ひとつから分たれたとはいえ、同じ気持ちを抱くのだろうか
人には見えない空間、神域。
その神域に腰を下ろし、砂漠の街ウルダハを眺める男の姿が二つ。
生を司る神ナルと死を司る神ザルである。
生死を司ると同時に商神でもある彼等は今、ナルザル信仰が根強いウルダハの街にて行われている取り引きを観察していた。
あちらの取り引きはうまくいったようだ。
あそこの商人は人柄が良く、気持ちの良い商売をする。
あちらの取り引きは正当ではないな。
ああも見事に買い手を言いくるめ買わせるとは、まこと頭のキレる商人だ。
お互い目についた商売に対し、あれやこれやと言葉を交わす。
ちらりと隣を盗み見れば、口をゆるりと弧にし楽しげに弾んだ声で話す半身。
その姿が普段より幾らか幼く見えるのは、己の中にある思いのせいか。
愛しい、その思いが胸の内にじわりと広がり溢れていく。
だが同時に不安も湧く。
この思いは私だけではないか、その思いを大事な半身に伝えて良いものか、もし伝えたら…
そこまで考えてふるりと頭を左右に振り考えるのを止めた。
ひとつの存在でもあるゆえ既に伝わってしまっているとも限らないが、わざわざ伝えて半身を困らせるのは本意ではない。
そう思い直し、視線をウルダハの人々へ戻した。
立ち並ぶ店に賑わう人、そのなかの男女に目が止まった。
目的の物がはっきりしているのだろうか、周りの者達と違い絢爛な商品に足を止めるでもなく進む2人。
お互いの体に触れ合い、内緒話でもしているのか随分と近い距離で話してはコロコロと笑っている。
その仲の良さが微笑ましく、思わずふっと笑みが漏れた。その時。
「愛しいな」
飛び込んできた言葉に驚き、隣を向けば半身と目かち合う。
「どうした」と普段を装って尋ねてきたが、その声色と顔は動揺を隠せていない。
「今、愛しいと言ったか。」
そう聞けば、半身は眉尻を下げ困ったように照れたように笑いながら答えた。
「やはり聞こえてしまったか。その、常々思っていたのだ、愛しいと、伝えるつもりはなかったのだがつい、な。溢れてしまった。」
言いながら気恥ずさから目が泳ぎ、地面へと吸い込まれていく。
じわりじわり胸の内に広がっていく優しい熱。
「そうか、そうだったのか。ふふっまこと愛しいな」
まさか同じ気持ちであったとは、頬が緩んでしまう。嬉しくて仕方がない。
迷いなく溢れた言葉が届き、今まで伏せられていた顔が上がる。
真っ直ぐにこちらを見つめたその表情は、先程の強張りは消えふわりと綻ぶ。
「私の事を愛しいと。なんと、お互いに愛しいと思っていたとは」
同じ思いを同じ気持ちで秘密にしていたのかと、お互い臆病風に吹かれたのだなと、ふたりしてクツクツ笑い合った。
「さて」
その言葉と共に半身が立ち上がり、黄金の手がこちらへと差し出される。
「思いが通じ合ったのだ、人の子の言うでぇととやらにでも行くか」
「それは良い考えだ」
そう答え、差し出された手に自身の手を重ねれば軽く引かれ立ち上がった。
柔らかな風が吹きけば、そこに二神の姿は無く。
仲睦まじく舞う蝶が2匹、揺れる神域の草花に見送られながらウルダハへ飛んで行くのであった。