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    cad888

    @cad888

    ハッピーラブコメな光公、光ラハを書いています

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    5.0後の、付き合っていない無口気味ひろし×饒舌公による、街に設置された投書箱に関する話。

    From your inspiration(ひろ公)サンプル クリスタリウムの街並みが橙色に染まり、居住館からは空腹を誘う匂いが漂ってくる。今では穏やかな隣人となった光が微睡み始め、闇をブランケットのように被る時間だ。 私は数日引きこもっていた塔を離れ、工芸館へと向かっていた。ただ街を見て回りに行くだけだという体を装い、不自然に歩調が早まらないようにと心がける。
     今日は、あの人はミーン工芸館にいるだろうか。そんな期待と緊張で、私の胸は満ちていた。

     かの英雄――各地の大罪喰いを討ち果たし、闇の手を引いて百年ぶりの再訪をさせてくれた人。私が最期の瞬間にしくじった為に、彼自身が大罪喰いとなりかけながらも冥い海底での決着を付けた人。名を呼んで再会を喜んでくれ、とても優しく微笑み掛けてくれた人……。
     そんな人は、様子を見に帰っていた原初世界から『暁の血盟』の者たちの身体は無事であるという報告を携えて、三週間ほど前にまたこちらに渡って来ていた。それから彼は、ミーン工芸館での製作やリーヴ納品に励んでいることが多いようだった。アマロに跨がり、ユールモアなどのノルヴラント各地にも頻繁に出向いていると聞く。
     今日は前者であってくれないだろうかと祈りながらもエーテライト・プラザに差し掛かると、レスティールが私を見て微笑みながらも敬礼をした。
    「こんばんは、水晶公」
    「ご苦労。何か変わった事は?」
    「いえ、変わりありません。公と闇の戦士様たちのおかげで、クリスタリウムは平和そのものです!」
     英雄殿たちと同列に列挙してもらえる程、私は何もしていないのだが……と訴えるよりも先に、彼が言葉を続ける。
    「その闇の戦士様ですが、一時間程前にここの階段を上がっていかれましたよ」
    「えっ、あ、ああ、そうか……。……では、いつも忙しいあの人が無理をしていないかどうか、様子を見てくるとしよう」
    「それがいいでしょう!」
     レスティールが大きくはっきりと頷く。その仕草は彼がまだ子どもだった頃からの癖だ。あっという間に大きく、頼りがいのある若者に育ってくれたと嬉しく思う。そんな彼に別れを告げ、私は半円を描くように敷かれた階段を上がった。うっかりと弾んだ足取りになりそうなのを堪えながら。
     街の上層部の北へと向かえば、ミーン工芸館がすぐに見えてくる。周囲に素早く視線を走らせた。リーヴの方には見当たらない。ならば、工芸館の中だろうか。ゆっくりと歩を進めながらも、首を伸ばすようにして館内に目を凝らす。
    「わっ」
     突然左肩をそっと叩かれ、つい声をあげながらも素早く振り向く。そこには、どこから現れたのか、まさに探していた人物がいた。驚いた反応を見せた私に、英雄殿もまた目を丸くして「悪い」と謝る。
    「い、いや、私が大げさな反応をしてしまっただけだ」
     すぐさま彼に向き合い、首を数度振った。さりげなく両手を背後に回して、ローブの中で動揺を見せる尻尾を宥めようと試みる。まさか彼の方から声を掛けられるとは思わず、気が動転してしまう。
    「……こんばんは。あなたは、今日も工芸館を手伝ってくれているのだろうか」
     飛び跳ねる心臓が口からこぼれ出ないようにと、唾を飲み込んでから訊ねれば、一流の職人は自信に満ちた笑みで頷く。
    「あなたには、何から何まで世話になってしまうな……。この世界に闇をもたらしてくれただけでも、言葉では感謝を言い表せないほどの大恩だというのに」
     英雄として、職人として、採集家としての彼に世話になっていない者は、この街にひとりもいないのではないだろうか。気のいい彼は、住民たちの些事な困り事にも手を差し伸べていると聞く。
    「本当にありがとう。……私が、私たちが、あなたにどれほど感謝していることか」
     薄氷色の双眸を見つめて、私の想いが少しでも伝わることを心から願いながら改めて感謝の念を口にする。すると英雄殿は穏やかな表情で首を振った後に、自分の胸を二度叩いた。今度は得意げな顔をする。『気にするな、何でも任せておけ』といったところだろう。


     この人の言葉数が少ないのは、原初世界で『ノア』として行動していた頃から変わらない。そして、その代わりに表情や仕草が豊かであることも。自分がべらべらと喋ることにひとつずつ反応してくれる彼の身振り素振りから、気持ちや考えを読み、またこちらが喋る……そのやりとりは、昔から苦では無い。というよりもとても好きだった。
     一度、「なんか、オレばっか喋ってて悪いな」と言ったことがあるが、彼は目を丸くしながらも何度も首を振った。
    「……もっと聞きたい。グ・ラハ・ティアの話はおもしろい」
     少しはにかんだように笑いながら、髪が短く、髭も丁寧に剃り上げていた頃の英雄は言ってくれた。その言葉に後押しされ、ふたりでいる時にはこちらが話し手、あちらが聞き手というロールが自然と決まったのだ。
     私にとっては、その関係がとても心地よかった。私が何を話していても、その薄青色の目でこちらをまっすぐに見つめて、平たくまるい耳を熱心に傾けてくれる。少しも退屈そうにせず、笑ったり、目を輝かせたり、驚いたりしてくれる。自分が話している間だけは、世界を何度も救った英雄の瞳が私ひとりに向けられるのだ。
     あちらの世界で、自分が何も知らない礼儀知らずの若者であった時から、私はこの英雄殿への想いをひそかに募らせている。けれど、今となっては老人であり、端末であり、水晶である自分が、多くの人から慕われている彼と結ばれたいなどと、不相応なことは考えていない。この自由な冒険者を、私に、この街に繋ぎ留めておくことは望んでいない。
     それなのに、彼に見つめられるのがとても嬉しくて、親の気を引こうとする幼子のように、必死に言葉を紡いでしまうのだ。
     
    「……もう日も暮れる。もう今日はこの辺にしておいて、休んではどうだろうか」
     しかし、いつまでも彼を引き留める訳にはいかない。もっと彼の顔を見ていたい、話を聞いてほしいと思う心から目を背け、休むように促す。彼は不精髭の生えた顎に革のグローブを付けた手を掛け、目を伏せて少し思案する。しかしすぐにこちらに視線が向けられた。ちいさく首を傾げる。
    「私か? 私は、……まだしばらく街を見ていくつもりだ」
     海底からの帰還後、彼と顔を合わす機会は多くはなかった。少し久々にこの人の姿を一目でも見られたらと塔から出てきたが、街を見て回りたい気持ちも本物だ。そう答えれば、彼は顎から手を離した。彫金でもしていたのか、グローブに付いていたらしい茶色い油が顎に付着してしまっている。それに気づかず、彼は微笑んで「なら、俺も行こう」と言った。思いがけない申し出に、私の耳が大きく跳ねたのが分かる。
    「わ、わざわざあなたに付き合ってもらう程のことでは……」
    『一緒に行きたい!』という素直な言葉ではなく、辞退の旨を口にする。しかし彼は『さあ行こう』と言わんばかりに、私を促した。こうなった彼は、こちらがどう言っても引いてくれないと分かっている。付き合わせることに申し訳なさを覚えつつも、闇の戦士殿ともう少し共に過ごせる喜びに、だらしなく顔が綻びそうだ。唇を強く引き締めて、それを誤魔化す。
    「……ありがとう。だが、その前に」
     第一歩を踏み出したくてそわそわしている彼との距離を詰め、左手を伸ばす。住民たちに、闇の戦士殿の少し抜けた姿を見せたくはない。突然伸びてきた手に、少々驚いた顔をする彼に「動かないでおくれ」と囁いて、顎に触れる。初めて触れる髭の短く硬い感触に驚き、自分の冷えた指先が彼の体温で暖められた。ざらざらちくちくとしたそこを数度擦り、付着していた油を拭い取る。
    「よし、もう大丈夫だ。なに、油が少し付いていただけなんだ。またどこかを汚してしまうかもしれないから、グローブは外した方がいいだろう」
    「……悪い、ありがとな」
     汚していたことに恥じらったのか、熟練の職人殿は顔を大きく背けた。それから両手のグローブを外して、トラウザーのポケットにねじ込む。それから反対側のポケットより、小さな布を取り出した。どうするのかと思えば、私の左手首をそっと掴み、引き取った油汚れを拭ってくれる。私の手よりも大きく厚く堅い彼の手に触れるのは久々だ。『ノア』の時に何かの拍子に触った時以来の触れ合いに、頬が熱くなってしまう。辺り全体がオレンジ色に染まっているので彼にそれを見咎められることはないだろうが、フードを被って誤魔化したくなる。
    「あ、ありがとう……。タオルを持っていたなら、汚れていることをあなたに教えればいいだけだったな。よかれと思ってやったのだが、結局手間を掛けさせてしまった」
     決まりが悪くてそう言うが、彼は私を見つめる目を優しく細め、ゆっくりと頭を振った。その間も、私の左手は彼の右手の中だ。少し冷えていた手が、どんどん彼の体温に馴染んでいく。それがくすぐったくて、そっと手を引いた。彼の手中からするりと抜け出した左手は、定位置に戻ってもまだ暖かく、まだ彼に手を握られているように思える。
    「……では、お言葉に甘えてあなたの時間を少しばかりいただくとしよう。街の者も、老人が通りすぎるばかりでなく、あなたの姿を一目見られた方が喜ぶだろう」
     私の言葉に、英雄殿は困ったように笑って肩を竦めた。そうして、私たちはちいさな子ども一人分ほどの距離を開けながらも並んで歩き出した。エーテライト・プラザを通って、ホルトリウム園芸館の方へと向かう。その道中でヴィース族の子とすれ違ったのを拍子に、彼にライナがまだ幼かった頃の話を聞かせる。あの子がどれだけ聡明でかわいらしかったかを力説する私に、彼は何度も頷いて笑ってくれた。
     園芸館の様子を一通り見て回る中、職員たちは闇の戦士殿の姿にやはり嬉しげな表情を見せた。
    「今日はおふたりがご一緒なんですね」
     声を弾ませる職員の女性の様子に、この人に付いてきてもらってよかったと思う。彼の存在がどれだけ人の心を励まし、勇気づけ、鼓舞してくれるか、私はよくよく知っている。
     こちらには取り分け大きな問題は無いことを確認し、次は自由弁論館を通って博物陳列館へと向かうと彼に告げる。異は無いと頷いた彼だが、弁論館の前で不意に足を止めた。何事かと釣られて立ち止まった私に、彼は壁に掛けられたとある箱を指す。白く塗装された金属製の、大判の本程度の箱だ。箱の上部には細長い長方形の穴が開いていて、右の側面には鍵を掛けた蓋が付いている。
    「前から気になってたんだが、あれは?」
    「ああ、あれは……」
     彼を伴い、その箱に歩み寄った。箱のすぐ側には小さな台があり、そこには紙と筆記具を揃っている。
    「投書箱だ。住民たちが、私に面と向かっては言いづらいような訴えや意見を、匿名でここに投じるだろう。私はそれらすべてに目を通し、必要なら対策や改善をするという制度でね。一週間に一度ここを開けるんだが、ちょうど明日がその日だよ」
     今はどれぐらい投書が入っているだろうかと気に掛けながらも、感心した素振りの闇の戦士を見つめる。
    「……あなたが、初めて夜を連れてきてくれてからしばらくは、一日に一度ここを開ける必要があった。本当に多くの者が、初めて見る闇を喜ぶ声を投じてくれたからね」
     右手を自分の胸に当てて、その時の気持ちを改めて噛み締めながらも口を開いた。あの無尽光を大きく切り裂いた勇ましい姿はどこへやら、闇の戦士殿は一歩後ろに下がり、胸の高さで右手をぱたぱたと振った。照れた仕草を見せる彼に、つい肩を揺らして笑ってしまう。
    「今度、あなたにも彼らの想いを見てもらおう」
     私が言えば、彼は後頭部をくしゃりと掻く。その仕草に愛らしさと好ましさを感じながらも、私たちは博物陳列館やその他の施設も見て回ったのだった。


     翌日の昼頃、私はひとりで再び弁論館を訪れた。持っていた小さい鍵で投書箱の蓋を開き、投書の入った袋と空のそれを入れ替える。ちらりと見た限り、どうやら今週はあまり投書は無さそうだ。
     弁論館のメルボスたちといくつか言葉を交わしてから、塔へと戻る。星見の間に机と椅子を用意して、早速投書に目を通していく。物資の補給の願いや、街灯を増やしてほしい場所の要望に紛れて、『すいしょうこうへ かわいい ねこがかいたいです』と子どもの字で書かれたものがあった。名前も書き添えられている。その微笑ましさについ笑ってしまった。今度その子の親に会った時には、話を聞いてみよう。
     次のものを手に取ったが、それも子どもからのようだ。拙い文字で『働き過ぎの水晶公へ』と書かれている。子どもにしては妙な書き出しだと首を傾げながらも、読み進める。
    『これを読んだら、今日はもうゆっくり休んでほしい。俺だけでなく、街の住民全員が思っている事だ。』
     少しの空白を置いて、次の文章が綴られている。
    『どうか、これが読み流されることのないように願っている』
     瞬きを繰り返しながらも、右下に視線を向けた。
    『おまえのいちばん憧れの英雄より』
     それを読んだ瞬間、「ぐぅ」と妙な声が漏れた。絶えず静かに稼働していた心臓が、突如自己主張を始める。頭上の一フルム先で太陽から照らされているかのように、体が熱くなった。もう一度、その投書を読み返すが、やはり差出人に思い当たる人物はただひとりしかいない。
     確かに昨日、闇の戦士殿に投書箱の説明をしたが、まさか彼から投書されるとは全く予期していなかった。他の誰にも見せられないような、締まりのない顔をしてしまう。
     彼から手紙のようなものをもらったのは初めてのことだ。こちらに滞在している間に、第一世界の文字や言葉を覚えてくれたのだろうか。言葉数は少ない彼だが、文章は丁寧に綴るのだと、意外な一面を知れて嬉しくなる。『水晶公』という文字の拙さが愛しくて、右の指でそっとなぞる。
    『休んでほしい』とのことだが、こんなものを受け取っては励まされるばかりだ。それに、夕暮れにもなっていないし、目を通していない投書もいくつか残っている。
     とても上機嫌になりながらも、私は彼からの投書をそっと机の隅によけて、常に目に付くようにした。それから、投書を読む作業に戻る。すべてを読み終えたら、どのように対応していくかを考えてまとめなければ。


     ドアがノックされる音に、思考の海底に沈んでいた意識が一気に呼び戻される。
    「水晶公、闇の戦士様がおいでです」
    「えっ え、あ……」
     扉の向こうから響く守衛の言葉に、私は狼狽してしまう。机の上には数枚の投書と羊皮紙が散乱している。ここには時計を置いていないのだが、おそらく投書を読み始めてからそれなりの時間は経過しているはずだ。彼の『休んでほしい』という拙い文字が脳内で点滅する。この状況を見たら、彼はどう思うだろう。こうなることを見越して、『どうか、これが読み流されることのないように願っている』と書き添えてくれていたのだと今更理解しても、もう遅い。
    「水晶公?」
    「す、少し待ってくれ!」
     そうだ、バニシュを使おう。名案が閃き、側に置いていた杖を手に取る。机を隠せば、ひとまず誤魔化せる……。
    「……やっぱりな」
     私の言葉に反して、ドアが開いた。同時に、呆れた声が飛び込んでくる。英雄殿は守衛に目配せしてから、こちらに大股で詰め寄ってきた。その足音はいつもよりも大きく響き、私を責め立てているようだ。杖を背負い、俯いて身を縮める私の一歩前で、彼が立ち止まる。腰に両手を当てた彼が、こちらをじっと見つめている気配がする。普段は気にならない沈黙が重苦しく、濡れた衣服のように体にまとわりつく。
    「そ、その……すまない……。あなたからの投書は確かに読んだのだが……」
     左腕を撫で擦りながら、私は年甲斐もなく弁解する。
    「あなたからの気遣いがとても嬉しかったあまり、却って張り切ってしまい……」
     頭上で小さく息が吐き出されたのが、萎れた耳でも聞き取れた。おそるおそる顔をわずかに上げ、視線だけを彼に向ける。やはり水色の瞳が私を見下ろしていたが、思っていたような表情はしていない。苦笑いをしている英雄殿は肩を竦めてみせた。
    「様子を見に来て正解だった」
     静かな声音で言った彼は、問答無用で机の上のものを適当に片付け始める。ここで『まだ働く』と訴える勇気は、さすがに持ち合わせていない。大人しく片付けに加わる私に、彼は柔和な笑みを見せた。最後に、彼は自分が投書したものを手に取り、どうするかと少し考えた結果、回収することに決めたようだ。二つに畳んでポケットにしまおうとするのを、慌てて止める。
    「よければ、私が持っておきたいのだが」
     意外だと、軽く瞠目した彼の手からそれをそっと引き取り、私の胸に押し当てた。
    「ええと……、あなたが私に宛てて書いたものなのだから、これはもう私のものだろう?」
     私が彼からの投書を回収することの正当性を訴えれば、彼は手放すことに納得した。大切に保管しよう、どこに置こうかと浮かれている私の背に、英雄殿の手が軽く当てられる。その手が、星見の間から通じる私の居室へと押し出す。
    「わ、分かった。あなたの言う通り、もう休むから……」
     自分で居室の扉を開けて足を踏み入れる。振り向けば、そんな私に彼は満足そうな表情を見せた。本当に優しい人なのだと改めて思い知り、胸が高鳴った。彼の名前を呼び掛ける。
    「おやすみ。……心配をしてくれて、本当にありがとう」
    「……おやすみ」
     短く言った彼が、一度視線を逸らした。どこか落ち着きがないように見える。私に向き合い直した闇の戦士殿は、その右手を私の頭に載せた。ぽんぽんと弾む仕草に、頭を撫でられているのだと察する。突然のことに口を開けっ放しにした私に、彼はすぐに手を引っ込めた。そのまま軽く挙げられた手が告げるのは別れだ。
     ドアがそっと閉められた途端、私の顔は熱を帯びた。こんな老人の頭を撫でるなど、かの英雄はなんて物好きだろう。彼にとっては単なるコミュニケーションの一環だと重々承知している。だが、自分の頭の上で弾んだおおきな手の感触を、拙い文字からも伝わる彼からの気遣いを、飽くことなく反芻してしまう。
     手にしたままの彼からの投書をどこに保管するかを考え、ひとついい場所を思い付く。
     幼い頃のライナが、ミーン工芸館の者たちと一緒に作ったちいさな文箱だ。彼女がくれたささやかな宝物をその中に仕舞いこんでいる。私にとっては、これ以上にない保管場所だ。
     机の横にあるチェストの一番下の引き出しから文箱を取り出し、もう一度文面に目を通してからそれをしまった。目の届かないところにあってもなお、その夜何度も彼が綴った『水晶公』の文字がありありと思い浮かんだ。
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