拝啓、花束の君を探して前はアイリスをもらった。
「…雨か。」
イギリスは毎日雨だ。特に都市部は雨に化学物質が混ざり最高に人体に悪い。以前はロンドンに住んでいたから、日々の天気には気を遣っていた。
…いや、俺1人ではなかったからか。
俺に寄り添い、最後まで共にいた男が1人。
だが、顔だけは思い出せなかった。
Flos
「ヴォックス、君は400年も生きているって言っていたけど。それって辛いことじゃないの?」
ベットの上で、全裸の男が2人寄り添うように横になっていた。
お互い枯れてもいないし、好き合っているなら。
自分の全てを見せつけて、恥ずかしいことも全部全部─
「さっきまであれだけ乱れていたお前からそんなこと聞かれるなんて思っていなかったよ」
オレンジ色の小さなベッドサイドライトがお互いの肌を艶かしく移す。
─●●●肌は俺と違い、暖かい血の色だ。
自分が鬼という人外であることを彼の肌を通して感じる。
すでに朧げな記憶もあるが、かつて人間として生きていた時には知らなかった感情だ。
●●●と俺はさっきまで気を失うほどお互いの欲をぶつけていた。●●●も気を失いかけて、ようやく自分のペースでやりすぎたと焦った。でも●●●はつらい体勢の状態で、俺の頬に手を当てて、
「…僕もやりたかったから、いいよ。君をもっと頂戴」
こんなことを言われて耐えられるか?ましてや彼に会ったのが一ヶ月ぶりだったことも悪かった。
だから、つい年甲斐なく彼を求めてしまったんだ。
彼の象牙色の肌に自分の欲が散らばっていた。それすらもまた興奮材料になってしまう。…流石にこれ以上はダメだとなけなしの理性が耳元に囁いた。
そんな中聞かれたのが先ほどの質問であった。
お互い向き合って、まるで兄弟の内緒話のような気軽さのそれはより背徳感が増すばかりであった。
「ふふ、さっき僕の中に入ってる時ヴォックス余裕なくて─」
人間みたいだったよ。ふにゃりと笑った彼の顔はライトの影で見えなかった。
だが体液と卑猥なおもちゃで溢れているベットで言われたそのセリフは、人の枠を外れた俺にとって救いの言葉だった。
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「一週間さ、花を飾りたくて。」
●●●は突然思い浮かぶことを実行する癖があった。それこそ同棲初期の方は、俺が何も言わなくても道具をすぐに片付けていたが、だんだん長くそばにいるようになると、彼の大雑把な部分が現れるようになった。
特に引っ越しの最後まで開けていなかった段ボールを開けた時も、開けっぱなし、広げっぱなしで大変困惑した。
「僕、本当は結構雑なんだよね。…でも君にそんなところ見せたら嫌われると思って。」
だが俺と過ごしているうちに、自分の悪いところもみて欲しくなったそうだ。気を許してくれたようで口元が笑った形になってしまった。俺も、面倒な時はドライヤーを放ってしまい、床をびしょびしょにすることがあったが、●●●は笑いながら犬みたい!と喜んでいた。
そんなこともあった。
時を戻して、彼の提案をゆっくり飲み込む。
「なぜ、花を?」
「人に個性があるように、花にも個性があるでしょ。僕たちはあんまり公に言えない人種だから。せめて知らない花とたくさん出会って心を豊かにしたいんだ。」
だから花を飾りたい。
黒い紙に包まれたアイリスを抱きしめる。
もうほとんどざらついたモノクロの記憶力だが、青紫の花弁が自分の心臓をざわつかせる。
●●●は消えた。
その花を飾り始めて1年後きっかりに。
俺があれに荒れたのは想像つくだろう。
血眼になって探して、探して探して
狂ってしまった俺の元へ、一通の手紙が届いた。
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僕は過去から来たんだ。
君を救うために。
もう僕のこと、覚えていないかもしれない。
だから、花を残したかった。
大切にしてね。
ああそうだ。2人で買った本棚の3段目。
赤と黒の装飾の本を見てほしい。
大丈夫、君はもう一人ぼっちじゃないよ。
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名前もない、知らない手紙だったけど
少しクセのある太文字の手紙が自分の求めている誰かが
書いてくれたものだと理解してしまう。
「誰なんだ、お前は。」
鬼なのに。
人でないのに。
もつれるようにリビングから本棚を探す。
目当ての本棚はそれこそすぐに見つかった。
扉を開けて手紙にあった本を見つける。
そこには
「アイリス、」
今までもらった花の押し花があった。
それも数えて365日分。
声を上げて泣いた。
─人間なんだよ、君も。─
君の肌触りと
むせかえるような青臭い花たちが
脳内を苦しめる。
君の名前を呼びたいのに、もう思いだせない。
また救ってくれ、アイリスの君。