連鎖召喚的人外ブレイサ藤丸立香は召喚部屋が好きだ。
いつだって新しい縁が繋がる瞬間はわくわくするものだ。
腕に召喚術式をなんとか一回起動出来る量の聖晶石を抱え、後輩のマシュと共にるんるん気分で藤丸は召喚室へ向かっていた。
遡る事三十分。
霊基グラフに微かなブレが観測された。
その20秒後ストーム・ボーダー運営関係者各位が収集され突発的なブリーフィングが開催された。
数日前に退けたアクアマリーの件もあり、些細な異常も後回しに出来ない現場のためであったが、ストーム・ボーダーの技術顧問であるダ・ヴィンチちゃんとブレインのシオンによる解析でも危険や障害は検知出来なかった。
「どこかの並行世界で新たな霊基が座に登録され、そのアップデートの余波による影響だろう」
という結論が出た瞬間に藤丸は思わず挙手して発言していた。
「じゃあ、まだ会った事ない英霊が喚べるかもってこと?」
現在、藤丸は青白く発光する召喚術式の前に立っている。
せめて集中できるよう、落ち着こう、と一つ大きく息を吸う。
普段であれば10回は召喚術式を起動出来る量の聖晶石を準備するはずだが、今回はつい先日まで復讐者クラスを喚ぶために想定の少しオーバーまで聖晶石を使用してしまっていた。
その為、今回使用できるのはきっかり一回分の聖晶石のみである。
(一回だけ。チャンスは、一度きり…。)
吸った息を吐き出す。
少しでも新しい縁が生まれるようにと、幸運A++を持つ半神のアーチャーにマイルームで待機してもらい、更にご利益があるようにと今回使用する分の聖晶石に「気張りなさい!」と声をかけてもらった。
マスターの突然の奇行に不思議そうな顔をしながらも全力で答えてくれるのが彼の素敵なところだ。
閑話休題。
(やれる事はやったんだ。いざ!)
藤丸は覚悟を決め、丁寧に召喚術式へ聖晶石を組み込んでゆく。
組み込まれた聖晶石は純粋な魔力へと変換され、溶けるように形を失っていった。
そして形而上の力に変換された魔力は、3本の光の輪という目に見える形にまで圧縮され術式を起動させた。
3本の光の輪!
「あっあっ 本当に? わあ!」
藤丸が弾むような声を上げる。隣に控えるマシュも期待に目を輝かせている。
3本の光の輪は徐々に縮小し、輪の中心に揺らぎを組み上げ始めた。ライダークラスに該当する魔力パターンがモニターされる。初めは陽炎のようなその影は次第に人の形となり、そして。
「サーヴァント、ライダー。アオ・イサミ三尉…
いや、今はただのアオ・イサミだったな。
1人では何も出来ない木端の霊基ですが、TSの操縦なら力になれます。
…“TSってなに?”?
……ちょっと考える時間をくれませんか。」
光の中から姿を現したのはモスグリーンのツナギを身に付けた男性だった。
藤丸は自身のまさかの言葉に動揺している様子のアオ・イサミに手を取り笑顔で挨拶する。
「藤丸立香です!イサミさんよろしくお願いします!召喚に応じてくれて凄く嬉しいです!」
「あ、ああ、よろしくお願いします。でも俺はアレが無いと本当にただの一般人で…」
ブツン
不穏な音と共に召喚室の照明が一斉に落ちた。
直後訪れる大きな揺れ。立つ事すらままならず、藤丸とマシュは頭部を庇う形で床にうつ伏せる。
暗闇の中で藤丸とマシュの上に何かが覆い被さった。
イサミが落下物から庇うように2人を抱き込んだのだ。
現状確認を!
この部屋もモニターしているであろう管制室へ指示を仰ぐよう藤丸が叫ぶ。
天井の隅についているスピーカーが船体の揺れに影響されない魔術的な出力で話し出した。ダ・ヴィンチちゃんの声だ。
『ストーム・ボーダーの全電力が一時的に全て"奪われた"!詳細は不明だが数回の召喚術式を行使出来る程度の電力だ!君たちが今居るその部屋だけ魔力量が飛び抜けて集中している状態だけど…自分自身を召喚するつもり…?マシュ!新入りさん!すまないけど万事に即応出来るように警戒してくれたまえ!』
「警戒ったって…」
「マシュ!戦闘準備!イサミさんは令呪で一時的に強化します!揺れが収まったら後衛に下がるから!」
「はい、マスター!イサミさん!こんな状況ですがよろしくお願いします!」
「あ、ああこちらこそ!随分と荒事に慣れてるな…」
揺れは次第に収まるが、部屋は暗闇のまま。スピーカーも沈黙している。
マシュが召喚術式に使用されている円卓の盾を回収しようと身を起こした瞬間。
ブゥン──と余りにも見覚えのある光の輪が3本、盾の上空に出現した。
「こ、れは…マスター!警戒を!何者かが召喚されようとしています!」
「!?マシュ!盾はいい!一旦下がって!」
「…?ウッ!なんだ!?これ、どうなってやがる…!」
「イサミさん!?」
キラキラと、アオ・イサミのエーテル体から生じた黄金の粒子が今だにバチバチと音を立てて回り続けている光輪に吸い込まれていく。
アオ・イサミの体から黄金の粒子の流出が止まった頃、光輪は微かに赤と白に点滅し、急激に縮小し始める。
そのまま光輪は消滅し、再び召喚室は暗闇に包まれた。
「いったい何が…」
『イサミィーーーーッ!!!』
「!?」
突如目を開けていられない程の緑の閃光が部屋を満たし、同時に藤丸とマシュにとっては聞いたことのない、しかしアオ・イサミにとっては余りに聞き覚えのある爆音が轟いた。
ストーム・ボーダーの電力が復活し、召喚室にも灯が点る。
緑の閃光の中心には白と赤を基調とした2メートルは越えようかというロボットが仁王立ちで立っていた。
修羅場を幾度も潜ってきた藤丸は感覚で分かった。
“敵意は無い”。
しかしそれ以外が全く分からない。
敵意はないが意図も正体も分からない。外見から真名すら判断できない。何かを、何らかのアクションを起こさなければ、と藤丸が思考を回そうとしたタイミングで件のロボットが流暢に話し始めた。
爆音で。
『ああ…イサミ!イサミ!!イサミィー!!再びキミと巡り会うことが出来て感激だ!!いや当然の事ではある!キミと私は一心同体!無茶を押し通しキミの霊基に紐付けておいて正解だった!!まさかキミがこのような果ての並行世界で召喚されようとは!!座に居るイサミも強く気高くそして、ああ、この身の油圧ポンプが過剰になるほど美しいが!成る程このカルデア式召喚とやら!未熟だが青く苛烈に艶めくイサミとして現界することが出来るのか!!なんと素晴らしい。この情報は失われてはならないな!!さあ!イサミ!そんな私の事情はどうだっていいんだ!イサミ!再び三度と何度だって世界を救った私たちだ。この白く平たく理不尽に覆い尽くされた地球も救うとしよう!!安心して欲しい!過去現在未来!並行世界だろうとテクスチャの裏側だろうと!そんな障害は私には関係ない!!私は自らの足で!自らの意志で!常にキミと共にいる!!」
「え?あ?ああ…?よろしくブレイバーン」
としどろもどろに言葉を返すアオ・イサミの隣で、唖然とする藤丸とマシュの存在に今漸く気が付いたとばかりの様子で巨躯のロボットはこう続けた。
「そちらの2人はここの関係者か。初めまして。私の名はブレイバーン!!ブレイッバァーーーン!!だ!!
クラスはフォーリナー。
以後よろしく。」
藤丸は硬質である筈のグリーンのアイセンサーがゆっくりと弧を描いた様に見えた。