
「ンン…………ねむない…………」
「眠いヤツァミンナそー言うンだよ」
モゾモゾと肩に額を擦り付け、眠気に必死に抗おうとしているが、歌がドングリコロコロから一向に先に進まないトコロを見るともうスグに落ちるだろう。
コエが途切れて、スウスウと寝息が聞こえてくる。
寝落ちてもウデにかかる重さは変わらない。起きてるトキから脱力しきって、全体重を預けているからだ。
いくらこのガキが軽いと言っても全く疲労に繋がらないというハズもなく、オレは今日の寝床を探しに街を歩き回る。
この大陸の大部分は枯れ切った荒野で、その中にテンテンと街が点在しており、ソレでもどの街も活気に溢れ栄えているのは、大型の荷馬車用のルートが整備されているからだった。
そのルート上にはこじんまりとした補給地もあり、馬車道を行けばマズ迷ったり飢えたりするコトはない。馬車道と言っても徒歩での通行も認められているので、街から街へ移動する際には皆ルートを利用する。
なぜオレ達がそのルートを利用せずワザワザ荒野を走るのかと言えば、理由は二点。
一点目、ナオヤが馬にビビる。
本人は怖くないと言っているが、馬が近付くとオレのウシロに隠れて離れないし、一度馬車に乗せたトキはオレの服に潜り込んで出てこなくなった。
二点目は…………、
「………………ナオヤ、起きろ。……………………客だ」
街の中心地に向かっていたアシを止め、路地に入る。クネクネとした細道を郊外に向かって小走りで駆け、廃墟の立ち並ぶ人気のないエリアに出た。
ケハイはヒトリ。
ヒトリで向かってくるなんざァ、下調べナシか?ソレにしちゃあスグに離脱できるよう一定の距離を保っており、用心深い。
「何か用?」
今出て来た路地に向かって声を張る。ナオヤは移動中に起きたので、クツを履かせて、近くの乾燥した低木に座らせる。樹皮がツルリと鞣したような手触り。サルスベリか?
その木を背にして、再度路地へ向き直る。
ようやっとスガタを見せたのは、中肉中背、コレと言って特徴もナイオトコ。但しその目はエモノを見つけたハゲワシのようにランランと鈍い光を放っていて、やはり、休む間もなくバウンティハンターに見つかったようだった。
「二米を超える人相の悪い大オトコと、ガキの二人連れ…………そのガキ、ナオヤ=ゼンインだな」
「違ェよ」
「名門ゼンインから逃げた、“術士”と“動く死体人形”、ブッ殺したら一生遊んで暮らせるホドの額が手に入る……」
“動く死体人形”……“キョンシー”
名門ゼンインってのがオレとナオヤの生家で、古くから死体を使った呪詛を生業としている悪趣味な一族だ。
オレらはその一族を出奔し、追手やコイツらみてえなバウンティハンターから逃れるため荒野を果てなく街から街へ、移動して回っていた。
オレらが家を出た頃のアイツらは、呪詛を応用して死体を意のままに動かし使い捨てられる駒に転用する、イワユル“キョンシー”製造に熱を上げていた。自分たちの奴隷はモチロン、量産が叶えば各国軍勢にこの死体人形を送り込み一族に莫大な益をもたらすコトが出来る。
ナオヤは、幼い頃から術士としての才覚を発揮し、大勢いる兄弟を寄せ付けないホドのチカラで将来を有望視されていた。
「ガキとは聞いてたが、ココまでとは。何で逃げちまったのかねエ?オンナだが、次期当主が決まっていたんだろ、勿体ねエ」
「オレが知るかよ」
「イッ、ヌッ、のオ~、オッ、マッ、ワッ、リッ、サンッ」
「奴隷の分際で、オマエが主人を唆したのか?“死体”にソコまでの自我があるモンかね」
「コマッテ、シマッテ」
「どうだかな。目の前にいるんだから、確かめてみりゃあイイ」
「ワンッ、ワンッ、ワ、ワア~ンッ!ワンッ、ワンッ、ワ、ワア~ンッ!」
「ナオヤ、チョット静かにしてろ」
サルスベリでアシをブラつかせながら大声で歌うナオヤを制すと、正しくサルのようにイーッと歯を剥いて反抗してくる。
「やって、うち、ヒマだよう!トージクン、はようソイツ、コロしてよう!」
「クチの悪いガキだな」
「同感だ」
軽くコブシを握って向き合うと、オトコは何やら鉱石らしきモノをフトコロから取り出しブツブツと呪いを唱え、唱え終わると地面に放った。次々似たようなアイテムを取り出し呪いを唱えては捨ててを繰り返す。
見えはしねエが、何らかの力がオトコの周りを渦巻いているように感じた。オトコ自身に作用しているトコロを見ると恐らくバフ系のタリスマン、使い捨てなので大した効力はないモノを重ね掛けしていると見た。
タリスマンは使い捨てでも高価なマジックアイテムだ。ソレをアレだけ用意してためらいなく使ったってこたァ、最初のオレの読みは大ハズレ。オレらのコト、と言うよりオレのコトを念入りに調べて、対策を講じてきているようだ。
「ソレこそ勿体ねエと思うがね」
「ご心配ドーモ。オマエらのクビで元がとれるドコロじゃねエからなア!」
オトコは吠えると一直線にナオヤに向って行った。モチロンナオヤのいるサルスベリの木とオトコの間にはオレがいる。たやすく目の前に立ちはだかり、オトコの胴を大ぶりの蹴りで吹っ飛ばす。モロに入ったオレのアシウラは、肉にめり込みそのまま柔い肋骨をバキリと折る、ハズだった。
「!」
「ガッハ!!ゲエエエ!!」
硬エ。
オトコはノックバックしてアシを踏んばったが結局地面にひっくり返り、ハラを抱えてのた打ち回っている。
しかし、肋骨が折れたにしちゃあピンピンしてやがる。アシウラに伝わった感触も、鈍い。
「守りに全振りか」
「ハアッ、ハアッ、そうだよッ!なのに何でこんなに痛エんだ!?クソッたれ!!」
移動速度も平均的だった。
打ち捨てられたタリスマンは、全て防御の呪いだったようだ。
「もうゼッテエ喰らわねエ……」
「そりゃ懸命だ。だがよ、ソレでどうやってオレらのクビを獲る気だ?守ってばっかじゃ殺せねエーぞ」
「ンなこたわかってる……オメーらバケモンは、体力が尽きるコトなんてねエんだろ?でも、肉体がブッ壊れりゃ、流石に動けねエだろ!?」
そう言って、今度はフトコロから札を放つ。ガンゼンに迫った札を片手で受け止めると、ジリジリッと金属が弾けるような音がして小規模の爆発が起こった。起爆札か。
札を掴んだ手で黒煙を払う。
オトコと再び目が合い、その目が落ちそうなホド見開かれた。
「何で……無傷なんだよッ!!」
「イヤァ、ハハ」
「クソッ、バケモンがアッ!!」
次から次へと、フトコロから飛び出したのはボディが黒鉄の短銃だ。コチラに狙いを定め三発発砲する。軸足を後退させカラダを傾け受け流す。
「アチチッ、服がコゲた!」
「余所見してンじゃねえッ!」
下を向いて掠ったトコロをはたいてたら、続けて発砲され、二の腕や脇腹に弾が命中する。八発撃った内の三発。皮膚を抉り、回転を緩め、やがて地面に落ちた。
「ッテェ~なゴラ」
「ウワッ、コッチ来ンじゃねえ!!」
ズンズンと大股ダッシュで距離を詰めた。
オトコは向かってくるオレに続けて発砲し、残りの弾を撃ち切ってもガチン!ガチン!と引き鉄を引く。オレがガンゼンに迫ってようやく、弾倉を入れ替え再び銃口をコチラへ向けた。
その銃身を握って上へ振り抜き取り上げる。遊底を引き、オトコのボディに向かって全弾発砲する。
「ガアアッ!!」
「ヘースゴイ。こんな至近距離でも防いでくれるンだ。よかったな~?金掛けといて。一個でもケチってたら、腹が穴だらけになってたかもな?」
「ウ゛ウ゛ッ、チクショウ、チクショウ……」
「なア、今のと最初のオレの蹴りと、ドッチが痛かった?」
撃たれたハラを抱え、ズリズリと這いずり距離をとろうとするオトコの背中を踏ん付けて、ネコがネズミを甚振るように少しづつ体重を掛けた。
「コレは痛くねエだろ?バフってンだからさア。で、ドッチが痛かった?蹴られンのと、撃たれンのと」
「離せ、離せッ!………………チクショウマダかよォッ!!」
ゾクッとイヤなケハイを感じて振り返る。
サルスベリの木の上、ナオヤは変わらずツマラナソーにアシを交互に振っている。そのウシロ、後頭部の真後ろに、何か……、
タンッ
パッと火花が散るように赤い飛沫が舞って、続けてナオヤの小さなカラダが前のめりに滑り落ちる。脱力した肉体は思いの外鈍く重い音を立てて、乾いた地面に落ち伏せった。
ナオヤのアタマのど真ン中から血が噴き出ている光景がマブタのウラに灼き付く。
背後からの狙撃を受けたナオヤは、地面に落ちたっきりピクリとも動かない。
「ハ、ハハハ……」
「お仲間、かい」
「そおーだヨッ!!テメーみてエなバケモン相手にヒトリなわきゃねエーだろーーがッ!!」
フトコロからもう一丁、短銃を取り出したオトコは、オレのアシの下でムリヤリカラダを捩じってコチラへ銃口を向ける。
「術士は死んだッ!!テメーもただの、サンドバッグだアッ!!」
ダン!ダンダンダン…………
十五発、全ての弾丸を撃ち込まれる。
硝煙が煙り、目の前が白く濁り、その先にオトコのニヤついたカオが透ける。
「ヘ、ヘヘ…………クビを切り落として、ガキの死体と一緒に“あの家”に引き摺ってってやるよ…………!」
その下卑たコエを聞きながら、オレはパタ、とマブタを下した。
そして開いた。
「ゲエーーッホ、ゲホッ!!~~ケムイ!!目ェ沁みる!!」
「…………ハ?」
「チッ……こんな至近距離でバカスカ撃ちやがって」
「な、何でぇ……!? 術士が死んだら、キョンシーはタダの死体に戻るハズ……ッ」
「だってオレ、キョンシーじゃねエし」
オトコはガチンッ!ガチンッ!と引き鉄を引く。
その様子をせせら笑ってやると、ガキみてえに泣き出した。
「ウソだ、ウソだぁ、じゃあ何で、爆破もチャカも、無傷なんだよおッ、オマエは一体、何なんだア!!」
「何ってそりゃア、」
背後からドウと大波のように押し寄せるプレッシャー。
感知出来ないオレでもハダでビリビリと感じる禍々しく、圧倒的なオーラ。
ホンの少しでも素養のあるモノならわかる、覆しようのない力の差。
ソレを感じ取ったのか、オレのアシの下でオトコはカラダを何度も跳ねさせて、吐瀉した。
「デカくて、ジョーブでぇ、つよぉい、」
舌っ足らずのガキのコエがオトコの嗚咽を塗り潰す。
サッキまでピクリとも動かなかったナオヤのカラダに、遠目でもわかる変化が現れる。ムックリと上体を起こすのに合わせて、ネコのように反り上がった胴体がミシミシと伸び、アームカバーから覗くテノヒラが薄く扇上に広がり、ユビサキは細く、しなやかに大地を引っ掻く。なだらかだった胸部は膨らんで生地を押し上げ、ロングのチーパオはあっという間にギリギリマタを覆い隠す程度の丈になり、ソコからニョキリと生えた両足が羽化する蝶のごとく宙を掻いた。
胸に留まっていたチャイナボタンがバン!と弾け飛んで、地面にポトリと落ちる。
「…………タダのニンゲン」
上から目線、高慢で、人を虐げ蜜を吸う、オンナのコエ。
肩に乗せてたガキの二倍以上は背丈のあるオトナのオンナが、輝く絹のテアシを惜しげもなく晒し、長い金糸を靡かせた。
オンナの変態の余波で、背後のサルスベリが命を取り戻し、イッキに開花して、そして花びらを散らす。
「な、何で……何で生きてンだあ……」
「生きちゃいねエよ」
カラダを慣らすように伸びをするたび、際どい丈がツン、ツンと上がったり下がったりしている。ガキの時から履いてないンだから、ちったァ気にしろ。
「ハナから死んでンだ」
“術士”と“動く死体人形”
ソレらはドチラも、ナオヤのコトを指していた。
“キョンシー”は確かに、“術士”が死んだらタダの死体に戻る。
但しコイツは、その両方を自分でこなしているため、チカラが尽きるまで殺されようとも死ぬコトはない。並みのニンゲンじゃ、コイツが死ぬまで相手をするコトは出来ないから、コイツを殺すにはオレや、ゼンインと並び称される御三家の人柱、“ゴジョウ”の跡取りくらいの術士を連れてくる必要がある。
当主の意向により、ある程度チカラのあるガキは皆、この“主従一体の儀”を執り行うコトになっていて、ソコでユイイツの成功体が、このオンナ、ナオヤと言うワケだ。
モチロン、死体を繰り奴隷とするコトも得意で、コイツがチカラを奮うようになってから死体人形の供給は安定し、中でもある程度の出来栄えとなったキョンシーで構成された戦闘集団“炳”の筆頭も務めていた。
「何で、何で、何でそんなオンナが、一族を出奔したりしたんだッ!!ゼンインの当主ともなれば、周辺国の中枢を牛耳るコトだって可能なハズだッ!!ソレを捨てて、」
「やってえ、パパがトージクンを人形にしろ言うからあ」
「とうじく……?」
そんな呪い至上主義の一族で生まれてしまったオレ、タダのニンゲン。呪詛で作られたお人形どもよりも遥かにデカくて、ジョーブで、強く、誰もオレに歯が立たない。
それだけに飽き足らず、オレには一切の呪いが扱えなかった。
呪いも扱えない非術士のサルが、呪いで作られた死体の兵器より強いコトが外にバレたら、商品価値が暴落してしまう。
ソレでナオヤのオヤジ、現当主であるナオビトは、オレを殺してキョンシーに作り替えようとしたワケだ。ただ、ムスメ可愛さにその仕事をナオヤにやらせようとしたのが間違いだった。
「ウチ、まだトージクンに勝ってへんのに、死なれたら困るモン。やから“出来損ない”の兄さんらァの半分をブッ殺して、フタリで家出てん」
「……………………オシャベリしててイイのか?オマエを撃ったヤツに逃げられンぞ」
「アア!ダイジョーブダイジョーブ」
ナオヤは、撃ち込まれたライフルの弾頭を拾い手の中で弾いて遊ぶ。
「サッキ、二発目を撃ってきたから呪詛返ししたの」
「何だ、もう殺しちまったのか」
「ウウン。ヒザを撃ち抜いたから、ドコゾでのた打ち回っとるんやない?」
弾は、何らかの術式で照準を定めていて、実銃の射程距離よりも遠くから撃ち込まれていた。空間転移を含む座標の取得となると、ただ照準をアシストするだけの呪詛と違い時間がかかるコトだろう。加えて、オレやナオヤに気付かれないよう隠密のバフも掛けていたに違いない。
転がってるこのオトコは、その時間稼ぎだったってワケだ。
「ホナらウチ、遊んでくるワ。トージクンも早よ“片づけて”迎えに来てな」
サルスベリの花びらが集まり、ナオヤは雲に乗るようにその上に座り宙を舞った。
本当に“バケモノ”が去り、残されたのは、タダのニンゲンがフタリ。
「折角色々と準備してくれたのによ、こんなコトになっちまって悪ィなア」
「ハア、ハ、ハア、ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ、」
「マ、ウワサを真に受けたオマエも悪いよ」
人相の悪い大オトコと、ガキの二人連れ、“術士”と“動く死体人形”―――――
「イロオトコの間違いだったろ?♡」
褥の中がお似合いの、妙に艶めかしいオンナのコエが歌っている。ソレが童謡でなければ、誘われて毒牙に掛かるオトコも多いコトだろう。
廃墟の窓際に赤い池が広がり、その端に転がるオトコのクビをツマサキでついて今にも壊れそうな木箱にコシ掛けるオンナ。
タイクツソーにヒジをついて、オレが迎えに来たのに気づいてるクセに構わず歌う。
「しばらくイッショに遊んだが~」
「楽しかったか?」
「ウウン。ツマンナイ。やっぱトージクンやないと」
ようやくコチラを向いたナオヤの正面は、どう遊んだらそこまで、と嘆かわしいホドに血飛沫で汚れ切っていた。
「………………宿探して、フロに入ンぞ」
「ウチ、泡ブロがイイ!ねエイイでしょ~ッ」
途端ゴキゲンに駆け出すナオヤは、チーパオはパツパツでボタンは吹っ飛んでるし、丈は短くてテアシは丸出しだし、ブカブカだったクツとアームカバーはピッタリ肌に沿っていて、まるで本当のオトナのオンナのようだった。
「ヤッパリオヤマがコイシイと~」
だがいくら呪詛で声や見た目が大人びようとも、コイツの中身はあの日、オレを殺すのをキョヒして泣き喚いたガキのまま、あの瞬間のまま止まっちまってる。いつかコイツがオレを殺したら、そのトキはオレの時間も止まるだろう。
その日が来るまで、逃げ続けるだけのオレたちには、乾いた荒野がお似合いってこった。