Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    Erinu__rap

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    Erinu__rap

    ☆quiet follow

    転生パラレル 前世の記憶がない仗助をGETするために頑張る承太郎さん
    まだ全然途中だけど10000字くらい行ったので尻叩きに投げます

    生物教師×高校生

    元「叔父」攻略ハンティング!───ここまでか。
    遠のいていく意識の中、身体の感覚がさざ波に溶けてゆくのを感じて、私はもうじき死ぬのだと悟った。
    深い傷を負ったはずなのに、不思議と痛みはない。いや、もう痛みを感じるほどの余裕すら、残っていないのだろうか。それとも、険しい運命に導かれ、悲劇に散った男へ贈られた、神からのせめてもの情けなのだろうか。
    どちらにせよ、承太郎にとってはどうでもよかった。
    頭に浮かぶのは、彼にとって守るべき者たち───自分の命よりも大切な、家族のことばかりで。

    多くの波乱と冒険に満ち溢れた、その人生。数え切れないほどの思い出が、走馬灯となって駆け巡る。

    思い返してみれば、いくつもの後悔が押し寄せてきて、承太郎は悔しげに眉をひそめた。
    失われた時間の尊さに気づくのがあまりにも遅すぎたのだ。
    今更どれだけ嘆いたところで、もう時が巻き戻ることなんてないのに。

    (……………)

    (………仗助……)


    朦朧とする意識の中で最後に思い浮かんだのは、太陽のような笑顔を浮かべた、年下の叔父の姿だった。

    忘れもしない、1999年の夏。承太郎はあの街で、一夏の燃えるような恋をした。
    きっかけが何だったのか今ではどうにも曖昧だが、気づけばお互いに惹かれあっていた、としか言いようがない。
    同性、血縁関係、不倫、年の差──幾つもの禁忌を犯した、許されざる険しい茨の道。しかしそれでも、戻れなかった。仗助を愛する前の自分には。


    「承太郎さん、その………」

    夕暮れのオレンジ色が街を染めたある日の午後。それまで楽しそうに隣を歩いていた仗助がピタリと立ち止まった。どうした、と足を止めて振り返ると、俯き、葛藤するように黙していた仗助だったが、意を決したのだろう、恐る恐る口を開いた。

    「今、ここの道、人通り少ないんで……も、もし良かったら、」

    目線をせわしなく泳がせながら呟く。恥ずかしいのだろうか、声がだんだんと小さく萎んでいく。

    「………手、繋ぎたいっす」

    発せられた言葉に、思わず動揺してしまう。自分よりも少し低い位置にある目線を追えば、その頬は夕日で赤く照らされる視界でもはっきりと分かるほどにすっかり紅潮していた。
    あまりのいじらしさに、胸がきゅんと締め付けられるような心地がする。

    「……」

    動揺を隠すようにその手を思い切り掴むと、そのままぎこちなく握りしめた。繋いだ手から、体温が伝わってくる。心までじんわりと温まってゆくような幸せを噛み締めた。
    彼の傍にいるだけで、深い心の傷さえ癒えてゆく心地がする。仗助と過ごした時間は、乾ききった心を包み込むように潤してくれた。

    いつか終わりが訪れる関係なのだと分かっていながら、承太郎は、結局最後まで仗助を手放すことが出来なかった。
    何度罪悪感に苛まれようと、ひとときの幸福を失いたくなかったのだ。
    不甲斐ない大人だったと思う。

    「……明後日、この街を発つ」
    ある夜の324号室、そのたった一言が、湿った閨の空気を一気に重苦しいものへと変えた。
    いつか、別れが訪れる。
    目を逸らしていた事実を自ら口にするというのは、ひどく辛いものだった。

    唐突に告げられて、仗助は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐ取り繕うように微笑んだ。

    「……そっか。帰っちゃうんすね」

    なんでもないような雰囲気で、寂しくなるなぁ、と呟いた。
    しかし、承太郎は気づいてしまっていた。その声が、悲しげに震えているのを。
    幼気な少年の本心を目の当たりにして、胸が詰まる。

    自分たちは本来、お互いに愛し合ってはいけない関係だったのだ。あまりにも危うく不安定な恋は、いつの日かこうやって崩れてしまうのだと、分かっていた。
    分かって、いたのに。
    どうにもならない切なさが、つんと鼻奥を突く。

    「……いやだ、いやっスよ……俺……承太郎さんと、離れたくねぇ……」

    「仗助……ッ!」

    込み上げる悲しみに堪えきれなくなって、ぽろり、と蒼い双眸から涙が零れ落ちた。
    普段人を困らせるような事なんて滅多に口にしない少年の、最後の我儘。小刻みに肩を震わせ始めた恋人を、思わず強く抱き締める。

    「承太郎さん……俺、これからもずっとアンタの事、忘れねぇから、」

    しゃくり上げながらも、仗助はこちらを真っ直ぐに見上げて、言った。

    「アンタがこの街から居なくなっても、ずっとずっと、覚えてるから、」

    だから────

    「承太郎さんも……俺の事、忘れねぇで……!」

    涙に濡れた蒼い瞳は、悲しみに暮れながらもなお光を失わず、強い意志を湛えて煌めいている。その美しさに、承太郎は思わず息を呑んだ。
    眩いほどの、光。ああ、そうだ。俺にとって、お前は……

    瞼を閉じれば、その強い輝きが鮮明に蘇ってくる。

    杜王の町を去ったあとも仗助との交流はそれなりに続いていたが、どれも「親族」としての一般的なものであって、「恋人」としての関係は「あの夜」に完全に仕舞われていた。

    あぁ、もし……生まれ変わって、もう一度逢えたなら……ぼやける思考の中、柄にもなくファンタジーな考えが頭を巡る。

    もしも生まれ変わって、再び出会うことが出来たなら。
    その時は、必ず………



    この死に際の…「前世の自分」の記憶が蘇ったのは、つい3日前の事である。


    ****
    自分でも驚くばかりだが、どうやら「生まれ変わり」というものは、本当に存在するらしい。
    現に俺はこうして、「前世の自分」の記憶を有している。
    不思議なことに、今世での名前も、容姿も、前世と全く同じものだ。
    あまりの変わりようのなさに、一瞬「過去へタイムスリップしてきたんじゃあないか」と思ったが、その予想はすぐに覆された。この世界は、「前の世界」と些か異なっている。

    現在の承太郎の住まいは、M県S市杜王町。
    承太郎が1999年の夏に滞在していた杜王町と全く同じ名をしているが、その景色や街並み、店の配置などが明らかに変わっている。これでは、もはや全く知らない土地にいるのと同じだ、と赤茶色の街道を歩きながら承太郎は思った。

    前世では海洋学者だった俺は、どうやら今は高校で生物学を教えているらしい。
    探究心よりも経済的な安定を重視するなどいかにも自分らしくない選択だが、今更文句なんて言っていられない。

    高校教師。その情報に、僅かに胸を膨らませた承太郎だったが、その期待はあっけなく裏切られた。
    勤め先は、「M県立S高等学校」と記載されている。

    (……仗助の通っていた高校じゃねぇな)

    こんな状況にも関わらず、ふと気づけば仗助の事を考えてしまっていた自分に苦笑した。

    (どうやら俺は、お前に未練があるみたいだぜ……自分から、手放したくせに……笑える話だ)

    俺はあの夏、あの街に置いてきてしまった「光」を、今でも追い求めている。心にぽっかりと空いた穴を優しく埋め、昏く翳った心を暖かく照らしてくれる、たったひとつの存在を。

    (どうやら俺は、自分でも思っていた以上に……未練がましいみてぇだな)

    暖かな春の風に薄緑のカーテンが靡き、やわらかな陽光が差す。

    (………仗助…)

    逢いたい。承太郎は、強く想った。
    例えここが全てが塗り替えられた新たな世界だとしても。
    俺は必ずお前を探し出す。そして、もう一度……

    (もう一度、抱き締めてやりたい)



    ****

    翌朝。

    承太郎はいつものように──前世の記憶が戻った今では、どうにも新鮮だが──今現在の自分の職場である、S高等学校へと向かっていた。
    端正な顔立ちをした長身の美丈夫が、風のような白衣をなびかせながら颯爽と歩いている。当然、道行く人々の目は一点に惹き付けられてしまう。

    行儀のよい紺のブレザーを身にまとった女子高生たちが、嬉しそうに閑話をはじめた。

    「はぁ〜……今日もかっこいいなぁ」

    「ほんっとイケメンだよねぇ……廊下ですれ違うたびにドキドキしちゃうもん」

    「私、2年生になったら生物選択にしちゃおっかな……」

    「そんな不純な動機で選ぶんじゃないっ!」

    あははは、と少女たちの顔いっぱいに笑顔の華が咲く。その弾けるような笑い声を聴きながら承太郎が思い浮かべていたのは、またも仗助の事だった。

    仗助も、よく億泰や康一くんと並んであんな風に楽しそうに笑っていた。
    太陽のように輝くその笑顔を向けられると、普段あまり感情を表に出さない承太郎もつい口元を緩ませてしまうのだ。
    それはまるで、魔法のように。

    (あいつも、この世界のどこかで暮らしているのだろうか)

    あの一瞬で人を虜にするような美貌と、温厚で人懐っこい性格なら、どんな世界でも問題なく渡り歩いていけることだろう。

    その魅力は多くの人の心を惹き付ける。女子生徒から想いを寄せられて、告白されることだってあるかもしれない。
    優しい仗助は、その想いを決して無下にはしないだろう。
    場合によっては、交際に至ることも───

    その瞬間、承太郎の心はひどく軋み、どす黒い感情が渦巻いた。これが嫉妬かと気づいた時にはもう、心臓は異常なほどに疾く波打っていた。
    これは、焦りなのだろうか。自分の手の届かないところで、仗助が他人の手に渡ってしまうことに、酷く焦燥感を覚えている。
    手放したのは自分だというのに、なんと身勝手な独占欲だろうか。
    承太郎が自嘲するように小さく息をついた、その時だった。

    「テメェ……調子乗ってんじゃねぇぞコラ!」

    いきなり道の向こうから怒声が響いてきて、承太郎は思わず視線を向ける。
    ───聞き覚えのある声だ。
    そこには、数人の男子生徒に囲まれ、抵抗もせず静かに立つ少年の姿があった。
    承太郎は、驚きに目を見開いた。
    あのリーゼント頭……まさか。

    「……何の用っすか?センパイ」

    冷ややかな蒼の眼差しを向けられ、いかにもガラの悪そうな茶髪がヘラリと笑った。

    「何って、馬鹿か?テメーは。俺らが狙ってた女のコみーんな、イケメンの仗助クンにゾッコンなわけよ」

    「その癖、全然カノジョ作んねーしよぉ……いくらでも選び放題のクセになぁ。正直、メーワクしてんだよ、こっちは」

    「はぁ?何だそれ。いきなり突っかかってきてよォ……そっちの方がメーワクだっての」

    仗助の言葉に、ピキ、と茶髪の顔に青筋が浮かぶ。

    「……テメェのそういう所が気に食わねぇんだよ、東方!」

    そう激昂して叫ぶと、勢いよく宙へと拳を振り上げる。

    (……やはり、仗助か!)

    承太郎は急いで駆け出した。少年の拳が仗助へ届くよりも速く、自身のスタンドであるスタープラチナを出現させる。

    「スタープラチナ・ザ・ワールド!」

    その瞬間、承太郎を取り巻く世界の時がぴたりと止まる。
    自分以外が息を止めた世界の中、仗助の元へと駆け寄る。眉間に皺を寄せ、まっすぐに相手を睨みつけている表情。もし承太郎が止めなければ、クレイジー・ダイヤモンドで容赦なく返り討ちにしていた事だろう。
    咄嗟にその手を引いて、離れた所へと移動させる。
    その間、承太郎は、まじまじと仗助の顔を見つめていた。
    すべてが塗り変わった世界で、再び出逢うことができた。それがいいようもないほど嬉しくて、胸の奥をじんわりと熱い感情が満たしていった。


    「……ッ、え、あれ……?」
    止められていた時が再び動き出す。仗助目掛けて放たれた拳が何の手応えもなくスカッと空気を殴っただけの感覚に、茶髪の少年は目を白黒させている。

    「何だアイツ、いつの間に……どこ行きやがった!」

    突然目の前から消えた仗助に驚く不良共の声を背に受けながら、承太郎は笑みを浮かべた。

    「……お前はまた、面倒な輩に目をつけられているな。」

    再び見つけ出した、愛しい愛しい存在。その喜びに身が震える心地がする。
    しかし仗助は、「……俺もずっと、会いたかったです」なんて感動の再会を喜ぶような言葉は口にしなかった。

    「……えっと、よく分かんねぇけど……アンタが助けてくれたんすね。ありがとうございます。おかげで助かったっす」

    まるで他人に向けるような言い振る舞いに、承太郎は小さく息を飲む。

    (まさか……)

    「あのまま殴り合いになってたかもしれねぇ。そしたらまた朋子に叱られてただろうなァ〜…考えただけで恐ろしいぜ」

    (……やはりこいつは……仗助は、前世の記憶を持ち合わせていないのか)

    その事実に、心臓が締め付けられるように痛む。けれどそんな事はおくびにも出さないように努めて冷静さを装った。たとえ自分のことを覚えていなかったとしても、その姿を見つけられただけで、こうして再び話ができるだけで、十分喜ばしい奇跡なのだと、自分に言い聞かせる。

    「お兄サン、名前なんて言うの」

    そう無邪気な笑顔で尋ねられ、承太郎の表情が強ばった。
    そうだ、”この”仗助は、まだ俺の名前すら、知らないのだ────
    ぽっかりと空いたその空白が、酷く寂しい。
    承太郎は困ったように口の端を持ち上げて、言った。

    「……空条、承太郎だ」


    ***

    「エーッ、承太郎さん、ウチの高校のセンセーだったんすか!?」

    承太郎と仗助は、高校への道のりを共に並んで歩いていた。
    驚愕に見開かれたブルーの瞳が揺れる。その中に自分が映っているのが解るだけで、小さな高揚感がふつふつと湧きあがる。

    「マジかよ、ビックリしたぜ……そういや、2年にすげぇイケメンの先生がいるって噂聞いた事あったけど、アレ承太郎さんの事だったんだな」

    隣でそう納得したようにウンウンと頷く仗助をじっと見つめる。

    (まったく、よく動く口だな……本当ならその唇を今すぐにでも塞いでやりたいが)

    そんな邪な考えが思考を支配する。恋人同士だった時の記憶が残っている分、仗助への行き場のない劣情がどうしても渦巻いてしまうのだ。

    (仗助……今度こそ最後まで離さねぇ。この世界でも必ずお前を仕留めて、俺のものにしてやる)

    承太郎の内に秘められた独占欲を知るよしもない仗助は、相変わらずペラペラと饒舌に喋り続けている。それを眺めつつ、どうやってその心に自分という存在を植え付けてやろうかと考えてしまう。

    自分を恋愛対象として意識させるにはどうすればいいのか。承太郎は思考を巡らせる。
    前世での仗助から自分に向けられた恋心が綺麗さっぱり消えてしまったことは確かにショックだった。だが、逆に考えれば、まだ恋愛沙汰に慣れていないであろう仗助の純情を掻き乱し、初心な反応を楽しむことができる。それはそれで楽しみだ───承太郎は無意識のうちに笑みを深めていた。

    その視線に気づいたらしい仗助が、ハッと口を噤んでこちらの様子を伺ってくる。

    「……あ、すみません!俺ばっかベラベラ喋っちまって」

    「……いや。お前の話を聞くのは…なかなか楽しいぜ」

    不安げに揺れる蒼い瞳を見つめ返して、承太郎は微笑んだ。そしてゆっくりと距離を詰めていくと、仗助は少し驚いたようなあどけない表情を見せた。
    ああ、初対面の男に対して、もうこんなにも気を許してしまっている。
    この幼気な少年に、俺の存在を刻みつけてやりたい。
    あわよくば、離れた所に居る時でも、頭の中で俺の事を考えていて欲しい。
    ……俺と同じように。

    ぐい、と息がかかるほど顔を近づけれられ、仗助は思わず身を硬くした。

    (……キレーな顔…)

    まっすぐで凛々しい眉に、すっと通った鼻筋。長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳は、よく見ると綺麗なグリーンをしており、吸い込まれそうだ。
    暴力的なほどの魅力を持つ美形の顔が、一歩間違えればすぐに触れてしまいそうなほどの至近距離にある。

    同じ男だとは分かっているが───仗助は、正直ドキドキしてしまった。このまま見つめられていたら、変な扉が開いてしまいそうな気がする。半ば混乱しながら慌てて目を逸らした、その時。

    「オーイ!仗助ェ〜!」

    手を振りながらこちらへ走ってくる少年の声に、承太郎は振り向いた。この声は……

    (億泰……!)

    億泰はゼェゼェと息を切らして天を仰いだ。

    「間に合ったァ〜〜!今朝、寝坊しちまってよォ…遅刻するかと思ったぜ……」

    「だからインターホン鳴らなかったのか……風邪でも引いて休んだのかと思ったぜ。心配かけさせやがって……」

    「だから悪かったって……ン?この人は……」

    「ああ、この人は空条承太郎センセー。うちの高校の生物教師なんだってよ。先輩達に絡まれてたトコを助けてもらったんだ」

    「……ヘェ〜…あ、俺は仗助のクラスメイトで、虹村億泰っす」

    「……あぁ、億泰。よろしくな」

    わざわざ頭まで下げて律儀に礼儀正しい挨拶をする億泰がおかしくて、仗助が思わず吹き出した。

    「フハッ!何畏まってんだよ、お前……」

    腹を抱えて笑う仗助とは裏腹に、億泰はどこか真剣な顔つきだ。承太郎はふと身構える。

    (もしや、億泰も俺と同じように、前世の記憶を……?)

    しかし、それは違った。仗助の襟を勢いよく引っ掴んで耳元に口を寄せると、ヒソヒソと話し始める。

    「オイっ億泰、何すん……」

    制止する仗助の声を遮るように億泰が(承太郎に聞こえぬよう小声で)叫ぶ。

    「知らねぇのかァ、仗助…!空条承太郎って言やぁ、怒らせたらガラの悪い不良でも思わずチビっちまうほど恐いってウワサの、生徒指導の先公じゃねぇか……!」

    「え、マジで?」

    瞬間、サッと仗助の顔が青ざめる。

    「おう。元ヤンって噂もあるくれぇだしよォ……お前、もしその先輩達殴り飛ばしてたら終わりだったぜ……」

    その話を聞いた途端、仗助はビビり散らかした。もしあの時承太郎が仗助を見つけたのが、既に仗助が不良共と拳を交えた後だったら……確実に生徒指導室という名の地獄行きだっただろう。
    自分よりも長身の、ガタイの良い男の怒鳴り声はさぞ迫力があることだろう。考えただけでも恐ろしい。仗助は未知の恐怖に震えた。

    「聞こえてるぜ」

    「ぎゃっうおあぁぁあ!!!!!!」
    「うわぁぁぁあぁあッッッ!!!!!」


    背後から急に肩を掴まれ、仗助と億泰は同時に叫んだ。絵に書いたような反応が面白い。承太郎は思わず笑ってしまいそうになった。

    (億泰がいるって事は、康一くんや露伴先生もどこかに居るかもしれねぇな)

    かつて杜王町で共に殺人鬼に立ち向かった仲間達。その顔を再び見られる事はとても喜ばしい。

    (もしかすると、あいつらも──)

    そこで承太郎は考えるのをやめた。こうして仗助たちにもう一度出逢えた事だけでも奇跡なのだ。あまりに充分すぎると、分かっている。過度な期待は、身を滅ぼす事になるということも。
    そう自分に言い聞かせても、心のどこかで追い求め、つい思い浮かべてしまうのだ。かつて、喪った仲間達の顔を。


    ***

    「あ、承太郎さん!」

    「……仗助か。どうした、何か用か?」

    嬉しそうに廊下を駆けてくる年下の想い人に、年甲斐もなくつい胸が高鳴ってしまう。

    あの日以来、承太郎と仗助の奇妙な交流は続いていた。教師と生徒という関係ではあるが、今となってはまるで歳の離れた兄弟のような間柄になっていた。最終目的である恋人にまでは至っていないが、生前と近しく親しい関係になることが出来て、承太郎はこの頃機嫌が良い。

    当初、承太郎が教師だと知った仗助は「『空条先生』って呼んだほうがいいっすよね、やっぱり……」と呼び方を改めようとしたが、承太郎が「いや、そのままでいい」と制止した。恋人だった頃の呼び方でなくなるのは、ひどく寂しいと思ったからだ。
    仗助はにっこりと目を細めると、「了解っす。でも流石に周りにガッコの人がいる時は『空条先生』って呼びますね、承太郎さん」
    そう言ってまた笑う。その花が開くような笑顔に、心臓の奥の奥がキュンキュンと高鳴る。全くこの少年は、どこまで人を骨抜きにすれば気が済むのだろうか。
    承太郎が静かに胸を抑えていると、「あ、そうだ」
    と仗助が何かを思い出したように言った。

    「承太郎さん、今日の放課後とか空いてます?」

    予想外のお誘いに、承太郎は思わずドキリとした。オイオイ陥落するのが早すぎるぜ仗助、俺としちゃあ嬉しいが、まだろくなアピールもしてないってのに……だれもと無表情の裏側で半ば暴走した妄想を繰り広げる承太郎をよそに、仗助は続ける。

    「実はベンキョー、教えて欲しいんすよ……ほら俺、英語苦手で……承太郎さん、英語喋れるって言ってたから」

    恥ずかしそうにはにかんで、「……駄目、すか?」と遠慮がちに──しかも破壊力満点の上目遣いで──おねだりされては、こちらの身が持たない。気づけば承太郎は二つ返事で承諾していた。

    「よっしゃ〜!」と弾けるように喜ぶ仗助。しかし彼は知らない。承太郎が、この幼気で純粋な少年の心をすっかり自分に陥落させるための策略を練り続けていることを……

    ***

    「来たか」

    「すんません、承太郎さん!今日、クラスで席替えがあって…チコっと遅れちまいました」

    生物実験室のドアを勢いよくガラリと開けて、汗だくになった仗助が顔を出した。
    ぜぇはぁと乱れている呼吸と、紅く色づいて上気した頬を見るに、成程、全力で走ってきたのだろう。まったく、不良のようなナリをしていながら、行儀の良いヤツだ……と承太郎は小さく微笑む。

    「そんなに焦るこたぁねぇ。おら、使え」

    持参していたタオルを投げて寄越せば、「…っと。ありがとうございます」と見事にキャッチして、汗を拭いはじめる。
    特に何も考えていなかったが、よく考えてみれば、仗助の汗が染み付いたタオルというのはなかなかにヤバい代物だ。コレ持ち帰っても本当に大丈夫なのか。
    またも無表情の裏でぐるぐると妄想が暴走しかけたが、仗助の「あ、コレ明日洗って返しますね!」という善意100%の言葉によって打ち砕かれた。まったく、行儀の良いヤツである。

    「場所は……生徒指導室でいいか」

    気を取り直してそう提案する。承太郎の受け持ちである生徒指導室ならよっぽどの事がない限り邪魔が入らないし、周りに教室が少ないため静かに集中できる。

    「えぇ〜っ、それ俺が生徒指導されてると勘違いされるんじゃあ……」

    「先生方には俺から話しておくぜ。東方仗助は勉強に対する意欲が大いにあるっつー高評価付きでな」

    「マジか!それなら大歓迎っす!成績上がっちまうかも……」

    「但し、しっかり勉強して理解できたらの話だがな……」

    「ヒェ〜〜ッ!!」

    お手柔らかにお願いします、と泣きつく仗助に、承太郎は頬を緩めた。このなんでもない日常が、これ以上なく愛おしい。
    しかし、ここがゴールではないのだ。承太郎は早くこの少年の心を陥落させて、自分のものにしてしまいたいと強く願っている。
    腹の中で静かに渦巻く、ずしりと重くどす黒い感情。独占欲や支配欲と呼ばれるそれは、仗助がこちらへ堕ちてくるのを今か今かと待ちわびている。

    その蒼い瞳が自分を映す時にだけ、悩ましげに揺れて欲しい。
    そのまるい頬を、自分の言葉によって紅く色付かせたい。

    その為に、今日から俺は全力でお前を仕留めにかかるぜ、仗助。
    これは言わば”狩り”だ。狙った獲物は絶対に逃がすつもりはない。
    嫉妬が強いと言われる、緑色の瞳。その奥には確かに、捕食者の眼光が宿っていた。

    ***

    「んん〜……」

    「思い出せ、仗助。この表現は、ここの文にも使われているだろう?」

    「……あぁ!そういう事か…!」

    約束通り、承太郎は仗助の英語の勉強に付き合ってやってから、1時間が経過していた。

    何か閃いた様子の仗助がガリガリとシャープペンシルを走らせ、みるみるワークの空白が埋まっていく。

    「よし!これでどうっすか!?」

    承太郎は、「…どれ、」と仗助の解答を確認する。そして幾秒か経った後、赤のボールペンで大きなマルを作った。

    「……Great。正解だ」

    「っしゃあ〜〜!!」

    両手を上げて喜んでいる仗助を見て思わず頭を撫でたくなったが、仗助がその自慢の髪型を崩されるとどうなるのか既によく知っていた承太郎は静かにとどまった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works