閃け稲妻 龍爪の先に大正13年秋。気付けば金塊争奪戦争から17年の歳月が流れていた。
「そういえば、手紙が届きましたよ、聯隊長殿」
官舎に帰宅し、軍服から着流しに着替えた鯉登音之進中佐に、海松茶色の長着姿の男が、二通の封書を差し出した。
「あいがと、月島」
茶の間に落ち着き、封書を受け取ると、さっそく差出人を確認する。
一通は、阿仁の谷垣源次郎からであった。
「ほう……15人目が産まれたそうだぞ、月島ぁ。男児だそうだ」
「それはまた……ということは、おなごはあの時の一人だけですね」
月島は、卓袱台に茶を注いだ湯呑みを置く。
「そうなるな。インカラマッも気ばったものだなぁ。祝いと、あわせてインカラマッにも何か贈ってやろう」
「それが宜しいかと。では……」
鯉登は目の前に置かれた湯呑みに手を伸ばしながら、「うん」と頷いた。
懐かしい名前に、あの頃の事が、月島の脳裏に鮮やかに浮かぶ。
病院から抜け出した二人を追い、アイヌのコタンまであの冬の日。
彼らを射殺する寸前に、今目の前で手紙に目を通す男が駆けつけたのだ。
そのままインカラマッが産気づき、てんやわんやとなったのも、今だからこそ懐かしいと思い出せる。
「お前はオソマの母に稲妻の子を抱かされていたな」
「中佐殿こそ、全身藁にまみれて」
「いきなり鎌を渡されたのには面食らったな。あの稲妻の子ももう17、8になるか」
「ええ。近いうちに入
営するかもしれませんね。……そうだ。もう一通の手紙は、杉元とアシリパからでした」
「そうか!どれどれ」
湯呑みを卓袱台に置き、もう一通を手に取る。
中身は時候の挨拶と、コタンでの様子が綴られていた。
封書の、意外と几帳面な字の表書きは杉元、本文のおおらかな文字は、おそらくアシリパだろう。何だかんだありつつも無事に夫婦となった二人は、今や三児の親だ。
「元気にやっているようだぞ」
「それはよかった」
「曾孫の顔も見られて、フチも喜んでいるだろうな……」
「そうですね……」
旧来のしきたりを大切に守っていた彼女は、辛い夢を見、孫娘にまで先立たれるかもしれぬと心を痛めていた。
その原因の一つが自分達であったわけだが……
特に鯉登は、目の前で看とることもできずに身内を失う悲しみや辛さは嫌というほど知っている。
それが、自分より先に若い者が逝く逆縁ならなおのこと……
「彼らが心穏やかにいられるのであれば、な……」
ポツリと呟く鯉登の声を、月島は黙って聞いていた。
「ん?」
さらに読み進めていくと、まさかの消息が記されていた。
「噂をすれば……」
「噂?……まさか……」
「ああ。我々がフチに託したあの稲妻の子が、軍に志願したそうだ。それも陸軍に」
鯉登はニッと笑って月島を見る。
「なんと……」
月島はそこで口を閉ざした。その顔は、一見いつもの仏頂面だ。だが、付き合いの長い鯉登には伝わっていた。実は非常に困惑していることが。
「そういえば、お前は凶悪な夫婦の子は生粋の凶悪な殺人者になるだろうと予測していたが」
「ええ」
「果たして、生みの親と育ての親と、どちらに似るだろうか?」
「中佐殿は、違うとお思いで?」
「目の前に実例がいることだし」
「は?」
楽しそうに話す鯉登に、月島は眉根を寄せる。
「なにしろ誘拐犯が、いまやなくてはならない片腕だからなぁ」
ふふふ、と笑う鯉登の顔をまともに見ることができず、月島は思わず視線を逸らしたのであった。
それから数ヵ月後。年が明けて間もなく、第七師団は新たなる入営者を迎えることとなる。
そのなかには、あの「稲妻」の異名を取った韋駄天の息子も名を連ねていた。