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    sunmro

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    高専教師夏と生徒虎 真冬のひとこま

    真夜中のごちそう冬の冷たさが身に沁みるようだった。
    爪先のささくれが痛い。乾燥肌は静電気を帯びて毎日が苦痛である。肌を刺激する不快感もそうだが、悠仁に触れたときにどうしても歳の差を感じずにはいられない。若さは肌にでてくる。悠仁と交際を始めて、初めて感じたことだった。
    現在時刻は深夜一時。外は真っ暗だ。
    自らの上着のポケットに手を突っ込んで、夏油は温もりを求めて自販機へと向かった。
    夏油は高専の寮を間借りしている。
    いつでも食事にありつけるよう、自販機と共用キッチンにいちばん近い部屋を、だ。
    常日頃任務に追われている身としては、腹を満たす手間が省けるのが第一である。つまり、インスタント、冷凍食品万々歳というわけだ。
    寮の共同キッチンには夏油、五条専用の100L冷凍庫があるくらい、ほぼ毎食冷凍食品生活である。カップ麺なども食べていたが、飽きるほど食べてしまい舌が拒絶している。
    きっと今度は冷凍食品に飽き、またカップ麺へとぐるぐる巡っていくのだろう。
    新発売の激辛麺は美味そうだったな、と。真っ赤なパッケージを思い出しては腹が減ってきた。
    眠れるようにココアでも買うつもりだったのだが、スープ系でも良いかもしれない。
    コーンポタージュのコーンが残る問題を視野に入れつつ、自販機の前で足を止める。
    自販機の下に見慣れない色を見つけると、少しだけ目元が緩んだ。先客がいたのだ。
    自販機のフィルターのそばに、小さい体を丸めて眠る猫がいた。高専の周りに住み着いている野良猫で、それぞれ勝手に呼び名をつけて呼んでいる。しかし、夏油皆の呼ぶ名前を知らなかった。
    だから、こういうときに何と呼べばいいか、一瞬言葉に詰まってしまう。
    フィルターから出る温風を受けつつ、すよすよ寝息を立てる背を、指先で撫でた。
    「……ねこ」
    ねこ、まさか野良猫もネコ科の呼びで声をかけられるとは思わなかったのだろう。掠れた男の声で飛び起き、一目散に暗闇へと消えてしまった。せっかくの温風が出ていた寝床を奪ってしまったことに少しの罪悪感を覚え、行き場のない手のひらが空を切り、心なしか夏油の顔が沈む。
    「……きっと、手が冷たかったんじゃない?」
    そう、笑いを堪えるような声が夏油の意識をはっきりとさせた。
    聞き覚えのありすぎる声。
    「……悠仁」
    全く気配を感じなかった。いつもであればわずかな吐息や足音も聞き逃さないのだが、よほど疲れているのか、それとも猫に逃げられたことがショックだったのか。
    「いたのかい?覗き見なんて趣味が悪いなあ」
    「え、これ覗きにカウントされんの?」
    「きゃーえっち、とか言った方がいい?」
    両手を握って顎に添えるポーズをすれば、虎杖は堪える様子もなく、噴き出すように笑った。
    三十路の男が何をしているのか、猫に逃げられた自分を取り繕っているのが丸わかりだった。
    夏油は上着から財布を取り出すと、
    「はあ、賄賂でも詰んで黙ってもらうしかないか….」
    「やった。てか、俺夜食食いにきたんだよね」
    よく見ると、虎杖は制服のままだった。手にはレジ袋が握られている。
    「今まで任務だった?」
    「そー、さっき伊知地さんに送ってもらってさ。塩焼きそば食べるけどいる?」
    時計は二時にかかろうとしている。
    いま食べるのは時間的にアウトだ。
    夏油は数秒迷うが、塩焼きそばの誘惑に負けたのは明白で、悠仁と目を合わせるとにっこりと微笑んだ。
    「じゃあ、お言葉に甘えて……買い出し分半分払うよ。あと、飲みもの好きなの選ぶといい」
    「じゃあコーラとー、ファンタとー」
    「何本買う気なの」
    「これで塩焼きそば代ってことで。いうて、そんなに買ってないよ?カット野菜と麺だけだし」
    あ、野菜は肉入りだかんね、と。にししと楽しそうに笑う。
    レジ袋には塩焼きそばの三玉入りの文字が見え、さらにそれが二袋あることに気づき夏油は少しばかり慄いた。
    「一人で六玉全部食べるつもりだったの?」
    「もち。華の男子高校生よ?これくらいヨユーだって」
    「野薔薇のがうつったな」
    「ははは」
    小銭を投入する音、ボタンを押す音、それに混じってたわいない会話が続く。
    結局、ジュースは四本買った。圧倒的に水分が足りないように見えたからだ。
    コーンポタージュはまた今度にして、虎杖の作った出来立ての夜食を待つことにする。
    「……明日、悠仁は休みだっけ?」
    「午後は何にもないよ。先生は?」
    「私も明日は午後休なんだ。もしよかったら買い物に付き合ってくれないかい?」
    「……チュールでも買いに行くかんじ?」
    「そんなわけないだろう」
    猫に逃げられたことがそんなにショックだったのか、胸の内を見透かされたようで夏油は顔を強ばらせる。あながち間違いではないらしい。
    「……手が冷たい人って心があったかいんだって」
    夏油の手を掴んで、虎杖は手を握った。
    寒い外から帰ってきたばかりだというのにその手は暖かく、ひやりと冷たい指先が溶けていくようだった。
    「だから、夏油先生がいい人だってことはあの猫もわかってるんじゃないかな」
    もちろん、俺は思ってるからね、と。
    虎杖の体温が夏油を包んでいく。
    冬の夜は寂しい。寒いだけでなく、ひとりの時間が苦しく感じる。その苦しみを払拭するような暖かさが心地よかった。
    「……じゃあ、悠仁は冷たい人なんだ?」
    「俺は代謝がいいだけだからノーカン」
    「なんだそれ」
    夜更けのどうでもいい話ほど、寂しさを埋めるものはない。
    夏油は握られたままの手のひらを眺めて、そっと優しく握り返した。
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