潜在ライバル増加危機ベッドに籠城することになる日が来るとは思わなかった。
昔、拗ねた妹がやったことを「もう子供じゃないんだから」と嗜めたことを思い出して、余計に屈辱的になる。
だがそれも含め、一切を気にしていられないほどに、精神状態が混沌としている。
もっと端的に言えば、心がぐちゃぐちゃだ。
この感情はどうやって整理すればいいのだろうか、と考え続けて半日過ぎた頃。
さらなる屈辱を重ねることを甘んじて受け入れ、とある人物に半ば支離滅裂な文面の誘い文句という名のDMを送った。
「例の雑誌でございますか。お断りするつもりでしたが、ヴィクトリア家政の皆が存外に強く勧めるので、引き受けることにしたのです。引き受けた所で、とくに困ることもありませんでしたから」
「へぇ。最初は断るつもりだったんだ」
「ええ。私はあくまで一介の執事でございますから。あのような雑誌の表紙を飾るにふさわしい立場ではありませんし、それほど華やかな見目ももってはいませんので」
そう言って狼の執事は、ふわりと微笑んでみせる。
多分、どこか物言いたげ(という態度を敢えて隠していない)僕の表情が気になって、年下の恋人のそんな反応が可愛いとか思っているんだろう。
確かに図星だからこそ、何も上手い言い返し方もかわし方も思いつかず、余計に惨めな気持ちになっていく。
優しく頭を、それこそ子供にするみたいに撫でる彼の手が、さらに拍車をかけた。
「アキラ様。あの雑誌をご覧になったのですか」
「うん。あの表紙じゃ、見逃せるわけないからね」
「左様でございますか。私が表紙のモデルを引き受けることで、購買意欲を刺激することに繋がったというのであれば、依頼を受けた甲斐もあった、というものです」
「その言い方は流石に少し意地が悪いんじゃないかい?」
「おや、どのように意地が悪いとお考えで?」
「普段手に取らない層から雑誌を買う一人が出る、という実績をつんだのが、僕じゃなくたって構わないみたいに聞こえたよ」
我ながら子供っぽいと重々承知しつつも、思いの丈をそのままぶつけた。
覆い被さるその真下で僕を見上げる彼の顔は、相変わらず楽しげだ。
「さすがはプロキシ様。想像力が大変豊かでごさいますね」
「からかわないでよ」
呆れをにおわせるため息とともに、彼が自然と持ち上げていた足、そよ義足の付け根に口付けた。
「これから、あなたがそうやって子供扱いしてる相手に抱かれるっていうのに、ずいぶん余裕だね?それとも、これがあなたなりの煽りってやつ?」
そう言い放つと、彼の余裕がほんの少しだけ揺らぐのが感じ取れた。
小さく咳払いし、目を伏せる。
「アキラ様……その、それほどまでに、この件をあなた様がお気になさるとは、正直想像しておりませんでした」
「それで?」
「ですので、あなた様がこれほどまでに……」
彼はそこで言葉に詰まり、まっすぐ見てくる僕から目を逸らした。
追い討ちをかけるよう下腹部を軽く押し、身を乗り出してその顔に顔を寄せ、視線を合わせようと試みる。
「ねぇ、顔見せて」
そういうと、彼はすぐにこちらに目を合わせてきた。
その仕草に満足してやっと微笑む。
「拗ねたのはちょっとあるけど……怒ったりはしてないよ。あ、嫉妬も少しだけあったかな」
種明かしをしながら、彼の下腹部をじっくりと撫でる。
彼がかすかに唾を飲み込むのを感じた。
「だってさ、」
そこでつい口ごもってしまう。
一瞬だけ優位に立てた気になってしまったが、客観的に見て実に子供っぽい癇癪をかましている自覚は抜けていない。
これから彼を抱くのに、という自分の言葉に殴られたような気分になってしまったのだ。
あまりにも情けないじゃないか、と。
「ずるいじゃないか」
呟くような声でそういうと、彼がわずかに目を丸めた。
「ずるいよ。撮影の依頼が来るほど人気が取れるのを理解されてて、実際雑誌も売れてて、……あんなに格好良くて。たくさんの人が、ライカンさんのあの写真を見たなんて……ずるいじゃないか」
そう絞り出すように告げると、ほんの少し間をおいて、穏やかなながらも呆れたような、控えめな笑い声がこぼれた。
「お可愛らしいですね。アキラ様」
そう言って少し居住まいを正し、そっと両頬を包まれる。
「そんなあなた様のことも、心からお慕い申し上げます」
そう告げられた後、そっと目元に口付けられた。
結局子供扱いされていることになんとなく収まりがつかないむしゃくしゃとした気持ち。
けれどこちらを見上げる彼の顔がどこまでも優しくて可愛かったから。
ああ、この人を好きになるな、だなんてきっと無理な話だ。
脳内の例の写真と目の前の彼の表情とをてらして見比べつつ、こちらも仕返しのつもりで、無遠慮にぐいと両足を押し広げた。