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    ebizou_1127

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    容植 02

    海誓山盟
    永久に変わらない海や山のように、変わらない誓い。 愛情が永久に変わらないと誓うことにも用いられる。

    #成化十四年
    14thYearOfChenghua
    #容植
    toleration
    #丁容
    dingRong
    #汪植
    wangShik

    容植02 海誓山盟あれから数日が経った。


    本来ならば族滅死罪を免れない所だったが、首謀者三名は官位を剥奪され、それぞれに処罰を受けた、と聞く。

    あの御方に銃口を向けた私は、死罪となるか、若しくは尚明のように宮中で奉仕する宦官の最下層へ落とされるのだろうと思っていた。

    しかしながら、拷問を受ける訳でもなく、あの日からずっと獄に繋がれたままだ。

    あの御方にとどめを刺すことが出来なかった時から、とっくに覚悟は出来ているというのに。

    処分が決定しないのは、私が陛下の命で、残りの博浪を完成させ、その製造法を知る唯一の危険人物だからかもしれない。


    無為な時間が、見えない泥のようにまとわりついている。

    私はため息を吐いて、目を閉じた。

    西廠の中庭で見たあの眼。

    裏切りへの怒りと驚きが綯い交ぜになったようなあの眼が浮かんできて、胸が苦しい。

    最後に対峙した時ですら、何とか私を巻き込まないように配慮下さっていたのに、私は敢えてその意を汲もうとはしなかった。

    私には、それを受ける資格すらない、と思ったからだ。


    私は、日毎夜毎に願う。

    少しでも憐れと思って下さるのならば。

    どうか、どうか。

    早く死を賜りますように、と。





    しばらくして、書物が数冊届けられた。

    西廠の私の研究室に置いていた、読みかけの書物だった。

    あとどれだけ時間があるのか分からないが、続きが読めるとは思ってもいなかったので、有り難く受け取った。

    幸い、私の牢には狭いながらも日が差し込む場所があり、日中はそこで書物を読んで過ごす事が出来た。

    ある一冊を読み終わった時に、ふと気付いた。

    裏表紙の端に、明らかな意図を持った筋が入れられている。

    私は、指先に神経を集中させて、その筋をなぞってみた。


    「暫し待て」


    私が考案して、あの御方にお教えした新しい方式の暗号だ。

    念のため、他の書物も確認してみたが、暗号が印されたものはこれだけであった。

    書物を差し入れて下さったのは、間違いなくあの御方だとは思うが、「待て」とは一体どういうことなのか。





    河套への派遣が決まってからは、事後処理に加えて、人員の刷新、今後の人事計画、業務の引き継ぎに忙殺された。

    そして、丁容の処遇。

    当初から謀反に関わっていた訳ではないが、贾逵の恩赦の時のように、ただ根回しするだけではどうにもならない、と考えた私は正攻法で行くことにした。

    河套へ丁容を伴う事をお許し下さるよう、陛下に奏上したのだ。

    それを受けて、陛下は直ぐに私をお召しになり、


    「そなたを裏切った者を連れて行く?正気か?」


    と、訝しいお顔でお尋ねになった。

    陛下のご下問はごもっともで、私自身もそう思う。

    長年、側近くに仕えた副官でありながら、最後の最後で裏切った丁容を赦し、あまつさえ任地に伴うなど、愚の骨頂だと。


    「西廠創設以来、忠義を尽くしてくれた優秀な人材です。もし、あの時、二心を持っていたのならば、確実に私を殺していた筈です。讒言に惑わされたのは、未熟な上官への不信感からであり、全ては私の不徳の致すところです。どうか、英明なる陛下の御聖断を仰ぎたく存じます」


    私は衷心から、嘘偽りのない気持ちを述べた。


    「以前の汪植ならば…背信行為は決して許さなかったと思うが…?」


    全てを見透かしてしまうあの目で、陛下は私をご覧になった。

    そして、暫しの沈黙の後、


    「上に立つ者の孤独は、朕が誰よりも理解している。人は誰しも支えとなる存在が必要だ。よし、許可しよう。あとはそなたが巧くやれば良い」


    とご裁可下さった。


    「御聖断に感謝いたします」


    私は平伏した。


    「しかし…汪植がそこまで買っている者ならば、都に留め置いても良いかもしれぬな」


    思ってもみなかった陛下のお言葉に、私は思わず顔を上げた。


    「汪植。そのように焦った顔を見せたのは初めてではないかな。あぁ、心配するな。取ったりはせぬよ」


    陛下は、本当に楽しそうに破顔なさった。





    深夜、小さな灯りをひとつだけ手にした誰かが、私の牢の前へ来た。

    お顔は見えないが、その足音で判る。

    ああ。

    もう既に懐かしい。

    督公の薫衣香が、優しく私の鼻腔をくすぐる。


    「明日、私は河套へ発つ。お前も連れて行く。陛下にお許しは頂いた」


    簡潔なお言葉の中に、怒気は感じられない。


    「…何故私を死罪にしてくださらないのですか」


    私は収監されてからずっとずっと思っていた事を、ようやく口にする事が出来た。


    「処分を選ぶ権利など、お前にはない。それに…お前は私との約束を果たしていないのだから、まだ死なせる訳にはいかない」

    「約束?一体何の事ですか」


    ふぅ。と小さな息を吐く音が聞こえた。


    「名を名乗らぬ代わりに『来年の夏、一緒に蝉の羽化を見よう』と、幼かった私と約束をしたのは誰だ?」


    あの夏の日の、夕暮れの光景が一瞬にして蘇った。

    薄暮迫る回廊。

    地面にしゃがみ込む小さな影。

    余りにも幼気で、思わず声を掛けてしまった、あの小さな背中。

    そのお身体を背負った時の、思いがけない軽さ。

    首にしがみつく小さな手の温もり。

    あの時、どういう訳か泣き出しそうになってしまった私は、それを悟られぬように蝉の羽化について話をしたのだ。


    「それは…間違いなく私です。しかし…何度か西廠の庭でご一緒に蝉の羽化を見たではありませんか」

    「何だ。忘れたのか?次に会ったら、美しく神秘的な蝉の羽化の話の続きをお話ししますと言ったではないか」


    あぁ。

    そんな些細な事まで。


    ぱちっ

    通路に置かれた篝火が大きく爆ぜる音がして、私は思わず顔を上げた。


    「あの後、私はお前に会いたくて、何度も何度もあの松の木まで行った。その次の夏も、またその次の夏も。しかし、とうとう会えなかった」

    「申し訳ありません。あの後…数年間、都を離れておりました。急な命令で…」


    私にとっては忘れ難い甘美な思い出ではあるが、その事について、改めてお伺いするまでもないと思っていた。

    実際、西廠提督を拝命なさった直後に副官をお選びになる際も、李商隠の蝉の話を持ち出されたが、私が副官に任じられて以降、一切あの話はなさらなかった。


    「覚えていらっしゃらないのかと思っていました」


    そうか、私は問い質さなかったからな、と独り言のように呟くと、くすくすと小さくお笑いになった。


    「それに…私からの文に返事を寄越さなかったのは陛下を除いてはただ一人、お前だけだ」


    拗ねたような声で仰るが、私には全く覚えがない。


    「文?そんなことは有り得ません!いつでも私は!あ…まさか…」

    「あの夏の終わりに、松の木の枝に文をくくりつけたのだが、お前はそれを見れなかったのだな」

    「知らぬ事とはいえ、お返事を差し上げないままであったとは、大変失礼を致しました。宜しければ、その文には何と書いていらしたのか教えては頂けませんか」


    その問いにはお答えにならず、懐から細く折り畳んだ紙片を取り出すと、こちらに差し出され、私はそれを受け取った。

    手触りから推察するに、少し古い紙のようだが、私の手元には灯りがないので中身を確認する事が出来ない。


    「河套でも蝉の羽化を見ることは出来るのか?」


    その問いかけに、私は泣き出しそうになっていた。


    「…はい、恐らくは」


    「そうか。では、返事を寄越さなかった無礼を許す代わりに、あの日の約束を果たしてもらう。それに、続きを聞かせて貰わねば、どうにも落ち着かない」


    私の返事を待つまでもない、と言わんばかりに踵を返すと、ふいっとそのままお帰りになった。


    河套は、北方異民族が放牧地として出入りする、常に緊張感が漂う地域だ。

    まずは、この地域の異民族を上手く治めてみろ、という事なのだろう。

    永楽帝の御世の宦官でありながら、当時の積極的な対外政策によって、七度の大航海を指揮した鄭和のようになりたい、と一度だけ仰った事がある。

    陛下や万貴妃様からの寵愛だけではなく、ご自身の力で、揺るぎない地位を築きたいとのお考えからである事は間違いない。

    この度の疑獄を見事に収めた最大の功労者として、念願の軍務に着かれるのだろう。

    ますます遠い存在になってしまわれるのだな。

    埒もない事を考えながら、その場に座り込んでしまった私の手元に、外から月の光が細く細く差し込んできた。

    私は、慌ててあの紙片を開いた。

    あの御方の手蹟である事は間違いないが、今よりも随分と幼い字で

    『来年の夏は貴方と一緒に蝉の羽化を見たいです』

    と書かれていた。



    小さな約束。

    ふたりだけの古い約束。

    次の初夏までだとしても、構わない。

    共に蝉の羽化を見る為だけでもいい。

    許されるのならば、今暫く、私は、あの御方と共に生きていたい。


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