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    mame_cha_cha_ch

    @mame_cha_cha_ch

    基本おばみつですが、腐っているものもあります。
    ご注意下さいね。

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    mame_cha_cha_ch

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    【腐】🌈×🐍
    童(高3)×蛇(高1)
    お遊戯シリーズとは違うパターンも煎じてみたくて書きました。
    ⚠️
    *何でも勉学的にこなすタイプのドマ氏。
    *花街表現アリ。
    *息をするように何でも許せるひと向け。
    *喫煙は二十歳を越えてからだけど、それまで吸わずに済む人生だったのならそのままで

    ##童蛇

    群青恋慕大型台風が近付いている。
    移動速度は遅く、明日未明まで暴風雨の予報だ。
    今のところ雨はないが、時折り吹く風は体幹が揺らぐくらいの強さがある。午後の授業をまるまる残し、全校生徒に帰宅許可が出た。

    「玖の型 韋駄天台風ッ!」

    伊黒は堅苦しいブレザーの首元を緩める。
    間髪を入れず、不死川の振るった傘がその手からネクタイを攫っていった。

    「おわっ」
    「参の型 流流舞い」

    男子高校生に棒状のものを持たせると碌なことにならない。
    見事な連携プレイにより、伊黒のネクタイは空中へと放たれた。刹那、突風が吹く。

    「この、馬鹿!」
    「すまねぇ、思いの外飛んじまった」
    「ごめん」
    「先に歩いてろ。駆け足で追いつくから」

    伊黒はネクタイを追いかけグランドを駆けた。
    えんじ色のそれは意志があるみたいにそよそよと風に乗り、トタン屋根の靴箱を越えて奥の大木に引っかかる。

    「クソッ……」

    幹回りが伊黒の身長を越えるクスノキは、市の保護樹木に認定された有難い代物である。しかし、その大半が靴箱を囲う壁に隠れていて、残念ながら学生からはほとんど注目されていなかった。
    地面から五メートルくらいの位置で、絡まったえんじが揺れている。
    伊黒は軽く舌打ちすると、屋根に乗らなかっただけ幸いと幹の窪みに足を掛けた。
    凹凸の塩梅が絶妙で、欲しいところに手足を置けるようになっている。最初の大きな枝に上半身を上げ、右足左足と続く。樹齢数百年ともなると枝ですら丸太くらいの太さがあり、ゆっくりであれば歩くこともできそうだ。
    伊黒は慎重に立ち上がると、目線の先に引っかかっているネクタイへと手を伸ばす。

    「一年生だね」

    上から声が降ってきた。
    振りかぶるように見上げると、ネクタイがある枝の根元にひとが腰掛けている。
    伊黒は驚き過ぎて、危うく足を踏み外しかけた。
    男は腹這いで寝そべった体勢のまま、両腕に顎をちょこんと乗せて伊黒を見下ろした。
    そして、緩慢な動作でネクタイを指差す。
    関節の節くれひとつとっても、職人が作ったみたいに綺麗な手だった。

    「イッケイ?」
    「は?」
    「ここで首を括るの?」

    これが京極童磨との出会いだった。




    「冨岡ァ、焼きそばパンあと一つ残ってるぞ」
    「それにする」
    「ホレ、いつも飲んでる牛乳だ」
    「ありがとう」

    不死川と共に冨岡の介助をする。
    昼どきの売店は常に混み合っていて、初動を間違えた学生を待ち受けるのは詫びしい昼食だ。冨岡は専らこのタイプで、てちてちモタモタしているうちに人の波に呑まれ、商品棚に辿り着いたときにはバナナしか残っていない、などという惨状を嫌と言うほどみている。
    思春期の食欲に対する熱量は何より苛烈なのだ。
    見事な連携プレイで各々の昼食を確保し、三人はレジの最後尾についた。
    と、売店前の廊下で女生徒たちが輪になり騒いでいる。中心にはあの男。

    「童磨くん、今日の放課後カラオケ来てよ。メンバーが足りないのーッ」
    「歌はひとりでも歌えるじゃない」
    「じゃあ、海でもいいよ」
    「海って潮臭くてベタベタするし嫌い」
    「そしたら、カラオケで決定ね!」

    女生徒たちは童磨の口に棒付きキャンディーを突っ込むと、『断りの返事は聞きません〜』と言い捨て、その場を後にした。

    「京極先輩だよなァ」
    「………俺、あのひと苦手」
    「俺もォ」

    ひとがよい二人が他人を悪くいうのは滅多とないことだ。

    「女をたぶらかせているからか?」
    「いや、嫉みとかじゃなくてよ」
    「本能的に〈敵〉って感じがする……」
    「そう! それェ」

    飴を咥えて売店に入ってきた童磨は、生徒たちから「災難だったね」「童磨くんってその飴よく舐めてるよね。好きなの?」と声を掛けられては「ん?」とか「そだよ」と軽快に応じている。
    フと童磨がこちらを見た。視線がかち合う。
    逸らすでも会釈をするでもなく、童磨は花びらのように微笑んだ。
    意識が遠のくような極上の笑顔だった。

    「伊黒ォ、お前知り合いなのか?」
    「下校時に一度だけ会話したことがあるだけだ」
    「知り合いを悪く言ってすまない……」
    「すぐにシケた顔をするな。俺は気にしてなどいない」

    本能的に敵──その言葉が伊黒の脳裏で蘇る。
    言い得て妙だと思った。



    「キミは高い場所がすきなの?」

    枝の上で寝そべっていた伊黒に、後からやってきた童磨が問う。

    「カラオケに誘われていたのでは?」
    「だって、行くとは言ってないし」

    童磨は伊黒の一段上の枝によじ登ると、気怠げに仰向けになった。
    その口には新しい棒付きキャンディーが咥えられている。シャツの上からオーバーサイズのパーカーを着て、左右の指に嵌まった大ぶりなリングが存在感を放つ。シルバーとゴールドが木漏れ日を弾いて、キラキラと光った。

    「本当にチャラけた奴だな……」

    口ではそう言ったものの、本心は別にある。
    他の男子生徒がすれば思春期特有の居た堪れない背伸びに見えることも、童磨はその全てをきちんと容姿を惹き上げることに役立てていた。

    「コレ? だって、薬指は埋めておかなきゃ、悪趣味な指輪を持ってこられるんだもの」

    暴動でも起こりかねない台詞であるが、誇張のない事実なのだろう。
    それくらい童磨は綺麗な姿かたちをしているし、そもそも彼は嘘を吐かない。決して誠実だからではなく、こどもみたいに無邪気で残酷だからだ。

    「で、君は高いところがすきなの?」
    「どうだろう。落ち着くが、いちばんは誰もいないことだな」
    「フーン、いつもつるんでる友達いるじゃない」

    友人と一緒に騒いで楽しいときでも、急にひとりになりたくなるときが伊黒にはあった。
    そういうときここにやってきては、ぼんやりと過ごしている。

    童磨が脇に放置した学生鞄から、はみ出していた用紙を抜き取った。
    全国統一模試の結果用紙だった。栄光的な成績でほとんどの教科で95点以上を手堅く取っている。物理に至ってはフルスコアで、唯一、国語だけが82点と他に劣る。正解率のグラフチャートによると、現国の得点率が低かった。

    「現国苦手なのか?」
    「んー? ああ、模試ね。だってさ、ユカちゃんの気持ちはユカちゃんにしか分からないし、マミちゃんの気持ちも然りだよね」
    「………呆れた理由だな」

    この男には少し驚いてしまうほど共感力がない。
    何度かこの場所でいっしょになり、初めは敬語を使っていた伊黒も、今では敬う対象から除外して平らな言葉で話している。
    童磨はといえば「君がどう話そうが君の自由だ」というスタンスで、端から気にも留めていない。

    「暫く行事が目白押しで、メンドーだなぁ」

    来週には文化祭で、翌月は体育祭がある。
    今や体育祭は六月の開催が主流であるというのに未だ『秋晴れの中で』という前時代的な校風だ。それは部活動にも反映されていて、国内でも有数の進学校でありながら、全生徒が何らかのクラブに入部することを義務付けられている。打ち込めることがあってこそ健全な青春、とでも言いたいらしい。
    因みに伊黒は科学部、童磨は美術部である。
    入部の動機を尋ねたところ『教室の中心にいるような、黄色い女子たちは美術部にはいないから』という回答だった。偏見極まりない話である。



    数日後、理科室。
    伊黒は科学部で行う実験の準備をしている。
    これは学期に一回の当番制で、前日に必要な器具を箱に入れて実験班の数だけ準備し、試薬の残量を確認することになっていた。

    「あ、ラッキー」
    「なんだ、お前か」

    声の主は童磨であった。

    「鍵もらいにいく手間が省けたよ」

    そう言って、一直線にガラス戸棚へと向かう。
    童磨が立ち止まったのは脳や心臓など、組織ごとの人体模型が収納された棚であった。ヨイショと屈むと慣れた様子で下段の扉をスライドさせる。
    戻ってきた童磨は実験台に軽く尻を乗せ、伊黒の手元を覗き込んだ。
    小脇には可動式頭蓋骨模型を抱えている。

    「何をやっているの?」
    「明日の実験の準備だ。というより、それは俺の台詞だが?」
    「この子はね、部活納めの作品のモチーフだよ」
    「趣味が悪いな」
    「そう? そこらの女の子より余程可愛いのにねぇ、可哀想に」

    童磨は骸(むくろ)に頬擦りすると、うっとりと胸に抱いた。
    今日の童磨は髪をハーフアップにしている。晒された耳朶に乗ったピアスも相まって軽薄な印象を与える一方、うなじに落ちた後毛は蠱惑的だ。
    そのチグハグさが見る者に愛しさを抱かせ、世話を焼きたくなるような欲求を掻き立てる。
    伊黒とて例外ではなく、見惚れてしまった事実を覆い隠すように、ぶっきらぼうに言った。

    「お前のためなら、ひと肌でもふた肌でも手放しに脱いでくれるモデルがたくさんいるだろうに」
    「突き詰めれば、人間誰しもこうなるじゃない。シンプルで本質的なものは美しいから」

    この男は本質的であるが故、ひととしての本質を欠いているのだろうと伊黒は思った。

    それから暫くして、職員室前の掲示板に美術部員の引退作品が展示されていた。
    三年生ともなると割に本格的な作品が多い。油画の並びに童磨の名前があった。タイトルは『好きなもの』で、一本の木と骸以外にはこれといった描き込みはない。
    写真と見紛うほどリアルで美しいのに、首元にナイフを当てられたように心が冷える絵だった。

    「ア、俺の絵見てくれてる。いじらしいね」

    気配が全くなかった。いつの間に背後を取られていたのだろう。

    「夾竹桃(きょうちくとう)が好きなのか?」

    鮮やかな桃の花に、深緑の葉という色合いがどこかおどろおどろしい夏の木だ。白い花をつける個体もあるが、圧倒的に前者の印象が強い。

    「うん、大好き。夾竹桃ってね、花も枝も葉も、付近の土まで毒まみれにしちゃうんだよ」
    「聞いたことがある。心毒だったか」
    「ソ。全身を毒で纏うだなんて健気でしょう」
    「よく分からんが……絵は上手い」
    「F=GMm/r2」
    「……万有引力の法則?」

    頭いいね、と髪を撫でられた。
    鬱陶しいのでその手を払えば、そのまま伊黒の肩に腕を乗せ、身体を預けてくる。

    「物理はね、できるだけ簡潔かつ普遍的な見方を見出す学問なんだよ。星々の運動と、木からりんごが落ちることは同じ方程式で説明できる。しかも、その方程式は簡潔で美しい。美術も同じ」

    廊下の奥から『どうまくーん』と甘い声がした。
    童磨は気まぐれな猫の如くするりと伊黒の肩から離れると、交わした会話などなかったみたいにその場を後にする。

    伊黒はこの瞬間、童磨の核心に触れた気がした。
    何にでもなれるのに何になることも望んでいない──童磨の人生を席巻するもの、それは『退屈』なのではないだろうか、と。



    伊黒は糸に繋がったこんにゃくと、闇に紛れる衣装を冨岡に引き継いだ。その隣で不死川はクラスメイトから狼男の被り物を受け取っている。彼は風のような子供時代を送った名残で、身体のあちらこちらに擦傷があった。シャツの胸元を大きく開いただけで、荒くれた狼男の完成だ。役の采配がいい。
    冨岡を先頭に、二人はお化け屋敷へと消えた。
    10秒としないうちに冨岡の悲鳴がして『何、自分の持ち物で滑ってンだ』と不死川の声が響く。こんにゃくで足を滑らせたらしい。
    残念ながら二人と持ち場が被らなかった伊黒は、どうやって時間を潰すか思考を巡らせた。
    元来がお祭りと一体化できる気質ではないため、他の友人たちと合流するのも気分が乗らない。

    自然とクスノキに足が向いた。
    年に数日しかない秋らしい気候で、昼寝するには最高の日和である。
    慣れた足取りで枝の上まで登りきると、頭上から男女の声がした。

    「この間はヤってくれたじゃん」
    「それっていつの話?」
    「修学旅行のとき」
    「あー……だって、しなきゃ帰らないって言うんだもの」

    とんでもない会話であった。

    「ギャッ!? 誰?」

    女が伊黒に気付いて悲鳴を上げた。
    化粧は派手派手しいが、素の良さを思わせる凄みのある美人だった。彼女は童磨に跨っており、乱れた衣服から真っ赤な下着が露わになっている。

    「え……いや、お邪魔しました」

    伊黒は一刻も早くこの場を後にすべく、幹に足を掛けた。

    「ていうか、邪魔なのは君なんだけど」

    いつもの綺麗な声から想像もつかない、底冷えのする声色だった。
    今の台詞、童磨だよな? と信じられない気持ちで降下する伊黒の足が止まる。

    「え、わたし!?」
    「ここは俺ら二人の場所なんだ」
    「でも………」
    「俺、しつこい女の子は嫌いだよ?」

    女はキャラメル色のカーディガンを乱雑に羽織ると、木を降り始めた。
    手を差し伸べて補助しようとしたら、信じられないほど強い力で手を払われ、伊黒は唖然とする。

    「放っておいていーよ」
    「お前な………」

    童磨は普段と寸分違わぬ態度で、棒付きのキャンディーを舐めている。
    かと思えば、伊黒がいる一段下の枝まで降りてきて、光のような顔をぐっと差し出した。

    「な、何だ………?」
    「切ない顔をしてたから」
    「俺がか………?」
    「他にいるの?」

    瞬きする音まで聞こえそうな近距離に、心臓が汗をかく。
    刹那、童磨は伊黒のマスクを顎までずらした。

    「なっ………」
    「君、こんなに綺麗な顔をしていたんだね」

    童磨が歯列を覗かせ笑うと、八重歯が覗く。
    それが非の打ち所がない端正な顔とはアンバランスだ。一見、茶目っ気のある雰囲気であるのに、何故だか伊黒には鬼と重なる。
    この男にはどこか底知れない不穏さが付き纏っていて、伊黒は未だその正体を掴みきれずにいた。

    「ん、む」

    不意に柔らかい感触が唇を覆う。
    童磨が伊黒にキスをした。
    キス、された。

    「…………えっ?」
    「そうして欲しそうに見えたから」

    違った? と、童磨は真っ直ぐに尋ねた。
    心臓がのたうち回るような緊張の後、やってきたのは怒りに似た激情だった。
    伊黒は童磨のシャツの胸元を掴んで手繰り寄せると、噛み付くように唇同士を重ね合わせた。

    「……ッ痛」
    「す、すまない」

    童磨の口端に血が滲む。
    透明な肌に赤が混じるのは、まっさらなものを汚してしまったような罪悪感をもたらした。

    「初めてだったの?」
    「…………」

    傷付けようと思った訳ではなく、力加減が分からなかったのだ。
    落ちた沈黙に肯定の意を汲み取ったらしい童磨は、伊黒の肩を後方に押しやった。それほど強い力ではなかったので、枝に背をつけたのは伊黒の意思である。

    「こうするんだよ」

    何度か啄むようなキスをして、伊黒の息が上がり始めた頃合いで舌が挿し込まれた。
    拙い伊黒の舌を丁寧に受け止め、宥め、溶かす。
    腰が崩れそうに気持ちがよかった。

    禁忌はピーチティーの味がした。
    童磨がすきな飴の味だ。



    高等学校ともなれば、体育祭の観客席を埋める保護者も疎らである。
    次の種目は3年生の200メートル走だ。伊黒は気のない素振りをしつつ、童磨を探す。
    いた。ジャージズボンをやや腰履きにして、次の走者が待機するラインの前に突っ立っている。
    童磨の番がやってきた。
    始まってみれば五人中二番手と、足は速いものの劇的な活躍という感じでもない。すると、先頭を走っていた生徒が派手に転倒し、会場全体が嫌な緊張感に包まれた。
    追いついた童磨は立ち止まり──身を屈める。
    他の選手たちはその脇を走り抜けていくが、童磨は気に留める様子もなく、負傷者と共に歩いて悠々とゴールテープを切った。結果として、会場は優しい色に満たされ、童磨は一等賞を凌ぐ栄光を手に入れる。

    「相変わらず、目立ってんなァ」

    凡そ『俺は優しいから放っておけないんだ』などと抜かしているのだろう。心がない癖に。
    しかし、一見にはただの優しい美男子なのだ。

    「次、学年合同種目だよ」

    冨岡のプログラムを不死川と両脇から覗き込む。

    「借り物競争だったよなァ」
    「高校生になってまでする競技ではないな」

    そぞろと集合場所に集まり、学籍番号によるくじ引きで走者が無作為に選ばれた。三人とも当選しなかったので、その場に座って観客となる。
    二十人の生徒たちがお題の紙を手に、競技が始まった。その中には童磨もいた。
    お題はひともあれば物もあるらしく「ガラケー」とか「校長先生!」「バンドマンの奴!」と方々で声があがっている。童磨は──

    「綺麗なモノ。どーこだ?」

    そう探し物を口にするや否や、女生徒たちが揶揄い半分にワタシワタシと挙手をする。
    童磨に選ばれることは学校という小さな社会の中で高位に立つことを意味するのだ。
    童磨は頬をひと掻きし、そうして、迷いのない足取りで歩き始める。今しがたヒーローになった童磨の動向を、老若男女が見守った。

    「見いつけた」

    童磨が選んだのは──伊黒だった。

    「ちょ、っ、何だ!?」
    「ふふっ」
    「何で俺なんだ?」

    座っている伊黒の腕を引き上げると、童磨は有無を言わさずゴールへと走り出す。真意を掴めない伊黒は、為されるがまま両の足を交互に繰り出すばかりだ。
    ゴールテープを越えた後も伊黒は身に起きたことを理解できずにいた。周りも「どういった判断基準なの?」と同感しかない感想を口々にする。
    童磨はどこ吹く風でウーンと伸びをした。上着がずり上がって、綺麗な骨盤の線とボクサーパンツのラインが覗く。

    「瞳が綺麗だからこの子にしたの」

    斜め上をいく理由に、観衆も斬新だねと朗らかな反応をみせている。童磨はこの窮状を誰の反感も買わないやり方でアッサリと解決したのだった。
    例え、恣意的な言動であっても周りが都合のよい解釈を付けてくれるのだろう。
    童磨はそういう星の元に生まれた。

    「伊黒君、今から休憩だからお礼にジュース買ってあげるね」

    童磨はニコッ! と笑うと、実に堂々と伊黒の腕を引いてその場を後にする。
    誰ひとりその状況を訝しむ者はいなかった。

    宣言通り、ジュースを握らされた伊黒は、怒涛の怨みつらみを吐いている。
    飲み慣れない甘味飲料は一口飲んで、即刻キャップを嵌めた。せめて何が欲しいかお伺いを立てて欲しいものである。
    童磨は冷たい緑茶を傾け、綺麗な喉仏を動かす。
    伊黒だって同じものがよかった。

    「金輪際ああいうことはやめろ」
    「ジュース飲まないの?」
    「お前のその耳は飾りなのか? というか、甘いものは飲まん」
    「要る?」

    不躾に差し出されたペットボトルに、伊黒は眉を顰めた。

    「あ、間接キスとか気にする? 純情さんだ」
    「殺す………」
    「ホント、君ってかわいいね」

    トンとごみ箱脇の壁に押しやられ、首筋にコンクリートの冷たい感触がした。
    薄暗い休憩所に、虹色の瞳が妖しく光る。

    「綺麗な目だなぁ……」

    しみじみ言って、童磨は親指と人差し指で伊黒の瞳を見開く。まるで味見をするように。
    背中から這い上がってきた底知れない嫌悪感に、伊黒は身動きも忘れて本気で怖気立った。

    「馬鹿、やめろ……」
    「ガラスケースに入れて飾っておきたいな」
    「なっ………」

    童磨は拍子抜けする単純さで伊黒を解放すると、身を翻した。数歩あるいて、アと立ち止まる。
    緑茶のペットボトルが空中に美しく弧を描き、伊黒の手中に収まった。

    「ソレあげる」

    呆然と立ち尽くし、伊黒は暫くペットボトルを見つめていた。どっどっどっ、と心臓が壊れたみたいに拍動する音を身の内で聞きながら。
    背筋の凍る綺麗な笑顔が、走馬灯のように伊黒の脳内を駆け巡った。



    ブレザーを羽織っても肌寒い。木の上でおちおち昼寝していられない季節となった。

    「オバナイくん、寒いんだけど」
    「擦り寄ってくるな。転落しかねん」

    巨木と言えど、枝の上に二人並んで座るほどの余裕はない。

    「じゃあ、こうしよう」

    伊黒は童磨の足の間に収まった。

    「は?」
    「エ、何?」
    「強制わいせつ罪だな。死ね」
    「だって、こうして嫌だと言われたことないし」

    ものの弾みで口付けたからとて、その後睦み合う関係になった訳でもなかった。このままでいいと考えていたのか、関係が進展することを望んでいたのか、自分でも釈然としない。ただ、後ろからぎゅっと抱き込まれると、その体温にたぶらかされたいような変な気持ちになる。
    伊黒の肩に顎を乗せ、童磨は温泉に浸かったときのような気の抜けた息を吐いた。
    青リンゴの甘く爽やかな香りがする。童磨のワックスの香りだ。

    「温かいねぇ……」

    そう耳元で囁かれれると、本能的に身を委ねてしまいたくなった。
    童磨の声は冷たく、そして極上に甘い。

    「寒くなると死にたくなるからね」
    「何度も言っているが、ここに死ににきた訳じゃない」
    「命は尊いからね。大切にしないと」
    「思ってもいない癖に」
    「ア。俺んち来る?」
    「は?」
    「だってここ寒いし」

    電車で移動すること三十分。
    駅名は知っていたものの初めて降り立ったその地で、伊黒は忙しなく視線を這わせている。
    今どき珍しく商店街が活気に満ちていて、八百屋に魚屋、果ては豆腐屋まで繁盛していた。

    「こんな場所だったのだな。知らなかった」
    「卸市場が近いからね」

    商店街から逸れた脇道を童磨に続いて右折する。
    と、急激に雰囲気が変わった。
    二階建ての古民家で、一階部分が往来に開かれた番台のある店舗が見渡す限り続いている。番台には二人が腰掛けており、ひとりは年増の女、もう一方は扇情的な格好をした若い女性だ。
    『桃源郷』『桔梗』『ゆかり』などといった店名の看板が煌々と掲げられていて、打って変わった雰囲気に伊黒は戸惑った。

    「おい……ここは……?」
    「花街だよ?」
    「は?」

    確か商店街からこの道に入る際、料理組合の看板があった気がする。だからてっきり、食事処が集まった場所なのかと検討をつけたが違うらしい。

    「ドウマちゃん、お帰り〜」

    番台の女がビューラーを手に、手鏡から顔を上げて童磨に挨拶した。胸が溢れそうなスパンコールのドレスを着ている。正直、白昼では視線の置き場に困るレベルの露出具合だ。
    肩身の狭い思いをしている伊黒と対極に、童磨はにこやかに手を振り応じる。

    「ただいまぁ」

    確かな足取りで路地を突き進む童磨の腕を掴み、己の口元にその耳を引き寄せた。

    「オイ、どういうことだ」
    「だから花街だって」
    「あの女たちは売りものということか?」
    「春を売ってることは確かだけれど、遊郭と違って身売りされた訳ではないよ。全て仲居さんたちの意志でやっていることだ」
    「仲居?」
    「入口にあっただろう? ここは建前上、料理組合だ。食事をする前提で入店したが、自由恋愛に基づき体の関係になった、という逃げ口上で成り立っていて、お上もそれを容認してる」

    公娼制度は消滅したものと思っていた伊黒であるが、その文化は連綿と受け継がれているらしい。性産業は侮れない。

    「お前の実家がここの元締めということか?」
    「そうだよ。女買う男ってどんな感覚なんだろう? 水道水にお金払うようなものだよね」
    「……もう何も言うまい」

    童磨の軽薄で妖艶な在り方は花町に通ずるところがあると、伊黒は腑に落ちる思いがした。
    幼少より色欲を肌で感じて育ってきたのたろう。

    「ここだよ」

    花街の終わりに童磨の家はあった。
    四方を囲む外壁も含めて全面灰色のコンクリート住宅で、それなりのマンションが建つ敷地面積を誇っている。
    オートロックを施錠し、童磨は門をくぐった。何の感慨もなさそうである。
    二階部分が玄関になっており、そこに行き着くのに踊り場まである階段をあがった。

    「お邪魔します……」

    これほど緊張する友人宅は初めてである。
    応答する者はなく、シン…と静まり返った空間に伊黒の声は吸収された。絢爛な花瓶に、これまた相応な生花が生けられており、粉っぽい花粉の香りがする。童磨が乱雑に脱いだローファーまで何故か伊黒が揃え、長い廊下を抜ける。
    扉の先はリビングダイニングだった。
    調度品の良さは言わずもがなで、白樺の幹にガラスの天板が乗ったダイニングテーブルには料理が並んでいる。ラップを掛けられたそれは、見るからに手の込んだ品々で、高級ホテルのバイキングと並んでも遜色しない品数があった。

    「豪勢な食卓だな……」
    「欲しければドーゾ。俺は要らないし」
    「食べないのか? さすがに母親が不憫だ」
    「家事の類は全て小間使いさんだよ。だって自分で作った方が美味いんだもの」
    「意外だな。女が作って当然と思っていそうなものなのに」
    「女の料理人ってみたコトないでしょ」
    「確かにそうだな」
    「彼女たちはホルモンバランスで味覚が変わるから、基本的に料理には向いてない。恒常性、習ったでしょう?」

    伊黒が料理に手を伸ばさないでいると、童磨は階段に足を掛けた。コンクリートを打ちつけただけの、壁の反対側は階下に直結という、瀟酒ながら優しさの欠けらもない階段だ。この家には生活の温度が全くといって感じられない。
    通された部屋は意外にも和室だった。
    若草色の畳に紅い漆塗りのテーブルが映え、視線を誘う。右手奥は引き戸となっていて、金粉をあしらった蓮子の花が描かれていた。大奥でも出てきそうに仰々しい。他にはややレトロなベットが置かれているだけで、学生らしい書物が詰まった本棚や、嗜好品の類は一切置かれていなかった。
    身の置きどころに迷っている伊黒に構いもせず、童磨はベットに座り足を組むと、ごく自然に煙草に火をつけた。

    「喫煙するのか?」
    「ん? うん」

    体育祭の精彩を欠いた走りを思い出す。
    なるほど、喫煙により肺活量が落ちているのだろう。飴を舐めるのは口が寂しいからか。

    「座りなよ」

    優雅に紫煙をくゆらせる姿を傍観している伊黒に、童磨は流麗な目元を細めて言う。
    単純かな、その剣呑な雰囲気を格好いいと感じてしまった。
    社会的距離を保ちつつ、適当に腰を落ち着けた。
    テーブルには灰皿と白檀塗りのティッシュケースしか乗っておらず、天板には指紋ひとつない。
    隅々まで磨き上げられ、所帯とは随分遠いところにある空間だった。正しさが行き届き過ぎたものというのは、往々にして息が詰まる。

    「綺麗過ぎて落ち着かない部屋だ」
    「しなくていいって言うのに、清掃されるからね」

    手持ち無沙汰の伊黒はシーツに肘を付き、ベットサイドの窓を見た。
    木製の格子が組んであり、その向こうが中庭になっているらしい。ボルトー色のランタナに季節外れの青いアサガオが絡んでいて、潔癖とした室内とは対照的に混沌としている。
    伊黒はだんだん自分がどこにいて、何者なのかが分からなくなってきた。

    「この部屋には娯楽が何もないな」

    陽光を吸い込んだシーツだけがここで唯一、安心できる温度をもっていた。
    伊黒はそっと頬をつけてみる。滑らかで、清潔な香りがした。

    「ねぇ」
    「ん?」

    刹那、童磨は身を屈めると、触れるだけのキスを寄越した。体温を感じる前に唇は遠ざかる。
    特に驚きはしなかった。そうすることが自然である気すらした。

    「まだ退屈かい?」
    「………そうだな」

    伊黒の顔にかからないよう、明後日の方向に煙を吐き出すと、童磨は煙草を揉み消した。
    昆虫が蜜に集まり、羽虫が光に向かうように。
    原始的な衝動が伊黒を駆り立てる。一方で、理性が童磨を敵だと警鐘を鳴らした。頭痛が酷い。

    「………怖いのかな?」
    「………いや、」

    再度、唇が重なった。今度は生温さを感じた。
    足りない、と思う。もっともっと奥深く、童磨の体温を知りたかった。
    童磨は首を僅かに傾げ、とても素朴な顔をする。
    柔らかな髪が午後の光に透けて、ベッコウ飴みたいに綺麗だった。万華鏡の瞳が伊黒を見つめる。

    「怖いのはね、知らないからだよ。知れば怖くなくなる」
    「………教育を施してくれると?」
    「俺は優しいからね」

    運命の分岐点。最後勧告。
    この男は力で捻じ伏せるようなことをしないのだ。獲物が堕ちるのを、ただ典雅に待っている。
    瞼を閉じると、童磨の八重歯が首筋に触れた。 

    伊黒は手遅れを選んだ。

    ─完─



    あとがき

    *ドマ氏には鬼の名残で八重歯であって欲しい。永遠の厨二病だから。

    *『社会適応力ゼロ』vs『何でもできる』の二つのドマ氏が頭の中で正面衝突してます。そろそろ有識者会議を開きたい。

    *初登場は花街だった!と思い出し、ドマ氏には花街に住んで貰いました。花街のモデルは大阪の松島新地です。かなりリアルに書いてみました。二年ここで暮らしたことがあるので…(!)
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