ずっと今のままでいられるわけじゃないって、そんな当たり前のこと、分かってたはずなのに、どうして忘れてたんだろう。
樹だって、自分の目的の為にここにいるんだって言ってたのに、勝手に、当たり前のように隣にいるなんて思っていて。なんて自分勝手だったんだろうって思う。
樹だけじゃなくて、みんなだって、いつかきっと、離れていくんだって、ちゃんと、覚えておかないといけなかったのに。
「青斗?」
前を歩いていた樹に声をかけられ、ハッとする。
あれから、樹はまだ組織に残ってくれている。首領やみんなが許してくれたおかげだと樹は言っていたけれど、俺は正直安心していた。樹が、仲間が、まだ変わらずいてくれることに。
「青斗?どうしました?」
またぼんやりしていた所を樹に再び声をかけられる。
「あ……ごめん、ボーッとしてて」
樹は心配そうにこちらを見つめている。
俺は、みんなと過ごせることが嬉しいなんて言いながら、樹が考えていたこと、苦しんでたことに気づくこともできなくて。本当に、自分で自分が嫌になる。我儘なくせに、何にもできない。仲間の為に何にもできないのに、一緒にいることが当たり前みたいに思っている。最低だ。
……あぁ、ダメだ。また自分が自分で無くなりそうだ。考えすぎて、逃げて、迷惑かけて。どうすれば良いんだろう。俺は、俺なんか、俺なんかいなければ──。
「青斗!」
樹に勢いよく肩を掴まれる。自分を見失いそうだった所を強制的に引き戻されて意識がふわふわとする。
「どうしたんですか、青斗。貴方今──」
「……いつき」
「……っ!」
頬を湿った感触が伝っていく。
「樹は、ここにいる?」
気づけば、目の前にいる身体に抱きついていた。
「……はい、いますよ。私はここにいます」
掠れた声と、そっと抱きしめ返される感覚を感じる。ふわふわとした意識は今にも飛んでいきそうだった。
「……ごめん、ごめんな」
「……っ、なんで、貴方が謝るんですか……」
とうとう全身の力が抜けた所で、優しい声がどこか遠くで聞こえた気がした。
「……ごめんなさい。青斗」
眠っている間、ずっと誰かに手を引かれているようで、長くて暗い道を通り抜けた所で目を覚ました。
どうやら俺は、自分の部屋のベッドで寝ているらしかった。ふと手を動かそうとすると、夢の中で引かれていた手を誰かが握っているのが分かった。
「……樹?」
「青斗、良かった……」
ベッド脇には樹が座っていた。ゆっくり身体を起こすものの、ぼんやりした頭はまだ動きそうにない。
「俺、どうしたんだっけ……」
「……何か、思い悩んでいたようで」
「そっ、か」
少しずつ、倒れる直前のことを思い出していく。それと共に身体がずん、と重くなるような心地になる。
「……あの時、何を考えていたんですか?」
樹は手を離すこともなく心配そうに尋ねてくる。
本来なら、樹には話すべきではないのだと思う。でも、自分がここにきて誤魔化せる程器用ではないことはよく分かっていた。そのことにまた情けなくなってくる。
「……色々、あったからさ。今の生活もいつか終わるんだってこと、ちゃんと、覚えておかないといけなかったなって、思って」
話す声が震えないように、今度は涙も零れたりしないように、顔に変な力が入る。
「今が、いつの間にか、当たり前みたいに思ってて。そう思うなら、当たり前にするために頑張らなきゃいけないのに……なのに俺は、何にも、できなかったな、って」
黙って聞いている樹の方を見ることもできない。どんな表情をしているんだろう。何を思っているんだろう。
「だから──」
「そんな訳ないでしょう」
樹の力強い声が響いて、思わず樹の方を見た。
「何にも、できてないなんて、そんな訳ないでしょう……。貴方がいなければ、戻ることも、きっとできなかったのに」
「でも、俺は、樹が考えてたことも、気づけなくて」
「それは私が隠そうとしたからです!」
「……」
樹の勢いに押されて何も言えなくなってしまう。樹はくしゃりと顔を歪めながら苦しそうに話している。
「……私がしたことは、全部私の我儘です。反省もしています。ですが……」
繋いだままの樹の手にぐっと力が入る。
「……本当に、取り返しのつかないことを、してしまいました」
「それは」
どういうことなんだ、と聞こうとした所で口を噤んだ。自分でも、どうして言葉が出てこなかったのか分からなかったけれど、樹の顔を見ていたら、どうしてもできなかった。
「……私は、未来を断定するような事を言えるほど、強くありません。ですがせめて……償いとして、約束させてくれませんか。私はこれからもずっと、ここにいることを」
真っ直ぐに俺の方を見つめる樹の瞳が逸らされることは無かった。
樹の言葉に、喜びと、苦しさが同時に湧き上がってくる。これで良いのか、自分でもよく分からなかった。ここにいてくれる約束は嬉しかったけれど、自分の無力さは拭いきれなくて。ただ俺は、頷くことしかできなかった。
本当は、償いなんかじゃなくて、永遠を約束して欲しいわけでもなくて、ただ全力になれる今の時間が、少しでも長く続いて欲しいだけだったのかもしれない。ただぼんやりと、そう思うことしかできなかった。