天蓋の烏輪 物音がした気がして瞼を開ける。眩しいまでの陽光が見慣れない瀟洒な部屋を包んでいる。その要因はどうやらいつも通りカーテンを開ける恋人らしかった。ぼくのスケジュールをよく覚えていて、こうやって起こしたり昼まで寝かせたりしてくれる。もう少し昔は逆だったのに。そういえば、昨日は日付を超えるまで起きてようとしていたんだった。でも旅先の疲れが出ていたらしい。
「……寝ちゃったんだね」
「疲れてたしな。もう少し寝かせてやりたかったけど、朝食があるから」
と、言いながら当の蔵内もベッドに戻って来るのが何だかおかしかった。髪はいつも通りセットされてるから、二度寝に耽るつもりはないのだろうけど。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
腰掛けた彼に目線を合わせたくて起き上がって、その肩に寝起きの怠さを委ねた。ゆるく髪を梳かれたあと、空いた左手を掬われた。
「結婚しようとは言えないけど、いずれ」
薬指に銀輪が埋まっている。動く身体が突然手に入った人形みたいに指を曲げ伸ばしてみたけれど、滑り落ちるようなことはなかった。
「…………ちょっと今ぼく結構驚いてる────でもありがとう」
別に銀塊一つ(白金だろうけど)で何か変わるとは嘗てぼくは思っていなかったのだけど、自分が貰う立場になると悪い気は全然しない。将来を約束されたようで、気分がよかった。ずっとその聡さに浸っていたかったから。
「当面は虫除けに使おうかな」
「どうぞ」
紅い目を細めて、愉快そうに笑った。これから換装の下にはこれがあると思うと、ぼくだって愉快で仕方なかった。
「きみの分は9月にまた」