例えばカルデアにとって、小規模特異点を見つけるという経験は悲しいかな、レアケースではなくなってしまった。
それもどうなのかなと思いつつ、特異点発生の報告を受けるためブリッジに集まる藤丸立香、そしてサーヴァントのマシュ・キリエライト。
そんな二人はダ・ヴィンチ等から詳しい状況を説明される前に、一本の動画を再生された。動画といっても映像は『NO IMAGE』の表示が出続けるだけだったが。
どこか聞き覚えのある、というか聞き覚えしかない声が高らかに最初の言葉を発生したあたりから、手慣れた面々は辟易と嫌な予感に各々顔を曇らせた。
『ノウム・カルデアのマスターとその従僕どもよ。貴様らのために我自ら余興を用意してやったぞ。王手ずから、盛大にもてなしてやろう。さくっと攻略しに来るがよい』
『追伸。同行サーヴァントにはいくつか制限がある。このメッセージのあとに資料を添付した』
最初の一声は誰だかすぐにわかった。
しかし追伸の部分は最初とは別の声色で、妙に聞き覚えがあるような、と藤丸たちは首をひねっていた。ただ、急に画面に写し出されたパワーポイント資料のようなものに気を取られ、それに関する議論は曖昧なまま流れてしまった。
同行サーヴァントの制限について。確かに口頭で全部説明するのは難しいだろうな、という程度には複雑だった。
そのなかでも取り分け奇妙で目を引いた条件が一つ。
これは最初に感じた疑問を解く伏線でもあったのだが、結局現地に到達するまでそれが解明されることはなかった。
『サーヴァントは聖杯戦争にならって七騎、各クラス一人ずつ選抜すること』
『中略。アサシンのクラスについては必ずサーヴァント・テスカトリポカを同行させること』
*
現地についたマスターは最初に、「これバビロニアで見たやつ!」と大きな声を出して驚いた。
小規模特異点にレイシフトして見た光景は、古代メソポタミア文明の建築様式に則って築かれた城壁だった。記録によると、人理焼却が行われたあとの特異点攻略の際、該当特異点にて観測された建築物との類似が多々見られるらしい。
動画の時点で概ね予想はたてていたとのことだが、これで最早首謀者が誰かは明白となっただろう。
わからないのはその動機だが。何故か名指しで同行を命じられたテスカトリポカは、ため息混じりに煙草をふかした。
城壁の門は開けられていた。その向こうに見える街並みも、マスターには見覚えがあるらしい。
未だボーダー側と通信が繋がっているため、短い作戦会議を交わしたあと、充分警戒しつつ中に入ることが決まった。ここで突っ立っていても、事態が好転するとは思えないため、その決定に異論はない。
同行サーヴァントの中でも特に戦闘慣れした連中で前後を挟み、門を潜る。
しかし門を通過すると、途端に周囲の景色が一変した。
一言で言えば現代の社交場、酒と音楽を浴びるように楽しむナイトクラブといった所だろうか。暗い空間に七色のライトが飛び交い、軽快な音楽に合わせて各々好きに踊る人だかり。どう見ても外装の古代建築とは釣り合わない。
情報量が多すぎる。突然妙な特異点に放り込まれる経験がまだ少ない身ゆえ、実際珍妙な光景とやらを見て得る衝撃はなかなか大きい。
しかしそんな事情が汲み取ってもらえるはずもなく、ここに来て一番驚くべき存在が目の前に現れた。
「来たか、ノウム・カルデアのマスターとそのサーヴァントたち」
入り口付近できょろきょろと辺りを見渡していた自分たちの前に、そう言って現れた人影を見て思わず目を見開く。
「えっ!? デイビット!?」
「ああ。ここの総責任者を任されている。ひとまずこれを渡しにきた。バーカウンターで見せれば、ドリンクサービスを受けとれる」
颯爽と登場したのは確かに間違いなく、かつて南米異聞帯にてカルデアと激突したクリプター、デイビットだった。身に着けている衣服などに違いが見られたが、相手の反応を見るに本人で間違いはなさそうだ。
「おい」
思わず前に歩み出て、デイビットの腕を掴む。
「なんでお前がここにいる」
己が観測していた限りでは、まだデイビットはテテオカンの北、ミクトランパに逗留中のはずだった。いつのまにあそこを抜け出したというのだろう。
デイビットは特に動じた様子もなく、そのまま返事をした。
「今はそれを話す時間がない」
その言葉と共に、やんわりと腕を振りほどかれる。そして視線はすぐにマスター、藤丸立香のほうへと向けられた。
「ここは小規模特異点だ。生成の核にはもちろん聖杯が使われている。しかるべき手順を踏んで君たちが聖杯を回収できれば、この特異点は消失するだろう」
折を見たように、煩いくらいになっていた音楽が鳴りやむ。いつの間にか人の気配が失せ、かかる音楽のジャンルが明確に変わった。より攻撃的な曲調に。
「マスター・藤丸。オレと戦争をしよう。聖杯戦争だ」
灯りが落ち、すぐさまついたかと思うと、フラッシュの逆光に染められて何人かの人影が立っていた。デイビットは後ずさり、ちょうど七人の人影の中央あたる位置につく。
「聖杯を勝ち取ったら、この特異点は消失し、君は本来のオーダーに戻ることができる。オレが勝ったら、相応の報酬をもらうが」
「此度も一筋縄ではいかせぬぞ? 当時は用意しえなかった手数という意味での駒も揃えた。人理に拒まれているわりに、引き当てるサーヴァントはすべからく一級。まったく面白い男よ」
そう言いつつデイビットの隣に立つ金髪の男。記録で見た姿とは装いが違うが、中身が同じなのは周囲の反応を見ても明らかだ。
人類最古の英雄。ウルクの都市を導いた賢き王。その腕が気安くデイビットの肩に乗せられるのを見て、何故か形容しがたい感情が鋭い棘のように胸をつく。
「ああ。オレはどうやら負けず嫌いなんだ」
デイビットが不敵に笑う。ヴィランの振る舞いが板についたようでいて、その実は興奮を隠しきれない子供のようにも見える、この男特有の表情だ。
「戦おう。リベンジマッチだ」
そう言ってかざして見せたデイビットの右手には、例の歪な形をした令呪が三画、しっかりと蘇っていた。
*
「そもそもこの状況はいったい何……?」
あれよあれよという間にVIP席に通された藤丸立香は素直に困惑していた。
座り心地のいいシックなソファ。向かいにはデイビット。隣にはテスカトリポカ。
己の順応性はかなり高いと自負してきたが、今回ばかりはそうもいかない。主な原因は、あからさまに妙な雰囲気をかもしだしている自分以外の二人のせいなのだが。
「全部とはいかないが、疑問に答えよう」
デイビットはそう言い、突然自分の衣服、体格によくフィットした仕立てのいいシャツのボタンを外す。
突然のことにあらゆる反応がワンテンポ遅れるも、ガタンと勢いよく鳴ったテーブルの音で我に返り、それに反応してデイビットの手も止まった。どうやら隣のテスカトリポカがびっくりしてローテーブルに足をぶつけたらしい。気持ちは分かるな、と思った。
「ん、すまない、あの時とは状況が違うな」
デイビットは何かに気づいたらしい。しかし彼の中で完結しすぎていて、未だにこちらには何も伝わってこない。
ただもうシャツをはだけようとする気はないらしく、そのまま胸に手を当てつつ言葉を続けた。
「この特異点の核となる聖杯だが、今はオレの胸に格納している」
「格の……えっ!?」
「異星の心臓を埋め込んだせいか、以来ずっと空洞化していてな。聖杯を安全に保管するにはどうすればいいかと悩んでいたが、丁度いい保管場所になってる」
「な……自分の欠損個所をそんな、便利な収納みたいに使ってるのは初めて見たかな……」
「これは異星の心臓の時もそうだったが、聖杯を体内に埋め込んでいるからといって、オレ自身の身体スペック等になんらかの影響を受けているわけではない。これは検証済みなので安心してほしい。仮になんらかの影響が出るようなら、それがいいものか悪いものかに関わらず、この方法は取っていない。フェアとはいえなくなるからな」
果たしてそれを聞いて安心するのが、人として正しい反応なのだろうか。ちらと隣を見ると、テスカトリポカは何かを諦めたような遠い目をして、黙って煙草を吸っている。
「何か聞きたいことはあるか?」
デイビットは何ごともなかったような空気でそう問いかけてきた。
「え? 質問していいってこと?」
「ああ。元よりそのつもりだ」
こういう親切なところは、カドックに聞いていた通りの印象かもしれない。そもそも南米異聞帯では、こんなに間近でゆっくり話す余裕もなかった。
そうなるとこれはこれでいい機会なのか、と藤丸は思った。このポジティブさが唯一無二の素質といえるのだが、本人は気付いているのかいないのか不明だとは、隣にいたテスカトリポカ談である。
「じゃあ、えっと、そもそもなんでここがイケイケなクラブになってるのか……とか」
「そのことか? 発案はギルガメッシュだ」
「えっそうなの?」
「オレは以前確かにアステカの冥界、ミクトランパと呼ばれる領域に逗留していた。手始めにそのことを話して、話題がドリームスパに及んでな。それを聞いたギルガメッシュが『悪性隆起のカリスマを持ちながら、建てるのがただの入浴施設とは。真面目な神はそうでない神よりつまらんな。我が手本を見せてやろう』と言って、最終的にこの形になった」
「えぇ……」
困ったことに、あの英雄王は言いかねないと想像に容易い。
そして案の定、唐突にこき下ろされた隣の本人はあからさまに苛立っていた。
「あの野郎何どストレートに悪口かましてくれてんだ……」
「ほ、ほら、ギルガメッシュって神様嫌いだから、言動がちょっと過激になりがちっていうか……」
慌ててフォローする傍ら、相手は特に動じた様子もなく話を進めようとする。
「あとはここでの具体的な聖杯戦争の進め方についてだが……」
デイビットが何ごとか言いかけたとき、不意に乗り物のクラクションじみた、大音量のジングルが鳴り響いた。
「ちょうどいい。準備が終わったようだ」
その言葉と同時に、今度は地響きのような重厚な音とともに、建物全体が揺れ始めた。
暗かった天井が割れ、外界の光が差し込んでくる。床もまたぱっくりと口を開け、地下から何かがせり上がってくるのがわかった。
「少しアトラクション要素をもたせたほうがいいもてなしになると聞いたので、その部分いついてはオレ自ら意見を出させてもらった。ただお互いの七騎を戦い合わせても新鮮さはない。だから特異点の核に徹する代わりに、戦争の仕組みを裁定した」
建物全体が変形している。いや、最早原型すらなくなる勢いではないだろうか。ラウンジで酒などを楽しんでいた他のサーヴァントたちも既に集合していた。
透明な障壁に阻まれ、囲われる四方。床からせり出した近未来風の街並み。SFで見るような世界観が、フィールドとして構築されていく。
「類似するルールをあげるならタワーディフェンスだ。君たちがオフェンスとして、こちらの防衛ラインの奥、聖杯の元にたどり着けば勝ちとする。制限時間内に防衛ラインを守り切れば、こちらの勝ちだ」
デイビットがそういうと、ふいに彼の背後にサーヴァントの気配が出現する。それはまるで、何もないところから不意に現れた気配。何人ものサーヴァントという存在に接してきたからこそ、『高精度の気配遮断』のスキル、ないしそれを可能とする宝具の可能性には心当たりがあっった。そして、最初に顔見せがあった彼のサーヴァントで、それを可能とする者が一人だけいる。
「『顔のない王』──!」
布が空を切るような音とともに、何もなかった空間から人影が現れる。一度視界に映ったマントはデイビットを覆い隠すよう再びはためき、一瞬のうちにまた姿が見えなくなった。
顔のない王。シャーウッドの森に潜んだ守護者の宝具。アーチャー・ロビンフッドの逸話だ。
「時間だ。ノウム・カルデアのマスター」
何もないところから響き渡る、デイビットの声。
「こちらも全力で迎え撃とう。そちらも存分に、侵攻を始めてくれ」
デイビット陣営の鯖
剣 ジークフリート
弓 ロビンフッド
槍 李書文
騎 ドレイク
術 賢王ギルガメッシュ
殺 岡田以蔵
狂 アステリオス
※人選は弊カルデアの聖杯鯖や思い入れの強い鯖を選んでます
カルデア陣営
剣 鈴鹿御前
弓 ケイローン
槍 ヴリトラ
騎 ケツァルコアトル
術 玉藻の前
殺 テスカトリポカ
狂 ヘラクレス