物心ついた頃からパッキングしたがる子供だったと言われている。菓子、毛布、お気に入りの水筒。キャラクターものの小さなリュックに入りきらなくてよく泣いていたらしい。
長じてからもその癖は治らなかった。家出したいのかと親にはからかわれたが生活に不満はなかったと思う。ただ時折、無性にどこかへ旅立ちたくなる。そうなると、自分が背負ってどこまでもいける荷をまとめ、身支度を整えると気持ちが落ち着く。その繰り返しだ。理由は分からなかった。
そういうのが趣味ならばと学生時にアウトドアや山岳系の部に所属したこともあった。それはとても良い経験だったし知識も身に付いたけれど、人間関係はそんなに長続きしなかった。当時の仲間内で一人行動派かと揶揄されたが別にそうじゃない、単独にこだわっているわけでは、と返して初めてそう思っていることに気づいた。では誰なら?自分は誰かを待っているのか?
あの日、急な雨で駆け込んだ山小屋で彼に会ったときにそれは分かった。ラーハルト。かつてどこかで一緒に旅をしていた相手。それが自分の生活の、人生の全てだったこと。魂に染みつくほどに。
学生の身分を抜けてからも旅立ちへの衝動はやまず、不定期に山に入り続けていた。その日も天気予報は確認していたはずだったがあれほどの急変は初めてだった。
篠突く雨。雷。導かれるように小さな山小屋があった。
鍵が空いているのを幸運に思いながら慌てて駆け込みドアを閉める。一拍置いて先客の気配。挨拶は山の基本だ。口を開きかけてその姿を捉え、息を呑む。彼だ。彼との生活を今世でも知らずになぞり続けた果てに、ここに来た。彼に会うために自分はこの旅の真似事を繰り返してきたのだ。そう理解した。
一瞬にして吹き出した記憶を前に動けずにいると、彼の方からゆっくりと近づいてきた。
「オレよりもひどく降られたみたいだな」
そう言って差し出されたタオルを震える手で受け取る。何て言おう、何と言って彼に『自分』だと伝えよう、いやでもまだ様子を見た方が。
逡巡する思考は一言で決着がついた。
「ヒュンケル」
タオルごとぐいと引き寄せられ抱きしめられる。確認するまでもない、変わっていない。何も聞かずただ攫ってくれるのが何よりの証拠だ。雨水の滴るこの身を気にする素振りもなく。
この身体で初めて触れる感触、初めて嗅ぐ匂いが懐かしいものとして書き換えられていく。全て、全て。
「ラーハルト」
名を呼び返すと回された腕に力が入った。おずおずと抱き返してやるとますます強い力で引き寄せられた。そして耳元で囁かれる。絞り出すような声で。
「…やっと分かった。オレが昔からずっと旅立つ世界に惹かれていたのは、お前と生きたときのことを忘れられなかったからだ」
雨の音が激しくなってきたにも関わらず、その言葉ははっきりと耳に届いた。
雷鳴をよけて。
自分もそうだと答えるために、ヒュンケルはゆっくりと顔を上げた。
…転生モノってロマンの塊すぎない?恥ずかしい!(書いた)
ラ→ヒュ視点でも同じ経過かなと思ったんだけどタオルごと引き寄せられるとこでこっちの視点がいいなと思った次第。
旅する魂