スタンドプレイ「オクタン! 深追いはするな、周囲に多数他部隊がいる! 」
緑の閃光は止まることなく、瞬く間に銃声のする方へ駆けていく。俺の言葉など耳にも届いていないだろう。目の前に転がったデスボックスを漁る暇も無く、急いで彼の後を追いかける。アドレナリンでブーストする彼は、味方と言えど見失ったら手間がかかる。
「、っ……」
銃弾もシールドも回復すら追い付いていない。無意識に舌打ちをして、坂道になっている山肌を滑り降りながらバッテリーを巻いた。近付く銃声にオクタンの姿を探し切ることは出来ず、加勢が間に合わないと思いとりあえずハックを宙へ飛ばす。マークされる敵影は四人、そこへジャンプパッドの派手な音が響いたので、すぐに端末をしまい駆け出す。立ち止まらないと支援出来ない俺のスタイルは、今のオクタンとは相性が悪いように思う。最近の彼は、何か振り切れたかのように無茶な戦い方ばかりしていた。味方を省みず自分の足だけで稼ぎ、回復も疎かに激戦区へ向かう……他のレジェンドからも呆れたような声を聞く。以前はこんなこと無かったのに、と擁護する声が無くはない。だが連携の取れなさは扱いにくさに直結し、部隊の存続を簡単に左右する。多くのレジェンドが今の彼を敬遠しているのは明らかだった。
「アルティメットはまだだ! 」
届かないとは分かっていても、彼を止めるきっかけにならないかと声を上げずにはいられない。彼が使っていったジャンプパッドで同じように飛び、空中で姿を探す。二チームが継戦中だったところへ無謀にも飛び出していくのを見つけ、慌ててそこへグレネードを投げ込んだ。運が向いていたのか、どちらのチームにもダメージを与えることが出来、オクタンのダメ押しで一チームを脱落させる。残りの一チームも満身創痍の中で迎撃してきたが、彼が自分と引き換えにワンダウン奪ってくれたので、シールドに余裕のあった俺が最後の一人を何とか削り切ることができた。本当に無茶な戦いぶりに追い付くだけでやっとだった俺は、肩で息をしながらオクタンを起こす。
「まだ行くなよ、さすがに回復しないと動けないだろう」
回復を行うよう彼の身体を抱いたまま促し、出血している部分を押さえてやりながらアーマーを探した。返事はなくとも、バツが悪そうな顔をして今回ばかりは大人しく回復を始める。痛みに顔を歪めながらもまだその瞳は闘志を失っておらず、こうして捕まえておかなければまたアーマーのみを交換して飛び出していっていただろう。物資も随分と潤ったし結果的には上出来だが、文句を言わずにいられない。
「お前はどうして人の話を聞かない? 前にも増して酷い有様だぞ。ギリギリついて行く判断が間に合ったが、最悪共倒れしていた」
「……」
「お前は強い。でも仲間がいることをもう少し考えろ。もっと上手く戦えたはずだ」
「……アンタの力を借りてたんじゃ意味が無い」
「ポイントが分散することが嫌なのか? 」
「違う。……オレがひとりでやらなきゃ意味がねーンだ。全部、ぜんぶ、ひとりで片付けて上手くやらなきゃ、もう誰も、」
「何の話をしている……? 」
オクタンの話が的を得ない。加えて回復していた手が止まり、どこか一点を見つめて思い詰めたように地面についた手を握り締めていた。
「理解っちゃくれないンだ、オレは間違ってないのに……みんなオレを馬鹿だと思って相手にしないから。ここでもひとりで全滅させて、何回だってチャンピオンにならないと、親父はオレを、」
「……シルバ」
「っ、……」
びくりと彼が肩を揺らす。彼が背負った重く冷たい名前。その名前が今、このゲーム、いやそれ以上に大きな渦の中心にあることは誰もが気付いている。かく言う俺も監視対象として警戒しているし、本人にも幾度か詰め寄った。いつもはぐらかされて終わってしまうが、シルバ家の人間である彼が何も知らないとシラを切るには無理がある。
「やはり、何か知っているんだろう? それでお前自身も追い詰められているんじゃないのか」
マスクをしている彼の表情は読めない。それを覗き込むように至近距離で見つめ、中断していた回復処理を代わりに進める。
「痛ッ、」
「出血が酷い、手を止めるな」
未だ止まっていない脇腹の出血を、腰に手を回して抱きかかえながら押さえ、もう片方の手で注射器を刺す。注入されていく薬と出血を交互に見て、ゆっくり止血されていく様に安堵した。まだ本人は膝をついたまま座り込んでいるが、とりあえず動けるようにはなったはずだ。
「……で、どうなんだ? 」
「……アンタ、優しいのかイジワルなのか分かンねーな」
「どういう意味だ」
「オレのことを疑ってるくせに、こうやって簡単に助ける」
「それは試合中だからだ。他にも周囲に部隊がいると言っただろう」
「……あぁ、そうだな」
オクタンが腰に回されていた俺の腕を退け、立ち上がってアーマーを着替える。そうされて初めて俺も少しやり過ぎだったか、と抱いて血液の付着した手を見た。指先を擦り合わせると、乾き始めた血液がぼそぼそと剥がれていく。何故だか妙に後味が悪く、ボトムスの端でその手を乱雑に拭った。
「あっちの方を見てくる」
「、またお前は」
考える暇もなく、またしても彼は勝手に行動を始める。立ち上がって後を追いかけようとしたところで、自分の頬がちくりと痛み、わずかに切れていることに気が付いた。なんとはなしに手の甲で拭ったが、その内側は彼の血液で汚れている。その手のひらを見ないように握り込み、駆けて行こうとする姿を追った。