結局、次の日に食べたアイスケーキは美味しかった。シュウがお菓子作っている時に、
長い髪の毛を一つにまとめている姿が好きだ。
彼の髪はたくさんの色でできている。
黒の中に、黄色、マゼンタ、紫。
特にポニーテールをしていると、普段は見えない紫色が見える。
…それと夜、ベットで見下ろしたときに広がる時も。
キッチンにはアイスケーキの材料が並んでいた。
「クオリティはそんな高くないけど、簡単で美味しいレシピなんだよね。」
近所のスーパーで買った材料を紙袋からガサガサ取り出す。彼の手にはクランチチョコレートとイチゴがあった。
「え!イチゴ使うの!」
好きなフルーツの登場に思わず頬が緩む。
シュウもわかっていたのだろう、まるでママのようににこりと笑っていた。自分が子供扱いされた気持ちになって、ムッとしてしまったのは仕方ないよね。
「笑わないでよ。」
「笑ってないよ。ただ、ルカはルカだなって。」
なんだか誤魔化されたような気がするが、俺はマフィアのボス。
ちょっとやそっとじゃ怒らない男だ。ましてやシュウにはいつもなんだかんだ許してしまう。
「今からアイスケーキ作るからいい子で待ってて。」
ちゅっとバードキスを頬に受ける。
少しだけ俺の方が背が高いから、キスするときはシュウがつま先立ちになっていた。いつも見慣れているはずなのに、普段見えない首元や紫の髪色が心音を速くする。シュウはなんてことないように作業を続けていたが、彼の耳がほんのり桃色に染まっていた。
「俺、毎回シュウに恋しているよ。」
俺の最初で最後の最愛の人だ。
ーーーーーーー
普段キッチンで使う道具なんて、フライパン、鍋、トング、包丁。それくらいだと思って居たけど、キッチンに立つ人間がシュウに変わっただけで、泡立て器、ケーキ型、計量器といったこんなの家にあったの?というものが出てくる。
「こんなにあったんだ。」
「あ、うん。僕が甘党って知ってると思うけど、それでね。こう、市販のも美味しいんだけど自分好みの甘さが欲しくなるというか…。そんな感じ。」
喋りながらシュウはクランチチョコレートを木の延べ棒でラップ越しに叩いている。ザクザク、ゴリゴリ。硬いものが崩れていく音が室内に響きわたる。
俺がいるのにシュウはキッチンに設置してあるタブレットに夢中だ。
「…シュウ〜〜」
「ルカもケーキ食べたいでしょ?」
「…それはそうだけどさ…」
唇を尖らせてシュウの作業を邪魔しないように横で見ていた。
けど
「…ルカ。ちょっと邪魔かも。」
今日はボスとしてのルカ・カネシロじゃなくてただのルカ・カネシロの日。大好きなシュウに一秒でも触れていたいから、邪魔だって言われても彼の腰に手を当てて背中に引っ付きたくなるのは仕方ない。シュウの肘が俺の鳩尾に当たっているけど、シュウの匂いを嗅ぎたい。あ、ちょっと変態くさいや。
「…シュウ、シュウ。」
「何さ。」
「だめ?」
近くで見るシュウの目はまつ毛が長くて、目の端に赤いアイラインが引いてあった。
─あ、また新しい色。
妖艶で、光に当たると少し冷たく見えるシュウのアメジストアイ。
どうしてもそばにいたいから、懇願するように彼を見つめる。
「……。はぁ…せめてもう少し腕緩めて。」
ほらね、いつもシュウは俺に甘い。
でもシュウ、俺もシュウに甘いんだよ。
だって俺好きじゃない人の部屋なんて片付けないし、
ご飯も作らないんだ。
君だけの主夫なんだよ。
ーーーー
そのままお互い触れたまま、シュウは淡々とアイスケーキを作り上げてゆく。最後にアイスを敷き詰めて冷蔵庫に仕舞い終えた。
「美味しそうだった…」
ケーキ型に綺麗に敷き詰められたアイス達。これが食べれるのは二時間後だ。
部屋中にバニラビーンズの甘い香りが漂う。前にシュウが別のお菓子(確かクッキー?)を作ってて、バニラエッセンスの甘い香りに負けて舐めたことがあった。
「ウッ!!」
あまりの苦さにすぐに水で口を濯いだ。シュウはケラケラと笑っていた。まさか舐めるなんて!そんなこと言っていた。
─シュウって俺で遊ぶ時あるんだよね。
でも俺もよくシュウをいじめ、違う…気持ちよくさせてしまうから
ちょっとくらいは許すよ。
「二時間くらい待たないといけないから、それまでゲームする?」
エプロンを脱ぎたいというから俺はシュウから離れていた。
確かにゲームを一回するにはちょうどいい時間かもしれない。
「いいよ!」
そう俺は笑顔で答えた。
ーーーーー
ウサギ二匹でジャンプするだけのゲームなのに、バグってしまってとんでもないことになっていた。お互い、酷すぎてお腹が引き攣るほど笑ってしまう。
「ふははははは、!何これ!どうなってるのーーー!」
POOOOOOOOOOOG!!!!!何が起きているのか本当にわからなくて口癖を叫んでしまう。シュウも
「ルカ、ルカーーーーーーーー!!!!」
いつも落ち着いたシュウの声とは思えないほど興奮した声で楽しんでいた。その姿に自分が彼の気を許す存在になったんだとじわじわと実感できて、余計笑顔が溢れる。でも少し笑いすぎて、お互い飲み物がなくなってしまった。
「あ、水ないや!俺とってくるよ!」
「いいの?ありがとう。」
水を取りにキッチンへ向かう。その時、脳内に悪いことが浮かんでしまった。
─アイスケーキ、まだかな
水が入っているのは冷蔵庫。
でも手が伸びたのはアイスケーキがある冷凍庫だった。
シュウ越しに見ていたケーキは、ケーキ屋さんにあるものと同じくらい綺麗に型に収まっていた。シュウは謙遜(?)して簡単にできるって言ってたけどそんなことないと思う。
「まだかな。」
電気の無駄だけど、楽しみが止まらなくてケーキを見つめる。昔、ケーキ屋さんのショーウィンドウをじっと見ていた子供を見かけたけど今ならその気持ちがわかる気がする。
「ルカ」
「え?」
俺の愛している声が急に聞こえて、心臓が跳ね上がった。悪いことしたのがバレたと咄嗟に声の方を見る。すると
ちゅっ
怒られると思って目をぎゅっとつむってしまったが、自分の唇に温かいものを感じた。
「さっきのルカの真似。ルカもケーキばっかり見てないで僕をみてよね。」
早口に告げられたその言葉は、さっきの寂しくてひっつき虫になった俺への挑戦状。
「ケーキ、まだ時間かかるんだ。」
冷凍庫の冷気が足元を包む。でも彼の顔から目線が離せない俺にとってその冷たさが気持ちよかった。
「冷たくなるまで、僕を見てほしい。」
顔を真っ赤に染めて、俺の頬に手を当てて。
俺もそれに応えるようにシュウの腰を引き寄せた。
「冷たくなっても俺はシュウを愛するよ。」
シュウの額に、自分の額を重ねる。黒に縁取られた長いまつ毛が重なる暗い近くに。
「…ここじゃ風邪引くでしょ。」
「でもいいの?疲れてない?」
恋人の誘いは嬉しいけど、連日仕事で疲れているであろうシュウに迷惑はかけたくなかった。
「だって、今日はルカの恋人のシュウだよ」
待たせてごめんね。また頬に彼の手がそっと近づいた。
「僕のこと待っててくれてありがとう。」
だからたくさん、君の時間を頂戴。
舌を舐め合い、絡ませるキスをしてそれから─
二時間なんて短すぎる。俺が君を愛する時間は
最後、死ぬまでなんだから。