ファイ穹 望日まとわりつく熱気と蝉の声が呼吸音以外をかき消す。
全力で走っているはずなのに、目の前にいる彼は悠々とあるいたままで、その距離が一向に縮まることはない。
「まって、まってくれ…!」
俺の声は聞こえている距離なのに、灰色の彼は普段と同じような軽い足取りで気にも留めずに走っていってしまう。喉が熱い、乾いてるはずなのに夏らしい湿気が渇き惑わして咳込む程にも至らない。草の匂いに慣れ切って足には踏んだ土がついたまま、どれくらいこの茂みを走ったかなんて気にする余裕はなかった。
ただ彼が、いつも一緒にいてくれる彼が今日は様子が違った。僕を見ても何も言わず、静かに逃げるように走り出したのだ。僕が咄嗟に追いかけ始めるも、速いと称されたこの脚は大した役に立たなくて、追いついたと思って角を曲がっても彼はすぐに次の角へ姿を消していたのだ。
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