彼誰時夜風が窓から緩やかに吹く。
俺はベッドに腰を掛け、ウルダハの夜空を眺める。
ただなんとなく眺めていただけだった。
換気をするために開けた窓。
ああ、また。
不意に涙がつぅと流れ数秒、胸の閉塞感に気付き嫌気がさす。たまにこうして思い出す。あの森も今俺が見ている空と同じなのか。
もし兄さんが生きていたら、同じ空を今も見ていたのではないだろうか。
それとは裏腹に今は一人、辿り着いた土地。この場所が分かたれた道の延長にある。そこに己が立っていることを痛いほど自覚させられる。
「…兄さん」
兄さんは教えてくれない。
それが良いことなのか、悪いことなのか。自分では理解している。
ただ、俺だけが理解している。
兄さんは分かってくれているだろう。きっとこの世ではないどこかで。そんな感情がいつも心根にある。忘れられないし、忘れてはいけない。
あなたの手で、声で、眼差しで教えてほしい。
大丈夫だと言って俺を安心させてほしい。
その温もりを伝って俺は初めて安心できる。
誰とどうなったってこの事実は揺るがない。
気が付けばとめどなく涙が溢れている。
心に空いた風穴が、この心地良いはずの風と共に晒されている。
虚しい。虚しくて、寂しい。
思い起こされた愛が、記憶に絡みついて俺を苦しめる。あの温もりと愛情を知っている人間はどこを探したって俺以外もう、何処にもいなくて、一人で。
逃げ道がない。
突然ジリリと部屋のベルが鳴った。こんな夜更けに誰だと思うも当然思い当たるのは一人。
こんなみっともないぐしゃぐしゃのツラで、会いたくない。
会いたくないのに、今度こそ本当に一人になってしまうんじゃないかと怖くなって、咄嗟に袖で顔を拭いてあいつが引き返す前になりふり構わずドアを開けた。やっぱりホワイトがいた。
「…何、また泣いてんの?」
「……」
「美味しいお酒あるから持ってきたんだけど、一緒に飲まない?」
「泣いてない」
「話が一ターンずれてるんだけど」
クスクスと目の前の男は俺を笑いながら言った。無意識に見栄を張ろうとしてしまったが全く上手くいかない。こいつが何を言ったのか全く耳に入ってこなかったが、持ってる物からして言わんとすることが分かった。
「…そういう気分じゃないならまた来るよ」
「………」
少し気が緩むような気がして安堵する。
もっと近づいて、声をかけてほしい。何度も、声をかけてほしい。
俺は振り返りそうになるホワイトの袖を咄嗟に掴んだ。
「う………」
大丈夫?と聞かれれば俺は大丈夫だと答えられるから。
キョトンとした顔で俺の顔をホワイトは見ている。
きっと縋るような感情は、表情を通して伝わっているだろう。情けないが背に腹は変えられず、また感情に耐えられなくて涙が少し溢れる。
「…………」
「はぁ…」
笑い混じりのため息をつくホワイト。
「なあ、」
「俺に見栄張る必要ないのに、馬鹿だなぁ」
声を発するタイミングが被ってしまった。
「…どうして、俺はお前に見栄を張らなくてもいいんだ…」
「え?うーん、友人だから?」
「なんで疑問系なんだ。確かな答えをくれよ…」
「恥ずかしいなぁ、自分で考えてよ」
「…………」
何故なのか。大体想像はつく。
それが求めていた何かに近いことも分かってしまった。分かりたくはなかったが。
「トモヨ、なんて言おうとしたの?」
「………いや、俺に…大丈夫って、言ってくれないかって…」
正直情けなさすぎて消えてしまいたい。殺してくれ。
「ははは!」
俺はこんなに切羽詰まって言ってるのに、ホワイトは可笑しそうに笑った。
「そんなの欲してたの」
「うぇ…そんなのっていうな…」
「大丈夫だよ」
「……」
…もう少し。もう少し足りない。
「ホワイト、手、握って」
「もー、良い大人が何をいってるの」
そう言いながらホワイトは抱えてた酒瓶をその辺に置き、笑いながら俺の手を握った。
温もりを感じる。身に覚えのあるような温もりが掌に伝う。
「あーあー。また鼻水垂らして」
「うう…。立ち話、させてすまない。入ってくれ…」
ホワイトはそうこなくっちゃ!という様子で、瓶を持ち直し嬉々として俺の部屋に入った。
***
夜が明けるまで空を眺めていた。
さっきまで涙を零していたのに不思議だ。
奥に聳える山脈が綺麗で、エオルゼアの自然やこれまでの月日に俺はいつの間にか思いを馳せていた。ホワイトもそれを眺め、ゆったりと流れているレコードの音を聞いていた。
ホワイトの言う通り美味い酒だった。
★おわり★