タートルネック「どうした…?」
胡座の上に座ったオクタビオは、俺の胸元に目線をやったまま動かなくなった。義足を外してやり、彼を抱いて、二人きりで寛ぐ時間は好きだ。身体を完全に預けてくれる彼を猫可愛がりし、ひたすらに甘やかす。少しクセのあるような柔らかい髪を指先で撫でつけ、手が触れた部分の肌を緩く撫でる。手首、腕、太腿、背中、脇腹、腹の上、どこを撫でても触り心地がよく、同じ男の身体とは思えないほどしなやかで手に馴染みがいい。ずっと触っていたいような、服を着せて隠しておきたいような、むずむずとした気持ちになる。
オクタビオ自身が薄着を好むので、大概素肌か、アンダーを履いているくらい。たまに胸元までの短いタンクトップを着ていることもあるが、それすら珍しい。そんな無防備な格好で俺の膝を占有する。触らないという選択肢は無く、つい手がそわそわと肌を這っている始末だ。
しかし今日はオクタビオが落ち着こうとしない。正面から膝に乗り上げたかと思うと、俺が着ているタートルネックの黒いセーターの布地を押したり引いたりしてくる。いつもであればぐるんと背中を向けて座り、心地のいい場所に落ち着くと、そのまま昼寝をしたりゲームをしたりして寛ぐ。俺はそれを好きにさせ、代わりにオクタビオを好きなだけ堪能する。
確かに今着ているこのセーターは今日初めておろした物だが、それが気に入らないのだろうか。
「好みじゃないか?」
「うん?いや、違う…」
一瞬俺に視線をくれるがすぐにまた胸元に戻る。そして何を思ったのか、いきなり両手で俺の胸筋を持ち上げ、ぐっと寄せたり容赦なく揉み始める。あまりに突飛なことで目的も分からず瞠目するしかない。
「、どうした」
「…………やわけぇ」
「……は?」
感触を確かめるように何度も揉みしだき…、それこそ女性のそれを触るような勢いだ。ゆっくり大きく揉んでいたかと思うと、全体を上に持ち上げて落とすようにもする。何がしたいのか到底俺には理解ができない。
「なにを、」
「おっぱいじゃん」
漸く見上げてきたかと思えば、子どものようにその目をきらきらさせて宣う。その言葉に反射的に手が出て、オクタビオの頭をゴツンと小突く。
「いでッ」
「不本意だ」
「待てまてまてっ」
「着替える」
膝にオクタビオが乗っていることも構わず立ち上がろうとした。このセーターが悪いのなら着替えてくればいい。
「ダメダメダメっ、着てろよ!」
「おかしなことをする方が悪い」
「違うって!羨ましいンだよ!」
小猿のようにしがみついてくる義足の外れた身軽い彼を抱える。
「オレはならないから、鍛えても。だから触りたいの!」
目の色は未だきらきらとしているが、表情は至って真剣だ。
「オレもアンタが触るの好きにさせてるだろ? 撫でられるのだって結構擽ったいの、我慢してるんだからな。オレだって触りたい。アンタはオレの、オレはアンタの、だろ?」
それはそうだが、と返す言葉が無くなる。
「な? いいだろ?」
オレとオクタビオはあくまでも主従関係。言い返せる言葉もない以上、雇用主にこうも言い寄られては断れない。仕方なくもう一度オクタビオを抱え直して座った。
「セーターになってもこんなにくっきりしてるのほんとすごいな…」
座り直したことを了承と受け取った彼が、また容赦なく触り始める。布地を胸筋にぴたりと添わせて形を確かめ、その下になった部分を不可解な手つきで撫でる。何も感じはしないが、男として何かを失いそうだ。その間も楽しげに摩ったり揉んだりしていたが、またも突然、今度はセーターをぐいっと捲りあげる。ぎょっとして思わず体を反らせたが、それがちょうど良かったのか、オクタビオががばりと抱き着き、胸筋の間に頭を埋める。
「…………なんだこれ……すげぇ」
そんなところで話されるとさすがにくすぐったい。そんなことに構いもせず、彼はぐりぐりと頬を擦り付けたり、少し顔を上げてはくっつけたりして楽しんでいる。俺は眉を下げて呆れるしかなく、しかし段々と、主に対してお代を貰おうかなと思えるほど、オクタビオは遠慮が無かった。
それから暫く、よほどタートルネックのセーターが気に入ったのか、彼からプレゼントされた物も含めてそればかり着させられた。最近では傍に来る彼に対して、はいどうぞと言わんばかりに胡座でセーターを捲り上げて迎えることも当たり前になった。そうするとオクタビオは上機嫌で膝に飛び乗り、いつもより長く時間を過ごすことが出来るのだ。