無題子供の頃、父親から聞かされた話。北の山には恐ろしい鬼が居る。それは老若男女問わず拐かし喰らってしまうという情け容赦の無い鬼だと……。
あの人はいろいろな話を聞かせてくれたが、この話をする時はいつもどこか懐かしい昔話をする様な、遠くにいる思い人を恋しがる様な、そんな口振りだった。
と、家の戸に貼られた紙を見て思い出した。随分と昔のことだが、幼いながら父親に母以外の女の影を見出だしたのを覚えている。紙には殴り書きで一文、
北の山の鬼を殺せ
と書かれ、隅には都の役人が使う印が押されていた。この類いの依頼はまず断ることなど出来ない。もし断れば胡散臭がられ、気味悪がられる祓い屋の立場がさらに危うくなる。
今夜支度を整えて明日の早朝に家を出ようと決めた。
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