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    途中で終わってた小説です ある分だけ全部載せます(展開的にエロいシーンありません、全年齢)
    あんさんぶるスターズの朔間零に片想い(両思い)してる羽風薫と朔間に片想いしてる大神晃牙の短期間の交わりの話。晃薫晃要素強めですが最後は零薫の2人が結ばれます。それを前提に読んでいただけたらと思います。でも零はあんまり出てこない

    晃牙が彼氏のフリする話 零→←薫←晃「晃牙くん、一週間俺の彼氏のフリしてよ」

    「あ?」

    夕方、ユニット練習終わり。いつものように自前のギターを掻き鳴らしていたらニコニコとした顔で先輩から「今度遊びに行こうよ」くらいのノリで言われた。
    アドニスは真っ直ぐ家に帰るよう姉たちに言いつけられているので先に帰っており、零は夜風に当たりたいと散歩へ出かけたのでここには2人しかいない。

    「だれがテメ~なんかと恋人ごっこするってんだ!気持ちわりぃ」
    「それがねえ晃牙くん、ふかーい事情があるんだよ」

    晃牙も先輩を無視するほど冷たいわけではない。ギターを壁に立てかけ話に付き合ってやることにした。
    それに、話の目星はだいたいついている。

    「どうせ吸血鬼ヤロ~関連だろ?」
    「えっなんでわかったの…………!?」
    「見てれば分かんだよ」
    「マジで…」

    先輩の頬と耳がわかりやすく紅潮していく。
    知ってる。羽風薫は朔間零が好きだ。それもずっとずっと前から。他人からの干渉を受け付けない男が熱を向ける相手などすぐ分かってしまうし、零もかなり薫にご執心だ。2人で仲良く、というかイチャつく光景はもはや日常となっていたので今更口にするほどでもないと思っていたのだが。
    そんな提案をしてくる意味は何なのだろう。魔王を嫉妬に狂わせる様子を楽しんだりなどしたいのだろうか。

    「で、吸血鬼ヤロ~がなんだって?」
    「いや~正直さ…朔間さん、俺のこと好きじゃないと思うんだよね」
    「…………………………………は?」

    本気で言っているのだろうか。散々周りに見せつけておいて、嫌い?
    ファンサービスの一環でライブ中晃牙と薫が頬と頬が触れるギリギリの距離まで接近することがあるが、そんなビジネス的なスキンシップでさえ気に食わないのか晃牙から奪うように零が薫の肩を抱き頬にキスする、と言った場面が今まで幾度とあった。
    羽風先輩羨ましい、と思ったのは晃牙だけの秘密だが、それでいて自分が愛されている自覚がないだと?何を言っているのだろう?

    「でも諦められないからさ…きっちりけじめをつけるためにも朔間さんの今の気持ちを確かめたいわけ。ってことで、俺が誰かと恋人のフリをしてそれに嫉妬するかなーって検証したいの。みんなの前でちょっと仲良くするだけだから。ね?」
    「ふざっけんなテメ~意地が悪ぃぞ!告白する度胸はねえのか」
    「ふられるだけだよ」
    「ったく……」

    面倒なことになったな、と晃牙は頭を掻く。
    かつて女遊びにふけっていた先輩はその経験から自分へ向けられる好意に敏感なはずなのに本当に好きな相手のものはいっそう鈍いらしい。ここで自分が『吸血鬼ヤロ~が好きなのはアンタだよ』と言ってやってもよかったがわざわざ口出しするのも何だか違う気がした。こういうのは当人だけで解決させるものだ。いや、できていないからこうなっているのだけど。

    「でもやっぱ嫌だよねわんちゃんは、俺とこういうこと」
    「嫌に決まってんだろ!俺様をなんだと思ってんだ」
    「犬♡」
    「だあああああああクソ黙れ!」

    悪気などなさそうな顔で笑うこの男は人をイラつかせる天才だと思う。これが人にものを頼む態度だろうか。つくづくコイツらしい。

    「それに、もしあんたに付き合ってやったとして俺様の命の保証がねーだろ」
    「朔間さんに何されるかわかんないって?それは俺も同じだよ」
    「だから巻き込むなって」

    ふふ、と笑うと薫はすっかりと暗くなった窓の外を見る。

    「まあ、そうだよね。こんなのただの俺のわがままだしね。好きな人に振り向いて貰えないから諦め悪く足掻いてるだけ。断ってくれていいよ、全然」

    このまま終わるならそれはそれでいいからさ、とニコニコしている彼の表情は崩れない。
    ありし日の海での姿を思い出した。あの脆くて消えてしまいそうな背中。あれ以来何度か家に上げるようになってそのせいなのかあまり危なげなところは見なくなっていたのだけど、その儚さは酷似していた。
    前からその実力は認めていたが真面目に練習に参加し出した途端要領の良さと生まれ持ったセンスでもっと遠い存在になってしまった、先輩。あの憧れの朔間先輩と引けをとらない、圧倒的な力量。いつの間にか強く、凛々しくなった、目の前の先輩。
    からし色の長い睫毛が夜風に揺れた。

    「………1週間か?」
    「お!わんちゃん乗り気?ありがとう俺の彼氏!」
    「うっせえな!フリだからなフリ!」

    結局は晃牙も一度懐に入れてしまった人間には弱かったということだ。
    どうしてこんな方法しか取れないのかとは思うが他にどうすることも出来なさそうだし。

    「じゃ、明日あたりにでも俺たち付き合ってます~って言っとく?」
    「いきなりか?」
    「だぁって、突然イチャイチャし始めても怖くない?」
    「…まあそうだな…」

    羽風先輩とイチャイチャ…想像しただけで背中に悪寒が走った。あくまで目的は零に見せつけることなのだから最低限くらいのことしかしないだろうが、なんとなく屈辱的だ。1週間も耐えられるのだろうか。

    「じゃ、そんな感じでよろしく~」
    「っ、おい」

    逡巡しているうちに薫は足早に部室を後にしてしまった。あっという間の会話だったので、本当にやるんだよな…?と少し不安に思い、晃牙は小さくため息をついた。
    嫌な予感がしないでもなかった。





    翌日、ユニット練習。
    1日目。

    「俺とわんちゃん付き合うことになったからよろしく~」

    「……」

    目の前の吸血鬼は深紅の瞳を限界まで見開いて何も言えずにいる。驚きをここまで表に出すのはレアだな、と晃牙は意外と平静でいた。
    零は相手の頭の中が見えているのではないかと思うほど相手の意志を汲み取るのが上手いし言動に混ざり込んだ感情にも鋭いから今までも薫からの好意を感じ取っていたのだろうが、今回の件はとんだ不意打ちだったようだ。夜を総べる魔王も薫風を掴むことはできないというのか。
    淡々と説明していく薫に何となく話を合わせ繋げていく。

    「ま、そーいうわけだから、一応報告したっつーわけだ。ユニット練習とかには支障を出さないようにする」
    「そうか、二人は両思いなのか、めでたいな」
    「ま、まあな」

    アドニスが純粋無垢な目を輝かせる。悪いことをしている気がして思わず目をそらした。

    「でもあんまり他言しないでよ?言いふらされていい気しないからさ、ね、こーがくん♪」
    「おう」

    自然な動きで薫が晃牙の腕を取り、絡めてくる。ここまであからさまにベタベタされるととてつもなく気分が悪いし今すぐ振り払ってやりたいがこれは先輩のため先輩のためと暗示をかけ ぐっと堪える。
    いやいつから自分はこんなお人好しになったんだという感じだが。今だけだ、今だけ。
    肝心の零の方を見ればあの驚愕の形相は消えいつものふうに戻っていた。

    「……ほれ、そろそろ練習始めるぞい」

    真っ黒の癖っ毛をふわふわと揺らしながらテキパキと準備を始める。
    強引に話を終わらせるんだなと思えば薫は腕を解放しだるそうにはーいと返事した。それを合図に皆いつも通りに動き出す。
    振り確認と合わせの練習をして、あっという間に下校時刻になった。支度を終えた薫から晃牙くん帰ろう、と言われたので二人並び立って下駄箱へ向かう。
    零は何も言ってこなかった。

    「朔間さん、絶対どっちかに嫉妬したよね」

    まあ反応は面白くなかったけど。と言いつつもローファーに履き替える彼の目は嬉々としていた。どうやらこの展開がお気に召したらしい。
    ……………いや待て、どっちか?

    「なんでさらっと俺様がテメ~と並立されてんだ」
    「え 朔間さんって晃牙くんのこと好きじゃないの?」
    「はああああああああ!!!!????」

    しっ、うるさいよと咎められたが黙ってられるか。スタスタと昇降口を出ていく背中を食いつき気味に追う。
    零が自分を好きだと?そんなことあるわけないのに。プレイボーイの皮を被った激鈍男はどこまで驚かせれば気が済むのか。
    吸血鬼ヤロ~が好きなのはテメ~だテメ~!!

    「だって君たちの間には入り込めない感じがするっていうか、いつ結婚するの?披露宴くらいは俺にも行かせてね」
    「そんなこと考えて俺様と恋人紛いのことしてんのか?」
    「だから断られること覚悟だったんだよ、朔間さんとラブラブでしょ」
    「それはアンタらだ」

    あれは二枚看板としてのお仕事のひとつだよと言うから本当にイライラする。もう反論するのも疲れてきた。

    「あ、もしかして嫉妬してる?どっちに?ちなみに俺は犬に恋する趣味はないからごめんね」
    「…そろそろキレるぞ」
    「ハハ、ごめんごめん。じゃ俺こっちだから」

    バイバイ、と完璧な笑顔を振りまき薫は反対の道へ歩いていった。
    遠くなる背中をぼんやりと見ながら、また今日も逃げられた、と思った。もはや薫風というより暴風なのではないだろうか。
    レオンの餌の買い溜めまだ残ってたっけ、と考えながら安いマフラーに顔を埋めた。




    2日目

    「おはようコーギー」

    「リッチ~か。おはよう」

    今日は噛み付いてこないんだねえ。と言われたので、俺様は犬じゃねえ孤高の一匹狼だと返した。
    登校中に会うのは久々な気がしたが、毎日教室で会っているので特に気にすることでもない。

    「にしてもコーギーやるよね、薫さんをゲットしちゃうなんて」

    「は?お前それどこから…」

    絶対兄だ。昨日のダメージが相当大きかったのだろう、零す相手は凛月くらいしかいない。
    やっぱりそうなんだねえ、とニヤリとすればどこが良かったの?などと聞いてくる。晃牙は非常に返答に困ったがうまく受け流しながら早足で街路を歩いた。告白した?された?どこで?いつから好きだった?などと立て続けに質問してくるものだから途中から適当なことしか言っていない気がする。ネタにされるようなことは口走っていないはずだ。多分。
    あれこれやっているうちに教室へ着き、後ろの扉から1番近い席、自分の椅子をガーガーと引き腰を下ろした。こんなに連続して嘘をつくことなど無いので妙に疲れてしまい、机に顔を突っ伏し、はあ、とため息をひとつ。直後、目の前に影が落ちた。

    「うぉ、明星、なんでお前ここに」
    「ガミさんおはよ~☆羽風?って先輩と付き合い始めたって聞いてさ、祝いたくなっちゃった!おめでとう!」
    「ああ!!!?」
    「俺も会長から聞いたぞ、良かったな、晃牙」
    「祝福の意を込めてパーティーの席をご用意いたしましょうか?」
    「あ、いいね!俺みんなとスイーツ食べたい!」
    「いや、お前ら、はぁ!?」

    スバル、真緒、弓弦に続いて面白そうな話題を聞きつけたクラスメイトがぞろぞろ寄ってくる。さすが実質男子校、あっという間に晃牙の周りには人の壁が出来上がった。

    「なあに~?晃牙ちゃんにも春が来たのねェ~お姉さん嬉しい♡」
    「大神くん恋人できたんか?おめでとうなあ、応援してるで~」

    四方八方から話しかけられもはや誰に噛み付けばいいのか分からなくなった晃牙は狼狽えることしかできなかった。
    チャラ男に協力してやってるだけで俺様はあいつのことなんか好きじゃない!と叫びたかったがここは歯を食いしばる。一度頷いてしまったからにはここで折れるわけにはいかない。

    「あーもううっせえな!お付き合いさせて貰ってますよセンパイとは!もう黙っとけお前ら!!!!」

    逆に興奮を煽ってしまい皆がヒューヒューと俺をはやし立てた。イライラが胸の奥からせり上がってくる。

    「泉ちゃんにも報告しなきゃ~、あの人羽風先輩と仲良いでしょう?」
    「余計なことすんな!」
    「あらやだァ怖いわ~」

    そう言う鳴上は頬に手を当てて微笑んでいる。

    「言わんくても会長さんが言うてくれてるやろ~、お師さんも知っとると思うで!」
    「ああああもう全員黙れよおおおお!」



    「つーことがあったんだけどよ、センパイの方はもっとやばかったんじゃねーかって」
    「ご名答だねわんちゃん」

    昼休み、屋上へ行くとそいつはいた。
    ここ最近は学校もまともに来ているのでこの時間は大抵屋上でひなたぼっこだ。
    その隣へ腰を下ろす。

    「どっから情報拾ってきたのか知らないけど天祥院くんがばら撒いたらしくてー」
    「あー…俺様のクラスでもそんなこと言ってたな」
    「やっぱり!?あの人絶対俺たちをいじる気満々だよね」
    「個人的には吸血鬼ヤロ~の方にカマかけたいんじゃねえかと思ってるんだけどな」
    「あーそっちかー、確かにありそう……サンドウィッチ食べる?」
    「いらねえ」

    釣れないなあ、俺の彼氏でしょ?と悪戯な笑みを浮かべるので、もう飯食ったんだよ、と返した。

    「教室着いたらもりっちがさあ、」
    「守沢センパイか?」
    「そうそう守沢くん。教室のドア開けた瞬間に『羽風おめでとう~☆』っていいながら抱きついてきてさ?せなっちも『後輩を喰うなんて悪いお兄さんだねぇ』とか言い出すし?天祥院くんなんか『おめでとう!薫もみんなに祝って欲しいだろうから僕から皆に伝えておいたよ』って晴れやかな笑顔で言われてさ?清々しすぎて逆に尊敬」
    「一種の恐怖体験じゃねえか」
    「ほんと」

    むしゃり、と羽風がレタスの挟まったサンドウィッチにかぶりつく。そういやこれ吸血鬼ヤロ~も好きだったなと思い出した。

    「まぁ元はあんたが俺様に話を持ちかけたのが悪ぃんだからな、対処してやってるこっちの身にもなれよ」
    「んー、ごめんって」

    冬の寒さが風に乗って頬を刺す。陽が出ているとはいえ外に長居しては体が持たなそうだ。手もかじかんできて関節が上手く動かない。

    「サンドウィッチ食べない?」
    「またかよ」
    「余っちゃったし…それに、あれ」

    薫が指さす方を見ると数人の生徒が屋上の扉の裏にいた。隠れているつもりなのだろうか、明星の派手髪が丸見えだ。
    あと数日もこの状態かよ、と思って目線を先輩に戻せばニヤリとした笑みでこちらを見つめる。

    「はい晃牙くん、あ~ん」

    "フリ"をしろってことだな。
    ギリギリまでサンドウィッチが接近して、先輩の顔もぐっと近くなる。その距離約30センチ、もあるだろうか。
    アイドルなだけあって近くで見ると無駄に綺麗だった。無駄に。光を反射し透き通るグレーの瞳が嬉しそうにこちらを捉えている。

    「…しゃーねーな」

    大口を開けてかぶりつく。
    なんだかずっと目を見ていられなかったので視線を逸らした。
    久しぶりに食べたサンドウィッチは結構美味しかった。

    その日のユニット練習でも零は何も言ってこなかった。





    3日目

    昨日昼休みの出来事は瞬く間に学院内へ拡散され授業はさながらお祭り状態だった。(騒ぎすぎた生徒は椚先生の喝を受けていたが。)
    これはまずい、と薫も思ったようで会うのはユニット練習の時だけと決めた。あくまでこれは零に見せつける行為であり、周りを巻き込みすぎては取り返しがつかなくなる。既に手遅れな気がしなくもないが。

    「大神か。すっかり祝福ムードだな。俺も嬉しく思う」

    放課後軽音部室に着くや否やパイプ椅子に座りオカリナを磨くアドニスに真面目な顔して言われた。

    「おう。祝うっつーよりは面白いネタを見つけたって感じだけどな。アドニスもあんま騒ぐなよ」
    「その点は弁えている。俺も2人に関して質問をよくされるがさすがにクラスの人たちのあの勢いには思うところがあるからな」
    「そんなことあったのかよ。悪い」

    俺は2人が幸せならそれでいい。と微笑むアドニスを見てつくづくいい友人を持ったなと思う。嘘をついてしまっているけれど。

    「ところで大神。これは散々聞かれていることかもしれないが俺にも知る権利はあるだろう。羽風先輩とは犬猿の仲というか…一番距離が遠いと思い込んでいたのだが」
    「あー…それなぁ…」

    確かに散々問い詰められた質問だった。アドニスは優しい奴だからうっかり本音を漏らしてしまい所だが今までと同じような模範解答をするだけだ。

    「俺は羽風先輩のこと尊敬してるし認めてる。今までだって嫌いな訳じゃねーよ」

    嘘をつくなら事実を混ぜ込んだ方がよりリアリティが増す。そんな気がする。

    「…?だから付き合っていると?」
    「いやもちろん尊敬だけじゃねーけど…」
    「…やはり、俺は少し疑問だ」

    そうか、で済まされる話題だと思っていたからアドニスが口元に手をあてて考え出して少し焦る。もしや見透かされているのではないかと胸の辺りがぞわぞわした。

    「俺は大神の友達だからわかる。羽風先輩を見る時の大神の目は相手の顔色を伺っている時のものだ。対象に興味を向けているように感じられない」
    「は?んなわけねーだろ!」
    「俺が見る限り違わない。…人の間柄にこじつけるような立場ではないが、2人のことを思うとと納得のいく理由が知りたくてな。心配なんだ」

    お節介がすぎるだろうか。と、しゅんと眉毛を八の字にして黙ってしまうから困った。
    ほんと、お前が口出しする義理はねーよ!と思いつつこの友人にめっぽう弱い晃牙は上手く答えてやるしかなかった。

    「しゃーねーな。答えてやるよ」
    「ああ」
    「…アー?その…お前の言う興味が無いってやつ?あれは俺様が、センパイに嫌われたくないから若干顔色伺ってるっつーか、極力合わせてやりたいっていうか、なんつーか……ってなんでこんなこと言わなきゃなんねーんだ!」
    「答えると言ったのは大神の方だ」

    虚偽の事実なのにスラスラ口に出していたら恥ずかしくなってきてしまった。
    だがアドニスはなにか腑に落ちたのか、そうか、と言うとオカリナを手にしたたまま立ち上がった。

    「俺はてっきり事情があるのかと思っていた。例えば、羽風先輩が大神の弱みを握っていてそれを言質に悪戯に付き合わされているのだとか。一昨日のふたりには感情が感じられなかったからな」

    真実を掠ったような発言に心臓が跳ねる。あながち間違いではなかった。そんな晃牙の焦りを知る由もなくアドニスは続ける。

    「だが先程の大神を見て確信した。羽風先輩が好きなのだな」

    「は…当たり前だろ」

    全然当たり前じゃない。ときちんと心の中で否定しておきつつ、こいつ何が言いたいんだ?とつっこみもしておく。
    こちらを黄色とオレンジが混ざった鮮やかな双眸が捉える。

    「答えてくれた時の大神には熱が籠っていた。2人とも、応援しているぞ」

    色々聞いてすまなかった。と一言言えばタイミング良くドアが開いて、やっほ~という挨拶とともに例の先輩が入ってくる。
    アドニスくんもういたんだね、ああ先程まで大神と話をしていた。という2人の会話をぼんやりと耳に入れる。
    熱?
    どうもしっくりこないような、突っかかるような違和感を覚えて、頭をふるふると振った。考えてもわかるようなものじゃない気がした。

    今日も零は何も言わなかった。
    羽風先輩に一緒に帰ろう、と言われた。これはもうお決まりらしい。


    「気持ちに正直なだけで気持ち悪いって酷くない!?…まあいいや、素直なのはお互い様だしね。晃牙くん、なんだかんだ言って俺がこの提案をした時からずっと俺の言うこと聞いてくれてるじゃん」
    「別に、全部が全部従ってるワケじゃねーよ」
    「もしかして自覚無い感じ?ほんとしつけられたわんちゃんって感じで面白いのにな~」
    「あああ!!?ふざけんじゃねえ!!!」
    「ははは、今度は狂犬だ」

    へなっと楽しそうに笑う先輩の顔が街頭の光に照らされて暗闇に浮き上がる。朔間零はこの笑顔を愛しているのだろう。
    ふと、そう思った。

    いつもの分かれ道の所まで着いた。

    「そうだ、明日なんだけど練習終わったらショッピングモール行かない?こっから一番近いとこの」

    明日は土曜日でユニット練習は午前中だ。午後は特に予定もないので行けるのだが。

    「俺様か?」
    「晃牙くん以外に話してる人いる?俺さ、買いたいものがあるんだよね」
    「吸血鬼ヤロ~誘えばいいだろ」
    「えー…それはさあ…ちょっと、一緒に選んで欲しいっていうか…」

    やけにそわそわしているので何か理由があるのだろうが…おそらく。

    「クリスマスプレゼントか?」
    「!そ、そうそう、去年貰っちゃったから返さなきゃだし、クリスマスライブに向けて忙しくなるから買えるときに買っときたいし…こういう時こそ彼氏様を利用しなきゃってね」

    器用にウィンクをしていつもの風を装っているが、晃牙に図星を突かれたことが恥ずかしいのか微かに眉がピクピクしてる。

    「ハッ、どこで照れてんだよ」
    「え!!?い、いやだってさあ!?片想いの相手にプレゼント買うとか女々しくない!?」
    「別に断ってねーんだからそんな言い訳すんなよセンパイ」

    それに片思いなんかじゃねーし。
    なお必死に弁明してくる姿がおかしくて、少し、少し笑ってしまった。



    4日目

    「見た?朔間さんのあの顔」
    「見るも何もあれは笑いモンだろ」
    「言えてる」

    時刻は午後6時を回りそうで、あたりはすっかり暗くなっていた。街灯がぼんやり照らす道を2人で歩く。
    隣の先輩はいつになくご機嫌だ。なんとユニット練習が終わったあと朔間零に「今日晃牙くんとデートしてくるから練習早く終わらせてくれてありがとうね」と言ったのである。自殺行為ともとれるそれにヒヤヒヤしたが零が振り回されているのが楽しいのかご覧のハイテンションだ。スキップ混じりで晃牙の隣を歩いている。

    「ずっと黙ってるからさあ?口パクパクさせてるし、『そうかえ』って声掠れてたし、笑うしかないよね」
    「俺吹き出しそうで危なかった」
    「俺は普通に笑った」
    「何やってんだよ」
    「なんかあたふたしてるの可愛くて」

    可愛くない?可愛いよね?と迫ってくるから俺様にはわかんねーと吐き捨てておいた。吸血鬼ヤロ~が可愛く見えたらその時は世紀末だ。
    そうこうしている内に目的のショッピングモールへ着いた。自動ドアをくぐり、先輩の後ろをついていく。中は家族連れや学生でごった返していて、平日とはいえ金曜は人口密度がすごい。

    「で、まずはどこ行くんだ?」
    「う~ん、とりあえず良さそうなお店見つけるところからかな……あ、あそこでいいじゃん」

    指さす先は革製品専門店。店内は全体的に暗く、黒い牛の等身大レプリカが入口に佇んでいる。
    高そう…と思っているうちに薫はズカズカと足を進め店内に入ってしまった。とりあえず店内を物色する薫の後ろをついていく。(1人で見てもよく分からないし。)
    にしてもここは絶対制服を着た奴らが来ちゃいけないとこだ。ショーケースの中には腕時計やらが小さいライトに照らされ陳列しているが1ヶ月の生活費をゆうに超えるものがゴロゴロとある。晃牙はここからここで俺の生活費何ヶ月分…と計算し始めていた。

    「あ、これどうかな、財布」

    指さす先には黒の牛革の財布があった。シックなつくりで、重厚感がある。

    「うわ、3万……」
    「値段的にもこれくらいなら良くない?」
    「高校生はこんなもん使わねーだろ!」
    「え、そう?俺スマホケースこれより高いの使ってるけど、ヴィトンのやつ」

    きょとんとした顔が何か問題でも?と訴えかけてくるので今日自分が買い物に付き合ってやってよかった、と思った。さすがに金銭感覚が違いすぎる。

    「それに去年朔間さんにもらったのがこのマフラーなんだけどさ、これたぶん2万は下らないよ」
    「マジかよ…」

    いや吸血鬼ヤロ~何贈ってんだよ。好意剥き出しじゃねーか。(気づかない羽風先輩も羽風先輩だが。)
    今更考えてみれば朔間もなかなかの一族の人間だったと思い出した。私服も凝っているし、完全プライベート空間と化した棺桶を用意できている時点で相当なボンボンだ。その点でいえばアドニスも父親がどっかの国の重鎮だし。晃牙は至って普通の家で生まれ、何も特別なんてことはない。UNDEADは自分を除いて相当の魔物揃いなのかと少しツンとした。

    「あ、こっちは?」

    羽風の前には同じく牛革でできたキーケースがあった。同じく黒色で、ワンポイントで赤い皮が使われている。なんとなく零っぽい。
    値段は先ほどの半分以下で、まあそれでも高いが、さっきよりはマシだ。

    「おー、いいんじゃねえか?」
    「じゃあこれにしよー」
    「そんなあっさり決めて大丈夫なのか」
    「うん、なんか晃牙くんからオッケーもらえたし」
    「基準俺かよ」

    一般の人の感覚がわかんないからさ?とこれまた高そうな財布を取り出しながら羽風は言う。
    オプションで包装もしてもらっていかにも一級品だ。自分の買い物でこんなのを見ることはないので不思議な感じがする。

    「ふふ、朔間さん喜んでくれるかな」

    店員の手でラッピングされるプレゼントを見つめながら羽風は小さく笑う。微かに頬をピンクに染め眉を下げて目を細める彼は少し幼く見えた。

    「あの愛し子溺愛ヤロ~が喜ばないはずがないな」
    「そうかな、」

    ありがとうございましたーという店員の言葉を背に店を出る。
    本当に早く買い物を済ましてしまったのでこれからどうするのだろう。

    「あ!せっかくだからタピオカ飲もうよ~タピろ~」
    「げ、女共がこぞって飲んでるアレかよ」
    「ほんと晃牙くんって言い方が悪いよね~?存外美味しいんだから」
    「うわっ」
    「行こ」

    突然手を引かれてよろける。自分の手が冷たかったせいか先輩の手の温かさがじんわりと染みた。

    早足で連れてこられたのは駅前などでよく見かける大手チェーンの店。メニューに色々と書いてあるが自分には品の種類も注文の仕組みもよく分からない。カタカナが皆同じに見える。

    「晃牙くんは俺と同じのでいいよね」
    「…わかんねえからそれで」
    「おっけ」

    列に並んで、注文時は羽風に全任して後ろに隠れる。黒糖ミルクだよーと言われて手渡されたそれを混ぜて吸い上げるとすごい勢いでタピオカが口に入ってきて盛大にむせた。先輩はそれを見てアイドルらしからぬ声でゲラゲラと笑っていた。多少イラついたが、確かに意外とうまかった。

    「じゃ、次プリ撮ろ!」
    「JKかよテメーは」
    「えー?いい思い出じゃん」

    また手首を握んで今度はゲーセンに連れて来られた。女子高生たちで賑わっていて女の匂いで充満している。場違い感が尋常じゃない。
    これはバレたらひと騒ぎ、いや大騒動になるなと思えば案の定見つかり、瞬間次々と悲鳴が上がる。

    「はは、俺たちモテるね?」
    「今のあんたは女にモテても嬉しくね~だろ」
    「別に悪い気はしないよ、ほんとほんと」

    女遊びをやめた今でもその頃の名残が少しはあるのだろうか、と頭に浮かんですぐ消えた。どうでもいいことだ。
    このことはあんまり言わないで欲しいな完全プライベートだからね、と薫が笑いかければ皆必死に賛同しプリ機への道を開ける。なんだこの異様な光景は。さながら王の行進のようだ。2人で200円ずつ硬貨を入れる。ゲーム機が高らかに喋り出して何が起きているのかほとんど分からない俺をよそに羽風は慣れた手つきで画面をタップしていく。もう全部任せた。
    中に入ると間髪入れずにポーズを指定された。

    「晃牙くんこれできる、人差し指と中指で作るハート」
    「こうか」
    「そうそう、さすがアイドル」

    カウントダウンに合わせて止まっていると、こんな感じだよ!という声に合わせて写真が表示されて、思わず2人でブッと吹き出してしまった。巨大な黒目が完全に化け物だ。

    「何これ妖怪じゃん、まあ俺がメガ盛り設定にしたからだけど」
    「ざっけんな」

    その後も数枚撮って、落書きも書きたいように書いて二人分印刷された。もちろんそこでは化け物(自分たち)が楽しそうに笑っている。
    ひとしきり笑ってから、もういい時間だから帰ろうと言われた。

    「いやー笑った笑った」
    「主にテメ~のせいだよ」
    「知ってる~」

    ニッと笑い返された。

    「んじゃ、またね」
    「おう、気をつけて帰れよ」

    それからいつも通り別れ道からの岐路を辿り、家へ着いた。少しボロいアパート。2階の手前から3番目、大神のプレートのあるドアを開ける。ただいま、と一言呟くように言い放ち靴を脱いで学校指定のバッグを床に放り投げた。スプリングの軋む音を立ててソファにダイブし、ちら、と目線を下に移せばレオンはカーペットの上でおねむだ。

    「はー……………」

    時刻は9時半を回っている。平日からこんなに遊んだのは初めてかもしれない。薫の家は門限が厳しそうだが大丈夫なのだろうか。まあ誘ってきた点で言えばその辺りは本人がどうにかしているだろうから愚問だ。
    買い物して、タピオカ飲んで、プリクラ撮って…
    並べてみると本当にJKでしかない。

    バッグを手繰り寄せて財布からプリクラを取り出す。決めポーズをした宇宙人にまた笑いが込み上げた。

    ”晃牙くんこれできる、人差し指と中指で作るハート”

    ”ふふ、朔間さん喜んでくれるかな”

    ”はい晃牙くん、あ~ん”

    ”片想いの相手にプレゼント買うとか女々しくない!?”

    ”行こ”

    仰向けになってぼんやりとあの時掴まれた手の感触を思い出す。大きくて少し骨ばった暖かい手。細い指。ぬくもり。

    あったかかった。

    もう少しそのままでよかったのに。

    いや何考えてんだ。ないない、俺様がチャラ男に、………

    あのへにゃり、と眉を下げた笑顔が頭に浮かぶ。

    途端に頬に熱が集中した。

    「ないないないない……」

    1度してしまった思考が止むことは無く、加速していく。
    いたたまれなくて手で顔を覆う。違う違う。
    気づいてしまった感情に名前をつけたくなかった。
    今日はもう早く寝よう、と思った。




    5日目

    目が覚めるとまだ辺りは暗く、5時過ぎだった。レオンの散歩までは全然時間があるがこれ以上寝れるような気がしなかったのでとりあえず布団から出ることにした。

    手に残るあの温かさ。

    ダメだダメだ、考えたら負けだ。
    とりあえず動こうとヒーターをつけ、キッチンへ向う。冷蔵庫を開けるとほとんど何も無かったので、朝食はトーストでも焼こうかと思い立った。
    トースターのジリジリという音を聞きながらテレビをつける。今日の最低気温は2度です。しっかりと防寒対策を行ってください。見覚えのあるような無いような男性アナウンサーが告げる。
    チャンネルを変えてもみんなそんな感じだった。

    「レオン」

    レオンが短い足をゆっさゆっさと動かしてこちらへ寄ってくる。頭を撫で、今ごはん用意するからな、と話しかけた。
    水を注ぎドッグフードを皿にあけたらレオンがものすごい勢いで平らげていく。

    「はは、うめえか」

    毛並みに沿って頭から背にかけて撫でる。しっぽをぶんぶん振ってご機嫌なようだ。
    今度は立ち上がって私服に着替えるべくとりあえずパーカーとパンツを引っ張り出した。
    そのタイミングでチン、と簡素な音が鳴ったのでトースターから食パンを取りだしマーガリンといちごジャムを塗ってかぶりついた。牛乳をコップに注ぎ、口に流し込む。

    「そろそろ散歩行くぞ」

    レオンはできる男だからリードをつけなくても散歩はできる。ジャケットを着て玄関に向かうと後ろをついてきた。

    今日は散歩コースの海辺を避けたい気持ちだった。



    「あー……………」

    身体が凝って背伸びをする。3時間も動かないでいると、さすがにソファーに座っていても痛い。
    今日はオフだったが、特にすることも無いので朔間の昔のライブ映像を引っ張り出していたのだ。
    けたたましいギター音とドラム、それに痺れるような歌声。スポットライトに照らされた汗が輝いては落ちて、艶やかな髪をかきあげれば悲鳴が湧いた。何度見ても心酔するかっこよさがそこにはあった。
    確か朔間はこの頃から羽風のことを特別視していたように思える。ライブハウスに行く度ウザ絡みをしてはつっぱねられていた。羽風は今では後輩を可愛がってくれているがそれこそ男なんてげろげろ~だった彼に一つも気にする素振りをせず飯だの遊びだの、なんなら一緒に海外行こうぜなんて誘いまくってた一年前の朔間の姿が思い浮かぶ。
    そのくらいあいつは羽風のことが好きなんだ…

    「ったく、どうすりゃいいんだよ…」

    どうするも何も無い、そう分かっているけれど。
    すっかり暗くなった窓の外を見て何をする気も起きなくなった。ソファに横になり天を仰ぐ。目を瞑ると落ち着くような気がした。
    面倒なことなんて考えたくない。面倒にしてしまったのは自分なのだけど、それが余計むしゃくしゃして胸の辺りがぐるぐるした。

    ピンポン。

    軽快な音が響いたので重い身体を起こしてドアへ向かう。宅配便などは頼んでいないから業者ではないだろう。こんな夕方に一体誰が。まさか、とは思うけど。

    「こんばんは~晃牙くん、ちょっと泊めてよ」

    少々の手荷物と一緒に羽風はそこにはいた。相変わらずニコニコしているが目にはいつもの光が無く霞んでいる。家で何かあったのだなとすぐ分かった。が。

    「…帰れ」
    「え、え!?晃牙くん一人暮らしでしょ、それに今日も明日もユニット練習ないし。たまには先輩の言うこと聞いてよ」
    「もう散々聞いた」

    今の自分はこの人と一緒にいてはダメだ。いっそ朔間の家へ行ってくれよ。
    ドアを閉めようとしたらすごい力で阻止された。ので、さらに強い力で閉めにかかる。

    「いや締め出す気満々だね!?」
    「…」
    「ほ、ほんとに、泊めて…」
    「……、上がれよ」

    やったあ!さすがわんちゃん~とまた調子に乗るから、次舐めたこと言ったら本気で追い出すぞ、と言っておいた。
    全く大変なことになったとため息をつきながら中へ招き入れる。まあ、こうやって頼られることがとてつもなく嬉しくもあるが。
    おじゃまします、と丁寧に靴を揃えて上がり込んできた先輩にレオンがしっぽをぶんぶん振りながらいち早く駆けつける。

    「レオンくん久しぶり~!元気にしてた?だいぶ会ってなかったよね」

    以前は海辺で危なげな先輩を拾っては家に呼んでいたからレオンには面識があるし、なんなら気に入られていたみたいだった。秋辺りからはそれが無くなったので、この光景を見るのは確かに久しぶりだ。
    すっかり自分の愛犬の扱いに慣れた先輩はレオンに飛びつかれ顔を舐められている。汚いよーと言いながらもじゃれる姿は実に楽しそうだ。

    「先輩飯食ったか?」
    「ううんまだ」
    「風呂は?」
    「借りてもいいかな」
    「わかった、飯は今から用意するからちょっと待っててくれ」
    「晃牙くんの手料理久しぶりだな~、手伝うよ」

    それから二人でキッチンに並び立ち、サラダとカレーをつくった。ご飯は先輩が炊いてくれた。家でもよくやっているのだろう、手つきが慣れていた。夜ご飯は人並みに美味しかった。

    「じゃ次お風呂借りま~す」
    「おう」

    羽風がバスルームへ消えたのを確認してクローゼットの中の私服を漁る。どうも着替えを持ってきていないらしいのでそれも貸すのだ。適当なトレーナーとズボン、下着を選んで脱衣場へ運ぶ。持ち帰るつもりなのか、脱いだ服が丁寧に畳まれて床に置かれていたが全部洗濯機へぶち込む。別に遠慮はいらないのに。育ちのいい羽風らしい行動だ。
    くもりガラスの向こうからシャワー音がする。羽風を家に招くようになってすぐのころは相当精神状態が不安定で、風呂に入れてもなかなか出てこないと思ったら冷水を浴び続けていたりしたことがあったが今はちゃんと中から熱気がする。純粋によかった、と思った。

    十数分もすると羽風は俺の衣服を纏って首にタオルをかけた姿で風呂から上がってきた。綺麗な金髪をガシガシと拭きながらソファに座る。

    「この服ちょっと丈短いね」
    「俺様が小さいって言いて~のかよ?」
    「うん」
    「ざっけんな剥ぎとるぞ!」

    吠えないでよ~と小さく笑われた。可愛い。
    ってそうじゃない。そんなこと考えるな。
    雑念を振り払いたくてその勢いのまま風呂場へ向かった。少し痛くらい威勢のいいシャワーに打たれて思考をリセットする。
    やはり自分のテリトリーに羽風がいると心を乱されてしまうのか。正直、胸の高鳴りが嫌という程伝わってくる。
    でも何度考えても「どうすることもできない」という結論に至ることがわかっているからシャワーを止めて湯船に顔まで浸かった。

    風呂から上がると部屋はたいそう静かで、自分のペタペタという足音だけが響く。羽風は自分に背を向ける形でスマホをいじるでも何をするでもなくソファにただ座っていた。家との連絡を断つために携帯の電源を切っているのかもしれない。
    玄関先でのあの無機質な目を思い出す。

    「…家族か」
    「うん、ちょっとね」

    やっぱりそうか。羽風が声だけで寂しく笑った。
    学校ではあんなにうざったらしいし人の神経を逆なでする奴なのに今はこの背中がこんなにも頼りなく見える。守ってやりたい、なんて。
    自然と手が伸びて、羽風の頭に置いていた。

    「…どうしたの晃牙くん、慰めてくれてるの」

    羽風が首だけで振り返って上目遣いにはにかんでくる。
    あんた、気づいてんのか。零れそうなくらいの涙溜まってんぞ。

    「…なんだろうな」
    「そう」

    今日はもう寝よう、と頭をポンポンとしてから手をどけた。

    「羽風…先輩はベッド使えよ。俺様はソファでいい」
    「そんないいよ…って言っても聞かないんだろうね。ありがとう、お言葉に甘えて使わせてもらうよ」

    電気を消してソファにもどり、毛布を被った。

    おやすみ、と声が聞こえておやすみと返した。



    6日目

    けたたましく携帯のアラームが鳴って強烈な不快感を覚える。薄く目を開けてもぞもぞと手を動かし音を止めると、時刻は6時半をまわっていた。
    今日もユニット練習は無いので早起きする必要はないが生活リズムを崩したくないし、何よりレオンがいる。
    腹筋に力を入れて起き上がる。背中が痛い。ソファで寝ていたこと思い出しベットを見やると布団が盛り上がっていた。すやすやと寝息が聞こえるので羽風はまだ夢の中だろう。
    起こさないようにレオンの食事を用意してから散歩に出かけた。


    「はは、今日はすげ~元気だな」

    散歩から帰宅するなりハァハァと舌を垂らしてレオンが家の中へ走っていく。
    鍵を閉めて靴を脱ぎ後ろをついていけばまだ羽風は起きていなくて、散歩前に聞いた寝息がまた聞こえた。
    時刻は7時をゆうに過ぎている。そろそろ起こしてもいい頃合いだろうとテレビをつけてベッドそばに近づくと羽風が寝返りをうってこちらを向いた。

    「んぅ……」

    白くて透き通った肌がほんのりピンクに染まり、薄い唇がむんずと結ばれている。布団に顔を擦りつけてはむにゃむにゃと寝ぼけている姿はアイドルの羽風薫とは程遠い。
    思わず手が伸びてサラサラの金髪に指を通していた。
    可愛い。
    いやダメだダメだ、変な気を起こしてしまってはいけない。

    「オラ起きろ!朝だぞ!」
    「えぇ…もうちょっとだけ…」

    ぺち、と軽く頬を叩いてみる。

    「いたっ、まだ寝させてよ…」

    若干脳が覚醒してきたのか、半目を開けてこちらを捉えた。灰色の瞳がとろんとしてうるうる光っている。

    「もう7時過ぎてるし、早く洗濯物してぇから起きろ」
    「あ~もうわかったって~…」

    伸びをしながら起き上がった羽風は少し寝癖をつけて、おぼつかない足取りのままテーブルの席へ着いた。

    「朝ごはん何かある」
    「トーストなら。なにつける」
    「晃牙くんと同じの」
    「わかった」

    パンを焼いている間に牛乳を用意しておく。
    チン、と音が鳴り、目をしょぼしょぼさせる羽風の前へ差し出せばちまちまとジャムを塗っていく。

    「羽風…先輩は、今日はどうすんだよ、いつ帰る?」
    「うーん、予定って言っても今度出る雑誌の打ち合わせしかないし…それが終われば帰れるよ」
    「おう じゃあ今のうちに荷物まとめとけよ」
    「…?…ああ、ごめん語弊があったね、晃牙くんの家に帰るって意味だったんだけど。明日一緒に登校しよ」

    は?俺の声は部屋に響き渡った。
    その後羽風はテキパキと食器を片付け俺の服を適当にとって仕事へ行った。
    いや、え───?
    正直今でも大分耐え難い、というか我慢に我慢をしているのにまたもう一日?
    晃牙は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


    昼過ぎ。そろそろ薫が帰ってくるだろうかとソファでごろつきながら考えていた。帰りを待っている時点で俺の思考回路は随分手遅れな気がするが。
    携帯の着信音が鳴った。誰だろうか。
    羽風…だったりしないかと期待して画面を覗き込んで、心臓が跳ねる。
    朔間零からだ。
    何を話すというのだろうと思案して鼓動が加速する。やはり想い人のことだったり、それを問いつめられるのか。よくも薫くんを奪ってくれたなとか我輩の気持ちを知っておきながらよくもとか容易に予想できる。そしてそんなことを言われた日に俺の命は無い。
    だがここで躊躇ってもかえっておかしいので通話ボタンを押した。

    「もしもし」
    「もしもし、我輩じゃ」
    「おう。つか携帯から電話かけれるようになったんだな」
    「そうなのじゃ、日々樹くんに教えて貰ってのう♪…と、そうではなくてな、薫くんのことなんじゃが」

    羽風の名前を出した途端声のトーンが低くなり、ぐつぐつと不安心がせりあがってくる。
    たまらず唾を飲み込んだ。

    「羽風先輩が…どうしたんだよ?」
    「少し厄介なことが起こったらしくてのう」
    「厄介なこと?」
    「薫くんの仕事先で何かあったようじゃ。我輩はトラブルが起きたとしか連絡が来ておらぬから詳しくわからないけど、わんこなら聞けるじゃろう」

    わんこなら、が強調されて明らかな嫉妬が滲んでいる。が、トラブルとは何だ。彼に何が起こったのいうのだろう。

    「わかった、聞いてみる」
    「よろしく頼むぞい、”薫くんの彼氏”」

    中学生並のいじわるなセリフを残して朔間は通話を切った。まあ、朔間がいくら妬いたところで明日恋人ごっこの期限である1週間を迎える。何事も無かったかのように俺たちの今の距離感も解消されるのだけど…
    …明日で終わりか。
    また元の日常に戻って、そしてきっと、うちの先輩二人は結ばれるのだ。結局朔間は何も行動を起こさなかったが、そんなの時間の問題だし、薫が零のためにこんな大掛かりな芝居をしていたと知ればそのあとの展開なんてお察しだ。そうしたら自分は二人の手伝いをするという役目を果たし、ただの思い出になって終わりだ。なる、のに。以前じゃこんなの考えられなかった。どうしても胸の辺りがズキズキと傷んで。

    ガチャ。

    羽風だ。
    スタスタとこちらへ歩いてくる音が聞こえる。

    「おかえり。打ち合わせの方は…」

    羽風はコートとマフラーを外さないまま何も答えることなく自分の隣に座った。じっとこちらを見つめている。見つめ返せば、今にも感情が溢れてしまいそうな光のない瞳が小さく揺れている。

    「羽風センパイ、」

    そのまま綺麗な顔が近づいてきたと思えば、ぎゅ、ともたれかかるように、縋りつくように抱きしめられた。背中に回された手は微かに震え、肩口に聞こえる呼吸は力無かった。
    支えるように、自分も羽風の背中に腕を回す。体温がじんわり伝わってひどく落ち着いた。

    「…どうした」
    「…打ち合わせ先でね、待ち伏せしてたの、あの人たち」

    あの人たち、とはおそらく羽風の家族だろう。カンパニーのトップだという、羽風さんちの薫くんを無理強いする、あの。

    「雑誌の出版社の人がいる目の前で、叫び散らされて、それで、軽くだけど、手、あげられて…俺、自分の中で色んなものがぐちゃぐちゃになって…」

    羽風がさらに抱きしめる力を強くしてさらにのしかかってくるから、ぽすん、と音を立ててそのままソファへ倒れ込んだ。
    心地よい重みが腹に乗っかる。

    「そうか」

    ぐりぐりと押し付けてくる頭を撫でた。光を反射するブロンドを指の間に通してはするりと落ちていく。

    「よく頑張ったんじゃね~の」
    「うん」

    密着した胸板が上下して、また温もりが伝わってきた。
    なんだか、愛おしい、なんて。

    「それにさ、晃牙くん。一週間経つたけど、朔間さん、何にもしてこなかったよね。やっぱりあの人は俺達のことなんかどっちも好きじゃなかったんだよ。二人でお好きにどうぞって。俺バカだからさ、ちょっと期待してたりして…もう、なんかもう…」
    「羽風先輩」
    「諦めるためにこんなこと始めたのに今になって何言ってんだろ、」
    「大丈夫だって」
    「…ねえ晃牙くん」
    「何」

    薫の上体が離れて馬乗りする形になる。自分を見下ろす目が細められ、よく分からない予感に胸が高鳴った。

    「キスしようよ」

    は。
    声を出す間もなく唇に噛みつかれる。両手首を押さえつけられて身動きが取れない。甘くて、柔らくて、頭がクラクラしそうだ。食べるように、貪り続けられる。

    「んっ…んぅ…」

    気持ちよくて、鼻から抜けるような声が幾度となく出た。恥ずかしいのに鼓動が早く打つだけで止められそうにない。やらしすぎるだろ、こんなの。
    しばらくすると顔が離れて再び見下ろされる。手首の拘束は外されたが、顔の横に腕が置かれているので逃がす気は無いようだ。
    互いに火照った体がどくどくと脈打っている。
    どうしたんだよ、一体。どうして。

    「せんぱい…」
    「…やっぱりそうだ」
    「何が」
    「好き」
    「え?」
    「晃牙くんが好き」

    そう言って頬に手を添えられる。
    今、なんて言ったんだ。

    「は、は!?なんで…」
    「もう…可愛いな」

    ずっと見られているのが恥ずかしくて口元を手で隠すと、照れ隠しのつもり?と言いながら手をどかされる。また唇が重ねられた。角度を変えて何度も味わうように。くすぐったくて気持ちいい。

    「ふふ、お兄さんキス上手いでしょ」

    唇が触れ合うと今度は薫の舌が口内に侵入してきて暴れ回る。舌と舌を絡ませて、歯列をなぞって、くちゅくちゅと淫猥な音が耳を刺激する。息が苦しい。でも気持ちい。突如とした薫の行動に目を閉じることしかできなかった晃牙は少し目を開けて近すぎる薫の睫毛を見た。

    (朔間先輩は……)

    それだけが引っかかって、相変わらず鼓動は早いのに胸のあたりがざわざわした。銀色の糸を引きながら薫が顔を離す。愉悦に浸るような恍惚とした笑みがやけに妖艶だ。はあはあ、という2人の荒い息が部屋に響く。
    羽風先輩は吸血鬼ヤロ~が好きなんじゃないのか。
    そう聞こうとして視線を合わせたとき、気づいてしまった。
    まだ彼の瞳に光がない。快楽と苦しさが混じりあったグレーの瞳。

    「…嘘、つくんじゃねえよ」
    「?…なにが?」
    「あんたの目には俺が見えてない」
    「…どういうこと」






    ここで終わりです。なんでここで書くのやめたん。涙
    零ちゃん散々な目に遭ってますが最終的に薫と結ばれてハッピーエンドになります。
    晃牙は…まあ…
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