転生とりかへばやものがたり のそりと起き上がるといつもの場所に時計がなかった。
カーテンから漏れる光から朝であることは確か。
それからアラームが鳴ってないであろうことから寝坊していないことも確かだなと思いながらゆっくりとベッドから起き上がるも、昨晩枕元で充電器に差したスマホがどこにも見当たらないことに気が付く。
ベッドの下に落としたかな…と寝起きの頭で考えながら、しかしいつもより幾分目覚めは良くてそのままベッドから出ていくと、しゃっとカーテンを開けた。
そしてこの時ようやく違和感に気づいたのである。
なんか、窓の外の景色が違くないか?
昨日は自分の家に帰っていつも通りの時間にベッドに入ったはず。
どこか別の場所で寝たなんて可能性はゼロに等しいし、なにより全く見覚えのない風景にだんだんと焦りが湧いてくる。
カーテンを開けたことによって明るくなった部屋を見渡すとやっぱりここは知らない部屋であり、動揺してばたばたと妙に広いベッドの周辺を歩き回るとクローゼットの姿見に映る自分と目が合った。
「は?」
そこに映っていたのは白い髪に青い目をした男の姿。
傑は驚愕した。
まじまじとこちらを見ているのは良く見知った、あの悟の顔なのにここにいるのは自分自身なのだから。
恐る恐る姿見に近付き、顔や身体に触れるも、やっぱり鏡は傑が動いたとおりに表情や手を動かす男を映すのである。
「いや、え?」
それから自分の口から放たれる声ももちろん悟の声。
今こうして鏡の前で呆然と立ち尽くしているのは自分なのに、映し出されているのは悟なのだから意味が分からない。
これは夢?否、そんなことはないと直感が傑に指摘する。
今認識できていることだけで状況を推測するとすれば、どうやら自分は悟になってしまったらしい。
そもそも傑は前世の記憶というものをもって生まれていたが、大学生になった現在までに前世で知り合った人間には出会ったことがなかった。
もちろん悟とだって出会っていないし、そもそも探そうともしていなかったのである。
自分のように生まれ変わっているかわからないし、もし会えたとしても悟はどんな顔をするだろうか?
否、会わない方が良いに決まっているだろう。
そんなことを考えながら日々なんとなく、この世界にいるかどうかもわからない悟のことを頭の片隅に置きながら過ごしていた矢先のこの出来事である。
会う会わない以前に悟になるっていったい何?
傑はもう一度部屋をぐるりと見渡し、そしてそっと部屋の外へと出ていった。
しんと静まり返ったマンションの一室。
少ないながらも生活感は感じられるので、恐らく悟が住んでいる部屋なのだろう。
ということは自分は悟と入れ替わってしまったというのだろうか?
もしくはここは元居た世界と違う、自分のいない世界なのか…
そう考えると少しだけぞっとした傑はもう一度先ほどの寝室に戻ってどこかにスマホのようなものがないかを探し、ベッドの隙間に落ちていたそれを引っ張り出した。
顔認証で悟のスマホのロックが解除される。
そりゃあ悟の顔だしな。と思いながら傑は、ブラウザを立ち上げて一瞬考えると、中学の頃に出場した柔道の大会の記録について検索する。
そうすれば、当時の記録にはしっかりと「夏油傑」の名前があったので、ひとまず胸をなでおろした。
ついでに西暦や日付を確認してみてもやっぱり心当たりのあるもので、ネットニュースも傑が最近見かけたものばかりだった。
それどころか今日はちゃんと傑が昨日自分の家の自分のベッドで横になった日からの翌日であり、やっぱり単純に自分たちは入れ替わってしまっているという可能性がより濃厚になったのである。
疑問にひとつあたりがついて少しだけほっとした。
とはいえ今から自分はどうするべきなのか?
ベッドの端に座り、クローゼットの方を見ればやっぱり姿見には悟の姿が映っている。
悟っていま何してるんだ?
自分と同じ年ならば大学生、もしくはもう働いている?
とりあえず今自分がすべきことは悟としての生活だろうと思い傑は、まず悟の身の回りの物を少し調べてみることにしたのである。
名前は知っているが実際に訪れたことのなかった大学の門をくぐるのはどことなく緊張した。
家の中で見つけ出したものから悟が大学生であり、理系の学部に通っていることまでは判明したのでとりあえず着替えて登校することにしたのである。
大学という多くの人間が通う場所に在籍しているということなので、大多数の中に紛れてしまえば多少傑の動きがぎこちなくてもそこまで注目されることはないだろう。
たぶん悟もそこまでだれかれと交流しているわけでもなさそうだし…と勝手に考えて敷地内を散策していたのである。
傑も大学生だったが、通っている大学はここまで多くの建物や設備、そして人間は存在しない。
物見遊山の気持ちを持ちながらもなるべくきょろきょろとしないように、ひとまずはどこか目的地を決めようかと学校のカフェテリアか図書館なんかを目指すことにしたのである。
今日受ける講義があったかどうかまではわからなかったが、まあ悟のことだから一度や二度サボっても問題ない成績なのだろう。なんて考えながらぼんやりと通りかかった喫煙所のベンチでコーヒー片手に座っていると、「あ、五条!」と背後から呼びかける様な声が聞こえてきたではないか。
むろんそれは、現在五条悟である傑を呼ぶ声である。
瞬時に反応が出来ずに慌てたものの、声の主は気にせずに傑のもとへ近づいてくる。
きっとこの大学の生徒であろう男性ふたりと女性がひとり。
傑が知るよりもない顔だったが、向こうは悟の姿をした傑に物怖じなく話しかけてきたではないか。
「どうしたんだよこんなところで、てか二限サボるの珍しいじゃん」
「え?ああ…寝坊してさ」
「えー五条が珍しいね?」
どうやらこの三人は悟と同じ学部に所属する学生らしい。
そして思いの外悟は授業への出席率は良いようだ。
「すまない、発表とか何かあったっけ…?」
「いやそういうのはないけど…」
学生のうちの一人が目をぱちくりさせた。
「つーか…五条今日変じゃない?風邪でも引いた?」
「あー…そうかな?」
「うん、なんかいつもとちがうっていうか…」
なあ、と一人が言えば、残りの二人もたしかに…と頷くではないか。
「調子悪いなら休んだがいいぞ、ゼミ休むことは教授に言っとくからさ」
「あ、ああすまないね…そうさせてもらおうかな」
「そうさせてもらいな!というかまじで大丈夫なの?」
冷や汗もにじむような動揺の中、思わず悟の口調をまねるのも忘れて返事をしてしまったものだから余計に首を傾げられてしまった。
ともあれこの場は体調不良という形で片付けてもらえそうなので、傑はじゃあなとこちらに手を振る三人に手を振り返すと、はーあと大きくため息を吐いて胸を撫で落ろした。
組織に所属する以上は悟にも最低限のコミュニティはあるらしい。
いやまあそれはそうだろう。と自分自身に言い聞かせ、反省しながら傑はもうこの後は言われたとおりに元の悟の家に帰るべきだなと残りのコーヒーに口に着けた。
「よお、夏油が恋しくてとうとうおかしくなったか?」
ぱたっと傑の目の前にまた人影が現れる。
またかと思うと同時に、なぜか自分の名前を呼ばれた気がして顔を上げた。
「えっ、硝子…?」
そこにはまさに現世の同期であった硝子が立っていたのである。
ぎょっとして言葉を失っている傑の様子に硝子はきょとんとするが、すぐにゆるりと笑った。
「はは…驚いたね。君ってもしかして夏油なわけ?」
「…いや、いまは悟だよ」
「意味が分からん」
なーにやってんだよ今度は。と言いながら硝子はすとんと傑の横に座り、そして手に持っていた缶コーヒーの蓋をぷしっと開いた。
「何が起きてるのか私も知りたいんだよ…起きたら悟になってたんだ」
「へーえ?面白いね」
「面白いもんか…というか、まあ、久しぶりだね硝子」
「ああ、久しぶり。君もどっかで生きてたわけだね」
「まあね」
元気そうで何より。と硝子は言った。
聞けば悟と硝子は高校の頃に再会し、学部は違えど同じ大学に通っているらしい。
「私は出来れば悟と顔を合わせずに元に戻りたいんだけど…」
「いや無理だろ」
「もうちょっと考える素振りとか見せても良くないかい?」
「考えるだけ無駄ってこと」
硝子は懐から煙草を出しながら続けた。
「今の君は五条にとって目印でしかないだろ?入れ替わってるってことを五条が気づかないわけないし、だったら自分が元居た場所に帰って君を見つけ出せばいいだけの話だ」
「うわ確かに」
「そんでほら、噂をするとさ」
「えっ」
煙草をくわえ、にやにやとする硝子がくいっと顎で向こう側を差し示した。
傑がその指示につられるように顔を向けると、こちらへ何かが全速力で向かってきている様子が目に飛び込んできたのである。
もしかしなくてもそれは自分の姿であり、悟に違いなかった。
「嘘、はや…じゃ、じゃあね硝子!」
傑はそう言ってすくりと立ち上がって反対方向に走り出すと、「あ!くそ待て!」と叫ぶ自分の声が聞こえてきたのである。
その様子を硝子は煙草をふかしながら、まあ頑張って鬼ごっこしなよ。とひらひらと手を振って見送ったのだった。
地の利はもちろん悟にあり、傑は大学の敷地内から逃亡する前に悟に捕まってしまった。
ぜえぜえとお互い息を切らして顔を突き合わせ、悟は傑のシャツをしっかりと掴んで離さない。
これは前世ぶりの再会に違いなかったものの、互いが見ている顔は入れ替わっているせいで自分の顔なのでなんとなく微妙な気持ちの方が勝ってしまう。
二人ともそれぞれ主張したいことはあれど、それはいまではないという事が示し合わせずともわかっていたのだった。
「まず元に戻る方法考えねえ?」
「賛成だね、この問題をどうにかしないことにはなんともだし」
とりあえず目立たない場所で落ち着こうと、旧研究棟の側に備え付けてあったベンチに並んで座ると、傑の顔をした悟がはーっと大きくため息をついた。
「俺、朝起きたらお前だったんだけど」
「それは私も同じだよ、起きたら知らない部屋で、君になってた」
「それって俺んち?」
「そうだと思うよ」
君が昨日ちゃんと家に帰ってるならね。とからかい交じりに言えば、どういう意味だとと眉間にしわを寄せられる。
なんとなく懐かしい雰囲気がする。
状況はこうだが今この場には悟と二人きりというシチュエーションなのだ。前世の学生時代ぶりの時間だろう。
「心当たりは?」
「ねえな」
「だよね、私もだよ」
そんなわかりきった問答を交わす。それぞれ肩を落として遠くの空を見上げた。
「また寝て起きたら、明日には戻ってねえかな…」
「どうだろ…でも実際寝て起きたら入れ替わってたわけだし、可能性はないとは言えないね」
悟の呟きに傑がそう答えると、悟がくるりとこちらを向き、そしてじっと見つめてくるではないか。
「…なに?」
「今夜はいったん寝て起きてみるか」
「うーん、やるだけやってみる価値はあるか」
信憑性はないとはいえやらない理由はないだろう。
ただいつもの通り夜に寝て朝起きるだけでリスクはない。
考えられる可能性は手近なものからひとつひとつ潰していった方が、導き出されるヒントも多くなるはずなのだから。
「じゃあ今日は解散して一旦家に帰…」
「いや、今夜はオマエうちに来い」
傑の言葉を制して悟は言った。
当然傑はぽかんとして悟を見る。
「え、やだよ。なんで?」
「やだって何だよ…それに今は俺がオマエなんだから、もし寝て起きて戻ってたら俺が傑んちいることになんじゃん」
「あ、なるほど。そりゃそうか」
悟の言うことは一理あった。
入れ替わっているのは中身だけなのだ。もし戻っていたら正真正銘の悟が明日の朝、傑の家で目覚めることになるのである。
「あとオマエんちこっからやたら遠いんだけど?なんでこっちこなかったんだよ」
「なんでって、私が行きたい大学が今住んでる場所にあったからだよ」
当たり前だろ。と言えば、なぜだか悟は納得しない風に顔をしかめてしまった。
見た目は自分の姿なのに、その表情や面影は悟そのものでなんだか不思議な気持ちにもなる。
まあ中身が悟なのだからそれは当たり前なのだが。
実際現在地から傑が住んでいる地域までの距離を調べると思ったより遠く、そうなると悟の行動の早さは相当の物だったということがありありと感じられる。
すぐに状況を把握して、自分が住むこの土地まで戻ってきたのだろう。
そしてそこには自分の姿をした傑がいると確信していたのか?
そこまでは傑にはわからなかったが、今朝の傑よりはずっと早くから行動を起こしていたことは確かだろう。
そうやって納得している気持ち半分、なんだかうまく言いくるめられた気持ち半分を携えて傑は悟の家を今朝ぶりに訪ね、テイクアウトした軽食をつまみながら今夜は早めに寝ることにするという提案も受け入れた。
悟には会わない方がいいと考えていたものの、こうして会ってしまえばやっぱり聞きたいこと、話したいことが湯水のように溢れてきてしまう。
悟はいまどういう風に生きているのか?
大学のこともだし、傑に話しかけてきた同級生らしい人たちとの関係も気になる。
硝子とは変わらず同期であるらしいし、ほかに前世からの知り合いに会ったことはあるのかも聞いてみたい。
そしてこんな形とはいえ、自分と再会してしまったことをどう思っているのか…
考えだしたらきりがなかったが、傑はそのどれもを悟に尋ねることはなかったのである。
むろん悟の方も何も傑には聞いてこない。
傑の家からここまでの道中の話や、なんとなくつけていたテレビで流れていた映画の話を少しした程度でゆるやかに時間は過ぎていく。
あっという間に決めていた就寝時間になるなあと傑が思って寝室に向かえば、そこには来客用の布団があるのかと思っていたのに何故かベッドの上に枕と毛布がもう一組増えているではないか。
傑が今朝目覚めた時にはそんなものはなかった。
これは一体どういう…?と傑が悟を見ても、悟はけろっとした顔でベッドに入っていってしまったのである。
「いや、なに…?」
「なにしてんの?寝ようぜ」
「寝るって…私はどこで?」
「どこってベッドはここだろ」
ぽーんと悟が用意されていた枕を傑に投げた。
傑はそれを受け止めながらも、いやいやまてまて!とベッドの端で叫ぶ。
「一緒に寝る必要ないだろ!」
「はー?もういいじゃん。そんなん気にしてる場合かよ」
「いやだってさ…」
悟の顔、正しくは自分の顔の悟を見つめながら傑は言葉を詰まらせる。
確かに悟の言う通りなのだ。
そんなことを今気にしている場合ではない。
ソファーで寝るだとか、床で寝るだとか言い出そうとした唇をきゅっと閉じると傑は大人しくベッドの上に上がったのである。
そうだ、もし元に戻っていたならば自分が寝る場所で悟が目覚めることになる。
起きたら固い床の上だなんて悟も嫌だろう。
そんなことを自分に言い聞かせながら悟のすぐそばで横になり、ぼふんっと枕に頭を沈めた。
正直このまま眠れるか心配する気持ちもあったものの、今日は思ったよりも疲れていたせいか案外すんなりと眠りに落ちていってしまった。
そして久しぶりに前世の夢を見たのである。
悟と二人で街を眼下に眺めながら、夜の空を散歩した時の夢を。
目を開けるとぼんやりとした視界の中に明るい光が差し込んできた。
うわ眩しい…と身じろごうとするも、なんだか身体が固くて動けない。
完全に起ききれていない頭ではすぐにその理由を探し当てることは出来なかったが、ふと見下ろした自分の手元がベルトで拘束されている様子が視界に飛び込んできたではないか。
「は?」
「おー起きたか」
おはよ。とすぐ隣でスマホを片手に腰かけていた悟がこちらを見下ろしてきていたのである。
そこにいるのは悟の顔をした悟。
という事は自分も元の姿に戻っているという事だろうか?
さらりと視界の端に見慣れた黒い髪の毛先が映る。
どうやら昨日の試みはうまくいったのだろう。
しかし明らかに現在は別の問題が発生しているではないか。
「悟…なんだよこれは」
「だってオマエ逃げそうだし」
しれっと悟はそんなことを言いながらスマホを枕元に置いた。
「逃げないよ」
「逃げるだろ、絶対」
「……まあそれもあるかもしれないけどさ」
「いやもうちょっと否定しろし」
なんなんオマエ?と悟は眉間にしわを寄せた。
「とりあえずこれ外してくれないかい?逃げないからさ」
「外した瞬間締め技決めて逃亡するのもなしだからな」
「その手があったか」
「てめえ…」
「冗談だってば」
ほら早く。と傑が拘束された手首を悟に差し出せば、悟は怪訝そうな表情を浮かべながらもベルトを外してくれた。
「ま、入れ替わったときにお前の周辺はざっと洗ったから今更逃げてもすぐ見つけるけどな」
「うわ、そこまでする?」
「手段選んでる場合じゃなかったんだよこっちは。どんだけオマエのこと探したと思ってんだよ」
たぶんオマエは探してもなかったろ?と悟は言った。
その通りだったので、傑はうーん?と誤魔化す様に首を傾げながらも、沈黙で肯定を示したのである。
「傑はさ、俺に会いたくなかったわけ?」
傑の顔を覗き込みのながらそう言った悟の声はどことなく切ない響きをしているようだったのは気のせいだろうか?
悟は自分に会うべきではない。と思っていた。
しかし会いたくなかったかと言われると…
「そりゃあまあ…会いたくなかったよ」
ごくりと言葉を飲み込み、傑は代わりにそう言った。
そんな傑の様子に悟は、ふーん?となぜか目を細めたのである。
「じゃあ実家の飼い猫にサトルなんて名前つけてんのなんでだよ」
「え?」
「昨日お前の母ちゃんから写真きてたんだよね」
悟はそう言って、同じく枕元に置かれていた傑のスマホをひょいと傑に差し出した。
傑はがばりとその場から起き上がり、目をぱちくりとさせながらスマホを覗き込む。
すると確かに昨日の朝に実家の母親からメッセージが届いていたのである。
「サトルが日向ぼっこしています」という文言とともに添えられた、白くてふわふわとした毛をもつ猫の写真と一緒に。
そしてそのあとに、こんなやり取りが残っているではないか。
「そういえばなんでサトルってつけたんだっけ?」
「ええ?あんたがつけたんだから母さんは知らないわよ」
傑の母親とのその短い会話は、悟が仕掛けたものだろう。
しまった!と傑が思った時はもう遅かった。
「その言い訳聞こうか?」
「…勘弁してくれ」
「いいから聞かせろってば」
にやりとした悟が傑に両腕を伸ばし、そのままスマホを持って固まった身体を包み込む様に抱き込んでしまった。
さきほどのベルトの拘束よりは緩かったものの、今度こそ逃れられる気はしなかった。
「離さないからな、もう」
「逃げないってば…」
「逃げなくても離さない」
ぎゅうと腕に込められた力の強さに、傑はどきどきと心臓を強く鼓動させ、それからどうしようもない切なさと高揚を行き来しながらふっと俯いた。
なんでこんなことになってるんだっけ?
この前まで悟とは出会わなくていいと思ってたはずなのに、どうしてこんなに嬉しいんだっけ?
「悟が、そんなに私のことを好きだったとはね…」
「そうだよ、めちゃくちゃ好き。俺は死ぬほど会いたかったから」
ストレートな悟の物言いにどきりとした。
そしてもはや、こちらばかりが変な意地を張るのもなんだか馬鹿らしくなってきてしまったのである。
「ねえ悟」
「なに?」
「やっぱり私も…悟に会いたかったかも」
「だろ?」
ふっと笑う悟の青い目と視線が混ざる。
そもそも、入れ替わってまで出会わされてしまったのだから、もうこれは運命として受け入れたということにしてもいいのかもしれない。
悟に聞きたいこと、話したいことはたくさんある。
でもとりあえず今は、顔を覗き込まれながら仕掛けられたキスを許すことにしたのだった。