【現パロタルガイ】ペンションバイトのタルとお客さんのガイアの話【出逢い編】※モブキャラクター・設定の捏造等が多々含まれております。
大海原の如き心で読んで頂ければ幸いです。
カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ます。
設定したアラームが鳴り響く前に寝床であるベッドから起き上がり、部屋に備え付けられているカーテンと窓を開ける。
東と南側の二面採光の角部屋、日当たりも良く解放感のあるこの部屋はお気に入りだ。
冬場は寒くないのかと問われたこともあるが、故郷はこことは比べ物にならない位極寒の地であった為、自分にとってはさしたる問題ではなかった。
部屋の中心に置かれたローテーブルの上のリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。
流れてきたのは、連日続く三十五度越えの気温の更新を告げる無慈悲な天気予報のキャスターの声。
本日も雲ひとつない晴天なり。
「今年は近年稀に見る猛暑だって言ってたけど、ここまでとは思わなかったな」
暑さを本格的に感じるようになってきた八月初旬。
在学する大学でも例に漏れず長い夏休みが始まり、暇を持て余す位ならバイト先でも探そうかと考えていた矢先。
それを待っていたかの様な絶妙なタイミングで、一通のメッセージの受信を告げる電子音が鳴った。
送り主は昔家族旅行の際にお世話になったペンションのオーナーで、彼は訪れる度にまだ幼かった自分や弟妹達を何かと気にかけ、家族ぐるみで良くしてくれた人物であった。
「懐かしいなぁ…」
何時だったか、定年後に夫婦で小さくても暖かなおもてなしのできるペンションを始めるのが長年の夢だったのだと、照れながらも教えてくれたのを覚えている。
それぞれの進学やオヤジの仕事が忙しくなり、家族揃ってオーナー夫婦の元を訪れる事ができなかったここ数年、その間もお互いの近況報告や季節の挨拶状のやり取りは続けていて、変わりはなく至って健康にやっているようだと定期的に両親から報告は受けていた。
しかし、このような個人的な誘いは今回が初めてで、もしかして二人に何かあったのだろうかと文面の続きに目を走らせる。
曰く、例年夏に働いてくれていたバイトの青年が今年就職をしたこと。
その為、変わりの働き手を探していて、オヤジに相談したら自分に聞いてみてはどうかと言われたこと。
(もし君さえ良ければ、夏休みの間此方に来てバイトとして働いてくれないかい)
久しぶりに会えたら嬉しいといった言葉と共に綴られていたそれらを最後まで読み終え、願ってもない先方からの提案に早速承諾を伝えるべく、返信用の文面を打ち始める。
外からは元気に走り回る子供達の声が聞こえてきた。
今年の夏は楽しくなりそうだ。
後にこの時の自分の決断を賞賛することになるのだが、それはまだ少し先の話である。
****************
都市部から離れて早数時間。
その間、電車を乗り継ぐこと数回。
車窓から眺める周囲の情景は、あちらこちらに屹立するビル群から新緑が眩しい山の尾根へと変化し、そこから暫く走ると景色が開けて海原が視界に飛び込んでくる。
それは、目的地が近くなってきたことを意味していた。
(次は〇〇駅ー、〇〇駅ー。お出口は右側です。)
最寄り駅の名前を告げるアナウンスが車内に響き、車両がそのスピードを徐々に落としながら完全に停車する。
駅舎から外に出ると、少し生暖かい空気と潮の香りが鼻を掠めていき、寄せては返す静かな波の音と滑空するウミネコの声が風に乗って耳に届いてきた。
駅からはバスに乗り換え、長い木々のトンネルを抜けた先に立つ見覚えのある建物。
白塗りの外壁に紺碧の屋根が映え、入口に立てられた手作りの木製看板が訪れる人々を歓迎してくれる。
それが、ペンションLibertas(リーベルタース)。
その名の由来はローマ神話の自由の女神を冠しているらしい。
各客室内にはちょっとしたロフトスペースがあり、子供にとって特別な秘密基地のようなその場所から眺める外の景色は、今思い出してもワクワクするものだった。
「よく来てくれたね、ここまで来るのに疲れただろう」
「タルタリヤ君、会わない間に素敵な男性になったわね」
「お久しぶりです、オーナーと奥さん」
出迎えてくれたオーナー夫婦は、最後に会った時の自分の記憶から幾らか白髪が増え歳を重ねてはいたものの、あの話していると心が暖かくなるような話し方と優しく見守ってくれている事が伝わってくる微笑みは当時と変わらず、なんだかそれがとても嬉しかった。
久しぶりの再会を懐かしみつつ、奥さんが入れてくれた紅茶を飲みながら、オーナーからバイト期間中の詳しい説明を受けていく。
主な業務は接客で、会話の流れで料理補助もする事になった。
料理をするのは好きだ。
一人暮らしを初めてから基本家では自炊をしているので、それがこうして誰かの役に立つのは純粋に誇らしい。
「うちはご新規様よりも毎年決まった時期にご宿泊されるリピーターのお客様達の方が多いからね」
「皆さん優しい方達ばかりだから、あまり気負いせずにやってくれれば大丈夫よ。
あら、丁度いい所に」
そう口にしながら自分の背後に向けられた奥さんの視線の先を追って、振り返る。
そこに立っていたのは1人の青年だった。
「失礼、来客中だったか」
「ガイア君、この子がこの間話していたバイトの子だよ」
「ああ、御客人じゃなくて君が噂のバイト君か。何かと世話になることもあるだろうから、宜しく頼む。」
噂…
自分に向けられ発せられたその言葉を咀嚼する為に、思考が一瞬制止する。
ハッとしてから慌てて宜しくお願いしますと会釈を返すと、彼は口角を少し上げてみせた。
それからオーナーに少し外に出てくると告げ、その場を立ち去って行ったのだった。
えっ、結局噂って何…!
****************
「今日はゆっくり休んで。明日から宜しくね。」
オーナー夫婦にお礼を伝え、此処に滞在する間自由に使ってくれて構わないと言われた二階奥の部屋に早速持ってきた荷物を運び入れる。
事前に室内の空気の入れ替えをしてくれていたようで、開け放たれた窓辺では吊るされたカーテンが風に揺られて緩やかに美しいドレープを描いていた。
「今日はもう予定もないし、散策がてら少し歩いてみるか」
ある程度荷解きを済ませて、特に目的地を決めずにとりあえず外に出てみる。
ペンションから徒歩圏内の海岸は、この時期家族連れや恋人・友人同士等、海水浴に訪れる人々で賑わいを見せるのだが、昨日の大雨のせいか今日は人も疎らだ。
もう少し周辺を歩いたら戻ろうと思った矢先、見覚えのある人影が見えることに気がついた。
(あの人はー…)
彼はそう、オーナーにガイアと呼ばれていた青年だ。
その周りには、彼の前方を塞ぐようにもう2人、男が立っている。
(知り合いなのかと思ったけど、様子がおかしいように見えるのは俺の気のせいじゃない…よな)
何やら言葉を発し続けている男達は、何処と無く声の感じや動きから酔っているように見える。
心做しか青年に対しての距離感も近く、遂に1人の男が彼の手首を掴み出した。
その時、不意に、彼と目が合ったような気がした。
彼は僅かに驚いた様な表情をした後、何事もなかったかのように視線を逸らしたのだ。
それはほんの一瞬の出来事で、気付くか気づかないかの些細な変化。
自分は見ず知らずの人間を進んで助けに行く程お人好しでも善人でもないという自覚はある。
だが、彼はLibertasのお客様であり、先程挨拶を交わした程度だが、全く面識がないという訳でもない。
大事になるのは少し面倒だなと思いつつ、3人が居る場所へと近づいて、此方に背を向ける男達に声をかける。
「ねぇ、お兄さん達」
いきなり現れた第三者の声に、男達は一度その動きをピタリと止め、不快感を隠そうともせずに此方を睨みつけてきた。
「何か用か今忙しいんだ、見て分からないのか」
「その人、俺の連れなんだ。その手を離してくれないか」
「ハハッ、連れだぁ正義のヒーロー気取りか何かか怪我したくなけりゃ、さっさと大人しく帰るんだな」
二人組の片割れが此方を小馬鹿にしながら追い払う仕草を見せ、その様子からこれは対話でどうにか済ますことは無理そうだなと、早々に平和的解決は諦めた。
「そっちがやる気なら喜んで相手になるよ、お兄さん」
挑発されたのだと気づいた男は、自らの拳を振り上げ、殴りかかる。
しかし、それは最後まで届くことはなかった。
受け流されたと思った刹那、逆に己の眼前スレスレに相手の拳が突きつけられていたのだ。
「さっきも言ったけど、お兄さん達がやる気ならとことん付き合うし、その場合は一切手を抜かない。だけど、このまま大人しくこの場から離れるのなら、こっちも手出しはしないよ。俺は約束は守るからね。それを聞いた上で、まだ続ける」
そう言った主の瞳を改めて見た瞬間、男はゾクリと身震いをし、酔いが覚めていくのを感じた。
始めに声をかけてきた時とは違った、凍てついた眼(まなこ)。
淡々とした口調で紡がれたその言葉は、一言一句正確かつ確実に実行に移されるであろうことが容易に想像できた。
己の本能が警告している。
""コイツに手を出してはいけない""
「…ッッおい、行くぞ…」
青年の手首を掴んだまま呆気にとられて事の成り行きを見守っていたもう一人の男を連れ、足早に去って行く二人の背中をじっと見送る。
先程と打って変わって静寂を取り戻した海岸で、さて、どうしたものかと考えを巡らせていると、突然目の前の青年が笑い出したではないか。
「ハハハすまない、オーナーから前に聞いていた話に違わぬ勇猛果敢さだと思ってな。いや、先ずは助けてもらった礼を言うべきか。」
「あの、その話って…具体的にはどんな…」
「今度来るバイト君は昔類を見ない程やんちゃで、喧嘩に関しては負け知らずだったと。
他所からもその噂を聞きつけてやって来る奴らが大勢いたが、それも全て返り討ちにしてたんだろ」
全て事実だったので、何一つ否定できない。
噂ってこのことか!
オーナーに詳細に報告し過ぎだろ、オヤジ…
「何はともあれ、そのお陰で助かったんだ。礼を言うぜ。直接は名乗ってなかったな、俺の名前はガイアだ。毎年この時期にあのペンションにお世話になっている。」
「俺は、タルタリヤって言います。明日からバイトとしてこの夏の間此処に滞在するので、宜しくお願いします」
あの手の輩に絡まれることはよくあるのだと、さして気にしていないその物言いからも、本当に彼にとっては日常茶飯事の出来事なのだろう。
敬語じゃなくていい、と言った目の前の青年改めガイアさんを改めてよく観察する。
細身ながらも付くべき所に程よく筋肉が付き、引き締まった均衡のとれた体躯。
右目につけられた眼帯は、よくある市販の物ではなく、そのデザインから特別に作られた物の様に見える。
緩やかにその肩から流れるピーコックブルーの髪は、彼の肌によく映えていた。
確かにその外見は人目を惹くものがあった。
男女問わず、彼のことを振り返り目で追うと言われても、なんだか納得してしまうだろう。
説得力のようなものが、確かに彼にはあったのだ。
「そんなにじっと熱い視線を送られたら、流石の俺でも照れるぜ」
揶揄う様なその発言ですら、妙に色気を含んでいて、思わずドキッとさせられてしまう。
(いや、何でドキドキしてるんだ俺…)
「此処は過ごすのには申し分なかったが…今年は特に退屈せずに済みそうだな。」
気の所為でなければ、心做し上機嫌に見えるガイアさんがそう呟いて日差しに目を細める。
そんな姿を見ながら、今はまだ名前と毎年此処を訪れること位しか知らない彼のことを、もっとよく知りたいと。自分のことも彼に知って欲しいと。確かにその時、そう思ったのだ。
この時の出来事がきっかけとなり、一緒に過ごす時間が徐々に増えていき、程なくしてその距離感を縮めていく事になる。
これは、ひと夏の物語。
お互いを知り、その心に触れ、彼が本当の自由を享受するまでの物語 ー。
【続く】