デリヘル呼んだらホストが来た④「おっまたせ~」
湯船につかっていると全裸の一二三がやけに楽しそうに浴室に入ってきた。タオルかなにか巻いてくるかと思っていたので少し面食らう。
一二三は不摂生な夜職のわりに整った体つきをしていた。美容には気を遣っているとたまたま見た雑誌の特集に載っていたような気がするから、ジムかなにかに通っているのかもしれない。幻太郎が無言で立ち上がるとバスチェアに座るよう促される。
「じゃ、しつれいしや~す」
これまた一二三の持参品らしい、ネットを束ねたようなスポンジでボディソープをたくさん泡立て背後からワシワシと洗われる。人に身体を洗われる経験なんてないので、なんだか拾いたての犬かなにかにでもなった気分だ。
最初は手で洗われていたが、そのうち一二三の胸が幻太郎の背中に押し付けられた。そのままボディソープのぬめりを借りて、ぬるぬると滑らせる。一二三はわりと筋肉質な身体をしているので、正直あまり感触はよくない。ふと一二三が幻太郎に問いかける。
「どお?」
「どうって……硬いですけど」
素直な感想を言うと、なにが面白いのか一二三はけらけらと笑い声をあげた。
「だよな~。男と密着してもあんま柔らかいとこないし。ま、一応マニュアル通りの流れってことで」
これが男女であれば自分の肉体との柔らかさの違いを心地よく感じ、そして性的興奮が高まっていくのだろうが、あいにくとそこまでの感情は未だ得られない。
「他でもここまでサービスするんですか?」
黙ってただ洗われているだけというのも居心地が悪く、幻太郎は軽く俯いたまま後ろの一二三に問いかけた。
「ここまでって?」
「マッサージとか……入浴とか」
性風俗なんて今まで頼んだことがないから、そもそもどんなサービスが一般的なものなのかすらも分からない。ただ、作家として興味はあった。一二三は丁寧に泡を洗い流しながら小さく唸る。
「うーん。時間ないとできねーこともあるし……マッサージと洗体ってサービスとしては前準備って感じじゃん? 半日なんてリッチな買い方するお客、あんまいねーからなぁ」
「へぇ」
適当な相槌を打つと水音が止み、一二三の楽しげな笑い声が聞こえた。
「夢野くんだからトクベツ、って言ってほしかった?」
「あなたって性格悪いですね」
「夢野くんには負けるって」
他の客とはこんな挑発的なやり取りはしないのだろうな、と幻太郎はうすぼんやりと思った。ナンバーワンのホスト相手にこんなことをさせる優越感。そして〝自分だけに内面を剥き出しにしたような対応をしてくれる〟という特別感を演出してくる一二三はやはり只者ではない。敵ながら恐ろしい男だと幻太郎はひそかに舌を巻いた。
「はーいおしまい。夢野くんがお湯沸かしてくれたし、ちょっとあったまろっか」
「そうですね」
幻太郎は頷くと湯船の中にそっと肩まで浸かった。頭は濡らさないようにと一二三に言われていたので深く沈まないよう気を付ける。ほっと一息つくと一二三に背中をぺちぺちと叩かれた。
「ねー俺っちも入りたいから、もうちょい詰めて」
「え、あなたも入るんですか?」
「そりゃそうでしょ。入浴介助じゃねーんだから」
まごついていると一二三が幻太郎を押しのけて強引に浴槽の中に入ってくる。背後に回った一二三がやや強引に足を突き出して幻太郎の腰に手を回した。ぬいぐるみかなにかのように抱きかかえられ、先ほど身体を洗われた時よりもいろんな部位が密着する。比較的ゆったりしたサイズの浴槽とはいえ、成人男性が二人まとめて入るような大きさではないのだ。
「くっ、狭いんですけど」
「えースキンシップ取れていいじゃん。夢野くん、腰ほっそいね」
幻太郎の抗議を意にも介さず腰から尻にかけてをしつこく撫で回してくる。ぴくっと反応してしまったのを笑われた気がして関係のなさそうな話題を振った。
「そ……そういえば、なぜ頭を濡らしてはいけないんですか?」
「ん? それはね、髪を乾かす時間がもったいないからでっす。関係ないことやってっとイチャつく時間が減るからさ……こんなふうにィ」
「っ!!」
尾てい骨のあたりをイヤらしい手つきでくすぐられた瞬間に羞恥心がぐちゃりと破裂して反射的に一二三の手を叩き落とすと、今度こそ浴室に響き渡るほどの大声を上げて爆笑された。