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    sakura_mekuru

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    sakura_mekuru

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    闇夜の折 闇夜の中、トーマは一人歩く。
     不気味なほど静かな夜だった。虫の声も鳥の声もなく、月もない。ただトーマの足音だけが鳴っている。導のない夜だ。手に持った提灯のみが頼りなく足元を照らしていた。
     そろそろ鎮守の森に差しかかろうかというところだった。しんと静まった辺りに殺気のようなものを感じて足を止める。見回すも姿は見えない。なかなかの手練れのようだった。きょろきょろと提灯をかざすトーマに後ろから気配が忍び寄る。その間は一瞬だった。
    「誰だ!」
     トーマは身体を反らせ刃を避ける。負傷はしなかったものの、束ねられていた髪が斬られて舞い散る。それは提灯のほのかな光に照らされきらきらと輝いていた。
     刀を構えた男を振り返る。長い太刀を持ったその男の図体は大きい。笠を目深に被っていて表情は伺い知れないが、姿勢から自信と喜色を感じる。トーマは槍を取り出して男と相対する。
    「急になんだい」
    「その槍を頂く」
     その言葉を聞いて思い出すものがあった。城下で囁かれる噂話の中に刀狩りをする男がいるというものがあったのだ。被害者はそれなりにいるようだがなるほどこの男が、とトーマは納得する。
     男は刀を構え、今にも襲いかからんとしている。一歩踏み込む。猛烈な突進をいなして槍を叩き込む。しかしそれは返す刃で防がれる。やはりそう簡単な相手ではないようだ。トーマは男から軽く距離を取る。
     男は攻撃の手を緩めない。次はトーマの懐に潜り込み、数発斬りを放つ。それをひとつひとつ確かに防いでから回し蹴りを返す。命中はしたが図体の大きい男にはいまいち効いていない。
     再び睨みあう。ぴりりと緊張した空気が立ち込めている。再び動き出したのは男が先だった。男は力いっぱい、しかし隙もなく振りかぶる。まともに当たれば防御を破られる。そう読んだトーマは神の目の力を解放する。
    「護持の炎!」
     炎の盾を展開し、火を放つ。しかし男は怯まない。剣と盾がぶつかり合う。勢いが弾ける。二人は弾き飛ばされ、後ずさった。着地し、武器を構えたまま向かい合う。
    「神の目持ちか、面白い」
     男は戦いを楽しむように笑っている。トーマは垂れる汗を拭って槍を握り直す。まったく、明日も朝が早いというのにとんだ厄介ごとに巻き込まれてしまったと毒づく。
     もう一度男はぶつかって来た。炎の盾で防ぎ、男ではなく刀を狙う。正直このまま戦っても埒が開かない。刀を弾き飛ばしてさっさと逃げ帰ろうとトーマは考えた。
     金属のぶつかり合う音が響く。狙いどおり男の刀は放物線を描き飛んでいく。そこに炎を打ち込む。男が気を取られている隙にトーマは走り出した。
     鎮守の森へ入り、しばらく走る。祠の裏に隠れて様子を伺う。息が切れ、喉からは鉄の味がした。男はもう追っては来ていないようだ。トーマはほっと胸を撫で下ろし、再び帰路についた。

    「ということがあったんです」
     朝食の場に現れたトーマを見て神里兄妹はそれは驚いた。長かった髪がざっくりと斬られていたからだ。何があったと説明を請われ今に至る。
    「そうだったんですね」
     綾華が顎に手を当て唸った。その隣では綾人も神妙な顔をしている。二人とも民の、ひいては稲妻の安寧のことを考えているのだろう。
     しかし、とトーマも思う。自分で言うのもなんだが、自分は決して弱くはない。そんなトーマと渡り合う人斬りをどうやって捕らえようか? 考えていると綾人がふむ、と声を上げた。
    「私にいい考えがある」
     そうして、説明を始める。綾華とトーマは興味深々といったように聞いていた。聞き終わると、二人は納得に頷いた。
    「では、お兄様たちにお任せします」
    「ああ、今夜でいいですか?」
    「聞くに男はトーマに興味を持っただろうから早いほうがいいだろう」
     まるで見ていたように綾人は言う。では、と話は終わった。

     やはり静かな夜だった。昨日と同じ場所でトーマは男を待つ。綾人は木の影からそれを見張っている。昨日と同じ時間、男はやってきた。早速刀を抜き、トーマを見て笑う。その刀の他に今日はもう一本刀が差してある。しかし追求する間もない。
    「今日こそその槍を頂く」
     もう一度二人は対峙する。トーマも槍を握り攻撃に備えた。男は一歩踏み込み、刀を振りかぶる。刃と刃がぶつかり合い、鋭い音を立てた。
     鍔迫り合いが続く。トーマは精神を研ぎ澄まし、男の隙を伺う。男が距離を取ろうと一歩下がった。それを追うように槍を一突きする。男は身を翻す。しかし鋭く放たれた一撃は男の脇腹を甘く裂いた。
    「やはり貴様はいい……!」
     血が舞う。男は気にした様子もなく再び刀を閃かせる。変わらず男は戦いへの執着が強い。トーマは神の目の力を発動する。炎の盾で攻撃を受け止めて、カウンターをすることにした。
     男の一振りが盾にぶつかる。いやな衝撃が走った。一振り一振りの威力が強く、しっかり防御をしないと破られてしまいそうだ。地を踏み締めて反撃の機を伺う。男が一際大きい一撃をを振りかぶる。トーマは後ろに飛び退く。そして男に突っ込んだ。
     槍の勢いに男は後ろに飛ばされる。しかしその攻撃は隙が大きく、返す刃がトーマに襲いかかった。腹を一文字に斬られ、トーマは地面に倒れ伏した。男は動かないトーマに近寄っていく。その時だった。
    「剣影よ」
     木影から飛び出して来た綾人が居合で斬りかかる。男はその一撃をかろうじてかわす。しかし綾人は次々と剣戟を見舞う。こうして第二の戦いは幕を開けた。
    「非情だな」
     そう揶揄されても綾人は曖昧に笑い何も言わない。かちんと音が鳴り、水の刃が抜かれる。水が男に襲いかかる。圧倒的な手数に男は追い込まれていく。よろめいた男に綾人は鋭い一撃を打ち込む。
    「──!」
     それを防いだのは雷の刃だった。腰に差してあった二本目の刀は雷元素が付与してあったようだ。雷の光で辺りが照らされる。男が反撃とばかりに刀を振りかぶる。しかし、男は異変に気づいていなかった。
     雷の刃が綾人に襲いかかる。刀で受け止めるも水と雷では綾人の分が悪い。男が勝利を確信したときだった。綾人は急にしゃがんだ。男は面食らうももう一度刀を振りかざす。その時、綾人の背後から槍の一撃が飛んできた。
    「何ッ!」
     そこにいたのは倒したはずのトーマだった。腹に傷もなく、槍を構えて炎の盾を展開している。ではさっき斬ったものは、と男は地面を見下ろす。そこには赤い布を着せられた丸太が転がっていた。
    「行きますよ、トーマ」
    「ええ!」
     男は狼狽を隠し、再び刀を握る。しかしその切っ先は動揺でぶれていた。綾人とトーマは同時に地を蹴る。それぞれの必殺の一撃を解放して突っ込む。
    「護持の炎!」
    「三尺の秋水」
     男も負けじと一際大きい雷鳴を轟かせる。男の剣戟がトーマの炎の盾とぶつかり爆発を起こす。過負荷反応だ。その爆発が止む前に男の足を払う。
     バランスを崩した男に綾人の一撃が命中した。水が飛び散り、炎により蒸発する。男はたまらず吹っ飛ばされた。男が昏倒したのを確認し、二人は武器を収める。

    「上手くいきましたね」
     終末番の忍が男を縛る横でトーマが手柄を自慢しに来る犬のように言う。綾人が立てた作戦はトーマの身代わりを攻撃させ、倒したと思い込ませて不意打ちをする、というものだった。士道も何もあったものではないが、綾人は結果を重視しているので大したことではない。
    「それにしても」
     綾人はぽつりと言った。そしてトーマの今はない後ろ髪のあったところに手をやる。無論、髪は斬られてしまったためその手は空を切る。
    「勿体ないことをされたものだ」
    「ああ……」
     トーマ自身はそれほど気にしていなかったが、綾人は悼ましそうに見ている。その顔を明るくしたくて、トーマは笑って言った。
    「また伸ばしますから」
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