リベラくんとモカラの出会い 義父の酒屋の手伝いをしていたある日のこと。いつも通り品出しをし、陳列棚に並べられている酒瓶の向きを揃えている最中に、ざりと砂を踏み締める音に視線を向けると、見覚えのない風貌の客に自然と目が惹かれた。
オニキスのように艶がある黒髪に、同色の毛色を持つ獣の耳は兎のように長い。異国情緒豊かなクガネでも中々見かける事のないヴィエラという種族なのだろう。モカラの尻尾は興味深げにゆらりと靡いた。
「これを」
「承りました、少々お待ちください」
カウンターに立っていた義兄へと紙切れを渡し、奥へ引っ込んだ背を見送ったまま、手持ち無沙汰そうに立ったままのヴィエラへと近寄ると、軽く瞬きをしてこちらを見るものだから、少し微笑ましくなった。長さも種族も違うが、獣の耳を持つ者はクガネでは珍しいのだ。
「もしよければ、お待ちいただいている間に店内をご覧になってくださいな」
「……そうさせてもらおう」
言葉数は少なく、返答もあっさりとしたものだったが、それなりに興味はあったらしい。瓶に貼られたラベルを見る赤い瞳は、好奇心の色を乗せていた。
その後、目当ての物を買い取り去っていくヴィエラの青年の背を見送りつつ、義兄がこそりと耳打ちをしてきた。どうやら彼は自分と歳の近い宝石商の元で働いているらしく、酒を買い求めに来たのもその為らしい。
それから三年ほど、モカラが冒険者としてクガネを発つ日まで、寡黙なヴィエラの常連客を見ない日はなかった。
「あ!君うちの店に来てくれてた人だよね!?」
クガネを発ってから二年の歳月が経った現在。依頼ついでに世話になっている酒場へと酒を卸に行ったところ、カウンター席に腰掛けグラスを傾ける人物が目に付いた。精悍な雰囲気を醸し出しているが、記憶の中にあるオニキスのように艶のある黒髪と長い獣の耳は見知った客と変わらず、思わずモカラの口から声が出た。
案の定、いきなり声をかけられたヴィエラは訝しげに顔を顰め、飲もうとしていたのだろう、手に持ったグラスを机の上に置き、こちらを見つめる瞳は警戒心を露わにしている。
「お前は誰だ」
至極尤もな物言いに、やってしまったとモカラの肝が冷えた。店員として常連客の彼を覚えてはいるが、物を買うのに必要最低限のやり取りを交わすだけに過ぎなかったのだ。相手が覚えているという確証はない。現に、こちらを見る彼の瞳は徐々に殺気が乗り始め、冷えた汗が背筋を伝う。このままでは知人を騙る不審者になってしまうではないか、しどろもどろになり、どうにか声を絞り出そうとするモカラを見かねた店主が、声を掛けた。
「お客さん、この人は怪しい人じゃないよ!ちょっと声の掛け方を間違えただけさ、な?」
「へっ……あ、ああ!そうです!あの、クガネのカンバ酒屋に来てた人、ですよね?その、僕は二年前までそこで働いてて……」
「……ああ、あのミコッテの」
「そう、それが僕です!お久しぶりです!」
どうやら朧げに姿は覚えていたらしく、合点がいったのか、青年の瞳から鋭い殺気は鳴りを潜め、代わりに呆れともつかぬため息が漏れ出た。
「先に要点を言われないと分からないぞ」
「それはその、おっしゃる通りで……!でも、貴方も冒険者家業を始めたんですね?」
「そうだが……その口ぶりだとお前も同業者か」
「はい!……まあ僕は採取と調理と、こうしてお酒を卸すのが主なんですけど」
ぴくりと柳眉が上がり、微かに口端を上げたような面持ちでこちらを見上げる青年は、どこか悪戯を思いついた少年のようだ。
「じゃあ、酒に詳しいよな?」
「え、ええまあ……」
「お前が良い酒を手に入れたら分けてくれよ」
うまい酒を知っているんだろう?心なしか気分の良さげな声色でそういうものだから、モカラもつられて笑みを溢した。
客と店員ではなく、互いに冒険者としてヴィエラの青年──リベラ・オニキスとモカラ・カンバが出会った瞬間のお話。