デリヘル呼んだらホストが来た③「サービスの順番の希望とかあったら聞くけど」
「よく分からないので、お任せで」
「りょ~。じゃあまずマッサージからしよっか」
マッサージのための用品は持参してくれたようで、玄関に置いていた大きなバッグを持ち上げる一二三を寝室に誘導した。ふすまを開けて部屋の電気をつけると一二三が納得したような声を出す。
「和室なんだ」
「ええ、また古臭いと馬鹿にしますか?」
「根に持つじゃん……書生のカッコより全然普通だし」
小競り合いをしながら一二三が準備を進める。忙しくて畳む余裕もなかった出しっぱなしの布団を綺麗に整えて防水用と思しきシーツを敷いた。手際がいいから家事をし慣れているのかもしれない。手持無沙汰にしていると、お風呂にお湯張ってきて、と一二三に指示された。客に対して人使いの荒い男だ。
風呂場から戻ってくると準備が終わっていた。枕元には見覚えのないボトルがいくつか並んでいたが、それも一二三が持参したもののようだ。
「おかえりー。じゃ、服脱いでここにうつぶせになって」
「……脱ぐんですか?」
つい警戒したような声を出してしまい一二三に笑われる。今からすることを考えれば、この程度で動揺するのがおかしかったのだろうか。
「だって着たままオイルマッサージできねぇじゃん! あ、パンツはとりま穿いといていーよ」
「はぁ」
――なんというか、少し気が抜ける。彼の口調があまりにもラフで、これから性的なことをすると言われてもあまりピンとこなかった。もっとも、客を安心させるためのテクニックなのかもしれないけれど。
幻太郎は部屋着として着ていた浴衣の帯を解いて、海老茶色の浴衣ごと畳の上に落とす。下着姿とはいえ素肌を晒す羞恥をおくびにも出さず、言われた通り布団の上にうつぶせになった。
「おっけー。じゃあ濡れタオルで拭くけど、熱かったら言ってね」
そう言うと一二三は鼻歌を歌いながら温かい濡れタオルで幻太郎の足を拭い始めた。触られた瞬間、少し緊張して強張った身体からゆっくりと力が抜けていく。
「そんなものまでわざわざ持ってきたんですか?」
「へへへ。俺っち、何事も手は抜かないタイプなんで~。てか夢野くん、匂いの好き嫌いとかある? アロマオイル使いたいんだけど」
「あまりきついものでなければ大丈夫です」
「じゃあラベンダーにしよっかな。リラックス効果~」
独り言とともにキャップを開ける音がする。手の平に液体を伸ばして足の裏からふくらはぎを順に揉まれる。
「んん……」
「夢野くんって小説家だっけ。座りっぱでも足はむくむから、たまにストレッチとかした方がいいぜー」
たしかに水分が溜まっているようで、絶妙な力加減でふくらはぎを圧迫されるとため息が出てしまう。たまにマッサージの専門店に行くことがあるが、プロにも引けを取らない腕前だ。
「しっかしガッチガチだね」
「まぁ……んん、締め切り直後なの、で」
あまりにも痛みがひどいと執筆の合間にマッサージや整骨院に行くこともあるが、今回はとにかく締め切りまでの時間が押していた。だからこそ終わったとたんにハイになり、知らないうちにこんなものを頼むに至ったというわけだ。
「はいっ。じゃあ次は腰と背中押しまーす」
「あっ……」
ふわりとひかえめな花の香りがして上半身の方に一二三が移動したのが分かる。
オイルを塗りたくって適当にべたべた触られるだけかと思ったら意外にきちんと揉んでくれる。温かい手のひらで腰のあたりに圧をかけられると気持ちよさのあまり声が出た。
「んっ……あぁ」
「あはは。きもちーい?」
「はあ……はい、マッサージお上手ですね」
本心から褒めると一二三の嬉しそうな笑い声が聞こえた。初対面の嫌悪感から、空気の読めないいけ好かないやつだと思ってきたが、存外無邪気に笑うものだ。
「まーね、講習にも行ったし。やるからには満足してもらいてーじゃん」
「へぇ、案外殊勝なことを考えるのですね」
「いやいや俺っちわりと尽くすタイプだし」
軽口をたたき合いながらも強弱をつけて丁寧に揉まれ、だんだん意識がおぼろげになってくる。
「こんなもんかなぁ。夢野くん、ちょっと動かしてみてくれる?」
幸せな気分でうつらうつらしているところで一二三に声をかけられ、はっと覚醒した。起き上がって少し身体を動かしてみると油の足りない機械のようだった肩がスムーズに回る。
「……ありがとうございます、かなり解れたようです」
「じゃあ、お風呂行こっか。オイル流してあげる」
「ああ……そうですね」
すっかり気が抜けていたが、本番はそちらの方である。幻太郎が呼んだのは出張マッサージではなく、もっと下世話で欲にまみれたサービスだった。
「俺っちちょい片づけとくから、先入っててくんね? あ、頭は濡らしちゃダメだかんね!」
「分かりました」
素直に頷いた幻太郎は脱ぎ捨てた衣類を拾い上げて風呂場に向かった。