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    ju_mkmk59

    @ju_mkmk59

    未完の連載物はフォロワ限定、R-18は18歳以上かつ高卒済のリスト限定です。リスインをご希望の方は https://lit.link/mkmk59 を確認の上リプください。

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    ju_mkmk59

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    関係性を曖昧にしたままに年月を重ねた結果、拗らせまくっためぐまきの話。

    ##めぐまき

    アラサーめぐまき①「あの……こんなこと言うのも、今更ですけど」
    「ん?なんだよ急に」
    二人で飲んだ帰り道。家まで送る途中で、夜風に当たって酔いを覚まそうと少しだけ遠回りして立ち寄った川べり。有名な夜景スポットではないが、向こう岸にはライトアップされたビルが所狭しと並んでいて真っ暗な水面の上にキラキラ光る夜の都会がぽっかりと浮かび上がっている。伏黒恵が口を開いたのはそんなシチュエーションだった。
    高級ホテルの最上階のレストランでプロポーズをぶちかました同期の友人には敵わないが、ここでも及第点ぐらいは取れるだろう。そもそもそんな場所にはあからさまに嫌悪感を示しそうな相手だし、自分だってキザな真似は性に合わない。
    だからこれが今の自分に出せる最適解で、勝率は八割、いや九割は固いと伏黒は踏んでいた。
    「真希さん、よかったら俺と一緒に住みませんか?その、なんつーか……結婚、を前提に」
    「……へ?」
    前を歩く禪院真希は、上半身だけ振り返って首を傾げた。渾身のキョトン顔は想定外だ。焦った伏黒は、気付けばカッコ悪い言い訳を早口で並べていた。
    「本当はもっとちゃんとしたところで言おうかとも思ったんですけど!でもそんなの俺には似合わねぇし、真希さんも嫌がりそうだし。それに、早く言いたかったんで。俺達、もう付き合ってからそこそこ長いですし──」
    「いや、別に引っ掛かってんのはそこじゃねえよ」
    伏黒の言葉を遮る真希は思いのほか冷静だ。照れる様子も見られず、ただ頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
    「私ら、そもそも付き合ってたのか?」
    思いもよらぬその言葉に、今度は伏黒が渾身のキョトン顔を晒す番だった。

     ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎

    「うっわ、酒くさ」
    「おかえりぃー」
    翌日、起き抜けにメールを入れたところすぐさま来いと呼び出され、手土産片手に訪れた友人の家で伏黒はあれよあれよという間に酔い潰れていた。
    「何これ。伏黒アンタ何やってんのよ、こんな真っ昼間っから人んちで」
    頭上から非難の声が降り注ぐ。容赦のない声量が、すっかりアルコールの回った伏黒の頭にキンキンと響いた。
    「ん……悪りぃ」
    「野薔薇ダメ!今は伏黒のこと攻めちゃダメ!あと飲ませたの俺だから!」
    怒るなら俺にして!と身を張った虎杖の腹に釘崎が一発、拳を入れる。おふざけの流れかと思いきや釘崎は確実なダメージを与えに行ったようで、虎杖は両手で腹を押さえて机に突っ伏した。
    「めぐみくん、どうしたの?お顔、真っ赤だよ?お熱ある?」
    ひょこりとのぞき込むのは二人の愛娘だ。両親によく似た快活さと愛嬌の良さで、この家にたまに顔を出す伏黒や五条、先輩達によく懐いている。
    「あ……いや、大丈夫だ。ごめんな、さくら」
    花の名前を付けたいと主張する父親と、名前は書きやすいのが一番だと譲らない母親によって平仮名で『さくら』と名付けられた彼女は、その名が示す通り四月生まれだ。
    頭を持ち上げようにもどうにも重くてままならない。できることならこんな情けない姿は見せたくなかった。不安げなさくらにどう対応しようかと思い悩む伏黒の頭上にまた釘崎の声が降ってきた。
    「大丈夫よ、ソイツはそこで寝かしときなさい。それよりほら、外から帰ったらどうすんの?」
    「おてて洗う!」
    元気よく答えてパタパタと駆け出した。向かう先は洗面所か。我が子を見送っていた釘崎が、露骨なため息をこぼしながら伏黒の隣の椅子を引く。腰かけるなり手を伸ばしてつまみの枝豆を口に放り込んだ。
    「そんで?何時から飲んでんのよ、アンタら」
    「えーっと、野薔薇達が出かけて……その三十分後ぐらいに伏黒が来たかな」
    虎杖の返答に、釘崎が呆れた声を出した。
    「あっそ。もう五時間以上は飲んでんのね。伏黒さぁ、アンタが酒弱かないことは知ってるけど、それでも悠仁のペースには敵わないって分かってんでしょ?」
    「うぐっ」
    背中をパシリと叩かれたが、喉の奥から呻き声がこぼれるのみで痛いと抗議することもできなかった。
    「ありゃま。コイツ、本当に弱ってんのね」
    「だからさっきから言ってんじゃん!伏黒いじめんなってば!」
    まだまだ元気な虎杖は空いたグラスにとくとくとビールを注ぐ。それに目敏く気付いた釘崎は、テーブル越しに手を伸ばして虎杖の手からグラスをかっさらった。
    「アンタももう飲むな」
    かっさらったビールをグビグビと飲み干すと、釘崎は手の甲で口元を擦って息を吐いた。
    「プハァー!やっぱ暑い日にはビールが一番ね」
    「俺が注いだのにさぁ……全部飲み干すことねえじゃん……」
    うじうじと訴える虎杖の抗議を釘崎はバッサリと切り捨てる。
    「何言ってんのよ、アンタ達二人は今日はもう酒禁止!悠仁、昼間っから飲んだくれた罰として今日の夕飯当番はアンタね。伏黒もどうせ泊まってくんでしょ?明日でいいからあの子の遊び相手してやってよ、玉犬に会いたいらしいから」
    「へーい」
    気の抜けた返事をして、虎杖はすごすごとテーブルの上を片付け始めた。俺も手伝わなければとなんとか頭を上げるが、やはり全身が重くて立ち上がれない。
    「伏黒、無理しなくていいわよ?アンタそこまで酔っ払うこと滅多にないでしょ」
    釘崎は冷たい水を入れたグラスを俺の前にコトリと置いた。今の俺にはありがたすぎる気遣いに感謝して、そっと手を伸ばす。
    「た・だ・し!」
    突然の大声に、片付けに励んでいた虎杖がぴくりと肩を震わせる。釘崎は俺の手首をぐっと掴むと、まっすぐに目を合わせて言った。
    「但し、今日だけよ?明日も二日酔いで動けません、なんて言ったらどうなるか……賢いアンタなら言われなくても分かってるわよね?」
    「──伏黒ッ!伏黒、俺ちゃんと味噌汁作るからッ!ちょっとシジミ買いに行ってくる!」
    虎杖はそう叫ぶと、財布を引っ掴み必死の形相で飛び出した。釘崎は満足げにフッと笑うと、俺の手を離して台所へと消えていく。
    虎杖家の実権は、虎杖野薔薇が握っているのだ。

     ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎

    虎杖悠仁渾身のシジミの味噌汁の効果は絶大だった。伏黒は翌朝、頭痛と倦怠感こそ残りながらも野薔薇に起こされるより前に布団からはい出ることができた。借りた布団をダラダラと畳み、台所に顔を出す。一家の主夫は着々と朝食の準備を進めていた。
    「おっはよー、伏黒!寝れた?体調どう?」
    「ああ。まあ、なんとか……」
    「よかったぁ!安心したよ本当に。もし今日も伏黒がダメだったら俺ら野薔薇になんて言われたことか……。あ、伏黒コーヒー飲む?」
    「助かる」
    そこ座って待ってて、とのありがたいお言葉に甘えてダイニングチェアに腰かける。
    主夫といえども兼業主夫だが、学生時代から家事全般に手慣れていた悠仁はその実力を家庭でも如何なく発揮しているようで伏黒と会話しながらも手早くネギを刻んでいた。トントンと小気味よい音が響く。そのうちコーヒーメーカーがポコポコと音を立て始め、ほろ苦い香りが部屋中に広がった。
    「あ、コーヒー淹れてる!ねぇ私も飲みたい」
    「はいよ。野薔薇、今日はルイボスティーじゃなくていいの?」
    うなずいて返事に変え、野薔薇は伏黒の斜向かいに座った。
    虎杖家のキッチンに鎮座するコーヒーメーカーは主に野薔薇の希望があって伏黒が二人の結婚祝いに贈ったものだ。しかしリクエストした本人は、実はコーヒーだけが特別好きというわけでもなく何を飲むかは毎日の気分任せらしい。
    結果、贈ったはずのコーヒーメーカーは三人の中では唯一のコーヒー党である伏黒が遊びに来た日に稼働されることが多かった。なんとなく納得がいかず、それを直接二人に訴えたこともあるのだが「アンタこれからもこの家来てくれんでしょ?じゃあそのとき使うんだしいいじゃない」「そうだそうだ」とよく分からない理屈で丸め込まれた。
    それを機に、これまで新婚だからと一応は遠慮して距離を取っていたのがアホらしくなって、招かれてもそのうち半分は適当な理由を作って断っていたのを一切やめた。そうして独身時代とほとんど変わらない頻度で顔を合わせるようになり、彼らの愛娘であるさくらが他の友人知人の誰よりも伏黒に懐くにまで至ったのだった。もともとは小さな子供は苦手だと思っていたはずの伏黒だったが、いつしかさくらのこともその両親と同様にかけがえのない存在となっていた。
    その愛娘も寝惚け眼を擦りながら食卓についた。野薔薇の隣の子供用チェアによじ登るようにして腰かける。
    「おはよぉ、めぐみくん。今日はもう、だいじょーぶ?」
    「おはよう。ああ、昨日は悪かったな」
    「ううん。あのね、めぐみくんだいじょーぶならね、今日はぎょくけんと遊べる?」
    「アンタ今日保育園でしょ?帰ってからね」
    目を輝かせる幼な子に母親は無情にも現実を突きつけた。この場にいる大人三人が三人とも曜日も時間帯も関係ない不規則な仕事なので感覚が狂うが、今日は至って普通の平日なのだ。伏黒自身は少し高専に寄る用事がある程度で任務はないが、虎杖は夕方から、釘崎は午前中にそれぞれ任務が入っていると言っていた。
    玉犬と遊ぶのを先延ばしにされて、さくらは大きな瞳にうるうると涙を浮かべる。背筋が凍る思いがしたのも束の間、ちょうどそのタイミングで悠仁が食卓に目玉焼きを運んできた。
    「あ!たまごさん!」
    「おう!とーちゃんの傑作たまごさん、さくらにやるぞ!」
    そう言って悠仁は白身がまんまるに広がった目玉焼きを置いたが、他の皿に載せられた目玉焼きだって綺麗なものだ。最後の一皿を運ぶとともに悠仁自身も席に着いて、四人はいただきますと声を揃えた。



    保育園の送り迎えは両親が交互に務めることにしているらしい。今日は野薔薇の方が任務の集合時間が早いから、朝の時間に余裕のある悠仁が朝の担当だそうだ。
    さくらに服の裾を引かれてしゃがみ込む。片耳を寄せると、まるで国家機密を漏らすかのような真剣な面持ちでさくらは懸命に伏黒に告げた。
    「あのね、おとーちゃんと保育園行くときね、おとーちゃん、びゅーんって走るんだよ」
    要領を得なくて困惑していると、そばで聞いていた野薔薇が呆れながら補足した。
    「おんぶして猛ダッシュすんのよ、アイツ。五十メートル三秒で走るなんて嘘みたいでしょ?」
    それが本当ならば呪術師なんて辞めてオリンピック出場を目指すべきだが、高専の頃から幾度となく共にジョギングをしてきた経験から考えればコイツはそれぐらいのことなら平気でやってのけるだろうと伏黒は思った。当の本人はリビングでそんな会話が繰り広げられているとはつゆ知らず、スニーカーの紐をしっかりと結び直して玄関先で入念に屈伸している。
    「すげぇな、オマエのお父さん」
    「うん!」
    誇らしげにニコニコと笑う様が愛らしくて、伏黒はさくらの頭をぽんぽんと撫でた。
    「おーい、準備できたかぁ?」
    一通りのストレッチを終えたらしい悠仁の声がする。
    「ほら、お父さん呼んでるぞ」
    「うん!めぐみくん、行ってきまぁす!」
    「ああ、行ってらっしゃい」
    玄関で二人を見送る。口数の多く元気のいい二人が出かけると、家の中は途端に静かになった。
    くるりと背を向けてリビングに戻る野薔薇を追いかける。
    「コーヒーのお代わり欲しいんだけど、伏黒も飲んでくれない?一杯分だと中途半端なのよね」
    「ああ」
    野薔薇の提案は願ってもないものだった。伏黒の承諾にすぐさまコーヒーメーカーをセットし直しながら、野薔薇は背中越しに何でもないことのように尋ねる。
    「そんで?失恋だって?」
    「は?オマエ、まさか真希さんから──あっ」
    気付いたときにはもう遅い。振り返った野薔薇は、伏黒の発言に心底呆れていることを隠そうともしなかった。
    「そんな迂闊なことある?本当に参ってんのね、アンタ」
    「……」
    伏黒は返す言葉もなく頭を抱えた。自身の軽率さが憎い。
    「……誰から」
    地を這うような声で問うと、野薔薇はあっけらかんと答えた。
    「別に誰からってわけでもないわよ?真希さんはそんなこと言いふらすような人じゃないでしょ。悠仁だっていくら私相手でもアンタの恋愛事情をペラペラ喋ったりしないわよ。私はカマかけてみただけ。まんまと引っかかったのはアンタよ」
    「……」
    ムスッと黙り込んだ伏黒の前にブラックコーヒーがことりと置かれる。野薔薇自身も隣に腰かけ、牛乳の混じった茶色いコーヒーに口をつけた。
    「ま、相談ぐらいなら乗ってやってもいいけど?」
    伏黒はもうヤケクソだった。野薔薇にまで明かすつもりはなかったのだが、事の経緯をシンプルに話して聞かせた。
    「真希さんに」
    「うん」
    「プロポーズ、したら」
    「うん」
    「私ら付き合ってんのか、って返された」
    「はぁぁぁ?」
    鼓膜の破れそうなほどの野薔薇の絶叫に顔を顰める。口を開いたまま数秒固まっていたかと思えば、野薔薇は額に手を当てて天井を仰ぎ、ブツブツと呟いた。
    「ありえない……あんだけ一緒にいてまだそのレベルだったわけ……?つーか真希さんも真希さんでしょうよ……」
    温くなったコーヒーに口を付ける。野薔薇の復活を待つうちにすっかり空になってしまったマグカップを名残惜しく眺めていると、ようやく口を開いた野薔薇が浴びせかけたのは容赦のないダメ出しだった。
    「だいたいさぁ?普通プロポーズの前って言ったらそれとなく相手にその意向があるかとか探っとくもんじゃないわけ?」
    「お前は探られたのか?」
    「探っ……ッ!私の話はいいから!」
    気恥ずかしいのか、結婚からもう数年が経つというのに野薔薇がプロポーズの詳細を明かしたことはいまだにない。
    「今はアンタの話をしてんの!で、どうなの?勝算あったの?そもそもが当たって砕けろだったわけ?」
    「勝算……」
    「正直に言いなさい」
    「正直、な話をすると」
    「ん」
    「断られるどころか付き合ってないって言われるとは思ってもみなかった」
    「アンタはばっちり付き合ってるつもりだった、ってことね」
    呆れなのか憐れみなのか、少し和らいだ声のトーンが上から降ってくる。立ち上がった野薔薇は、二人分のマグカップを両手に持ち台所に下げた。
    「本当にさぁ、しっかりしてよ?アンタはさくらの初恋の人なんだから」
    マグカップを洗う水音に混じって飛ばされた野次に、伏黒は絶句した。
    「は?え……?」
    「ハァッ?アンタまさか気付いてなかったわけ?」
    本日何度目かの露骨な呆れ顔を示されても伏黒は愕然とするばかりだった。懐かれているとは思っていたし、目に入れても痛くないほど可愛いとも思っている。しかし二十以上も歳の離れた幼な子に恋心を抱かれているとは考えもしなかったのだ。
    「呆れた……そりゃ真希さんの心も掴めないわけよ……」
    野薔薇はそう言って肩をすくめると、洗い終えたマグカップを逆さに置いて濡れた手を拭いた。
    「じゃ、私出かける支度してくるから。悠仁が帰ってくるまで暇でしょ?皿、拭いてしまっといてくれない?」
    そうして野薔薇はスタスタと自室へ向かった。食器用ふきんのありかもそれぞれの皿のしまい場所も、説明などなくとも十分過ぎるくらいに知っている。動揺を隠しきれないまま言われたとおりに皿を磨いていると、ただいまと叫ぶような悠仁の大声が玄関から聞こえてきた。

     ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎

    二人がどれほど気まずかろうが巷には次々と呪霊が湧く。任務は毎日のように舞い込んでくるし、事務方の割り当て次第では同じ任務に臨むこともままある。顔を合わせるのを避けるなんて到底できないことは最初から分かっていた。
    しかし、それにしたって。まさか虎杖家で酔い潰れた日の翌々日になるとは。
    「よぉ、恵」
    「お疲れ様です」
    任務に影響を出すんじゃない。そんな分かりきったことを指摘する人ではないし、伏黒自身も指摘されるほど切り替えが下手なつもりはなかった。実際、運転席に座るまだ年若い補助監督も二人の間に起こった出来事を知る由もなく、今日の任務の概要について流暢に説明する。
    「――と、いうわけなんで、俺に言われるまでもないと思いますけど十分に気を付けていただければと思います」
    丁寧な言い回しからは戦いの場へ赴く術師への気遣いがうかがえた。張り切る様も微笑ましく、また心強い。後部座席で二人は短く返事をすると、いよいよ現場に降り立った。
    「恵」
    「はい。気付かれてますね」
    車を降りた瞬間から、ピンと張り詰めた空気が現場に走っている。術師が自分を祓いに来たと、今回のターゲットである呪霊は確実に気付いている。
    「これじゃ囮は意味ねぇな」
    「ですね」
    当初の作戦では、恵の式神を囮として呪霊を誘い出して死角から真希が狙い打つ予定だったのだ。
    「ま、一級術師を二人も駆り出すような呪いだもんな。そんな楽な任務なはずもねぇか」
    「真希さん、来ますよ」
    「おう。そんじゃ恵、後ろは任せたぞ!」
    「は?ちょっと、真希さん――」
     真希は後ろを振り返らなかったが、白い歯を見せてニヤリと笑う顔がありありと目に浮かんだ。
     
    「作戦行動って言葉、知ってます?」
    補助監督の待つ黒い車へ戻る道すがら、地を這うような恵の声を真希はケラケラと笑い飛ばした。
    「そりゃ一緒に任務行ったことねぇ術師だったら作戦もいるだろうけど、恵だったら今更だろ?」
    「はぁ……」
    信用はされているのだ。それはもとから分かっていた。問題は、真希の中で一向に恋愛感情には結びつかないということだ。
    「んー、やっぱ手強かったな、今日の呪霊。強さはそこまでもねぇんだけど、すばしっこいっつーか……」
    ぐいっと背筋を伸ばしながら言う。二人とも怪我を負ってはいないが、確かに真希の言う通り今日の任務は少しヘビーだった。事前の調査結果を読む限りでは一級二名をあたらせる判断は過剰ではないかとも思ったのだが、真希がいてくれなければ正直きつかっただろう。
    「オマエがいてくれて助かったよ。なんだかんだで一番合わせやすいしな。ありがとな、恵」
    「……いえ、別に任務ですし」
    「カーッ!可愛くねぇの!」
    一連の真希の言葉が嬉しくないわけではない。それでも、期待してはいけないのだと伏黒は自分に言い聞かせた。当たり前の話だが、これはあくまで同業者としての賞賛なのだ。伏黒は黙って唇を噛んだ。
    「恵、明日は?」
    「は?」
    「は?じゃねぇよ。明日は任務あんのか?」
    「ありますけど夜からです。都内で準一級」
    「いーじゃん。私オフなんだよな。なぁ、飲みに行こうぜ?どうせこの後、何もねぇだろ?」
    「……は?」
    立ち止まった伏黒を、数歩先を歩いていた真希が振り返った。
    「どうしたんだよ恵、急に立ち止まって。さっさと車戻んぞー」
    任務を終えた安心感からか、それとも仕事の後の一杯に心が踊っているのか。真希は何の憂いもない笑顔で晴れやかに笑っている。
    伏黒は、それが無性に許せなかった。
    「付き合ってもない男と二人で飲みに行くとか、やめた方がいいですよ」
    思ってもみないほど低い声が出た。
    はたと真顔に戻った彼女のことはもう直視できなかった。うつむきながら真希を追い越し、足早に車へ向かう。
    軽口や笑い声も混ぜ込んで賑やかだった行きの車中から一転、帰りはハンドルを握る補助監督の声が時折響くだけの、居心地の悪い道中だった。
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